『…………実を言うと、言い出せなかった理由は……もう一つだけある』
「もう一つ? それは、何ですか?」
『…………』
「? 飛鳥?」

そう自分から話し出したはずなのに、何故か飛鳥は続きをなかなか言おうとはしなかった。
そして、明らかに飛鳥からは恥ずかしそうな匂いを感じ取ったのだが、その理由がよくわからなかった。

『……しっ、知られたら……その……やりづらいだろうが……治療とかが……』
「…………あっ」

その飛鳥の言葉を聞いた禰豆子は、思い出した。
己の手の火傷をどうやって飛鳥に治してもらったのかを……。
そして、思わず想像してしまった。
もし、あの姿で火傷を治してもらっていたらという事を……。

『……おい、禰豆子よ。今、何を想像した!?』
「いっ、いえ。べっ、別に何も想像してないですよー」
『うっ、嘘をつくな! そんなニヤついた顔をしておいてっ! 早くその想像を打ち消せっ!!』
「いいじゃないですか、想像するくらい♪」
『よくない!!』

禰豆子が笑ってそう答えると、飛鳥は善逸張りに声を張り上げた。
よっぽど、飛鳥にとってあの治療方法は恥ずかしいものらしい。
そんな何処か人間っぽい飛鳥の姿を見られた禰豆子は、また嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


こうして、禰豆子・善逸・伊之助の三人は、それぞれ蝶屋敷にて回復の為の休息に入った。
その間に不死川によって刺されて穴が開いてしまった木箱も飛鳥がアオイに依頼したおかげで修繕してもらえた。
そもそも、あの木箱を一体誰が作ってくれた物だったのかは、禰豆子はちゃんと聞けていなかった。
だが、それを聞かなくても禰豆子には、その人物が誰だったのか理解する事が出来た。
この木箱の素材である木は、禰豆子が修行していた狭霧山にも生えていた霧雲杉という木であり、その木の匂いに混じって鱗滝の匂いがしていたからだった。
おそらくだが、あの手紙と鬼の手と共に彼が産屋敷に送ってくれたのかもしれない。
そして、肝心の禰豆子の身体の状態はというと、身体中に傷や手に火傷を負ってしまってはいたが、炭治郎と飛鳥の力のおかげでそれほどひどい痛みに襲われる事もなく、大人しく横になれば体力は回復できる状態であった。
三人の中で一番重症なのは善逸ではあったが、何故か一番喧しく、「俺、薬飲んだっけ!?」だの「何時までこれ続くの!?」などという雄叫びが禰豆子にいる部屋にまで届いていた。
そして、毎回そう言っては、世話係をしてくれている女の子たちを捕まえては、アオイに叱られているのが、お決まりとなっているらしい。
そう言った事もあり、禰豆子は飛鳥に善逸の治療を頼み込んでみたのだが、この前のやり取りがよくなったらしく、なかなか首を縦に振ってもらえなかった。
だが、根気よく禰豆子が頼み込んだ結果、飛鳥の涙をもらう事に成功したのだった。
そして、隙を見て善逸が飲んでいる薬に一滴ほど混入させてみたところ、その効果がすぐに表れた為、正直驚いてしまった。
その為、これを使えば、炭治郎の事も元に戻せるのでは、と思ってしまったのだったが、飛鳥に『それが出来ていれば、もうとっくにやっている』と若干呆れられてしまった。
また、伊之助に至っては、善逸とは対照的であった。
口を開けば、「ゴメンネ」だの「弱クッテ」となってしまい、かなり落ち込んでいた。
猪頭から顔も滅多に出さない為、一体どんな表情でそう言っているのかわからなかった為、心配になってしまった。
その為、禰豆子は、毎日のように善逸たちの病室に訪れては、善逸と二人で伊之助の事を励まし、その度に飛鳥に連れ戻されるという日々を送っていた。
そして、炭治郎については――――。

「…………お兄ちゃん。まだ……目を覚まさないの?」
『あぁ……。どうやら、今回は、いつもより時間がかかりそうだ』

兄――炭治郎は、相変わらず、ベッドで死んだように眠り続けていた。
その姿は、まだ幼い容姿のままだった。

『いつもだったら、もうとっくに身体の大きさに変化が出てもおかしくはないのだが……。この様子だと、あの山に入る前から、暫く寝てなかったみたいだな』
「そうなんですか?」
『あぁ。炭治郎の奴は、たまにそういった事を平気でやらかす。今度起きた時には、渇を入れておこう』
「…………」

そう言った飛鳥の声は、呆れ半分と心配半分といったものだった。
そんな飛鳥の言葉を聞いた禰豆子は、それ以上は何も言わず、ただ炭治郎が目を覚ますのを日々待つしかないのだった。





* * *





「やはり、禰豆子さんの体力の回復は、他の人より早いですね♪ お兄さんの血鬼術のおかげでしょうか?」

そんな日々を送っている禰豆子の病室に診察の為にやって来たしのぶはそう言った。

「これなら、そろそろ機能回復訓練に入ってももう問題なさそうですね!」
「? ……機能……回復訓練?」
『その名の通り、身体の機能を回復させる為の訓練だ』

その禰豆子の問いに答えたのは、しのぶではなく、飛鳥だった。

『長い間寝たきりだと、身体の動きが鈍るからな。そんな状態で任務に言ってもまたすぐに怪我をしてしまうのがオチだ。だから、身体を本調子に少しでも早く近づける為、鬼殺隊士はその訓練を受ける。そして、人によっては、身体の機能が回復するだけでなく、更なる能力向上に繋げられる事もある』
「はい。正に、飛鳥さんの言う通りです。そして、その訓練は、この蝶屋敷でしか受けられません」

飛鳥の説明に対して、少しだけ補足するようにそうしのぶは言った。

「それにしても、飛鳥さんは随分と鬼殺隊について詳しいのですね。どうしてですか?」
『……今までのお前たちは、炭治郎にとって敵でしかなかったからな。……敵に対して、ある程度、知識を得ていたまでの事だ』
「そうでしたか。あまりにも詳しいので、鬼殺隊にいた事があったのかと錯覚しちゃいました♪」
『…………』

そう言ったしのぶの言葉に対して、飛鳥は何も言わなかったが、明らかに不機嫌になっていた。
しのぶの言う通り、飛鳥は妙に鬼殺隊に関して詳しすぎる点があった。
何より禰豆子は以前、飛鳥から前世の記憶がある事も打ち明けてもらっていた。

(……もしかして、飛鳥の前世は、鬼殺隊士だったのかな?)

仮にそうだったとしても、禰豆子はそれ以上、飛鳥の前世について飛鳥から聞くつもりはなかった。
飛鳥が嫌いだと言っていた前世の事を敢えて聞きたくもなかったし、この事を私にだけに話してくれただけでも禰豆子は充分嬉しかったからだ。
それに、前世がどうあれ、飛鳥は飛鳥だし……。

「…………で、どうしますか、禰豆子さん? 明日から、早速やってみますか?」
「えっ? でっ、ですが……」

気を取り直して、しのぶはそう禰豆子に話しかけた。
それに対して、禰豆子は少しだけ戸惑ってしまった。それは――――。

「……やっぱり、お兄さんがまだ目を覚まさない事が心配ですか?」
「…………はい」

その理由に気付いたしのぶがそう言った。
それに禰豆子は、素直に頷いて答えた。
まだ、死んだように眠り続ける兄――炭治郎の事が心配で堪らなかった。
出来れば、炭治郎が目を覚ますまでなるべく傍にいたかった。

『…………禰豆子。お前は、炭治郎と約束したのではないのか?』

そんな禰豆子に対して、そう口を開いたのは、飛鳥だった。

『お前は……炭治郎が背負っている荷物を一緒に背負ってやると言っていたのではないのか? だが……今のお前に……それは、本当は可能な事なのか?』
「! そっ、それは……」
『今のお前には、到底無理な話だ。そんな身体では、自分の身も真面に守れないだろう』
「…………」

そんな辛辣な飛鳥に言葉に禰豆子は何も言い返す事が出来なかった。
飛鳥の言っている事は、何一つ間違っていないのだから……。

『だからこそ、今のお前に出来る事は、訓練を受ける事ではないのか? ここで炭治郎が目を覚ますのを待っていても、お前は何一つ成長しないままだ。……ちゃんと訓練を受けて、成長した姿を炭治郎に見せてやりなさい。その方が炭治郎だって……きっと喜ぶ』
「飛鳥……うん、わかった。ありがとう」

飛鳥のその言葉を聞いて、禰豆子はこれまでの経験を改めて思い出した。
ただ、待っているだけでは、何も変わらないという事を……。
変える為には、まず自分から変わろうと行動をおこわないといけないという事を……。

「私、訓練を受けますっ! そして、もっと、強くなりますっ!!」

そして、いつか、お兄ちゃんにも安心して背中を任せしてもらえるようになってもらいたい。
お兄ちゃんにただ守られる存在ではなく、守り合える存在になりたいから……。

『あぁ……。安心して訓練を受けてきなさい。その間は、私が炭治郎の傍にいるから』

そんな禰豆子の返事を飛鳥は、心底嬉しそうな声でそう言った。

『訓練中にもし、炭治郎が目を覚ましたら、一番に禰豆子に伝えるからな』
「はい! お兄ちゃんの事、よろしくお願いいたしますっ!!」

こうして、禰豆子は、翌日から本格的に機能回復訓練に入る事になるのだった。





* * *





(それにしても……訓練ってどんな事をするのかな?)

そして、翌日、期待と不安が入り混じる中、禰豆子は蝶屋敷内にある訓練場へとやって来た。
善逸や伊之助も体調はだいぶ良くなってきてはいるみたいだが、まだ数日程安静にしている必要があるとしのぶは言っていた。
というのは、ある程度の建前であって、禰豆子が女の子だったから、少し考慮されて開始時期をズラされたというのが、本音かもしれない。
ちなみに飛鳥については、昨日話していた通り、炭治郎の傍についてもらっている。

(でも……本当に大丈夫かな?)

飛鳥は、あぁは言っていたものの、時々何も言わずに忽然と姿を消す事があったのだ。
その理由を聞いても「虫を追い払っていた」とよくわからない事を言っていたので、ちょっとだけ心配なのだ。

「……では、早速訓練の内容をご説明させていただきますね」

禰豆子が連れて来られた訓練場は、広い道場のような所だった。
そして、禰豆子をここまで連れて来てくれたアオイは、いつも来ている白衣は着けておらず、隊服姿だった。

「まずは、あちら。寝たきりで硬くなった身体をあの子たちが解します」

そう言いながらアオイは、訓練場の隅を指差した。
そこには、布団が一枚敷かれており、いつも入院患者たちのお世話をしてくれているきよ・すみ・なおの三人娘がキリッとした顔で禰豆子の事を待っていた。

「次に反射訓練です」

次にアオイが指差した所には、四角いちゃぶ台が置かれており、そこにカナヲがちょこんと座っていた。
そして、そのちゃぶ台の上には、十個程の湯飲みが並べられていた。

「あの湯飲みの中には、薬湯が入っています。ちゃぶ台を挟んで向かい合って座り、掛け声と同時にどれかの湯飲みを掴んで、相手に薬湯をかけたら勝ちです。ですが、持ち上げる前に相手から湯飲みを押さえられた場合は動かせません」

そのアオイの説明を聞いた禰豆子は、改めてここに飛鳥を連れて来なくて正解だったと思ってしまった。
まだ、飛鳥はカナヲに対して、あまりいい印象を持っていないから……。

(でもこれは、機会かもしれない!)

この訓練でカナヲと色々と話して、仲良くなれるかもしれないと禰豆子は思った。

「そして、最後は、全身訓練です」

最後にアオイが指さしたのは、この広い訓練場そのものだった。

「端的に言えば、鬼ごっこですね。私、アオイと、あちらのカナヲがお相手です。逃げる私たちを捕まえたら勝ちです。……ここまでの説明でわからないところはありますか?」
「いえ。とってもわかりやすい説明でした。ありがとうございます」
「そうですか……。では、早速、身体を解す事から始めましょう。最初は身体が硬くなっているので、痛いかもしれません」
「はい! よろしくお願いしますっ!!」

アオイの言葉に対して、禰豆子はそう素直に返事をして機能回復訓練へと入った。
そのアオイの言葉通り、身体を解してもらう処置は、かなりの激痛だった。
ここ最近ずっと寝ていた身体の筋肉を解す為、三人娘たちに両手足を押さえつけられたり、引っ張られたり、捩じられたりした。
その痛みに思わず涙が出そうになったが、何とか我慢した。

(……っ! こっ、これが……前に冨岡さんが話していた奴だったのね!?)

禰豆子は、以前、義勇とのやり取りを思い出していた。
義勇が痛がるだろうと思って禰豆子が身体を解した事もあったのだが、彼は顔色一つ変える事はなかった。
確かにあの時の自分がやったものと比べれば、あれはまだ可愛いものだったかもしれない。
そして、改めて柱というものを、彼という存在の凄さに気付かされてしまった。

「……大丈夫ですか? 少し休憩しますか?」
「いっ、いえ……大丈夫です……」

そんな禰豆子の様子を見たアオイはそう声をかけたが、禰豆子はそう言った。

「これくらいの痛みは平気です! 私、長女ですから! お兄ちゃんの妹ですから! お気になさらず、どんどんお願いしますっ!」

強くなると決めたのだ。その為には、今は立ち止まっている暇などない。
だって、お兄ちゃんの方がもっと痛い思いをしてきたはずなのだから……。

「……わかりました。ですが、今日のところは身体を解す作業はここまでにしておきましょう。あまり一気にやってしまっても、かえって逆効果になる事もありますので……」

そんな禰豆子の事を見たアオイは、そう言って次の訓練へと促した。

「あと、私たちの前では、無理して痛みがるのを我慢しなくてもいいですよ。あの痛みは、柱以外の人は、初めてだったら大抵耐えられないものですし」
「えっ? そうなんですか?」
「はい。よほどの変態でない限りは……。私たちは、いい大人が大絶叫しているのも見慣れてますし」
(やっ、やっぱり、これってそんなに痛いものなんだ……)
「それに……私たちとしては、痛がってくれた方がちょっと嬉しかったりもします」
「えっ!?」

そのちょっとしたアオイの爆弾発言に禰豆子は心底驚いた。
そんな禰豆子の表情を見たアオイは、少しだけ苦笑した。

「身体に痛みを感じるという事は、ちゃんと身体がその異変にちゃんと気づけているのと同じ事なんです。痛いという事にも気付かずに無茶をし続けて、私たちが身体を診た時には、もう手遅れだった人を私たちは沢山診て来ています」

もっと早くその人たちの身体の異変に気付いてあげていれば、助けられたかもしれない人たちをアオイはここで診てきた。
だから、もっと声を上げて欲しかった。
身体や心の声を……。もっと素直に表現して欲しい……。

「だから、痛い時は痛いと、ちゃんと言ってください。……言ってくれないと、わからない事は沢山ありますから」
「アオイさん……。はい! わかりましたっ! 気を付けますねっ!!」
「…………」

その時、禰豆子がアオイから感じ取ったのは、心の底から禰豆子の事を心配している匂いだった。
そして、それは、禰豆子だけでない、他の人対しても向けられているのだとわかった。
それを察した禰豆子は、素直に頷いて返事をした。
そんな禰豆子たちの会話を遠くから眺めていたカナヲは、微かに瞬きをしただけで、静かにそれを眺め続けるのだった。









守るものシリーズの第48話でした!
今回は、機能回復訓練開始に向けてのお話と実際に訓練に入ったところのお話となります。
随分と前に書いた義勇さんとのあのやり取りをここで回収できて満足してます♪
そして、アオイちゃんも優しい!!
【大正コソコソ噂話】
その一
飛鳥の事を説得する為に禰豆子ちゃんは、最終手段として泣き脅しという手段を使っています。
禰豆子ちゃんの事を泣かせた事を後日、炭治郎くんに知られたら、不味いと思ったのと、飛鳥自身、禰豆子ちゃんの事を好きになりだしている為、泣かれたら弱いです。
ですが、善逸くんの前でどうしても涙は流したくはないので、禰豆子ちゃんに涙を採取してもらうという妥協案を出しました。


その二
アオイちゃんは、禰豆子ちゃんに対してでなく、カナヲちゃんに向けても言ってました。
ですが、痛がるにも限度というものがある為、善逸くんに対しては、流石に引いています。

その三
作者「飛鳥さんへの質問です。禰豆子ちゃんには、ああ言ってますが、あれは本心でしょうか?」
飛鳥『! 本心に決まってるだろうが。決して、炭治郎を独り占めにしたいとは、思ってなどない』
作者「私、そんな事、聞きましたっけ? けど、やっぱり、炭治郎くんを独り占めしたかったんですね♪」
飛鳥『!!?』


R.3 9/30