「すみません。二人部屋で今空いているのは、ここしかなくて……」
『いや……ここで充分だ』

アオイの案内で善逸たちがいた病室とは違う部屋へと禰豆子たちは連れて来られた。
そこには、二つのベッドがあるが、先程いた善逸たちの病室とは違って、窓が一つもない部屋だった。
そんな部屋を見て飛鳥は、嫌な顔一つせず、そうアオイに伝えると、彼女に木箱を手渡した。

『……あと、すまない。馬鹿な柱のせいでせっかくの木箱に穴が開いてしまった。……これの修繕を誰かに頼めないだろうか?』
「えっ!? あっ、はい……。では、これは、私の方で修繕しておきますね」
『あぁ……。よろしく頼む』

その時になって漸く木箱の中に入っていた炭治郎を外に出した為、アオイは少しばかり驚いていたが、快く木箱の修繕を請け負ってくれた。
それを聞いた飛鳥は、優しい笑みを浮かべてそう言うのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


『……炭治郎。ずっと、狭い所に閉じ込めていて、悪かった』

アオイが部屋から出て行った後、そう言いながら飛鳥は、炭治郎の事をまるで壊れ物を扱うかのようにベッドへと寝かせた。
その声もとても優しかった。

「あの……お兄ちゃんは、眠っている時は、ずっとこの姿のままなんですか?」
『いや。今は、極端に体力を消耗しているからだ。この体型の方が体力の回復が早いらしい。それなりに体力が回復してくれば、自然と大きくなってくる』
「そうなんですね」
『あぁ。だから、禰豆子は、何も心配する事はない。……多分、お前と過ごすうちに、あの悪い癖もそのうち無くなるかもしれない』

そう言った飛鳥の声は、途中から小さくなってしまった為、禰豆子は最後までそれを聞き取る事が出来なかった。
すると、飛鳥は何かを思い出したかのように、禰豆子の方へと一度視線を向けると、空いているもう一つのベッドへと歩き出した。

『禰豆子…………早くこっちに来なさい』
「えっ? なっ、何ですかいきなり……」
『何でと言われても、こっちはお前のベッドだろう? お前も怪我人なのだから、さっさと休みなさい。あと、怪我の具合も私が――』
「! だっ、大丈夫ですっ! そっ、その辺については……しっ、しのぶさんにちゃんと診てもらいますからっ!!」
『しっ、しかし……』
「ほっ、本当に私なら、大丈夫ですからっ! へっ、変にドキドキさせないでくださいっ!!」

今の飛鳥は、唯でさえ、男前の顔なのだ。
そんな彼が突然、自分の事を心配そうに見つめ、尚且つ、身体の具合を診ると言われれば、大抵の女子であれば、ドキドキしないはずがない。
それは勿論、禰豆子も例外ではなかった。

『ドキドキ……だと!? まっ、まさか、禰豆子!? 動悸が酷いのか!? なら、今すぐ――』
「だから、どうしたら、そう言う発想になるんですか!? 変な所だけ、冨岡さんに似ないでくださいっ!!」
『!!』

だが、禰豆子の言葉を聞いて、何を勘違いしたのか、飛鳥が慌て出したので、禰豆子は更に声を上げた。
それを聞いた飛鳥は心外とばかりに言いたげな表情を浮かべた。
そんな飛鳥の様子を見た禰豆子は、呆れたように溜息をついた。

「本当に私なら、大丈夫ですから……」
『……そう言って、お前たちはいつも無茶をするじゃないか……』

そう言った飛鳥の声は、酷く哀しそうだった。
飛鳥が言った"お前たち"が一体誰の事を指しているのか、禰豆子は痛いくらい伝わったから……。

「とにかく、私はこれから、ここで大人しくちゃんと休みますから……。でも……その前に、これだけは……治してくれますか?」
『! あぁ……もちろんだ』

だから、禰豆子は、大人しく空いているもう一つのベッドに腰を下ろすと、そう飛鳥は言った。
この火傷だけは、飛鳥に治してもらおうと……。
それを聞いた飛鳥は、何処か嬉しそうに返事すると、禰豆子へと近づいた。

(それにしても、飛鳥はどうやってこれを治すのかな?)

今の飛鳥の手元には、医療器具らしきものは、何一つ持っていなかった。
一体、どうやって……?
そして、禰豆子がそんな事を考えている時だった。

『…………禰豆子。……すまなかった。私のせいで……火傷を負わせてしまって……』

そう言った飛鳥の姿は、また音もなく火の鳥の姿へと変わっていた。
そして、その瞳は涙で潤んでいた。

「! べっ、別に! これは、私が何も考えなしに行動したせいで飛鳥のせいじゃ―――――っ!?」

それを見た禰豆子は、慌てて口を開いたが、途中で止めた。
それは、飛鳥の涙が目から零れ落ち、禰豆子の手に当たった瞬間、身体に異変を感じたからだった。

(飛鳥の涙が触れた所から徐々に……痛みがなくなっていく……)

痛みだけじゃない。火傷によって炎症を起こしていた肌も見る見るうちに治っていった。

(……そう言えば、昔、おばあちゃんから聞いた事があったような気がする)

火の鳥――不死鳥の涙は、怪我や傷、毒に蝕まれた身体を癒す事も、その痛みも取り除く事が出来ると……。

『…………ほら、もう治ったぞ。今度は、気を付けるように』
「あっ、ありがとう。あの……飛鳥のこれは……鬼の毒にも効くの?」
『あまり試した事はないから、何とも言えないが、おそらく効果はあると思うぞ。だが、炭治郎と禰豆子以外にそれをやるつもりはない。特にあの黄色いのにはわ』
「えっ!? どうしてですか!?」
『あの黄色のは、いちいち反応が大きくて嫌だからだ』
「そんな事、言わないでくださいよ。善逸さんの事なら、私が何とかしますから」
『しっ、しかし……』
「それに、お兄ちゃんが目を覚ました時に善逸さんが元気な方がきっと喜ぶと思いますよ? お兄ちゃんと善逸さん、面識があるみたいだったので」
『! そっ、そうなのか!?』

その禰豆子の言葉に聞いた飛鳥は、心底驚いたような声を上げた。
この様子から飛鳥は、炭治郎と善逸が一度出会っていた事を本当に知らなかったようだ。
そして、何やら考え込むかのように低い唸り声のような声を暫く発していた。

『…………わかった。炭治郎がそれで本当に喜ぶというのなら、少しだけやってやろう』
「本当!? ありがとう、飛鳥!」

そして、悩みに悩んだ結果、そう飛鳥は禰豆子に言った。
それを聞いた禰豆子は、嬉しそうに笑った。
本当は、わかっていた。こういう事に対して、あまり飛鳥の力に頼ってはいけないという事は……。
それでもやっぱり、少しでも善逸の身体が元通りになれるというのなら、やってあげたかったから……。

「……あのね、飛鳥。この際だから、もう一つ……訊いてもいいかな?」
『私に答えれる事なら、いいぞ』
「あのね……ここへ来る前に冨岡さんたちに口止めしていたでしょ? あれ、何でかなぁって思って……」
『…………禰豆子は、何でそんな事を知りたいと思ったんだ?』
「んー……何でだろう? ……あの時、そう言った飛鳥からとっても哀しそうな匂いがしたから、かな?」
『…………』

そう。あの時の飛鳥からした哀しそうな匂いがどうしても気になってしまったのだ。
そして、さっきも善逸と話していた時にも……。
そんな禰豆子の言葉に対して、飛鳥は口を閉ざしてしまった。

「すみません。……こんな事、お節介だという事は、わかっているつもりなんですけど……誰かに話をするだけでも、少しは楽になるかと思って……。嫌なら、無理には聞きませんので……」
『…………本当。お前たちは、そう言うところも……よく似ている』

そう禰豆子が言った瞬間、飛鳥が少し呆れたように息を吐いたのがわかった。

『お前くらいだよ。そんな事を聞きたがるのは……。尤も、彼女は、私に遠慮してしまって、訊けなかっただけかもしれないが……』

飛鳥の言う"彼女"が誰なのか、それを訊かなくても禰豆子には理解出来た。
彼女――珠世も、飛鳥のあの姿を知っているのだ。

『そもそも、私は……あの姿が嫌いなのだ。醜いあの姿を……炭治郎にだけは、見られたくはなかった』
「えっ? そうかなぁ? 私の好みかどうかは置いておいても、結構格好よかったと思ったですけど?」
『……禰豆子にそう言われると、炭治郎の好みにも私は、当て嵌まりそうになさそうだなぁ』

禰豆子の言葉を聞いた飛鳥は、少しだけ落ち込んだようにそう言った。
それを聞いた飛鳥は、少しだけ慌てたような表情を浮かべた。

「こっ、これは、私の好みであって……」
『わかっている……冗談だ』

そんな禰豆子の様子を見た飛鳥は、思わず笑ってしまった。

『……あの姿は……私がこの生を受ける前――前世の時の姿なんだ』
「えっ? えっ!? 前世って……飛鳥は、人間だった時の記憶があるって事ですか!?」
『あぁ……残念な事に……』

禰豆子のその問いに飛鳥は、そう言って頷いた。
そして、過去の記憶を思い出すかのように目を細めた。

『…………あの姿になると思い出してしまうのだ。……大切な人たちを守る事が出来なかったあの時の事を……。だから、私は前世の頃の私が嫌いで、あの姿も嫌いなのだ』

火の鳥に転生した今でも、鮮明に思い出す事が出来てしまう。
氷のように冷たくなってしまった妻――うたとそのお腹の中にいた子供の姿を……。
実の兄が鬼になる事を止められず、兄が手をかけた事によって変わり果ててしまった当時の鬼殺隊当主の姿を……。
そして、すっかり変わり果ててしまった兄の鬼になった姿を見た時の事を……。
私は、大切な人たちの事を守り抜く事も、改心させる事も出来なかったどうしようもない存在だったのだと……。
だから、偶に思ってしまうのだ。
私は、本当に炭治郎の傍にいていいのかという事を……。

『……そして、何よりも……私は、怖いのだ』
「? 怖い……?」
『あぁ……炭治郎が、あの姿を見た時、どんな目をしているのか……。その目を見た時……私は、自分の本当の気持ちに気付いてしまうのではないかと……』

あの姿を見た炭治郎の瞳には、一体私はどんな風に映ってしまうのだろうか?
そして、その瞬間、自分自身が炭治郎に対して、本当に抱いている感情が何なのか?
その答えがすべてわかってしまいそうで怖い。
それを認識した上で私は、炭治郎に対して、今まで通りに接する事が出来るだろうか?
今の姿であっても、先程の柱合裁判での言葉を聞いただけでも、揺らぎそうになってしまったというのに……。
私は……願わくば、ずっと炭治郎の事を――――。

「…………私には正直、飛鳥の話が難しくてちゃんとは、理解する事が出来ませんでした」

そんな中、禰豆子はそう静かに口を開いた。
「けど、お兄ちゃんの事なら、少しだけわかります。……お兄ちゃんはきっと、飛鳥があの姿になれる事は、薄々気付いているとは思います。けど、それでも、お兄ちゃん何も言わないのは……飛鳥から話してくれるのを待っているんだと思います」
『! 炭治郎がか!?』
「はい……。もし、一度でも、お兄ちゃんの前であの姿になった事があるのなら、きっと……」
『…………』

禰豆子の言葉に飛鳥は、無言で耳を傾けていた。
私が、炭治郎のあの姿になったのは、今回を除けば、炭治郎を無惨から救い出した時――炭治郎が鬼へと変貌してしまった時だけだ。
とても、その時の事を炭治郎が憶えているとは――。

――――…………なぁ、飛鳥。あの時って……俺たち以外に誰かいなかったか?
――――いや……。私たち以外……誰もいなかったぞ。
――――そっか……。じゃぁ、今はいいっか。ありがとう、飛鳥。

その時、飛鳥が思い出したのは、炭治郎が目を覚まして暫く経った時の何気ない会話だった。
炭治郎にあの時の事を訊かれた時、飛鳥は特に気にする事なくそう言った。
その時の飛鳥は、別に嘘も言っていなかった。
だが、炭治郎が本当に訊きたかった事が私のあの姿した私の事だったとしたら……。
あの時の炭治郎は、あまり記憶にないと言っていたから油断していた。

「ですから、そんなに怖がらないでください。お兄ちゃんだったら、大丈夫ですから……。飛鳥が、お兄ちゃんが鬼になってもまだ好きでいてくれているように、お兄ちゃんだって、飛鳥がどんな姿をしていても、絶対に嫌いになったりしませんから……」
『…………』

不思議だった。今の言葉は、あくまでも禰豆子の推測でしかないはずなのに……。
彼女が言うのなら、本当に大丈夫なような気がして来た。

『…………ありがとう、禰豆子。少しだけ、楽になったような気がする』

だから、自然とお礼の言葉も出てきた。

『だが、やはり、あの姿を見せるのは……私の気持ちにちゃんと、けじめをつけてからにしよう』

今はまだ、炭治郎に対して、この気持ちを抱いていたいと思っている。
もう少しだけ、この錯覚を楽しむ事をどうか許してほしい、炭治郎……。
そう思いながら、飛鳥は今まだ眠りにつく炭治郎の頭を優しく撫でるのだった。
そして、その飛鳥の決断に対して、禰豆子は特に何も言わず、ただ炭治郎の事を見つめるのだった。









守るものシリーズの第47話でした!
今回は、善逸くんたちと病室が別れた後のお話となります。
ちょっとだけ、飛鳥にも弱音とかを吐いてもらいたいなぁ、と思ったので書きました。
今回の話で禰豆子ちゃんと飛鳥との距離もだいぶ縮まったかと思います♪
そして、次回からは、機能回復訓練に入ります!!

【大正コソコソ噂話】
その一
飛鳥は、炭治郎くんに対して自分が本当に抱いている感情が恋愛感情なのかどうかをずっと思い悩んでいます。
炭治郎くんの事を大好きな事には変わりないのですが、それが本当に恋愛感情なのかがわかっていません。
ですが、あの姿で対面した時に感情が抑えられずに、炭治郎くんの事を襲ってしまうのではないかとかと考えてしまっています。

その二
飛鳥もやっぱり、恋愛に関しては鈍感な部分がある為、どんなことをしたら相手がドキドキするのかよくわかっていない事があります。
禰豆子ちゃんに対しても心配するあまり、距離感がたまにおかしくなるので、よく怒られています。

その三
飛鳥があまりにもナチュラルに炭治郎くんを木箱から出して来たので、アオイは困惑するだけで終わってしまい、質問する事が出来ないまま部屋を後にしています。
その後、柱合会議から戻って来たしのぶさんに事情を聞いて、把握しました。

「しっ、しのぶ様……この木箱から……可愛い子供が……」
「うん。竈門くんは、可愛いよね♪ ちゃんと、説明できてなくて、ごめんなさいね」


R.3 9/30