白衣の少女――神崎アオイが、禰豆子たちを連れてきた場所は、屋敷の奥の一棟だった。
アオイの説明によると、ここは柱である胡蝶しのぶに与えられている屋敷であり、負傷した隊士の治療所としても使われているらしい。
腕力がなく、鬼の頸を自力で斬り落とす事が出来ないしのぶは、藤の花の毒を用いて鬼を殺している。
そんな彼女は、医学や薬学にも精通している為、柱の任務の傍ら、この屋敷で隊士たちの治療を行いながら、薬や医学の研究などを日々行っているそうだ。

「五回!? 五回も飲むの? 一日に!?」

そんな中、入院病棟に足を踏み入れた途端、聞き覚えのある叫び声が禰豆子の耳に入って来た。
清潔に整えられたベッドが十床ほど並んでおり、その中の一つに座って喚き散らしている金髪の少年の姿が禰豆子の目に飛び込んできたのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「三ヶ月間飲み続けるの、この薬!? これ飲んだら、飯食えないよ! すげぇ、苦いんだけど、辛いんだけどっ! って言うか、薬飲むだけで、俺の腕と足、治るわけ!? ホント!?」
(相変わらず、煩い奴だなぁ……)
「! 善逸さん……!?」

それは、間違いなく、那田蜘蛛山の麓で分かれたきりだった善逸だった。
彼は、白衣を着た小さな少女相手に、ずっと泣きながら、そう訴え続けていた。

「もっと、説明して、誰か! 一回でも飲み損ねたらどうなるの!?」
「また、騒いでいるの。あの人は……」

そんな善逸の姿を見たアオイは、呆れたように溜息をつくと、善逸へと近づいていった。

「静かになさってください! 説明は、何度もしましたでしょう! いい加減にしないと縛りますからね!!」

そして、アオイに怒鳴られた善逸は、やっと口を閉ざした。
余程、アオイが怖かったのか、ビクビクしながら、そのまま布団の中へと潜り込んでしまった。

「…………善逸さん?」
「! そっ、その声は……! ねっ、禰豆子ちゃ――!?」

それを見た禰豆子は、心配そうに善逸へと声をかけた。
禰豆子の声を聞いた途端、その声に反応したかのように善逸は、身体をピクリと動かしたかと思うと、潜っていた布団を一気に外して禰豆子の事を見た。
だが、その途端、善逸は信じられないものを見たかのような表情を浮かべた。

「大丈夫ですか? 怪我をしたんですか!? ……やっぱり、山に入ってきてくれたんですね……!!」
「ねっ、禰豆子ちゃん……」

禰豆子は、その事が正直に嬉しかった。
やっぱり、彼は、禰豆子が思っていた通り、強くて、優しい人なんだと……。
そう思って笑みを浮かべた禰豆子だったが、それを見た善逸の反応は、おかしかった。

「お前ーー! 誰だよ!? 何で、禰豆子ちゃんの事、お姫様抱っこしてんだよーーー!! 俺だって、おんぶすら、まださせてもらってないのにーーーーっ!?」

そう言った善逸は、禰豆子ではなく、飛鳥にしがみついた。
そう。今の禰豆子は、飛鳥にまだお姫様抱っこされていたのだった。
そんな善逸の事を飛鳥は、面倒臭そうに眺めていた。
そして、深く溜息をつくと、飛鳥は善逸の事を一瞥した。

『……私は、怪我をしている禰豆子の事を労っているだけだ。お前などに文句を言われる筋合いはない。文句があると言うのなら……燃やすぞ?』
「ヒイイッ!」
「飛鳥ー?」
『安心しろ、禰豆子。これは、単なる冗談だ』
「冗談なら、その左手にあるものは、一体何?」
『…………炎だな』
「すぐにしまいなさいっ!! この病棟が本当に燃えたらどうするのよっ!!」

そう言って禰豆子は、すぐに飛鳥の手にある炎を消させた。
その二人のやりとりを一通り見ていた善逸は、ただただ混乱していた。

「えっ? 飛鳥? って! あの火の鳥がこいつなの!?」

そして、飛鳥から発せられた声を再確認した善逸は、あの火の鳥と今目の前にいる人物が、同一人物である事を理解し、そして、その途端、善逸は絶望した。

(うっ、嘘だろ!? あの鳥とこの男前が同じだなんて……。こんなの……勝てないじゃんか……)

勝てるわけがない。俺なんかじゃ、敵わないよ……。
炭治郎も、禰豆子ちゃんも、きっと、こいつの事を……。

「……善逸さん? 大丈夫ですか?」

そんな善逸の気持ちなど知るはずのない禰豆子は、そう心配そうに善逸に声をかけた。

「もう! 飛鳥が変に脅すから、善逸さんの体調が悪くなちゃったんじゃないですか!」
『わっ、私のせい……なのか?』
「それ以外ないじゃないですか! 善逸さんにもしもの事があったら、私、本気で怒りますからねっ!!」

そう飛鳥に文句を言った禰豆子は、改めて善逸の事を見た。
彼は、白い寝間着を着ていたが、何故だか袖口から手が全く見えなかった。

「善逸さん……その身体は……」
「あっ、これ! ……ちょっと、臭い蜘蛛に刺されちゃって……そいつの毒のせいで今物凄く手足が短いんだ。後、ちょっとでも処置が遅かったら、俺も蜘蛛になりかけてたかもって……」
「えっ!? それって、大丈夫なんですか!?」
「うっ、うん。……しのぶさんって人が注射してくれてさ、ここで薬いっぱい飲んで、お日さまの光沢山浴びてれば治るって……後遺症も残らないだろうって……」
「そっ、そうなんですね……」
「けど、この薬めちゃくちゃ不味いんだよっ! あの女の子には、ガミガミ怒られるし、最悪だよーっ!」
「何か?」
「! なっ、何でもありません」
「…………」

そう言って喚き散らす善逸に対して、別のベッドの様子を見ていたアオイが鋭い目つきで振り返った。
それを見た善逸は、小さくヒィッ、と悲鳴を上げた後、そう言って漸く黙った。
そんなアオイとのやり取りを見ていた禰豆子の表情は暗かった。
いつもだったら、きっと、苦笑くらいは浮かべられたかもしれないやり取りだったのに……。

「…………ごめんなさい」
「ねっ、禰豆子ちゃん?」
「……私のせい、ですよね。……善逸さんが……こんなにも重症を負ってしまったのは……。私が……余計な事……言ったから……」
「!!」

――――……善逸さん。私も行っていきますね。善逸さんは、もし、動けるようになったら、来てください。無理強いは、しませんので……。
――――! ねっ、禰豆子ちゃん! まっ、待ってーーーーっ!!

禰豆子は、あの時の那田蜘蛛山の麓での善逸との最後の会話を思い出していた。
もし、私があんな事を言わなかったら……。
もし、私があの場にもう少しだけ留まっていたら、彼はこんな風にはならなかったかもしれないかと思うと、胸が痛かった。

「…………これは……禰豆子ちゃんのせいじゃないよ」

苦しそうな表情を浮かべている禰豆子に対して、善逸はそう静かに言った。

「あの山に入るかどうか、最終的に決めたのは、俺だから禰豆子ちゃんのせいじゃないよ」
「けど……」
「本当だよ。これは、俺が単に未熟だっただけだから……ね?」
『そうだぞ、禰豆子。彼の言う通りだから、お前が気にする事ではない』
「うっ、うるさいなぁ! 禰豆子ちゃんになら別にいいけど、男前なアンタには、言われたくないよぉ!!」
『……私は……男前……などではない』

そう言った飛鳥の表情は、とても暗いものだった。
それを見た禰豆子は、彼が決して謙遜してそう言っているのではないのだという事がわかった。
ここへ来る途中、禰豆子は何人かの隊士とすれ違ったが、その誰もが飛鳥に見惚れているように禰豆子の目には映った。
実際、自分の好みかどうかは置いておいても、格好いいとは思う。
それなのに、何が彼をそう思わせているのだろうか……。
それは、あの発言にも関係しているのだろうか?
その事を訊いてみたいと思いつつも、それは今ではないと思った禰豆子は、話を切り替えることにした。

「……ねぇ、善逸さん。伊之助さんは? あと、村田さんっていう人も見なかったですか?」
「えーっと……村田って人は知らないけど、伊之助なら、隣にいるよ」
「えっ?」

その善逸の言葉に驚いた禰豆子は、すぐさま善逸の隣のベッドへと目を向けた。
すると、そこには、猪が、いや、猪の皮を被った少年が寝ていた。
いつもの彼とは違い、物凄く静かだったから、全然気付かなかった。

「伊之助さん! 無事で良かったです……! ごめんなさい、助けに行けなくて……!!」
「イイヨ……気ニシナイデ」
「えっ? ……いっ、伊之助さん?」

禰豆子の言葉に返ってきたのは、しゃがれたか細い声だった。
声がいつもの伊之助と全然違っていた為、禰豆子は物凄く困惑した。

「なんか、喉潰れてるらしいよ」

それに気付いた善逸がそう言って説明してくれた。

「詳しい事は俺もよくわかんないけど、首をこう――ガッとやられたらしくて。そんで最後、自分で大声出したのが、トドメだったみたいで、喉がえらい事に」
「じっ、自分でトドメ?」
「こいつ、落ち込んでんのか、凄い性格が丸くなってて、めちゃくちゃ面白いんだよなぁ」

そう言った善逸は、思い出したのように少し変な笑い声を上げた。
だが、善逸の言う通り、今までの伊之助だったら、こんなところで大人しく寝てなどいないだろう。
よっぽど、あの父鬼にやられた事がショックだったのだろう。

(でも……とにかく、みんな、無事でよかった……)
「! ねっ、禰豆子ちゃん、大丈夫!? 何処か痛いの!?」
「えっ……?」

その善逸の言葉を聞いて、禰豆子は漸く自分が泣いている事に気が付いた。
これは、間違いなく、嬉し泣きだろう。

「あっ……ごっ、ごめんなさい……これは……違うんです……」
『…………すまないが、空いている病室は、ここだけだろうか?』

慌ててそう言った禰豆子の姿を見たからだろうか、何かを思った飛鳥はそうアオイに話を切り出した。

『他にも空室があるのなら、禰豆子は暫く個室での治療を希望する。可能なら、ベッドが二つあるところがいいのだが?』
「あっ、飛鳥! 私なら……ここでも大丈夫だけど……」
『お前がよくても、私が駄目だ。それに……個室なら、炭治郎も安心してベッドに寝かせてやれる』
「あっ……」

その飛鳥の言葉を聞いて、禰豆子は漸く理解した。
ここは、他にも空きのベッドがまだ複数あった。
今は、善逸と伊之助しかいないが、隊士の治療所でもあるここに、何時新たに他の隊士が運び込まれてもおかしくはないのだ。
その事を考えても、炭治郎は個室にいた方がいいと言う事だ。

『それに、ここは騒がしい虫がいるから、禰豆子も落ち着いて休息が取れないだろう』
「ちょ! それって、俺の事、言ってるよね! ねぇ!?」
『お前以外、他に誰がいると言うのだ? 女にだらしない存在は?』
「違うーー! 俺は、女の子にだらしないわけじゃないの! 俺は、女の子が大好きなだけ! あと、その中でも禰豆子ちゃんは、特別好きなの!!」
「…………わかりました。二人部屋が空いていたはずなので、禰豆子さんはそっちへ行きましょう」

飛鳥と善逸のやり取りを見ていたアオイは、少しだけ考えると、そう飛鳥に言った。
そして、禰豆子たちを別の部屋へと案内すべく、外へと歩き出した。

『……後は、私の方で対応する。お前たちは、もう自分の仕事に戻れ。ここまでの案内、感謝する』
「えっ? あっ、はい……。お前、ちゃんと、怪我治せよ」
「はい! ありがとうございますっ!」
「え~~~っ! 禰豆子ちゃん! 行っちゃうの!? 俺、寂しいよぉ!!」

そのアオイの行動を見た飛鳥は、それに付いて行く為、歩き出そうとする。
その時にここまで一緒に同行してくれていた隠たちにお礼を言った。
それに少しばかり驚きつつも、隠たちもそう言うと自分たちの仕事へ戻るべく部屋を後にした。
善逸に至っては、禰豆子がこの病室から出て行く事に納得出来ないとばかりに、情けない声で叫んだが、それに対して飛鳥は、答えるつもりは全くないようで無視した。

「ごめんなさい、善逸さん! お薬飲んで早く元気になってくださいね! 私、様子見に来ますから!!」
「! うっ、うん! 元気になったら、俺も禰豆子ちゃんの部屋にお見舞いに行くからねっ!!」

なので、禰豆子がそう申し訳なさそうに言うと、善逸は嬉しそうにそう返事した。
とりあえず、禰豆子のおかげで善逸も全力で治療に専念する気になったようだった。
それを聞いた飛鳥が、ちょっとだけ面倒臭そうな表情を浮かべていたが、それを知っているのは、禰豆子だけである。









守るものシリーズの第46話でした!
漸く善逸くんたちと再会した禰豆子ちゃん。
久しぶりに煩い善逸くんを書けて楽しかったです♪
禰豆子ちゃんの事を気遣っているように見せかけて、炭治郎くんの事を気遣っていた飛鳥さんは、やっぱり流石ですねwww
伊之助は、早く元気になってほしいですねぇ(ノ)・ω・(ヾ)

【大正コソコソ噂話】
その一
禰豆子ちゃん本人はまだ無自覚ですが、善逸くんに対して行為は抱いています。
その理由としては、出会った当時に禰豆子ちゃんの額に傷の事など全く気にしていなかったからでした。
傷物である事を少しだけ気にしていた禰豆子ちゃんにとっては、善逸くんの存在がとても好意的に見えています。
※故に善逸に対しての飛鳥の行動は、許せない禰豆子ちゃんだったりします。

その二
禰豆子ちゃんは、ここに来る間、ずっと飛鳥にお姫様抱っこをされています。
飛鳥が男前であったせいもあり、ここへ来るまでにすれ違った隊士は必ず禰豆子ちゃんたちに視線を送っていた為、恥ずかしい思いをしてました。
※後藤さんが同情していたのは、これが理由だったりします。

その三
この時点でアオイちゃんは、まだ飛鳥の事は、人だと思っています。
その為、飛鳥が寝泊まりするのに二人部屋がいいと言っているのだと思っていた為、後日飛鳥が火の鳥かつ、炭治郎くんが寝ている事に非常に驚きます。


R.3 8/26