『…………一つだけ、お前たちに忠告しておこう』

鬼殺隊本部の庭を立ち去る前、そう言った飛鳥は一度振り返った。

『今の私の姿を炭治郎には、決して話すな。もし、話した場合は……その時は、問答無用で灰に変えてやるから、覚悟しておく事だな』

そう言った飛鳥は、再び踵を返すと歩き始めた。
何故、飛鳥がこんな事を釘を刺したのか、この時の禰豆子は、まだ理解する事はできなかった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


何処をどう歩いたのか、飛鳥にお姫様抱っこされた運ばれた為、よくわからなかったが禰豆子は、また別の大きな屋敷へと連れて来られた。

「…………あの……ここは……?」
「別名・蝶屋敷って呼ばれている。蟲柱・胡蝶しのぶ様のお屋敷だよ」

禰豆子のその問いに隠の男はそう答えると、屋敷の玄関を潜り、奥に向かって声をかけた。

「ごめんくださいませー!」
「ごめんくださいー!」

もう一人の隠も声を張り上げてみたが、辺りはシーンとしていて、返事は返って来なかった。

『……誰もいないのか?』
「だっ、誰かはいるはずですけど……勝手に上げるのも……」
「とっ、とりあえず、庭の方に廻ってみましょうか?」

飛鳥が明らかに不機嫌そうな声を上げたた為、隠の二人は慌てた。
また、先程と同じように火の粉を放たれるのは、御免だったのだろう。
でも、だからと言って勝手に上がるわけにもいかないと考えた二人は、一旦玄関を出て、美しく整えられた庭に廻り込む事を提案し、そちらに足を進めた。
庭には色とりどりの花が咲いており、沢山の蝶が舞っていた。
この風景を見た禰豆子は、だからここは、別名・蝶屋敷と呼ばれているのだろうと思った。

「…………お前、もう自分で歩いたら?」
「私も出来れば、そうしたいと思ってはいるんですけど……」
『駄目だ。禰豆子は見ての通りの状態だ。まだ、歩かせるわけにはいかない。……後で必要に応じて、私も治療してやる』

飛鳥にずっとお姫様抱っこされている禰豆子の姿を見た隠は、禰豆子が何処となく恥ずかしそうにしているのを感じ取ったのか、そう言ってくれた。
それを聞いた禰豆子は、そう言って視線を飛鳥へと向けたが、彼は禰豆子の事を放すつもりは全くないようだった。
何だかんだ言いながらも、飛鳥は禰豆子の事も心配してくれてはいるようだった。
そして、先程の柱合裁判のでも話していたが、彼もまた傷を癒す力を持っているようなのだが、それがどんなものかを禰豆子は知らなかった。
なので、それについて質問しようと口を開きかけたその時だった。

「…………あっ、いる。あそこに人」

そう言って立ち止まった隠たちの視線の先には、中庭に造られた池のほとりに一人の少女が立っていた。
彼女も鬼殺隊の隊服を着ていた。

「あれは、えーっと……そうだ! 継子の方。栗花落カナヲ様だ」
「ツグコ? それは、何ですか?」

そう言いながら、禰豆子は彼女の顔を改めて見た。
長い髪を頭の右側の方に一つにまとめ、しのぶが付けていたものとよく似ている蝶の髪飾りを付けていた。
隊服の上に白いマントを羽織っており、禰豆子にも支給されていたのと同じようなキュロットパンツを履いていて、足元は白いブーツだった。

(あっ! ……確か……一緒に最終選別にいた子だわ……)

そして、この前の那田蜘蛛山で炭治郎の頸を斬ろうとした子でもあった。
その事を思い出した禰豆子はハッとし、飛鳥へと視線を向けた。

『…………継子というのは、柱が育てる隊士の事だ。要は、直弟子で柱の後継者。……あの小娘がまさか継子だったとはなぁ……』

その禰豆子の視線に気づいているのか、そう飛鳥は静かに言った。
だが、カナヲに対して、明らかに怒っている事を禰豆子は匂いから嗅ぎ取っていた。
飛鳥のそんな感情など知らない隠の二人は、カナヲに歩み寄って頭を下げた。

「えっと……継子の栗花落カナヲ様ですよね?」
「胡蝶様の申しつけにより参りました。お屋敷に上がってもよろしいですか?」
「…………」

そして、カナヲに対して、そう丁寧に屋敷に上がる事への許可を取ろうとした。
だが、カナヲはニコニコしているだけで何も返事をしなかった。
彼女がどうしたらいいのか困っているようにも禰豆子には見えたのだが、対して飛鳥は、イライラが募っていくのが伝わって来た。

「あっ、あの……よろしい? よろしいですかね……? あの……」
「…………」
『小娘よ。……貴様は、自分の意見というものがないのか?』

そう何度も隠たちに尋ねられても、やはりカナヲは笑っているだけで何も答えてくれなかった。
そんなカナヲに対して、隠の二人は困ったように顔を合わせていると、今度は飛鳥がそう口を開くのだった。

『それとも何か? 貴様は、自分の意思を持たぬ人形なのか? そんな奴がよく、継子などやれたものだな』
「!!」
「ちょっ、ちょっと! 飛鳥! 言い過ぎよ!!」
『私は、ただ事実を言ったまでだ。……こんな自分の考えを持たない連中がいるから、炭治郎の頸が斬られそうになったのだからな』
「…………」

飛鳥の言葉を聞いたカナヲは、少しだけ驚いたように目を見開かせたが、それでも言葉を発する事はなかった。

『どうした? 貴様が人形ではないと言うのなら、何か言ったらどうだ? 自分で考える事を止めていないのなら、あの時の事、貴様は謝る奴がいるのではないのか?』
「…………」
『そうか……。やはり、貴様は……謝る気がないようだな。……ならば……』
「!!」

そう言いながら飛鳥は、禰豆子の身体を抱き直すと空いた左手から勢いよく炎を出現させた。

『ならば、その口を燃やされても、文句はあるまいな?』
「っ!?」
「ヒイィッ!」
「! 飛鳥! ダメ!!」

その炎を見たカナヲと隠たちは、恐怖でこの場から動けなかった。
だが、禰豆子だけは違った。その飛鳥の炎に恐れる事なく、打ち消そうと己の素手でその炎を掴んだのだった。

「っ!!」
『!? ねっ、禰豆子!?』

その途端、禰豆子の手には、熱と激しい痛みが襲った。
そんな禰豆子の思ってもみない行動に飛鳥は心底驚き、すぐさま炎を消した。

『馬鹿か! 炎を素手で掴む奴が何処にいる!?』
「だっ、だって……この前のは、熱くなかったし……」
『あっ、あれは、ちゃんとそうなるよう制御をしていたからだ! もう少し、考えてから行動しろっ!』
「何よ! 大体、あなたは、お兄ちゃんの事になると、すぐ炎を出して来るのは、どうかと思うけど!?」
『そういうお前は、すぐに回し蹴りをするだろうが』
「私の回し蹴りくらいなら、半殺しで済むけど、あなたの炎は違うでしょっ!」
『いや。お前のアレも、打ち所が悪ければ、死ぬぞ。普通に』
(どっちも物騒だわ!!)

自分の行いを咎められる飛鳥は、納得いかないとばかりに禰豆子と言い合いをする。
そんな二人のやり取り隠たちは、ただただ見ているしか出来なかった。
変に間に入って、とばっちりを受けかねないからだ。
恐らくだが、この火の鳥と真面にやり取りをして何も危害を加えられないのは、禰豆子と木箱の中で眠りについている炭治郎くらいだろう。
なので、彼の事を禰豆子に任せ、早く終息する事のみを願っていた。

「とにかく! これ以上、むやみに炎を出すのは、禁止よ! もし、破ったら、お兄ちゃんに全部言いつけるからねっ!」
『なっ!? そっ、それは……』
「別にそれが嫌なら、炎を出さなければ、いいだけじゃない? あと、この事を知ったら……お兄ちゃんは、物凄く怒ると思うけどなぁ♪」
『っ!?』

禰豆子の笑みに飛鳥は、思わず顔を引き攣らせた。
妹想いな炭治郎の事だ。禰豆子の言う事なら、間違いなく信じるだろう。
そして、この事を知られたら、間違いなく怒って、口を利いてもらえなくなるだろう。
その期間もかなり長くなりそうだ。それは、非常にマズい。
また、それと同時に飛鳥の目に飛び込んできたのは、禰豆子の痛々しい手だった。

「わかった、飛鳥?」
『…………あぁ、なるべく気を付けるとしよう』
「うん! わかれば、よろしい!!」

本当だったら、なるべくではなく、絶対にと言わせたかったが、それはやめた。
禰豆子自身もあまり人の事を言えた立場ではないから……。

「どなたですか!!」
「!!」

そんな時、後ろからいきなり声がしたので、隠たちは、ビクッと飛び上がって振り返った。
その声に飛鳥も少し遅れて振り向くと、そこにはまた別の少女が立っていた。
彼女は、隊服の上に看護師のような白衣を着ていた。
そして、二つに分けて結われた髪には、やはり蝶の髪飾りが付いていた。

「あっ、いえ! あの……胡蝶様に……」
「あぁ、隠の方ですか? ……怪我人ですね、こちらへどうぞ」

彼女は、禰豆子や隠たちの事を確認すると、そう言って踵を返してキビキビと歩き出した。
漸く蝶屋敷の中で話が通じる人物を見つけた隠たちは、ホッと胸をなでおろしながらも、彼女の後を慌てて付いて行った。
飛鳥に至っては、禰豆子の身体を労わっているのか、ゆっくりとその後を付いて歩いた。
その為、禰豆子もゆっくりと振り向いてカナヲの姿を確認することが出来た。
彼女は、まだ少し驚いている様子だったものの、その微笑みは絶やしてはいなかった。
そして、彼女の周りには、ヒラヒラと蝶が舞っていた。

「飛鳥の事、本当にごめんなさいっ! ……また、ゆっくりとお話しようね!」

その禰豆子の言葉にカナヲは、少しだけ驚いたような表情を見せたが、やっぱり何も言葉を発する事はなかったのだった。









守るものシリーズの第45話でした!
漸く蝶屋敷へとやってきた禰豆子たち。
蝶屋敷についたのに、まだ禰豆子この事を放すつもりがない飛鳥の過保護っぷりは、面白いですねwww
そして、カナヲとのやり取りについては、予想通りというか、何と言うかの展開になってしましました。そして、何気に無茶をする禰豆子ちゃん。。。
次回は、善逸くんたちとの再会となります!

【大正コソコソ噂話】
その一
飛鳥の炎は、燃やす対象とそうでない対象を制御することが出来ます。
ただ、咄嗟には判断が出来ない事もある為、誤って燃やしてしまう事もあります。
※ただし、炭治郎くんに関しては、その制御の必要ななく、無条件で燃やされません。

その二
飛鳥の柱たちに対しての印象その①

水柱:炭治郎が好きだから、ある程度のことは許す
炎柱:炭治郎の父親と勘違いされて若干複雑。要注意人物
蟲柱:笑っているが、怒らせると怖い人
音柱:嫁多すぎて、炭治郎の教育上悪い。要注意人物
恋柱:好感は持てるが、目の場に困る。様子見が必要

その三
飛鳥の柱たちに対しての印象その②

蛇柱:禰豆子の扱いに対して、怒り。要注意人物
霞柱:何考えているかよくわからない。昔の自分によく似ている気がする
岩柱:意外と現柱の中では一番マシな人では?
風柱:嫌い。今度会ったら、絶対に燃やす!


R.3 8/26