「鬼を守ったバカ隊員は、そいつかいィ。一体全体、どういうつもりだァ?」
「っ!?」

その顔も身体も傷だらけの青年が左手に掲げている木箱を見た禰豆子は言葉を失った。
その木箱からは、間違いなく禰豆子の兄――炭治郎の匂いがしたからだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「困ります、不死川様! どうか箱を手放してくださいませ!」

木箱を持ってこちらへと歩いてくる傷だらけの青年――不死川実弥の後ろから二人の隠の隊員がオロオロしながら追いかけてきて、そのうちの一人がそう言った。
その隠たちの様子からして、彼らが見張っていたその木箱を実弥が隙を見て無理矢理奪って来たのだろう。
そして、今になって理解した。義勇が禰豆子たちの会話に入らず、何処かを心配そうに見つめていた理由が……。
義勇のその視線の先には、間違いなくあの木箱があり、それを遠くから見守っていたのだろう。
誰から危害を加えられないように、ずっと……。
だが、途中から禰豆子たちと会話をした事でその視線も外れた。
その一瞬の隙にあの木箱は奪われたのだ。

「……不死川さん、勝手な事しないでください」

それを見たしのぶは、立ち上がると実弥の事を睨みつけた。
その瞳には、確かな怒りが滲んでいた。
そんなしのぶに対して実弥は、全く動じていない様子で薄ら笑いを浮かべながら、炭治郎が入っている木箱をかざした。

「鬼が何だって、嬢ちゃん? 今まで人を喰ってないだァ? そんな事はなぁ――――」

木箱を手にしていないもう片方の手が日輪刀へと伸びる。

「あり得ねぇんだよ! バカがァ!!」
「っ!!」

そして、実弥はそう叫びながら、何の躊躇いもなく、日輪刀を木箱に突き刺した。
辺りにドスッ、という鈍い音が響いたが、それ以外の音は何もしなかった。
だが、それを見た禰豆子の頭の血は、昇りかけていた。

「何だよォ? これ? 本当にこん中に鬼が入っているのかよォ?」

呻き声すら上がらなかった事に少し疑問を感じたのか、実弥はグリグリと日輪刀を動かした。
それでも、相変わらず声は聞こえてこなかったが、代わり箱の底から徐々に血がポタポタと滴り落ち始めた。
それを見た瞬間、頭の中で何かがプツリと切れる音が禰豆子には聞こえてしまった。

「何だよォ! ちゃんと入っているじゃねぇかァ!!」
「不死川! お前――――!!」

その血を見た実弥は、楽しそうに笑ったが、義勇も怒りから声を荒らげた。
そして、実弥から木箱を奪い返そうとする義勇だったが、信じられないものを目にする。
つい先ほどまで、地面に寝かされていたはずの禰豆子が、いつの間にか起き上がっており、実弥目掛けて飛び込んでいったのだ。
そして、そのまま、見事なまでの回し蹴りを実弥の頭に食らわせた。
その予想外な禰豆子の動きに実弥は、その蹴りを真面に食らい、面白いくらいにひっくり返るのだった。
それを見た義勇は、その痛みもよく知っているという事もあり、少しだけ同情の眼差しを実弥に向けた


また、蜜璃を除く他の柱たちは、その禰豆子の身のこなしに驚いている様子だった。

「…………ブフッ! ……すっ、すみません……」

蜜璃は、ひっくり返った実弥の姿に堪え切れず、吹き出してしまった事を謝っている。
その間にも、禰豆子は炭治郎が入っている木箱を守るように己の背中で庇い、柱たちを睨みつけた。

「…………この程度、なんですか?」

そして、そのまま禰豆子は、静かにそう言った。

「冨岡さんが凄い人だったから私、少しだけ期待していたのに、正直ガッカリです。結局……あなたたちも他の鬼殺隊員と何ら変わらないんですね」
「! てめェェ……そらァ……どういう意味だァ!!」
「だって、そうじゃないですか? ただ鬼だからという理由だけであなたたちは、すぐに頸を斬ろうとするじゃないですか?」

禰豆子の言葉を聞いた実弥は、ふらつきながらも立ち上がるとそう吠えた。
どうも彼は、義勇の事を何かと意識しているようだった。
自分が義勇より劣っている言われた事が、余程悔しかったのだろう。
だが、そんなものは、禰豆子には正直どうでもよかった。
ただ真実を伝えただけ。それだけだった。
彼らがこんな感じだから、きっと飛鳥も我を忘れて、お兄ちゃんを守る為に人を傷付けるという手段を取ってしまうのだろうと、禰豆子はそう結論付けた。

「……善良な鬼と悪い鬼との区別も付けられないのでしたら、柱なんて辞めてしまった方がいいです。それが出来ないのなら、あなたたちはいつまでもこの現状を変える事なんて、出来ませんから」
「てめェェ……」
「――――そうだね、君に意見は、一理ある」

「!!」 禰豆子の言葉を聞いた実弥は、明らかに不快な表情を浮かべた。
そして、今にも禰豆子の事を殴りかかりに行きそうだったが、その時辺りに一つの声が響いた為、実弥だけでなくここにいる柱全員の動きが止まった。
その声に禰豆子は、視線を変える。
いつの間にか屋敷の奥の襖が開かれており、振袖を着た少女が二人、その傍に膝を付いていた。
そして、その襖の奥には、一人の男が立っていた。

「……人は変われる生き物だ。それは、良いようにも悪いようにも変われる。そして、そのきっかけは……人との出逢いが大きく関係していると私は思うよ」

男はそう言いながら、二人の少女に支えられながら、そのまま縁側の手前まで歩み寄って来た。

「よく来たね。私の可愛い剣士(こども)たち」

とても穏やかな声が辺りまた響くのだった。





* * *





「おはよう、みんな。今日は、とてもいい天気だね。空は……青いのかな?」

男はそう言うと、少し顔を上げて風を感じるように目を細めた。
だが、その瞳は明らかに白く濁っており、見えていないようだった。
また、彼の顔の上半分は、爛れたように紫に変色していた。

「顔触れが変わらず、半年に一度の柱合会議をまた迎えられた事、嬉しく思うよ」
(傷……? いや、それとも、これは、病気なのかしら?)

そして、この人が、先程から話が挙がっていたお館様なのだろうか?

「っ!!」

そう禰豆子が考えていたその時だった。
禰豆子のこの一瞬の隙をついて、実弥が禰豆子の頭を地面に押さえつけたのだ。
その尋常じゃない速さに禰豆子は全く反応できなかった。
禰豆子は、それから逃れようと身体を動かそうとしたが、途中で止めた。
それは、他の柱たちが横一列に並び、各々庭に片膝を付いて、深く頭を垂れていたからだった。
さっきまで木の上にいた伊黒も、皆から距離を取っていた義勇でさえも……。

「ありがとう、実弥」

実弥は、禰豆子の頭を押さえる力を決して緩める事無く、そのままそう言った。
それに対して、お館様――産屋敷耀哉は、二人の少女の手を借りながら、座敷にゆっくり腰を下ろした。

「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門禰豆子とあの鬼について、ご説明いただきたく存じますが、宜しいでしょうか?」
(……ちっ、知性も理性も全くなさそうだったのに……凄い。きちんと話をしている……)
「……そうだね。驚かせてすまなかった。ちゃんと話をしよう」

実弥のその態度に禰豆子は、驚いた。
だが、産屋敷に至っては、特に動じる事もなく、穏やかに微笑んで頷いていた。

「……二年程前の柱合会議が終わった後、私は義勇から話を聞いて、炭治郎が鬼舞辻に狙われているという可能性を考え、彼を保護すべく義勇に迎えに行ってもらった」
「えっ……?」

その産屋敷の言葉に禰豆子は思わず声が漏れた。
その話は、禰豆子も今まで知らなかった事だったから……。

「冨岡さん……今の話……本当ですか?」
「…………本当だ」

その事について禰豆子は、義勇に問いかけると、彼はそう短く答えた。

「……炭治郎が鬼になってしまったのは、全て俺の責任だ。俺が……間に合わなかったから……」
「っ!!」

そして、決して禰豆子と目を合わせる事なくそう言った義勇に対して、禰豆子は何も返す言葉が見つからなかった。
彼は、この二年もの間、ずっとそうやって己の事を責めていたに違いない。
だったらどうしてと、責めたほうが、彼の気持ちはきっと楽になるかもしれない。
そう思っていても、それを禰豆子はしようとは思わなかった。
それが、間違いである事を禰豆子自身、よくわかっている事だったから……。
その原因は、禰豆子にもあるのだから……。
もし、あの時、禰豆子が町に行かず、藤の花の香り袋を託されていなければ、きっと、お兄ちゃんは……。

「……あの時、私が君を長い間引き留めずにいたら、最悪な事態を防げていたかもしれない。これはね、私のせいでもある。決して、君独りのせいではないよ」
「…………」

そんな義勇に対して、産屋敷はそう優しく言った。
もしかすると、彼はずっとこういう言葉を義勇には、かけていたのかもしれないと禰豆子は思った。

「だからこそ、私は義勇に炭治郎の捜索をお願いし、禰豆子に対してはそれを黙認していたんだよ。鬼舞辻が異常なまでに執着した彼の事をそのままにしておくわけにはいかなかったからね。だから、君たちにも認めて欲しい。……炭治郎を鬼殺隊の一員として迎え入れる事を」
「!!」

そして、そうお願いした産屋敷の言葉に禰豆子だけでなく、柱たちまでもがザワついた。

「嗚呼……。例え、お館様の願いであっても、私は承知し兼ねる……」
「俺も派手に反対する。鬼を鬼殺隊の一員になど認められない」

悲鳴嶼はそう言いながら合掌をし、宇髄は恰好を付けながらそう言って反対した。

「わっ、私は、全てお館様の望むまま従います」
「…………僕はどちらでも……。すぐに忘れるので……」
「…………」

蜜璃と時透は、そうそれぞれ言った。
これを聞く限りでは、一応二人は賛成してくれるようだった。
しのぶと義勇は、黙ったままで、そんな二人の方をちらりと見た後、伊黒がネチネチと口を開いた。

「信用しない。信用しない。そもそも、鬼は大嫌いだ」
「心より尊敬するお館様であるが、理解できないお考えだ! 全力で反対する!」
「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。そもそも、鬼が人の為に戦う事などありはしない」

そう煉獄もはっきりと言い切った。
圧倒的な反対意見を聞き、実弥もそう訴えた。

「……それなら、鬼でも人の為に戦える事が証明出来たらいいのかな?」

そんな柱たちの意見を静かに聞いていた産屋敷だったが、全てを聞き終わってから小さく頷いてそう言うと少女に声をかけた。
少女の一人がそれを受けて一度屋敷の奥へと消え、再び戻って来た時には何かを持っていた。
一つは、手紙らしきものを持っていて、そして、もう一つは……。

「あの……お館様。それは、一体……?」
「それが何なのか、是非とも禰豆子の鼻を使って当てて欲しいんだけど……いいかな?」
「えっ……? 私にですか!?」

それを見たしのぶが、少し困惑したように口を開くと、産屋敷は優しく微笑んでそう言った。
その言葉に禰豆子は、ただただ驚くしかなかった。

「君の鼻の良さは、もうみんなも確認してもらっているみたいだからね。……お願いできるかな?」
「…………わかりました。やってみます」

正直、何故、そんな事をさせるのか、その産屋敷の意図が全く理解できなかった。
だが、ここでそのお願いを断っても禰豆子には何にもいい事などはない為、それを承諾した。
そして、禰豆子はその謎の物体の匂いを確かめる為、意識を集中させた。

(…………えっ? これって……どういう事!?)

そして、その匂いを認識した途端、禰豆子は混乱した。
何故、この物体からこんな匂いがするのかが、わからなかった。
そして、なかなか答えない禰豆子に対して、柱たちの苛立ちは徐々に募っていく。

「……おい! どうしたって言うんだァ! 何の匂いがしたのか、さっさと言えェ!!」
「そっ、それは……」
「禰豆子さん、ゆっくりでいいので、感じた匂いをそのまま言ってください」

その優しく言葉を促すしのぶの声に禰豆子は、一度息を大きく吸ってから言った。

「……その物体からは、二つの匂いを感じ取りました。一つは、全く知らない鬼の匂いです。そして、もう一つが…………」

その事実を口にする事を一瞬躊躇った禰豆子は、再度大きく息を吸った。

「…………そして、もう一つは……私の兄の匂いがしました」
「!?」
「うん……。やっぱり、そう言う事だったんだね」

禰豆子の言葉を聞いた柱たちは、皆驚きの表情を浮かべていた。
だが、既にその事を知っていたのか、産屋敷だけは納得したように頷いていた。
「あっ、あの……すみません。それは、一体、何ですか? どうして、それからお兄ちゃんの匂いがするんですか?」
「これはね……〝鬼の死体〟なんだよ」
「えっ!?」

その問いにもそう穏やかに答えた産屋敷の言葉に禰豆子は思わず声を上げてしまった。
そんなものは、普通ならあり得ない代物である。
通常、日輪刀で斬られた鬼は、灰となって消えてしまい、死体など残らないのだから……。
だから、普通の鬼殺の剣士なら目の前にあるその赤く結晶化してしまったような人の腕を見ても、そうは思わないだろう。
でも、禰豆子は違った。彼女から、球世から事前に話を聞いていたから……。

「……ここ数ヶ月の間、鬼殺隊の隊員ではない何者のかが、鬼を滅しているという噂が出回っていた」

そんな禰豆子や柱たちの様子に気付いているのか、いないのか、禰豆子にはわからなかったが、産屋敷は更に話を続けた。

「その時は、大抵このような結晶化したような物が砕け散った状態で残されている事が多いらしい。……ここまでの私の話と先程の禰豆子の証言から私が何が言いたいのか……わかるかな?」
「つまり、竈門くんには、他の鬼とは違って、鬼を滅する力を持っているという事でしょうか?」
「そうだよ。しのぶの言う通り、炭治郎には、そういった力が備わっているんだ。これは、貴重なものだから、後でしのぶの屋敷に送っておくね」

しのぶの言葉を聞いた産屋敷は、優しく微笑むと持っていた鬼の腕と手紙を少女たちに手渡した。
手紙を受け取った方の少女は、それをゆっくりと広げると喋る出す。

「こちらの手紙は、この鬼腕と共に元柱である鱗滝左近次様からいただいたものです。一部抜粋して、読み上げます」
(えっ? 鱗滝さんからの手紙!? 鬼の腕と一緒にって事は……鱗滝さんはお兄ちゃんに会ったって事!?)

わからない事がいっぱいあり、困惑している禰豆子を余所に少女は、手紙を読み進めた。

「――――〝禰豆子が鬼である兄、炭治郎と再会し、共にいたいと願った場合、どうかお許しください。〟……」

『炭治郎は、私に己が斬られるかもしれないというのに、二年間妹の面倒を見ていた事に対して、お礼を言いに私の許へとやって来ました。
俄かには信じがたい状況ですが、彼を一目見ただけでこの長い歳月の間、人を一人も喰っていないという事、そして、強靭な精神で人としての理性を保ち、人の為に鬼狩りをしているという事がわかりました。
だからこそ、私たちは、彼らに懸けてみたいと思います。
もしも、炭治郎が人を襲いかかった場合は――――』

「――――〝竈門禰豆子及び、鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します〟」
「…………えっ?」

その手紙の内容を聞いた時、禰豆子の胸はいっぱいとなり、自然と涙が溢れ出していた。
何も知らなかった。義勇が、そして、鱗滝までもがそこまでの覚悟で自分たちの事を庇っていてくれようとしていた事を……。
ずっと、何も知らなかった事がただただ申し訳なかった。

「…………大丈夫だ、禰豆子。お前たちの事は……俺が今度こそ必ず守る」
「冨岡さん……」

そう言った義勇は、禰豆子の方を見ようともしていなかったが、その想いだけはしっかりと禰豆子に伝わった。

「だから、俺の事も『お兄ちゃん』と呼んでもいいぞ」
「あっ、それは、無理です。っと言いますか、勝手にお兄ちゃんを嫁にしないでください」
「…………」

だが、次に発せられた義勇のその言葉と若干の下心の匂いにより、禰豆子は少しだけ考えを改めた。
忘れていた。彼は、お兄ちゃんに対して、好意を寄せていたという事を……。

「…………せっ、切腹するから何だと言うのか。死にたいなら、勝手に死に腐れよ。何の証明にもなりません」

そんな会話を義勇と禰豆子が繰り広げてしまったせいだろうか。
また、実弥が納得できないようにそう言った。

「不死川の言う通りです! 鬼を滅する力があったとして、鬼である事には変わりない! 人を喰い殺せば、取り返しがつかない! 殺された人は、戻らないっ!!」
「確かにそうだね。人を襲わないという保証はまだできていない。そして、証明もできない。……ただ――――」

実弥の言葉に続けて煉獄もそう言った。
二人の言葉を聞いた産屋敷は、そう静かに頷くとそう言葉を続ける。

「ただ……人を襲うという事もまた、証明ができていない」
「!!」

その紛れもない事実に実弥が息を呑んだのがわかった。

「共に時を過ごしてはいなかったとは言え、炭治郎が二年以上もの間、人を喰っていない事を二人も証言している。そして、炭治郎の為に三人の者の命が懸けられている。これを否定する為には、否定する側もそれ以上のものを差し出さねばならない」
「…………っ」

その言葉に実弥だけでなく、煉獄も返す言葉が見つからない様子だった。

「それに、彼女は、鬼舞辻とも遭遇している。それも二回も」
「!?」

柱たちを見回しながらそう言った産屋敷の言葉に明らかに柱たちが色めき立った。

「そんな、まさか……!?」
「柱ですら、誰も接触した事がないというのに……それも二回も!?」
「こいつが!?」

あんなにも姿勢を崩さなかった柱たちが皆、身を乗り出して口々に禰豆子に質問をし出した。

「どんな姿だった!? 能力は!? 場所は何処だ!?」
「戦ったの?」
「鬼舞辻は、何をしていた?」
「根城は、突き止めたのか!?」
「えっ? えっ!?」

その質問攻めに禰豆子は、ただただ混乱していた。
無惨と遭遇した事がこんなにも珍しい事だったという事を禰豆子は、この時まで知らなかったのだ。
そんな状況を見兼ねたように産屋敷がすうっ、と右手の人差し指を唇に当てた途端、柱たちがはピタリと口を閉ざして静止した。
たったそれだけで、この場を収めてしまう彼の凄さに禰豆子は改めて感じた。

「それだけじゃない。鬼舞辻は、炭治郎だけでなく、禰豆子に対しても追っ手を放っているんだよ。その理由は、単なる口封じかもしれないし、禰豆子を使って炭治郎の事を誘き出そうとしていたのかもしれない。どちらにしても、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくはない。炭治郎は、鬼舞辻にとっても、それだけの価値がある存在なんだよ。……わかってくれるかな?」
「…………」

流石に産屋敷にそこまで言われてしまったら、反論もできないのか、柱たちは暫くの間、各々考えを廻らせているようで黙っていた。

「わかりません、お館様!」

だが、その静寂を破ったのも、やはり実弥だった。
どうしてこの人は、こんなにも……。

「人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です。承知できない」

そう言うと実弥は、いきなり腰にある日輪刀を抜いた。
そして、その刀を己の右腕に滑らせて自傷行為を行った。
それにより、実弥の腕から血が流れ出す。

「お館様……! 証明しますよ、俺が!! 鬼という物の醜さをっ!!」
「実弥……」

産屋敷の何処か哀しそうな声が辺りに響く。
だが、それを気にする事なく、実弥は炭治郎の入っている木箱の上に己の腕をかざし、己の血をボタボタと垂らし始めた。
実弥の血が見る見るうちに木箱へと染み込んでいくのがわかる。

「オイ、鬼!! 飯の時間だぞ、食らいつけっ!!」
「不死川。日なたでは駄目だ、日陰に行かねば、鬼は出てこない」
「……それもそうだな」

伊黒のその冷静な助言に実弥は、頷いた。

「……お館様、失礼仕る」

産屋敷に対してそう先に詫びを入れてから、実弥は炭治郎の木箱を掴んで、ドンッ、と一跳びした。
そして、木箱を産屋敷と少女たちが座っている座敷の奥の日が届かない暗がりへと放り投げた。

「お兄ちゃん! やめ……っ!!」

それを見た禰豆子は、思わず止める為に飛び出そうとしたが、伊黒がそれを邪魔をした。
容赦なく伊黒から肘で押さえつけられ、背中から胸を潰される。
そのせいで息も、動く事も、禰豆子は真面にできなくなってしまった。

「出て来い、鬼ィィ! お前の大好きな人間の血だァ!!」

実弥はそう叫びながら、何度も日輪刀を木箱へと突き立てた。
そして、最終的には乱暴に木箱の蓋を剝ぎ取った。
すると、木箱の中からゆっくりと人影が現れる。
最初は、幼子のように小さかった人影が見る見るうちに少年くらいの大きさまで成長していった。
そして、その姿を見た柱たちは皆、息を吞んだのが伝わってくる。
目の前に突如現れた美しき鬼の姿を見て……。









守るものシリーズの第42話でした!
今回で漸く、お館様を柱合裁判に登場させることが出来ました!
冨岡さんは、禰豆子ちゃんからの評価を上げた後下げるのが上手いですねwww
そして、次回、漸く柱たちと炭治郎くんが本格的にご対面を果たします!

【大正コソコソ噂話】
その一
禰豆子ちゃんが球世さんと話をした結果、炭治郎くんはこの二年間、禰豆子ちゃんが鱗滝さんにお世話になっていた事を知ります。
その為、鱗滝さんにそのお礼を言いにわざわざ狭霧山まで出向いてお礼を言いに行っています。

「……鱗滝先生に……斬られることは考えなかったのか?」
「いえ! 全然考えてなかったです!!」
「…………そうか」

その二
炭治郎くんと鱗滝さんが出会ったタイミングは、丁度炭治郎くんが狭霧山に向かう途中で鬼が人を襲っていたところを助けたところでした。
炭治郎くんの匂いがほぼ人間に近かった為、出会った直後の鱗滝さんは、かなり混乱したそうです。

その三
お館様は、炭治郎くんが連れ去られた時に禰豆子ちゃんが鬼舞辻に遭遇している事も含めた為、二回会ったと柱たちには言っています。
それによって、少しでも禰豆子ちゃんに対しての付加価値を上げようとしています。


R.3 6/28