「――――さん。……おき……て」

声が聞こえる。誰かの声が遠くの方から聞こえるような気がした。
その声の主は一体、誰だろうか?
お兄ちゃんだろうか?
いや、違う。この声は――――。

「禰豆子さん、起きてください」
「!!」

そう耳元で囁かれた禰豆子は、はっと目を覚めすのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(えっ、えーーっと……。これは、今、どいう状況?)

今まで白い玉砂利が敷き詰めれていた地面の上にうつ伏せで眠っていた禰豆子は、ここに来るまでの事を何とか思い出そうとする。
炭治郎の事で我を忘れて終い激高した飛鳥の事を何とか落ち着かせられたところまでは憶えていた。
その後、義勇たちと鬼殺の本部へ向かう事になったのだったが、どうやらそこで本当に体力の限界がきてしまったらしく、ぱったりと意識が飛んでしまったようだった。
そして、漸く意識を取り戻した禰豆子は、今こうやって寝かされていた。
いや、寝かされているというより、転がされているといった表現の方が正しいかもしれない。
しかも、腕を後ろ手に縛られていて、動かせない状態で、怪我の手当てもまともにしてもらえなかったのか、動かそうとすると身体中が痛かった。
かろうじて頭を上げる事は出来たので辺りを確認すると、近くには覆面で顔を隠した男の姿と那田蜘蛛山で出会ったあの蝶の羽織の女剣士――胡蝶しのぶがいた。
そして、さらに禰豆子は辺りを見渡してみるとここは、どうやら大きな屋敷の庭先だという事がわかった。
美しく手入れの行き届いた庭木や池が見え、その池を背景にずらりと五人の男女が並んで禰豆子の事を見下ろしていた。

「すみません、禰豆子さん。こちらに早く向かいたかったので、ちゃんと手当もしてあげられなくて……」
「あっ、いえ……。ここは……一体……?」

少し申し訳なさそうにしのぶが言ったのに対して、そう禰豆子は問いかけた。
本当は、他にも訊きたい事はあった。
ここにいる人たちは、一体誰なのか?
そして、どうして、私は縛られているのかを……。

「ここは、鬼殺隊の本部です。あなたは今から、裁判を受けるんですよ、竈門禰豆子さん」
「えっ? さっ、裁……判?」

そのしのぶの言葉に禰豆子は、ただただ困惑するしかなかった。
何故、私が裁判を受けなければいけないのだろうか?

「裁判の必要などないだろう!」

すると、焔を思わせるような髪を持ち、双眸を見開いた眼力を持つ明朗快活な青年――煉獄杏寿郎が明朗快活な口調でそう言った。
それを聞いた禰豆子は、彼が自分の事を庇護してくれるのだろうと思った。

「鬼を庇うなど、明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能! 鬼諸共斬首する!!」
(えっ?)
「ならば、俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ!」
(ええっ!?)

だが、次に煉獄が言った言葉を聞いた禰豆子は、そうではなかったことを思い知らされた。
そして、それを受けて、輝石をあしらった額当てを着け、パンクファッション風の派手な化粧をしている青年――宇髄天元が笑って答えた。
その隣では、桃色から緑色のグラデーションという目立つ髪色をした少女――甘露寺蜜璃が頬を赤らめながら、こちらを見つめていた。
何やら、口元をもごもごと動かしているようにも禰豆子には見えたが、何を言っているかまでは聞き取れなかった。

「あぁ……なんというみすぼらしい子供だ。可哀想に……。生まれてきた事自体が可哀想だ」
「……何だっけ、あの雲の形……。何て言うんだっけ……」

また、ここにいる中で一番大柄の男――悲鳴嶼行冥がそう言いながら涙を流している。
その近くには、まるでこの出来事の事など一切興味を示していないのか、腰に届くほどの長い髪を持つ小柄な中世的な顔立ちの少年――時透無一郎は空を眺めてそう呟いていた。
彼らが、以前、義勇から聞いていた鬼殺隊の中でも最も位の高い剣士たちの柱なのだろう。
義勇もそうだが、一目見ただけでも彼らが、個性的である事は、よくわかった。

「殺してやろう」
「うむ!」
「そうだな、派手にな!」
(! そうだわ、お兄ちゃん! お兄ちゃんは……何処?)

悲鳴嶼、煉獄、宇髄がそれぞれ頷きあっている中、禰豆子は必死に辺りを見渡して炭治郎の姿を捜した。
自分の事は、どうなってもいい。せめて、お兄ちゃんだけでも守らなければ……。
そう思っているのに、禰豆子の目は炭治郎の姿を捉える事が出来なかった。
そして、この場に善逸や伊之助、那田蜘蛛山で一緒に戦っていた先輩村田の姿もない。
あと、飛鳥の姿も……。
飛鳥は多分大丈夫だろうが、他のみんなは無事なのだろうか?
とても心配になってきた。

「禰豆子さん、安心してください。竈門くんは、今は別の場所で待機しています。念の為、予めこちらで用意した木箱には入ってもらていますが、すぐに殺したりはしませんから」

そんな禰豆子の様子に気付いたのか、そうしのぶが優しく言った。

「…………そんな事より、冨岡はどうするかね?」
「!?」

すると、少し離れた場所から別の男の人の声が聞こえてきたので、禰豆子は視線を変えた。
そこには、大きな松の木があり、その木の枝に白黒の縞模様の羽織を来た青年が寝そべっていた。
彼の首には、白い蛇が巻き付いている。

「拘束もしていない様に俺は、頭痛がして来るんだが……。胡蝶めの話によると、隊律違反は同じだろう? どう処分する? どんな目に遭わせてやろうか?」

彼――伊黒小芭内の言葉を聞いて、禰豆子はこの場に義勇もいた事に漸く気付いた。
しのぶたちから結構離れた位置でポツンと独り立っていたので、今まで気付かなかったのだが、彼もまた柱の一人なので、この場にいること自体は何もおかしくはないのだが、それにしても気配を消し過ぎているのではないかと禰豆子は思ってしまった。
そして、当の義勇に至っては、伊黒の言葉など一切気にしていないのか、何処かの方向を心配そうに見つめているように禰豆子には見えた。

「まぁ、いいじゃないですか。大人しく付いて来てくれましたし……。冨岡さんの件は、ちょっと色々と問題はありましたが、おそらくお咎めなしになるかと思いますし……」
「胡蝶? それは一体どういう――」
「それよりも、私は禰豆子さんの方から話を聞きたいですよ」

ネチネチと絡んでくる伊黒に対して、しのぶはそう窘めながら、禰豆子の事を見つめた。
それに対して、禰豆子もしのぶの方へと身を向き直そうとした。
そして、再び声を出そうと口を動かした途端、禰豆子は激しく咳き込んでしまった。

「水を飲んだ方がいいですね」

それを見たしのぶは、そう優しく言うと、小さな瓢箪を取り出して、禰豆子へと差し出した。

「どうぞ。ゆっくり飲んでください。鎮痛薬が入っているので楽になります。ですが、怪我が治ったわけではないので、無理はいけませんよ」
「あっ……はい……」

しのぶの言葉に素直に従い、禰豆子は瓢箪に口を付けた。
この時になって、喉がカラカラになっている事にも気付いた。
鎮痛薬が入っているからなのか、微かに甘みのある水が身体の中に染み渡っていく。
そして、しのぶが言っていた通り、痛みが引いて急に楽になったような気がした。

「…………あっ、あの……飛鳥は……?」

そして、この庭に飛鳥の事を禰豆子は、しのぶにまずは問いかけてみた。
飛鳥は、お兄ちゃんの傍にいるのだろうか?

「飛鳥? それは……あの不思議な鳥の事ですか?」

それに対して、しのぶは何故か少し困ったような表情を浮かべた。

「途中までは、一緒にいたはずなのですが……気付いたら、いつの間にかいなくなっていました」
「そっ、そう……なんですね……」

という事は、飛鳥は何処かで一定の距離を取って禰豆子立の事を見ているのかもしれない。
禰豆子の事はともかく、炭治郎の事を大切に想っている飛鳥がいなくなる事はありえないだろう。
また、変に暴走しなければいいのだが……。

「それで、禰豆子さん。禰豆子さんが知っている範囲でいいので、竈門君の事を教えてもらえないですか? 冨岡さんの話だけでは、少し物足りないので」
「…………」
「……私のお兄ちゃんは、鬼舞辻無惨に鬼にされて……私の目の前で……連れ去られました」

しのぶの言葉に義勇の眉が少しだけ動いた。
水を飲んだおかげで口が動かしやすくなった禰豆子は、ゆっくりと話し出した。
今でも、あの時の事を思い出すと、絶望で胸が痛くなる。

「だから、私は鬼殺隊に入って、お兄ちゃんの事をずっと捜してました。……そして……あれから二年もの月日が経っていたのに、お兄ちゃんが……人を喰った事がないのだと、あの日再会してすぐにわかりました。……二年前と変わらない優しいお兄ちゃんのままだったって……」

本当にその事については、禰豆子自身も驚きが隠せなかった。
二年近く眠りについていたから、そう言った事が出来たかもしれない。

「信じてくださいっ! お兄ちゃんは、今までも、そして、これからも人を傷付けるような事は、絶対にしません!」
「くだらない妄言を吐き散らすな」

必死に訴える禰豆子に対して、そう切り捨てたのは伊黒だった。

「そもそも、身内なら庇って当たり前。言う事全て信用出来ない。俺は信用しない」
「あぁ……。鬼に憑りつかれているのだ。早くこの哀れな子供を殺して、解き放ってあげよう」

伊黒の言葉を聞いた悲鳴嶼もそう泣きながら数珠を繰る。

「まっ、待ってくださいっ! 本当にお兄ちゃんは人を喰って――」
「そもそも、それが信じられないんだろ、アホが。二年も逢ってなかったのに、何でその鬼が人を喰っていないと断言出来るんだよ? 人を喰ってない事、これからも喰わないって事、口先だけでなく、ド派手に証明してみせろ」
「っ!!」

その宇髄の言葉に禰豆子は、思わず息を呑んだ。
確かに、彼の言う事は一理ある。
禰豆子は、この二年、ずっと炭治郎と一緒にいたわけではないのだ。
だから、例えそれが事実であったとしても信憑性が欠けてしまうのだ。
禰豆子の事や炭治郎の事をよく知っている義勇だったから、すぐに信じてくれたのだ。
でも、だからと言ってここで諦めるわけにはいかなかった。
諦めてしまったら、それは死を意味しているのだから……。
だが、口数の少ない義勇からの援護はほぼ見込めないだろうし、逆に火に油を注ぎかねないと禰豆子は思った。
だから、禰豆子は必死に考えた。

「……お兄ちゃんが、今まで人を喰っていない事なら……証明できますよ?」
「…………何?」

そして、考えた結果、禰豆子がそう言う答えると、宇髄の眉が微かに動いた。

「はい。私もお兄ちゃんも、人より鼻が利くんです。だから、私には、遭遇した鬼が今までそれだけ人を喰らったのかある程度分かるんです!」
「そんな事、あり得るのかよ?」
「……確か、元柱である鱗滝殿も非常に鼻が利いていたと聞く。それで相手の鬼の力量を把握していたと……」
「その元柱とこいつらが、同じくらい鼻が利くだと? にわかに信じられんなぁ?」
「だったら……ちょっと、試してみますか?」

明らかに禰豆子の事を疑っている彼らの匂いを禰豆子は確かめ始めた。

「…………そこのお二人は、今日は一緒に食事に行かれましたか? お二人から同じ出汁の匂いがします。食べたのは……かつ丼ですね」
「よもや! 当たっているぞっ!?」
「そうなの! お蕎麦が美味しいお店だったんだけど……かつ丼が美味しそうだったから、つい」
「そして、あなたは、ここに来るまでに猫と遊んでましたね。しかも、三匹。あと……あなたの近くにも鬼に似たような存在がいるみたいですけど?」
「!?」

そして、匂いを嗅ぎ取った結果から、煉獄と蜜璃、そして、悲鳴嶼の行動を推理した事を言った。
それを聞いた煉獄は驚いたように、蜜璃は少し恥ずかしそうにそう声を上げ、悲鳴嶼はピクリと眉を動かした。

「そっ、そんなの、たまたま当たっただけだろが。俺だってかつ丼くらい食う」
「いや、蕎麦が美味い店だったら、普通蕎麦食うだろうが。ってか、お前、小食じゃなかったか?」
「! だっ、だとしても、甘露寺となら――」
「ちなみにあなたからは、あの人に対しての好意の匂いが駄々洩れですよ。正直、匂いを嗅がなくてもわかりますけど」
「!?」

それを見た伊黒がすかさず文句をいれるも、それを呆れたように宇髄がそう言った。
そして、そこに止めとばかりに禰豆子がそう言った事によって、伊黒は完全に黙った。
その為、禰豆子は、今度は宇髄の匂いを確認しようとしたが、それを匂いを確認した途端、嫌な気持ちになった。

「なっ、何だよ、その表情は?」
「いえ……別に……ただ……」
「ただ?」
「……女遊びが好きなんですね。とりあえず、三人はいますね」
「! しっ、失礼な! 俺様は、嫁を平等に愛してるだけだ!?」
「禰豆子さん。宇髄さんには、お嫁さんが三人いらっしゃるんですよ」
「へぇ~」
「おい! なんだ、その覚めたような目つきは!?」
「宇髄! やはり、君は嫁が多すぎると俺も思うぞっ!」
「それ、今言う事か!? 煉獄!?」
「禰豆子。……もうお前の鼻の良さは充分伝わったから、それ以上個人情報を出してやるな」

しのぶに教えてもらった事を聞いた禰豆子は、明らかに冷たい目線を宇髄へと向けた。
それに対して、抗議の声を上げる宇髄だったが、何故かそれに同意するように煉獄も声を上げたので、思わず声を上げた。
そんな彼らのやり取りを見ていた義勇が漸くその場を収めるべく口を開いた。

「ちなみに、俺の大好物は、炭治郎が作った鮭大根だ」
「冨岡さん。この混乱に乗じてそんな何の役にも立たない個人情報をぶち込むのはやめてください」
「!!」

そして、ここぞとばかりにそう言った義勇に対して、今度はしのぶがその発言をバッサリと切った為、また義勇は固まってしまうのだった。

「とっ、とにかく、これで、お兄ちゃんが今まで人を喰っていない事の証明は出来ます! お兄ちゃんは、最後に会った時から匂いが全然変わっていません!」
「……かっ、仮にそれが、正しかったとして、今後人を喰わないという証明はどうするんだよ?」
「そっ、それは……」

それについては、禰豆子にはどうする事も出来ない事である。
禰豆子自身が鬼になったわけではないのだから……。

「…………あっ、あのぉ……一つ疑問があるんですけど……」

すると、蜜璃が恐る恐るそう声を上げた。

「お館様がこの事を把握していないとは思えないです。勝手に私たちだけで処分しちゃって、本当にいいんでしょうか? いらっしゃるまで、とりあえず待った方が……」
「うむ! なるほど! それも一理あるな!」
「流石は、甘露寺だ」

その蜜璃の言葉を聞いた柱たちは、納得したような感じで顔を見合わせた。

「それについては、お館様は間違いなく、把握しているかと思いますよ」

そして、その蜜璃の言葉に答えたのは、しのぶだった。

「そうですよね、冨岡さん? あなたは、お館様の命を受けて、この二年間、ずっと竈門くんの事を捜していたのですから」
「よもや! 冨岡! それは、本当なのか!?」
「えええっ!? そっ、それってつまり!?」
「おい、冨岡! どういう事なのか、説明しろ!!」
「…………俺は……お館様の命に……従っただけだ」
「本当にそれだけが理由でしたか?」
「…………」

しのぶの言葉に柱たちは驚きの声を上げ、義勇に問いかけるのだったが、それに対して義勇はそう短く答えるだけだった。
それを聞いたしのぶがさらに問い詰めてみるが、義勇はそれについては何も答えなかった。

「……まぁ、そう言う事ですし、お館様の真意を確認するまでは――――」
「オイオイ、何だか面白い事になってるなァ」

そして、しのぶがそう言って改めて話をまとめようとしたその時だった。
また、庭の向こうから新たな人物が現れて、そのしのぶの言葉を遮ったのは……。

「鬼を守ったバカ隊員は、そいつかいィ。一体全体、どういうつもりだァ?」
「っ!?」

顔だけでなく、全身傷だらけの青年が左手に何やら木箱らしきものを掲げながら、こちらへと歩いてくる。
それを見た禰豆子は、思わず絶句した。
その木箱からは、間違いなく兄――炭治郎の匂いがしたからだった。









守るものシリーズの第41話でした!
今回から、いよいよ、柱合裁判に本格突入しました!
飛鳥とも一悶着があった後、禰豆子ちゃんも大人しく、従って本部に向かおうとしましたが、途中で力尽きています。
このお話では、炭治郎くん同様鼻が利く禰豆子ちゃんなので、それをフル活用してもらいました。
今回のお気に入りは、禰豆子ちゃんが宇髄さんに関しての個人情報を漏らしたあたりのやり取りですwww

【大正コソコソ噂話】
その一
原作と違って、禰豆子ちゃんは炭治郎くんとずっと別行動をしてました。
その為、原作以上に禰豆子の言葉は冨岡さん以外の柱には信憑性は低い発言となってしまいました。
それをカバーすべく、この時点で禰豆子には嗅覚を使って色々と暴いてもらいました。

その二
煉獄さんと蜜璃ちゃんの食べたものを当てる部分について、当初考えていたのは、煉獄さんが「サツマイモご飯」、蜜璃ちゃんが「パンケーキ」でした。
ですが、蕎麦屋で出てくるかつ丼は、出汁の関係上、美味しいという印象と、こっちの方が難易度が高めになるかと思い、変更しました。

その三
禰豆子ちゃんが悲鳴嶼さんに言った「鬼に似たような存在」は、玄弥くんの事を指しています。
※この時点で既に玄弥くんは、鬼を喰っていた可能性が高い為
その為、禰豆子ちゃんの鼻の精度については、冨岡さんを除けば柱の中で悲鳴嶼さんが一番理解しています。


R.3 6/28