(……っ! 身体中が痛いっ! それに、苦しいっ!!)

そう叫びたくなるのを必死に堪えながら、禰豆子は走った。
彼が、冨岡さんがあの人の事を止めているうちに……。

(…………やっぱり、私は……鬼殺隊を抜けなくちゃいけないのかな?)

それは、よく考えなくてもわかる事かもしれない。
いくら兄だからと言っても、鬼を連れて鬼狩りをする剣士なんて認めてもらえるはずがないのだ。
今まで鬼狩りをして来られたのは、ただお兄ちゃんを捜しながらやっていただけであって、実際に一緒に行動はしてなかったからだ。
冨岡さんは、認めてくれるかもしれないけど、他の人は、さっきのあの人みたいな反応をするだろう。
なら、ここで私は選択をしなければいけない。
このまま、鬼殺隊に留まるべきかを……。

「っ!!」

そんな事を考えながら走っていた為か禰豆子は、気付くことが出来なかった。
その背中に強い衝撃を走るまで、もう既に他の隊士に見つかっていた事に……。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「…………あの……冨岡さん」
「…………」

そうしのぶは、義勇に声を掛けるが、彼は何も反応しなかった。

「鬼を斬りに行く為の私の攻撃は正当ですから、違反にはならないと思いますけど、冨岡さんのこれは……隊律違反です」
「…………」

そう言葉を返したしのぶは、義勇に物理的に押さえ込まれていた。
首元をがっちりと脇に抱えられ、刀を持った手も掴み止められている。
義勇自身は手加減をしているかもしれないが、だからと言ってしのぶの力では、それはピクリともしなかった。
とりあえず、しのぶの動きを何が何でも止めたいと思って義勇が思いついたのが、この方法であった。

「鬼殺の妨害ですからね……どういうつもりなんですか?」
「…………」

どういうつもりかと言われても、それについてどう答えたらいいものか、義勇は困っていた。
別に義勇からしてみれば、この行為は違反だとは思っていないからである。
あの場にいた鬼が普通の鬼だったなら、義勇だってしのぶと同じ事をしただろう。
だが、いたのは、炭治郎だったから、それをしなかった。
そして、炭治郎を見つけたら保護するように産屋敷から頼まれていたから……。
それをそのまま説明すればいいはずなのだが、なかなか思うように言葉が出てこなかった。
けど、禰豆子の言葉を聞けて、心底嬉しかった。
炭治郎は、鬼になっても炭治郎のままであった事に……。
優しい炭治郎のままであった事に……。

「何とか仰ったら、どうですか?」
「…………」

義勇がそんな事を考えている間もしのぶのイライラは積もっていった。
そんなしのぶに対して、義勇はキョロキョロと辺りを見渡した。
近くに鎹鴉が来ていないかを確認する為である。
自分が下手な説明をするよりも鎹鴉から産屋敷からの伝令を聞いてもらった方がいいと判断した為だった。
だが、まだ近くには来ていないのか、鎹鴉の姿を捉える事は出来なかった。

「……もしかして、嫌がらせでしょうか? さっき、嫌われていると言ってしまった事、根に持ってます?」
「! ……っ!!」

そんな義勇に対して、しのぶが呆れたように深くため息をつくとそう言った。
それを聞いた義勇は、また固まりそうになった。
だが、その瞬間、しのぶの右脚にグッと力が込められたのを感じ取った。
しのぶの草履の踵に仕込まれていた隠ナイフが現れて、そのまま義勇目掛けて蹴りつけようとしのぶはした。

「伝令!! 伝令!! カアアァ!! 伝令アリ!!」
「!!」

その時、辺りにけたたましい声が響き渡った為、しのぶの動きがピタリと止まった。
その声は、義勇が待ちに待った鎹鴉の声だった。
義勇に攻撃をすることをやめたしのぶは、その鎹鴉の声に耳を澄ました。

「隊士禰豆子、及ビ鬼ノ炭治郎! 両名ヲ本部ヘ連レ帰ルベシ!! 両名共ニ額ニ傷ガアリ!! 連レ帰レ!!」
「! もしかして……さっきの鬼が……?」
「あぁ……炭治郎だ」
「!!」

そう叫びながら舞い上がる鎹鴉の言葉を聞いたしのぶは、驚いたようにそう言った。
それを聞いた義勇もそう言って、漸くしのぶの事を解放してやった。

「……炭治郎がこの山にいるかもしれないと……いたら、保護して連れて来て欲しいと……俺は、お館様に……頼まれていた」
「冨岡さん、それは、何時の事ですか?」
「……胡蝶とここへ来る前に……お館様から直接――――」
「どうしてですか!?」
「? どうして……とは?」

義勇の言葉を聞いて心底驚いたように、そうしのぶが声を上げた。
だが、それを聞いた義勇は、不思議そうに首を傾げた。

「どうして、それをすぐに教えてくれなかったんですかと言っているんです!?」
「そっ、それは……みんなには鎹鴉から伝えると……お館様が……」
「そうだとしても、同じ場所に一緒に任務に向かうのですから、私には事前に伝えておくべきでは!? 本当にあなたという人は……」

もうそれ以上は、呆れてしのぶは何も言えなかった。
もっと早く、自分がこの違和感に気付くべきだった。
鬼とは仲良く出来ないと言っていた彼。
そんな彼に対して、必死に話しかける鬼殺隊の隊士の少女。
そして、そんな少女の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ彼。
あんな彼の表情を見たのは、本当に久しぶりだった。
あの二年以上前に行われた柱合会議があった日以来だとしのぶは記憶していた。
あの顔を見た時にでも気付けばよかったのだ。
自分が今殺そうとしていたのが、彼やお館様が長年捜し続けていた少年――炭治郎だったという事を……。

「冨岡さんのせいで、私は危うくお館様も伝令を無視して、竈門くんの事を殺しかけたじゃないですか。そんなんだから、本当にみんなに嫌われるんですよ」
「っ!!」

そして、しのぶは、もう一度深くため息をつくと手にしていた日輪刀を鞘に収めながら、そう義勇に言った。
それを聞いた義勇は、再びショックを受けたのか、固まってしまった。
だが、これは、自業自得であるとしのぶは思った。
その為、そんな義勇を余所にしのぶは、すたすたと歩き出す。
向かう先は、もちろん、先程禰豆子が走り去った方向である。

「何しているんですか、冨岡さん? 早く竈門くんの事を保護しに行きますよ」
「あっ、あぁ……」

そのしのぶの言葉で漸く義勇も我に返ったのか歩き始めた。
今の鎹鴉の伝令は、広範囲で響きわったったので、大丈夫だと思うが……。

「冨岡さん、急いでください。……もしかしたら、私の優秀な継子が竈門くんの頸をもう斬ってしまったかもしれませんから……」
「! あぁ、わかった……」

だが、次にそう言ったしのぶの声は、何処か焦ったようなものだったので、義勇は瞠目した。
そして、先程、己が下した判断が間違いであった事を後悔した。
やはり、炭治郎と禰豆子はあの場に残しておくべきだったと……。

(炭治郎……無事でいてくれ……)

そう心の中で祈りながら、義勇は炭治郎たちの許へと急ぐのだった。





* * *





禰豆子は、森の中を走り続けた。
息が上がるし、足ももつれて苦しかったけど、それでも走る事だけはやめなかった。
今は、何が何でも逃げないといけないと頭ではわかっていたから……。
兄を、炭治郎を守る為にも……。

「っ!!」

そんな禰豆子の背中に何かが降ってきた。
いきなり、ドンッという音と共に禰豆子の背中に衝撃が走り、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。

(しっ、しまったわ……。走るのに精一杯になっていた……!!)

それは、禰豆子の許に人が飛び降りて来た為だった。
禰豆子の事を踏み付けにしたその人物は、その拍子で放り出されてしまった炭治郎に向かって日輪刀を振り上げた。

(! 鬼殺隊員……!?)

その人物は女性だったが、さっき義勇と一緒にいた女性の鬼殺隊員とはまた別の人物だった。
白いマントのようなものが見えた。
禰豆子は、夢中で彼女に飛びついて炭治郎の許から引き離そうとした。

「お兄ちゃん! 起きて!! お兄ちゃんっ!!」
「…………」

そう禰豆子が必死に呼びかけても、炭治郎はピクリとも反応しなかった。
まだ、炭治郎は、深い眠りから覚めないようだった。

「お兄ちゃん! お願い、起き――――っ!!」

それでも禰豆子は諦めず、必死に炭治郎に呼び掛けて起こそうとした。
死なせない。死なせたくなかった。
やっと、お兄ちゃんに出逢えたのだから……。
そう思って声を張り上げる禰豆子に対して、彼女の白いブーツの踵が禰豆子の頭に思いっきり当たった。
その衝撃に禰豆子は、意識を失わなかったものの彼女から手を放してしまった。
その蹴りは、ある程度力加減はされていたが、禰豆子から動きを奪うには充分すぎるの程の威力だった。
ただでさえ、疲弊していた禰豆子の身体は、それを受けた事によって、起き上がる事が出来なくなってしまった。
それを彼女も、蝶の髪飾りを付けた少女もわかったのか、禰豆子の事はそのまま放置して炭治郎へと近づいていった。

「! おっ、お願い! やめてっ!!」

だから、もう禰豆子は、顔を上げてそう声を上げるしか出来なかった。
だが、その声を聞いても炭治郎も蝶の髪飾りを付けた少女――カナヲも禰豆子に対しては、何も反応を示さなかった。

(……何か言ってる。でも、考える必要なんて……ない)

カナヲは、ただ師範である胡蝶しのぶに言われた通りに鬼を狩るだけだ。
自ら考える事を放棄したカナヲにとっては、それ以外はどうでもよかった。
だから、さっさと終わらせよう……。
そう思ったカナヲは、容赦なく炭治郎に向かって刀を振った。

「!!」

だが、その直後にそれをまるで遮るかのように突如、炭治郎とカナヲの間に炎の壁が出現する。
驚いたカナヲは、一旦炭治郎から距離を取って辺りを確認した。

『…………おい。小娘』
「!!」

すると、カナヲの背後からまるで唸るような低い声とただならぬ殺気を感じ、カナヲはすぐさま振り返った。

『……私がここに来るのが少しでも遅れていたら……炭治郎の頸が吹っ飛んでいたではないか』

そこにいたのは、一羽の鳥だった。
美しい炎を身に纏った不思議な鳥が、カナヲを見つめてそう言った。

『小娘よ……。私の炭治郎の頸を狙ったという事は……それなりの覚悟はあるんだろうなぁ?』

そう言った火の鳥――飛鳥の声は、酷く静かなものだった。









守るものシリーズの第39話でした!
今回は、冨岡さんとしのぶさんとの絡みと禰豆子ちゃんが逃げた先のお話となります。
冨岡さんは、安定の口下手です!ちゃんと話しようぜ、冨岡さん!!
そして、次は、激高した飛鳥が暴走します!

【大正コソコソ噂話】
その一
原作とは違い、この禰豆子ちゃんはここまでずっと炭治郎くんを捜していただけで、一緒にはいませんでした。
なので、それまでは隊律違反を犯していませんでしたが、今回炭治郎くんを守った事で違反するという形になります。

その二
お館様と義勇とのやり取りを唯一まともに聞いていたのは、しのぶさんだけでした。
なので、冨岡さんがもっと早くしのぶさんに炭治郎くんの件を諸々話していたら、こういう状況にはなってませんでした。


R.3 5/31