「鬼とは、仲良く出来ないと言っていたくせに、何でしょうか? そんなんだから、みんなに嫌われるんですよ」

切っ先と根元の三寸ほどだけを残して刃の部分が切り取られたような特殊な形をした日輪刀を構えながら、そうしのぶは義勇に言うのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


しのぶのその行動に義勇は、非常に困惑していた。
義勇は、産屋敷にお願いされていたのだ。
もし、那田蜘蛛山で炭治郎に出会ったら、保護して連れて来るようにと……。
最初にあの火の鳥――飛鳥から炭治郎がここにいると聞かされた時は、炭治郎が十二鬼月だと思ってしまった。
だが、決してそうではないと、そして、今でも鬼舞辻無惨に炭治郎が狙われ続けているという事がわかった時は、今すぐ炭治郎の事を助けなければと思ったのだ。

(……お館様は……鎹鴉で伝えると言っていたが……?)

しのぶの動きが速すぎるせいだろうか?
まだ、彼女の許にその伝令は伝わっていないようだ。
その事を何とか説明したらいいのか、正直わからなかった。
そして、もう一つの事がさらに義勇を困惑させていた。
それについても、どう説明するべきだろうか……。

「さぁ、冨岡さん。退いてくださいね」
「…………俺は、嫌われていない」

しのぶの事をジッと見つめて、そして、徐に口を開いた義勇はそう言った。
考えた結果、やはり、この事を先に誤解を解いていた方がいいと、そう義勇は思ったのだった。
その義勇の言葉を聞いたしのぶは、まるで不意を突かれたかのように固まってしまった。

「……あぁ、それ……。すみません、嫌われている自覚がなかったんですね。余計な事言って申し訳ないです」
「冨岡さん、誰からも嫌われていない人なんてそうはいませんよ? あっ、ちなみにですが、私はお兄ちゃんに関しての冨岡さんは……どちらかと言うと嫌いです♪」
「っ!!」

だが、それに対して二人から返ってきた言葉を聞いて、今度は義勇が固まってしまうのだった。





* * *





「あら? 何だか、お嬢さんとは気が合いそうですね♪」

禰豆子に嫌いと言われた事がよほどショックだったのか、義勇は固まってしまった。
そんな義勇の様子を見たしのぶは、楽しそうに笑い、禰豆子は少し言い過ぎたかと反省した。
だからと言って、あの言葉を決して取り消すつもりはなかった。
彼は、お兄ちゃんの事を〝醜い化け物〟だと思っているかもしれないのだから……。

「……お嬢さん。お嬢さんが今庇っているのは、鬼ですよ。危ないから、離れてください」

そして、無言のまま固まってしまっている義勇の事はそのまま放置して、しのぶはそう禰豆子に対して、優しく声を掛けた。

「ちっ……違いますっ! いえ……違わないですけど……。あの……私のお兄ちゃんなんです! ずっと……捜していて、今日やっと――」
「まぁ! そうなのですか、可哀想に」

その禰豆子の言葉を聞いたしのぶは、口元に手を当て、まるで禰豆子の事を憐れむような目で見つめた。

「では……苦しまないよう、優しい毒で殺してあげましょうね♪」
「っ!!」

だが、次に彼女が取った行動に禰豆子は絶句した。
彼女は、薄く微笑んで禰豆子たちへと日輪刀を構えてそう言ったのだ。
そして、この時になって禰豆子は、漸く思い出した。
鬼殺隊にとって、鬼はただの討伐対象でしかないという事を……。
善逸や伊之助のように受け入れてくれる人間の方が圧倒的に少ないという事を……。
故に先程、義勇に対して放ってしまった言葉について心底後悔した。
兄を、炭治郎の事を守る為には、彼を味方につけなければいけなかったのに……。

「…………冨岡さん。貴方は……一つだけ、お兄ちゃんについて、勘違いしている事があります」

それを少しでも解消したいと思った禰豆子は、重い空気の中、何とか口を開いた。
どちらにしても、これだけはちゃんと伝えておかなければいけないと思った事でもある。
お兄ちゃんの名誉の為にも……。

「冨岡さんは、お兄ちゃんが……人を喰って今まで生きてきたと思っていますよね? もしも、そうじゃないと言ったら……信じてくれますか?」
「…………あり得ない」

その禰豆子の問いに義勇はそう静かに言った。

「……鬼は……人を喰わねば、生きてはいけない。だから……炭治郎も――」
「お兄ちゃんは、そんな事していませんっ!!」

義勇の言葉を遮って、そう禰豆子は叫んだ。

「私も正直、信じられませんでした。でも……今日、お兄ちゃんと再会して確信できたんです。……お兄ちゃんからは、他の鬼とは匂いが全く違う。人の血の匂いが全くしていないんですっ!!」

事前に珠世さんから聞かされていても、正直何処か不安だった。
ちゃんとこの目で確かめるまでは、怖かった。
でも、お兄ちゃんと再会した途端、その全てが吹き飛んだのだ。
お兄ちゃんから香る匂いは、人間だった頃と、無惨に連れ去られてしまった直後に嗅いだあの匂いから、全く変わっていなかったから……。

「お兄ちゃんは、人を喰わない代わりに眠る事で体力を回復しているんです。今、こうして眠っているのも、その為です」
「…………」

禰豆子の話を聞きながら、義勇は何も言葉を返す事なく、ただ静かに炭治郎の事を見つめていた。

「ですから、お願いしますっ! どうか、お兄ちゃんの事を――」
「そんな事あるわけないじゃないですか」

そう必死に訴える禰豆子の言葉にそう答えたのは、義勇ではなく、しのぶだった。

「お嬢さん。あなたは、鬼にされたのが身内だったから、そう思いたいだけなんじゃないんですか?」
「! ちっ、違いますっ! おっ、お兄ちゃんは、本当に――」
「もういいです。その鬼は、気を失っているようですし、さっさと終わらせましょう♪」
「!!」

そう言ってさっきと変わらない笑みを浮かべたしのぶを見て、禰豆子は言葉を失った。
やっぱり、信じてもらえなかった。
お兄ちゃんが、人を喰っていないという事実を……。

「動かないでくださいね。間違ってお嬢さんの事も傷付けてしまうかもしれませんから。もっとも、一緒に死にたいというのなら、止めませんけど♪」
「っ!!」

お兄ちゃんの事を守る為には、一刻も早くここから逃げなければいけない。
そうわかっているのに、身体が思ったように動いてくれなかった。
もう禰豆子の体力は限界に近かったのだ。
そんな中、また、しのぶの刃が禰豆子へ、いや、炭治郎目掛けて飛んでくる。
もう本当に駄目だと思った。
だが、その刃が、実際に炭治郎の許まで届く事はなかった。
代わりに禰豆子の目が捉えたのは、不機嫌そうなしのぶの表情だった。

「……冨岡さん。さっきから……一体、何の冗談ですか?」
「…………俺は…………よかった」
「とっ、冨岡さん?」

再び禰豆子たちの事をしのぶから庇い、そう呟いた義勇の言葉に意味を禰豆子は、すぐには理解できなかった。

「…………だが、炭治郎が炭治郎のままで……本当に……よかった」
「!!」

だが、次にそう言って優しい笑みを浮かべた義勇を見た禰豆子は思わず息を呑んだ。
彼は、信じてくれたのだ。
お兄ちゃんが人を喰っていないという事を……。

「……禰豆子、動けるか?」

すると、義勇が禰豆子がそう囁いた。

「動けなくても、根性で動け。俺が……胡蝶と話を付ける。だから……少しの間……時間を稼げ」
「えっ? 時間を稼ぐ? 冨岡さんは……独りで大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。……時期に……鎹鴉も来るはず……だから」
「? 鎹鴉が?」

その義勇の言葉に禰豆子は首を傾げた。
何故、鎹鴉が着たら大丈夫なのか、禰豆子にはわからなかった。
相変わらず、彼は、言葉が全然足りていない。

「いいから、早く行け」
「! あっ、はい! ありがとうございますっ!!」

義勇の言葉の意味を必死に考える禰豆子だったが、それを邪魔するかのように、さらに義勇はそう言葉を発した。
故に禰豆子は、考える事を一旦やめて、義勇の言葉に従う事にした。
彼の言葉が本当なら、少しの間、時間を稼げば、状況が変わるという事なのだろう。
なら、今度は、私が信じる番だ。私の言葉を信じてくれた義勇さんの為にも、お兄ちゃんの為にも……。
だから、禰豆子は根性で立ち上がり、そのまま炭治郎を抱きかかえて走った。

「…………これ、隊律違反なのでは?」

そうしのぶが、義勇や禰豆子の事を咎めるような声が聞こえたような気もした。
だが、もう禰豆子には、それを振り返って確認する余裕すらなかったのだった。









守るものシリーズの第38話でした!
今回は、しのぶさんとの絡みが主にメインのお話となりました。
サイコパスな感じなしのぶさんをかけてめっちゃ楽しかったです♪
そして、冨岡さんは相変わらず言葉が足りない(少ない)ですね!

【大正コソコソ噂話】
その一
禰豆子ちゃん自身ちゃんと言っていますが、禰豆子ちゃんは決して冨岡さん自身の事は嫌っていません。
ただ、炭治郎くんの事が大好きな禰豆子ちゃんなので、その辺の部分については嫌いという意味で言っています。

その二
禰豆子ちゃんに「嫌い」と言われてかなりのショックを受けている冨岡さんを見て、しのぶさんは、普通に面白い物を見たと楽しんでしました。
恐らくですが、柱以外でこんなにはっきりと冨岡さんに物事を言っているのは、禰豆子ちゃんくらいだと思います。


R.3 4/20