(かっ……勝てたわ……。お父さんと……お兄ちゃんのおかげで……勝てたわ……)

炭治郎の言葉と走馬灯を見た炭十郎とのやり取りのおかげで禰豆子は、ヒノカミ神楽を使って技を出す事に成功し、尚且つ炭治郎の血鬼術の助力もあり累の頸を斬る事が出来た。
どうして、家に代々伝わっていたヒノカミ神楽で技を出せたのかはわからなかった。
でも、お兄ちゃんは知っていたのだ。
ヒノカミ神楽を使えば、技を出せる事を……。

(…………視界が狭い……目が……見えづらいわ。……これは……呼吸を乱発しすぎたせいなの?)

地面から身を起こす事も出来なくなってしまった禰豆子は、それでも辺りを見渡そうとした。
耳鳴りが酷く、身体中激痛が走った。

(お兄ちゃん……何処? お兄ちゃん……)

それでも禰豆子が身体を動かすのは、兄の炭治郎を捜す為だった。
すると、霞む視界の片隅に仰向けになって倒れている炭治郎の姿を漸く捉えた。
血を大量に流し、尚且つ、禰豆子の事を助ける為に血鬼術まで使った炭治郎は、幼い容姿にまま眠りについていて意識はまったくないのかピクリとも動かなかった。
それは、まるで死んでいるのではないかと錯覚してしまうくらいだった。
だから、禰豆子は必死に這いつくばって炭治郎の許へと近づこうとした。

「!!」

だが、その時、禰豆子の身体にゾワリと鳥肌が立った。
何かが後ろで動く気配と血の匂いが濃くなるのを感じるのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(うっ、嘘……まさか……死んでいないの? どうして? 頸は斬ったはずなのに……?)

何時も鬼が消える時に香る灰のような匂いが全然していない事に禰豆子はここで漸く気が付いた。
もう振り返る力も残っていなかった。
だが、見なくてもわかった。後ろに転がっていたはずの鬼の身体が立ち上がり、こちらへと歩いてくるのが……。

「…………僕に勝ったと思ったの?」

あの鬼の、累の声が聞こえてきた。

「可哀想に、哀れな妄想をして幸せだった?」

目の端の方で累の頸が宙に浮くのが見えた。
ギュルギュルと音を立てながら、首を糸で吊り上げて身体の方へと近づけていく。

「僕は、自分の糸で頸を斬ったんだよ。お前たちに斬られるより先に」

鬼は、太陽の光を吸収するという性質を持っている特別な鉱石で作られた特殊な刀である日輪刀で頸を斬らなければ、死なないのだ。
だから、鬼が鬼殺の剣士より先に自分で自分の頸を先に斬ってしまえば、意味がないのだ。
けど、それを聞いた禰豆子の頭には、少し疑問が残った。
兄――炭治郎の血は、鬼舞辻無惨を除いて唯一鬼を殺せることが出来る血だと球世さんは、言っていた。
だが、今回はそれが出来なかった。それは、一体何故……?

「…………もういい。今すぐお前の事を殺してやる! こんなにも腹が立ったのは、久しぶりだよ!」
(! ……立って。……早く立って! 呼吸を整えて……早くっ!!)

怒りに満ちた累の声が聞こえてくる。
その声に慌てて禰豆子は、身体を動かそうとするのだが、まるで泥のように重たかった。
全然身体がいう事を聞いてくれなかった。
その為、ただズルズルと腹を引き摺って、炭治郎の許へと禰豆子は近づく事しか出来なかった。

「不快だ。本当に不快だ! 前にも同じくらい腹が立ったけど、ずっと昔だよ! 憶えてないけどっ!!」

頸を身体に繋げながら、累はイライラしたようにビキビキと牙を鳴らす。

「そもそも、何でお前は燃えてないのかな? 僕と僕の糸だけ燃えたよね? 兄の力なのか知らないけど、イライラさせてくれてありがとう。これで何の未練もなくお前を刻めるよ」

力が入らないのは、まだ禰豆子自身が未熟な証拠であった。
正しい呼吸が出来ていたなら、どんなに疲弊していても関係なく動くことが出来るのに……。

(急いで! 急いで!!)

そう気持ちばかりが焦る。だが、身体の方は相変わらず、いう事を聞いてくれない。
腕は全然上がらないし、折れた刀を持ち上げるどころか、柄を握っているだけでもう精一杯だった。

「――――血鬼術……――――殺目篭」
「!!」

累の指先が巧みに動き、編み上げられた糸が大きな篭となる。
だが、それは、禰豆子ではなく意識を失っている炭治郎へと覆い被さった為、禰豆子は瞠目した。

「……と思ったけど、お前には、もっと苦しんで欲しいから、兄を刻む姿を見せてあげるよ」
「やっ、やめてっ!!」
(ダメ! 焦っては、ダメだわ!! 息をこれ以上、乱してはいけないのにっ!!)

そう頭ではわかっているのに、思うように身体が動かせないせいか、禰豆子は声を上げる。
そんな禰豆子の様子を見て、累は楽しそうに歪んだ笑みを浮かべながら、徐々に篭の大きさを縮めていく。

「こいつも馬鹿だったよ。……大人しく僕の兄になるって従っていればよかったものの――――」
「炭治郎っ!!!!」
「!!」

累がそう言って炭治郎の身体が今にも網目に触れそうになったその時、辺りに一つの声が響き渡った。
そして、その声と共に篭が一瞬のうちに切り裂かれたかと思うと、その場から炭治郎の姿が消えた。
その聞き覚えのある声に禰豆子は、霞む視界の中から突如現れた人影を捉えた。
その人影の手の中には、炭治郎の姿もあった。

「…………俺が来るまでよく耐えたな、禰豆子。後は……俺に任せろ」
「!!」

その声と、月明かりによって煌めく羽織に禰豆子は、驚いたように目を見開かせた。
右半身は海老茶色、左半身は黄色と緑の亀甲紋様の風変わりな羽織を着ている青年の姿に……。

(とっ、冨岡さん!?)

その姿を禰豆子が見間違えるはずがなかった。
彼は、二年前に禰豆子たちと日々を過ごし、家族が惨殺された後禰豆子に鬼殺隊への導いてくれた剣士――冨岡義勇だという事を……。

「……ん? 炭治郎。……お前、身体が――」
「何だ、お前は!? 次から次に!! 僕の邪魔ばかりするクズばっかりっ!!」

そんな義勇の登場に苛立ちを累は見せた。
だが、それと同時に義勇が何気なく言った言葉に累は引っ掛かりを覚えた。

「…………炭治郎? ……まさか! そいつは、逃れ者の炭治郎なのか!?」

逃れ者の炭治郎。それは、あの方が、この二年もの間、ずっと探し続けているという鬼の名だ。
あの鬼狩りの小娘が、ずっと彼の事を『お兄ちゃん』と呼んでいたので、名前がわからなかった。
だから、今の今まで気付かなかった。
だが、その事を認識できたと同時に累の気持ちがさらに強くなった。
彼を、炭治郎の事が欲しいという気持ちが……。
炭治郎を必ず捕まえる。だが、それは、同時に炭治郎をあの方の許へと連れて行かなければならないという事でもあった。
正直それは嫌だったが、素直に炭治郎を連れて行けば、あの方は僕のお願いを聞いてくれるかもしれない。
だから、炭治郎は、必ず手に入れてみせる。

「……逃れ者? 炭治郎は、炭治郎だが?」
「うっ、うるさい! とにかく、そいつにはもう一度、僕の兄になってもらう事にしたから、さっさと渡せ」
「…………断る」

だが、そんな累の考えなど知るはずもない義勇は、そう淡々と答えるだけで決して炭治郎の事を手放そうとしなかった。
その義勇の行動を累は、別の解釈で捉えてしまった。

「何だと? まさか、お前も炭治郎と兄弟になりたいと思っているのか!?」
「…………いや……俺は……炭治郎とは……そういう関係には……なりたくない。俺は……」
「っ!?」

累の言葉にそう言うと義勇は、意識のない炭治郎へと顔を近づけた。
そして、何の躊躇いもなく、炭治郎の唇に口づけを優しく落としたのだった。
その思ってもみなかった義勇の行動に累は、瞠目した。

「……俺は……炭治郎とは、こういう関係に……なりたい」
「えっ? どういう……えっ!?」
「――――水面斬り!!」

義勇の言葉に明らかに累は、混乱する。
そして、そんな中一つの声が辺りに響き渡った。
だが、その技は、累に向けて放たれたわけではなく、義勇に向けてだった。
だが、当の本人は、その事に一切気付いておらず、その技をあっさりと躱すと心配そうにその技を繰り出した禰豆子を見つめた。

「……禰豆子。炭治郎の事が心配なのがわかるが……あまり、無茶をするな。……技が間違ってこっちに飛んできてる」
「…………すっ、すみません、冨岡さん。……今、よく見えていませんでしたけど……お兄ちゃんに……口吸いをしましたか?」
「……したが?」
「! …………殺します」
「禰豆子、炭治郎の事になると無茶をしすぎだ。あの鬼は俺が斬る」

禰豆子が自分に向けられて発せられた言葉だとまるでわかっていない義勇はそう言うと、禰豆子に炭治郎を預ける事にした。

「禰豆子。炭治郎を頼む」
「冨岡さんに言われなくても、私がお兄ちゃんの事を守りますからっ!!」
「……思っていたより、元気そうで何よりだ」
「この状況を見て、まだそんな事、言いますか!?」

あれから二年という月日が経ったというのに、相変わらずな義勇に対して、思わず禰豆子はそう声を上げてしまった。

「……もっ、もういい! お前らをさっさと殺して、炭治郎は僕の兄にするからっ!!」

義勇と禰豆子のやり取りを眺めているうちに漸く我に返った累は、血の色をした指先から糸を紡ぎ始めた。

「――――血鬼術! ――――刻糸輪転!!」

真っ赤な糸が無数に絡み合い、檻のようになって義勇に襲い掛かった。
だが、それを見ても義勇は微動だにしなかった。

「…………全集中・水の呼吸――――拾壱ノ型……」
(えっ? 拾壱ノ型!?)

それを聞いた禰豆子は、瞠目した。
水の呼吸は、拾ノ型までしかないはずだ。
実際に禰豆子が鱗滝に教えてもらったのも壱ノ型から拾ノ型までだった。

一体、拾壱ノ型とは……。

「――――凪」
「!?」

義勇がそう言った途端、辺りが静まり返った感じがした。
投げられた累の糸は、全てはらはらと力を失ったかのようにばらけた。
それを見た累は、一体何が起こったのか理解する事が出来ず、瞠目した。

(何だ? 何をした? 奴の間合いに入った途端、糸がばらけた。一本も届かなかったのか? 最硬度の糸を……斬られた?)

そんなはずはない。もう一度……。

「!!」

そう思い、累は再び糸を繰り出そうとした時には、既に音もなく累の許まで近づいていた義勇にすれ違いざまに刀を振われていた。
義勇に斬られた事によって、累の頸は再び地に落ちた。
だが、今度はさっきとは違い頸が身体に繋ぐ事は出来なかった。
日輪刀で斬られてしまったから……。

(くそっ! くそっ……! 殺す。殺す! あの兄妹の妹の方だけは、必ず道連れにして…………っ!!)

地に落ちながら、累は禰豆子の姿を捜した。
そして、漸くその姿を捉えた時、累は息を呑んだ。
そこにあったのは、幼い姿となり、今も眠りについている炭治郎の事を必死に守るように抱き締めている禰豆子の姿だった。
それをも見た瞬間、累の心臓がドクンと跳ねる。
そして、突如、累の耳に誰かが問いかける声が蘇ってきた。

――――累は、何がしたいの?

それは、母親役をさせていた子鬼の声だ。
何時だったか、彼女はそう泣きながら累に尋ねてきた事があった。
その時の累は、彼女の問いに答えられなかった。
何故、こんなにも〝家族〟というものに僕自身が拘っているのか、わからなかったから……。
僕には、人間だった頃の記憶がなかったから……。

(あっ……そうだ。俺は……)

〝家族の絆〟に拘っていた理由が、今になって理解した。
俺は、本当の家族の絆に触れたら、記憶が戻ると持ったからだったと……。
自分が本当に欲しいものが何なのかがわかると思ったからだ。
そして、今まさに累は、己が人間だった頃の記憶を取り戻そうとしていたのだった。









守るものシリーズの第36話でした!
遂に冨岡さんが合流しました!そして、いきなりやらかす冨岡さんwww
その行動に呆気にとられる累くんが若干気の毒ですねwww
禰豆子ちゃんも炭治郎くんの事になると無茶をする子ですwww(そうさせたのは、ほかでもない義勇さんですwww)

【大正コソコソ噂話】
その一
炭治郎くんが普通の鬼とはどこか違う事に前回のお話で気付いた累くんでしたが、それが無惨様がずっと捜していた炭治郎くんだというところまではまだ確信出来ていませんでした。
今回で義勇さんが炭治郎くんの名前を呼んだことで漸く確信に変わったのでした。

その二
元々炭治郎くんへの興味を持った累くんでしたが、炭治郎くんだとわかった事で無惨様との感情も少しばかりリンクしています。
その為、さらに炭治郎くんへの独占欲が強くなっています。

その三
本来だったら、まともに動くことが出来なかった禰豆子ちゃんでしたが、冨岡さんが炭治郎くんにナチュラルにキスをした為、本能的に身体が動きました。
※禰豆子ちゃんの位置からはちょうど視覚になっていたので、その瞬間は見えてないですが、雰囲気で察しました。


R.3 3/29