「…………よく頑張って戻ったね」

禰豆子たちが那田蜘蛛山に入る少し前。
広い屋敷の縁側に座っていた男の膝に一羽の鴉が疲れ切ったように乗った。
そんな鴉の事を男――産屋敷は、優しくそう言いながら撫でてやった。

「……私の剣士(こども)たちは、殆どやられてしまったのか……。そこには、十二鬼月がいるかもしれない」

そう言った産屋敷は、視線を後ろの座敷へと向けた。
そこには、正座をしている水柱の冨岡義勇と蟲柱の胡蝶しのぶの姿があった。

「柱を行かせなくてはならないようだ。……義勇、しのぶ」
「「御意」」

その産屋敷の言葉に二人は、声を揃えて返事をする。

「人も、鬼も、みんな仲良くすればいいのに……。冨岡さんもそう思いません?」
「…………無理な話だ」

そう言ったしのぶの言葉に義勇は、素っ気なく返した。

「……鬼が人を喰らう限りは」
「でしたら、例の彼の事を未練がましく、いつまでも捜すのもそろそろ止めたらどうですか?」
「…………」

そうしのぶが言い返すも義勇は何も言い返して来なかった。
ただ、冷たい眼差しでしのぶの事を見つめていた。
しのぶは、一度、二年くらい前にとても柔らかな彼の表情を見た事があったが、あれ以来また彼の表情は、また冷たいものへと変わってしまった。
もしかしたら、あの表情は、もう一生見ることが出来ない。そうしのぶは、思った。

「しのぶ。その件については、私の方から義勇に頼んでいる事でもあるから、あまり責めないでおくれ」
「! もっ、申し訳ありません」

そんなやり取りを聞いていた産屋敷がそうしのぶに言った為、しのぶは慌てて頭を下げた。

「……義勇。任務に出る前にもう少しだけ君と二人だけで話がしたい。……いいかな?」
「…………御意」

その産屋敷の言葉に対しても義勇は、そう言って静かに頷くだけだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「……大丈夫かい、義勇?」
「…………はい。……問題ありません」

そう心配そうに尋ねてくる産屋敷に対して、義勇はそう言葉を返した。
それを聞いた産屋敷の表情が何処か哀しげに歪んだ。

「本当かい? ちゃんと、休息は取っているのかい?」
「大丈夫です。……今の私に……休んでいる暇など……ありませんから……」
「義勇……」

義勇の言葉を聞いた産屋敷がそれを否定するかのように言葉を続ける。

「君が焦る気持ちもよくわかる。けど、それで無理をして君が倒れてしまったら、私は哀しいよ。……きっとあの子も哀しむ」
「…………お館様は……まだ信じていますか?」
「君は、あの子の事を……信じてあげられないのかい?」
「…………」

その産屋敷の言葉に義勇は、即答する事が出来なかった。
あいつなら、炭治郎なら、きっと大丈夫だと信じたい気持ちは、まだ残っている。
だが、炭治郎が無惨に鬼にされて連れ去られしまってもう二年以上の月日が経ってしまった。
その時間の流れが義勇のその気持ちを否定させようとする。
そんなにも長い間、人を喰らわずにいられるのかと……。
そんな義勇の想いを感じ取ったのか、産屋敷は話の話題を変える事にした。

「……そう言えば、あの噂については、君も知っているかい?」
「…………鬼殺隊の剣士ではない者が鬼狩りをしているかもしれないという噂の事でしょうか?」

義勇の言葉に産屋敷はコクリと頷いた。
その噂なら、風の噂でも聞いたし、師でもある鱗滝からの手紙をもらっていた為、知っていた。
鬼殺隊の剣士でもない者が鬼殺隊の剣士が現場に駆け付けるより早く鬼を狩っているというあの噂を……。
だから、義勇はその噂を頼りに動いていた。
その人物が、もしかしたら――――。

「その人物は、あの子じゃないかと、私は思っているよ」
「!!」

そして、産屋敷が全く同じ事を考えていた事に義勇は、驚きを隠せなかった。

「……義勇。これは、あくまでも私の勘なんだが、きっとその者はこれから君たちが向かうあの山にもやってくるんじゃないかと思っている。……その人物は、まるで、人助けをするかのように姿を現していると聞いているからね」
「…………炭治郎が……那田蜘蛛山に……」

様々な疑問はまだあるが、それが事実ならどれだけ嬉しいだろうか。
逢いたい。炭治郎に……。
あの優しい笑顔が、また見たい。
それは、もう叶わない夢だったとしても……。
炭治郎が人を喰っているのなら、俺が炭治郎の頸を斬らないといけないのだから……。

「だから義勇、君にお願いしたい。……もし、その人物が本当にあの子だったのなら、必ず保護して私の許に連れて来て欲しい。他の者たちには、私から鴉に伝えてお願いしておくから」
「…………御意。……必ず……それでは、私は、これにて失礼します」
「あぁ、すまないね。……任務、気を付けて行ってきておくれ」

産屋敷の言葉を聞いた義勇は、一礼をしてからその部屋を後にした。

「…………本当は、可能性ではなく、確定だったんだけどね……」

誰もいなくなった部屋で独り、産屋敷はそう呟いた。
そして、産屋敷はゆっくりと立ち上がると、とある屋敷の襖を開けた。
そこにあったのは、一つの木箱だった。
とても軽い霧雲杉という木で作られ、さらに岩漆を外側に塗って強化もされている木箱が……。
これは、義勇の師である鱗滝から手紙と共に産屋敷の元へと送られてきたものであった。
何故、彼がこんなものを送って来たのか?
それは、手紙を読めばすべてを理解する事が出来た。

「……とりあえず、これは、隠の誰かに持たせて、一緒に那田蜘蛛山に行ってもらおう」

多分、この木箱を使う時は、もうすぐそこまで来ているだろうから……。





* * *





「――――水の呼吸! ――――弐ノ型! ―――――水車!!」

落下の衝撃を技を繰り出す事で地面へと逃がし、禰豆子は何とか地面に無事に着地した。
無事に伊之助と合流した禰豆子は、さっき討った母鬼やあの少年の鬼によく似た少女の鬼を見つけた。
だが、それと同時に父と呼ばれた顔が蜘蛛で筋肉が盛り上がった逞しい上半身裸の男の鬼とも遭遇し、戦闘となった。
だが、禰豆子の刃は、その鬼の腕を斬り飛ばすどころか、僅かに肉に食い込んだだけで止められてしまったのだ。
伊之助も同様に斬りかかったが、やはり歯が立たなかった。
こんな事は初めてだった禰豆子は、焦りつつも型の繰り出し方を工夫を凝らして挑み続けた。
だが、その戦いの中で受けた衝撃を抑えきれず、禰豆子は遠くまで飛ばされてしまったのだった。

(早く戻らないと!!)

あの強さは、きっと十二鬼月かもしれない。
だとしたら、あの鬼を伊之助さん一人では、勝てないかもしれない。
早く戻らないと……。

「ギャアアアアァァッ!」
「!?」

そんな事を考えていた禰豆子の耳に、突如激しい悲鳴が刺さった。
その声が聞こえた方向に禰豆子は視線を向けると、森の中に先程目撃したあの少女の鬼が蹲って両手で顔を押さえながら泣いていた。
その前に立っているのは、禰豆子たちの事を空中から見下していたあの少年の鬼だった。
両手であやとりをするかのように蜘蛛の糸を絡ませながら、足下の少女の鬼を冷たく見下していた。
少年の鬼が糸の網を伸び縮みさせる度に少女の鬼は、怯えて後退った。

「……何見てるの? 見せ物じゃないんだけど」

すると、少年の鬼は禰豆子の存在に気付いたのか、禰豆子に目線を向けるとそう静かに言った。

「何しているの! ……仲間じゃないの!!」

そんな少年の鬼に対して、禰豆子はそう言った。
足下にいる少女の鬼の指の間から血が滴っているのが、禰豆子には見えたからだ。
状況からして、この少年の鬼にやられたのだろう。
だが、何故、こんな事を彼がしたのか、禰豆子には全く理解できなかった。
仲間であるはずの鬼を傷付けた彼の行為が……。
そんな禰豆子に対して、少年の鬼は鼻で笑った。

「……仲間? そんな薄っぺらいものと同じにするな。僕たちは、家族だ。強い絆で結ばれているんだ。それに、これは僕と姉さんの問題だよ。余計な口出しするなら、刻むから」
「…………」
「家族も仲間も強い絆で結ばれていれば、どっちも同じように尊いわ。血の繋がりがなければ、薄っぺらいだなんて、そんな事なんてないっ!!」

少年の鬼の言葉に対して、少女の鬼は何も言い返さず、無言を貫いていた。
だが、禰豆子だけは違った。
少年の鬼を睨みつけて、そう言い放った。

「……それに、強い絆で結ばれている者は、信頼の匂いがするわ! だけど、あなたたちからは……恐怖と、憎しみと、嫌悪の匂いしかしていないわっ!!」
「…………」

禰豆子の言葉に少年の鬼は、ただ黙って聞いていた。
姉と呼ばれた少女の鬼は、相変わらず肩を震わせている。

「だから、こんなものを絆とは、言わないっ! 紛い物……偽物だわっ!!」
「!!」
「……おっ! 丁度いいくらいの鬼がいるじゃねぇか」

禰豆子がそう叫んだのとほぼ同時に傍らの木々が揺れ、そこからふらりと人影が現れた。
それは、若い鬼殺隊員だった。彼は、この状況が全く呑み込めていない様子で無防備にこちらの方へと近づいてくる。

「こんなガキの鬼なら、俺でも()れるぜ!」
「! だっ、誰ですか!?」
「お前は、引っ込んでろ。俺は、安全に出世したいんだよ」

男は、そう言いながら、腰にある日輪刀に手を掛けた。

「出世すりゃぁ、上から支給される金も多くなるからな。殆ど全滅状態だが、とりあえず俺は、そこそこの鬼一匹倒して下山するぜ」
「だっ、ダメです! 待ってくださいっ!!」

禰豆子にもわかる。この隊士では、ダメである事が……。
だが、自分の実力も、相手の強さもまるで計れていない愚かなその男は、禰豆子の制止の声など聴く耳を持たず、そのまま少年の鬼に向かって突っ込んでしまった。
そして、次の瞬間、男はバラバラに切り刻まれていた。
おそらく、少年の鬼が何かしたに違いないのだが、禰豆子の眼では、それを何も捉える事が出来なかった。
少年の鬼は、男に対して、振り返る仕草すらしなかったのだ。
そんな状況に絶句している禰豆子の事を少年の鬼は、真っ赤な目でこちらを睨んでいた。

「…………何て言ったの?」
「えっ……?」
「お前、今何て言ったの?」
「っ!!」

その少年の鬼から禰豆子は、物凄い威圧感を感じ取った。
そして、空気も重く、濃くなった。
そんな威圧感に圧し潰されそうになりながらも、禰豆子は己の日輪刀を強く握り直した。

(……ごめんなさい、伊之助さん。もう少しだけ、頑張ってください。……この鬼を倒したら、すぐに行きますから……。助けに行きますからっ!!)

そう心の中で伊之助に謝りながら、禰豆子は覚悟を決めて、少年の鬼を睨みつけた。

「何度でも言ってあげるわよっ! あなたたちの絆は、偽物だわっ!!」

そして、禰豆子は大声でそう叫ぶのだった。









守るものシリーズの第32話でした!
今日は、冨岡さんの誕生日だったので、頑張ってここまで書きましたっ!!冨岡さん!お誕生日おめでとうございます!
なので、今回は、前半は冨岡さんとお館様との会話、後半は禰豆子ちゃんが累くんと邂逅するお話となっています。
冨岡さんは、炭治郎くんの事を信じたい気持ちでいっぱいなのですが、二年という月日の流れが今までの経験からして難しいと思っていて、物凄く切ないです。。

【大正コソコソ噂話】
その一
炭治郎くんがいなくなってしまった為、冨岡さんはまた昔みたいに表情が硬くなってしましました。
そして、一刻も早く炭治郎くんの事を見つけ出そうと自分の任務をこなしながら、炭治郎くんを捜すという結構無茶な事をしています。
その為、お館様は、冨岡さんの体調の事をいつも気にかけていました。

その二
炭治郎くんは、珠世さんと禰豆子ちゃんの会話を聞いた為、鱗滝さんにお礼を言いに会いに行ってます。
そんな炭治郎くんに鱗滝さんは心底驚きましたが、炭治郎くんと直接話したため、木箱を作り、それをお館様に送りました。


R.3 2/8