「ウフフ……。ウフフフフフ……」

そんな禰豆子たちの事を闇の中から見ている者が静かに笑っていた。
真っ白な髪に真っ白な肌の女の鬼が……。

「さぁ……私の可愛いお人形たち……」

女の鬼の手には、無数の糸が伸びており、それを器用に操っていた。
その先にいる鬼殺隊の隊員たちの事を……。

「手足が捥げるまで踊り狂ってね」


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(あ~~っ! 俺のバカバカバカッ!! 何で禰豆子ちゃんと一緒に行かなかったんだよっ!!)

その頃、山の登山口に一人取り残された善逸は、未だに膝を抱えてその場から動けずにいた。
伊之助はともかく、禰豆子ちゃんは俺の事を心配して声までかけてくれたのに、それでも俺は動けなかった。
あの時、微かに聞こえてきた音も何処か怖がっていたような音だったのに、それに応えて一緒に行く事も出来なかった。
禰豆子ちゃんだって、本当は物凄く怖いのにあの山に入ったのだ。
その覚悟の意味は、善逸にはわかっていたのに……。

(本当に……自分が情けないよ……)
「チュン! チュンチュン!!」

そんな善逸に対して、鎹鴉ならぬ、鎹雀のチュン太郎が善逸に必死に話しかけているのだが、それは善逸にとっては煩い鳴き声でしかなかった。
動物の感情ですら匂いで嗅ぎ分けられる禰豆子ちゃんや山で猪に育てられたと言っていた野生児の伊之助なら、チュン太郎の言葉がわかったかもしれない。
だが、耳がよくても善逸には、そういった能力はなかった為、チュン太郎が善逸の事を励まし、仲間と合流して助けようという呼びかけは、全くわからなかったのだった。

「……いいよな、お前は気楽で……。何もわかんないよな、人間の事なんて」
「チュン! チュチュン!!」
「イデデデデッ!!」

そう溜め息をついて言った善逸に対して、チュン太郎は怒ったのか、思いっきり善逸の手の甲を啄んだ。
その痛みから堪らず、善逸はチュン太郎の事を振り払い、怒鳴った。

「お前っ! ほっんと可愛くないよなよっ!! もう全然、可愛くないっ!!」

そして、チュン太郎の事を捕まえると、チュン太郎は不満そうにそっぽを向いた。

「禰豆子ちゃんや鬼になった炭治郎だって、あんなに可愛かったのにっ! 雀のお前がそんなに凶暴じゃ……」
――――……ありがとうっ! やっぱり、君は、とっても優しくて、強い人なんだなっ!!
「!!」

そうチュン太郎に言いかけた時、善逸は、とある言葉を思い出した。
あの時の、炭治郎の言葉を……。
彼は、人喰い鬼にされてしまったというのに、炭治郎は人を喰ってなどいなかった。
それは、炭治郎から聞こえてきたあの優しい音を聴けば、明らかだった。
あんな音、人を喰っていたら、決して聴く事は出来ない音だ。

――――善逸! 君は、もっと自分に自信を持て! 君は、とっても強い! 君なら、大丈夫だっ!! 俺は、君を信じるよっ!!

その言葉と、とびっきりの笑顔を残して炭治郎は、善逸の目の前からいなくなってしまった。
その言葉を聞いてから、それがずっと頭の中から離れなかった。

(…………炭治郎。俺に……やれるだろうか?)

君からあんな言葉をもらったのに、俺はまだ、動けずにいる。
こんな弱い俺が、誰かの事を守れるだろうか……。

(…………いや……誰かじゃない)

誰かじゃない。善逸には、ちゃんと守りたいと想える人物がもういた。
炭治郎だ。炭治郎のあの笑顔を守りたいと思った。
そして、禰豆子ちゃんの事も……。

(…………立て……立つんだ、俺!!)

例え、怖くても行かなくちゃいけないんだ。
ここで行かないと、炭治郎に合わせる顔がない!
膝をガクガクさせながらも、必死に自分にそう言い聞かせて、善逸は立ち上がった。

「…………禰豆子ちゃんの事は……俺が守るっ!!」

そして、漸く覚悟を決めた善逸は、那田蜘蛛山へと足を踏む入れるのだった。
だが、この時の善逸は、まだ知らなかった。
彼が禰豆子たちと合流する事はなく、兄蜘蛛鬼とたった一人で戦く事になるという事は……。





* * *





一方その頃、禰豆子は同じ鬼殺隊員たちの攻撃をたじろいで飛び退いていた。

「こいつら、みんな馬鹿だぜ! 隊員同士でやり合うのが、ご法度だって知らねぇんだ!」
「いや……違いますっ!!」

そう言って笑う伊之助に対して、禰豆子はそう叫んだ。

「動きがおかしいですっ! 何かに……操られていますっ!!」
「よし! じゃぁ、ぶった斬ってやるぜぇ!!」
「ダメですっ! まだ、生きている人も混じっていますっ! それに、仲間の亡骸を傷付けるのも……」
「否定ばっかすんじゃねぇ!!」

禰豆子の反応がよほど気に障ったのか、そう伊之助は怒鳴った。
その時、禰豆子の鼻が微かな違和感を感じ取った。
隊員たちの背中から甘い、奇妙な匂いを嗅ぎ取ったのだ。
その匂いがする目の前にやって来た隊員の背後の空中に禰豆子は刀を振るった。
すると、僅かばかりだが、何かを斬ったような手応えを感じたのと同時に、その隊員は地面に倒れ込んだ。

「……糸だわ! この人たち、糸で操られているわっ! 糸を斬って!!」
「! お前より、俺が先に気付いてたね!!」

禰豆子に張り合うように伊之助はそう言うと、両手の刀を振り回した。
すると、他の三人の隊員もバタバタと倒れていった。

(敵は何処? 操っている鬼の位置は……っ!!)

禰豆子は、辺りを見渡して鬼の位置を匂いで探ろうとし始める。
だが、その瞬間、禰豆子の鼻を貫いたのは、刺激臭だった。
その匂いに禰豆子は、思わず鼻を覆った。
すると、その手の裾が、何かが、ササッと音を立てて動いた。

「!?」

それは、二匹の小さな蜘蛛だった。
尻から伸びている糸が月明かりでキラッと光ったかと思った瞬間、その糸に腕がグンッと強く引っ張られた。
禰豆子は、慌てて刀を振るい、その糸を斬って振り払った。

(この蜘蛛が……糸を付け回っている? ……という事は……!!)

禰豆子が振り返ると、やっぱり先程糸を斬ったはずの隊員たちが、またゆっくりと吊られるように起き上がっていった。

「……ダメ。糸を斬るだけじゃ、ダメだわっ! また、蜘蛛が操り糸を繋いでしまうっ! だから…………ごほっ!」

禰豆子は、最後まで言葉を紡ぐ事が出来ず、咳き込むと口元を押さえた。

(まただわ。また、あの刺激臭がした。風に乗って流れてきている……)
「じゃぁ、その蜘蛛を皆殺しにすれば、いいって事だなっ!!」
「それは、無理です! 蜘蛛は、とても小さいですし、数もかなりいます! ……操っている鬼を見つけなければ、いけませんっ! でも、さっきから、変な匂いが流れて来ていて、私の鼻が上手く機能していませんっ!!」

勢いよくそう言った伊之助に対して、禰豆子はそう言って首を振った。
そして、また足元にやって来た蜘蛛を飛び跳ねて逃げながら、禰豆子は言葉を続けた。

「伊之助さんっ! お願いしますっ! 鬼の位置を正確に特定出来る力があるなら、力を貸してくださいっ!!」

一か月間、藤の花の家紋の家で一緒に彼と過ごしていた禰豆子にはわかっていた。
伊之助は、触覚が優れている事を……。
その力を鬼を捜す為に使えるのなら、使って欲しかった。

「それから、その……えっと……」
「俺は、村田だ!」

禰豆子は、さっき助けた先輩隊士に目を向けた。
彼もまた、操られている仲間と戦っていたが、禰豆子の視線と言葉に気が付き、そう名乗ってくれた。

「村田さんと私で、操られている人たちは何とかします! だから、伊之助さんは……!!」

そう禰豆子が言いかけたその時、月の光が何故だか陰った。
それを不思議に思った禰豆子は、天を仰ぐと空中に誰かが立っていた。

(うっ、浮いている……!?)

いや、違う。月の光でキラリと糸が光った。
木と木の間に渡された蜘蛛の糸の上に誰かが立っていたのだ。

「……僕たちの家族の静かな暮らしを邪魔するな」

それは、真っ白い髪に真っ白な肌の少年だった。
見た目からして、禰豆子と同じか少し年下くらいの少年だった。
白い着物の裾と袖には、蜘蛛の巣が模様として描かれていた。
襟には、赤い玉を赤い糸で繋いだような柄があり、その同じ様な模様が彼の顔のあちこちにも浮かび上がっていた。

(…………鬼だわ)

その容姿を見ただけでも禰豆子は、その少年が鬼である事を理解した。

「お前らなんて、すぐに、母さんが殺すから」
(……母さん?)

その少年の鬼が感情のない声で禰豆子たちにそう言った。
その言葉が、禰豆子は妙に引っかかってしまった。
だが、そんな禰豆子の様子など全くお構いなしといった感じで伊之助が、その鬼へと斬りかかったが、残念な事に高さが足りなかった。
鬼は、伊之助の攻撃など一切気にする事なく、遥か上を歩いて森の向こうへと消えていった。

「くっそぉ!! 何処に行きやがるんだ、てめぇ! 勝負しろ! 勝負!! 何の為に出てきたんだっ!!」
「伊之助さん! きっと、あの子は、操り糸の鬼じゃありません! だから、まず先に――」
「あーあーあーあーーっ!! わかったっつうのっ!! 鬼の居場所を探れって事だろっ!! うるせぇな、お前はっ!!」

伊之助は、大声で文句を言いながら、片膝を付いてその場に座った。
そして、自分の両脇の地面に二本の日輪刀を突き立てると、両手を大きく開いて意識を集中させた。

「―――――獣の呼吸・漆ノ型! ――――空間識覚!!」

我流の呼吸法によって、伊之助の触覚がさらに研ぎ澄まされる。
それにより、伊之助は空気の微かな揺らぎすらを感知し、直接触れていないものでも、捉える事が出来るようになる。
周囲の木々を越え、森の奥深くへと伊之助は、さらに感覚を伸ばした。
やがて、その先で僅かな動きを感じ取った。
森の中の木々が疎らで少し開けた広場のような場所にさっきとは違う鬼が座っているのを捉えた。
そいつは、女の鬼だった。

「見つけたァ! そこか!!」

だが、その間にも操り人形と化した隊員たちの位置を何度斬っても起き上がって来ていた。
だから、この鬼の討伐は、伊之助一人に任せようと禰豆子は思っていた。

「ここは、俺に任せて、君も先に行け!!」
「えっ!?」

だが、そんな禰豆子の考えとは裏腹に村田がそう叫んだ為、禰豆子は驚きの声を上げた。

「小便漏らしが何言ってんだ!」
「誰が漏らした! このクソ猪!! てめぇに話しかけてねぇわ、黙っとけっ!!」

その失礼な伊之助の言葉に対して、村田はそう怒鳴り返してから禰豆子の事を見た。

「……情けないところを見せたが、俺も鬼殺隊の剣士だ! ここは、何とかするっ!!」

流石は、禰豆子たちより鬼と戦ってきただけあって、そう言った村田の剣裁きは、徐々に鋭さが増していった。

「糸を斬ればいいという事がわかったし、ここで操られている者たちは動きも単純だ! 蜘蛛にも気を付ける! 鬼の近くには、もっと強力に操られている者がいるはず! ……二人で行ってくれっ!!」
「……わかりましたっ! ありがとうございますっ!!」

そして、何よりも判断が早かった。
この人なら、一人でも大丈夫だと、禰豆子は直感し、村田にお礼を言って伊之助と共に先に進む事を決めた。

「まず、てめぇを一発殴ってからなっ! 誰がクソ猪だっ!! 戻って来たら、絶対殴るからなっ!!」
「……伊之助さんは、いい加減にしてください。もう一度、蹴り飛ばされたいですか?」
「!!」

村田に対して、怒りを露にする伊之助に対し、禰豆子はそう言ってニッコリと微笑んだ。
その禰豆子の笑みを見た伊之助は、禰豆子の蹴りの事を思い出したのか、大人しくなった。

「村田さん! ここは、お願いしますっ! なるべく早く戻ってきますのでっ!!」

禰豆子は、そんな伊之助の腕を引っ張りながら、村田にそう言って森の奥へと消えていった。
そんな禰豆子たちのやり取りを見て村田は思った。
あの猪が黙るほどあの蹴りは、そんなに痛いのかと……。
そして、彼女の事は決して怒らせないようにしようと心の中で思うのだった。









守るものシリーズの第30話でした!
今回は、前半は善逸くんのお話、後半は禰豆子ちゃんたちお話となっています。
禰豆子ちゃんに声を掛けられても動けなかった善逸くんを動かせるのは、やっぱり炭治郎君しかいないと思いつつ、書いてました。

【大正コソコソ噂話】
その一
禰豆子ちゃんが伊之助にニッコリ微笑んだ感じは、しのぶさんの笑顔に近い感じです。
なので、めっちゃ怖いと思いますwww

その二
原作登場時は、ただのモブだった村田さん!
ですが、冨岡さんの同期でもある村田さんは、やっぱり経験豊富で煉獄さんみたいに状況の判断も早いと思ってます。


R.3 1/19