「……禰豆子ちゃん、どうしたの? もしかして……眠れないの?」
そう禰豆子に声をかけてきたのは、善逸だった。
飛鳥と別れた禰豆子たちは、鎹鴉の案内により、藤の花の家紋の家に連れて来られた。
「負傷シテイルカラ休メ!」と禰豆子たちに言った鎹鴉。
休息も隊士の務めと言うのなら、もっと早くここに連れて来て欲しかったと、正直禰豆子は思った。
そこで、藤の花の家紋の家の人たちから手厚いおもてなしを受け、医者に診察もしてもらった結果、三人共重症と診断を受け、治療を受けている。
女性という事もあり、禰豆子だけは善逸たちとは別室を用意をしてもらい、一人で休む事になった。
だが、どうしても、夜寝付けず、禰豆子は部屋から抜け出して真夜中の縁側に一人座って月を眺めていた。
そして、ここに来るまでの出来事を一人で考えていたのだった。
「あっ、善逸さん。……はい。ちょっと、考え事をしていたら……眠れなくなっちゃいました」
「…………」
善逸に声を掛けられた禰豆子は、そう言って笑みを浮かべた。
禰豆子は、藤の花の家紋の家に行くまでの道のりで善逸たちに話をした。
どうして、自分が鬼狩りになったのかを……。
飛鳥とのあんなやり取りを見られたからには、彼らにはもう知ってもらった方が楽だったからだ。
「…………お兄ちゃん、独りで大丈夫かな? ……無茶していないといいんだけど……」
だからこそ、こんな風な事も何も気にせず呟く事も出来た。
それだけで禰豆子の気持ちは、少しだけ楽になれた。
「…………炭治郎なら、大丈夫だよ」
「えっ……?」
だが、次に善逸の口から発せられた言葉を聞いて、禰豆子は驚いた。
その口ぶりは、まるでお兄ちゃんの事をよく知っているような、そんな口ぶりだったから……。
彼は、お兄ちゃんとは、会った事など、ないはずなのに……。
「……本当は、この事は誰にも話すつもりはなかったんだけど……禰豆子ちゃんには、話しておくよ」
そう言いながら、善逸はゆっくりと禰豆子の隣へと腰を下ろした。
そして、その瞳には、強い決意が宿っているように禰豆子には見えた。
「…………俺、会った事あるよ。君のお兄さん――炭治郎に」
~どんなにうちのめされても守るものがある~
「…………えっ?」
善逸のその言葉を聞いた禰豆子は、その意味をすぐに理解する事が出来なかった。
(お兄ちゃんと……会った事が……ある?)
そして、何度も善逸の言葉を頭の中で繰り返して、その言葉の意味を消化していく。
「えっ!? お兄ちゃんと!? どっ、何処で!? 何時ですか!?」
「ねっ、禰豆子ちゃん!? ちょっ、ちょっと、落ち着いて!! ちっ、近いからっ!!」
「あっ……ごっ、ごめんなさいっ!!」
そして、それを全て理解出来た途端、禰豆子は何の遠慮もする事なく、善逸に近づいて問い詰めた。
禰豆子にいきなり急接近された善逸の方は、それに慌てたように口をパクパクさせながら、そう言った。
善逸のその指摘を受けて、禰豆子も漸く自分が恥ずかしい事をやってしまっている事に気付き、すぐさま善逸から距離を取った。
もう善逸から距離をとっているはずなのに、何故だかまだ胸はドキドキしていた。
「そっ、それで……おっ、お兄ちゃんとは……一体何時、会ったんですか?」
「……たっ、炭治郎とは……あの鼓屋敷に行く前の任務で、たまたま出会ったんだよ」
何とか気を取り直して、禰豆子がそう訊くと、善逸も少し顔を赤らめたまま、そう言葉を続けた。
「……俺、弱いし、怖がりだから、いつも任務の最中で気を失ちゃうんだよね;」
そして、そう苦笑しながら善逸は言った。
「…………でも、どうしてだろう? あの日は、何故か、気を失う暇もなかった。いつもだったら、鬼を目の前にしたら、すぐに意識をなくしちゃってたのに……」
いつもだったら、すぐに意識がなくなって、気が付いたら鬼は何処かに行ってしまったのか、全てが終わっていた。
だから、あの日もそなると思っていたのに、ならなかった。
いくら意識を飛ばそうとしても、ダメだったのだ……。
早く意識をなくして、全てを終わらせたかったのに……。
「そんな俺の事を……炭治郎が助けてくれたんだ。……最初は、正直、訳が分からなかったよ。だって……鬼が人を助けるだなんて……あり得ない事だったし……」
『大丈夫? 怪我してないか?』と問いかけられても、それに対してすぐに答える事も出来なかった。
そして、なにより――――。
「炭治郎はさぁ……鬼なのに……とても綺麗な音がしたんだ。泣きたくなるような……とても優しい音がしたんだよ……」
鬼の音と人間の音は、全く異なっている。鬼の音は、とても恐ろしい音がするのだ。
でも、炭治郎から聴こえてきた音は、とても鬼ではありえないような音が聴こえてきたのだ。
あんなにも優しい音は、生まれて初めて聴いた。
今まで出逢った中で一番優しい音だった。炭治郎は、笑っていたのに、音は泣いていた。
だから、思った。
もっと、あの音をちゃんと聴きたいと、泣きそうなあの音を止めてあげたいと、初めて思った。
「だからさぁ、炭治郎なら、大丈夫だよ。あんな優しい音を出せる炭治郎が、人を襲う事なんて、絶対にないから! それに……禰豆子ちゃんのお兄さんだしね!」
「善逸さん……」
「俺もそいつに会ったぞっ!!」
「「!!」」
そして、突如、聞こえてきた声に驚き、二人は振り返ると、そこには伊之助が立っていた。
「俺もかまぼこ権八郎に会ったことあるぞっ!!」
「誰ーー! そいつーーーー!? 本当に、こいつ、炭治郎に会ったの!?」
「うるせぇ!! 会ったつったら、会ったんだよっ!!」
伊之助の言葉にいまいち信憑性を感じられなかった善逸がそう声を上げると、今度は伊之助の方が心外とばかりに声を張り上げた。
一応、今は、真夜中なので、藤の花の家紋の家の人が起きてしまわないかを禰豆子は心配したが、思わず二人のやり取りを見て苦笑してしまった。
「伊之助さんが会ったお兄ちゃんは……どんな感じでしたか?」
「…………なんかホワホワしてたっ!」
そして、禰豆子がそう訊くと、伊之助はそうはっきりと言い切った。
「紋次郎といたら、なんかホワホワして仕方なかったんだぞっ! あと、おにぎりもくれたんだ!!」
「何なのそれ! そいつ、本当に、炭治郎だったの!?」
「うるせぇぞ! 紋逸!!」
「俺は、善逸だよっ!!」
そして、気が付くといつの間にか善逸と伊之助が言い合い始めてしまっていた。
それは、とても息が合っていると禰豆子は思ってしまった。
「間違いないぜぇ! 俺の事をあんなにもホワホワさせたのは、お前と健太郎くらいだっ!! そして、このホワホワは、何なんだよ!? お前、知っているか?」
「だから、健太郎って誰!? 話す度に名前が変わってるんだけどっ!!?」
「……ありがとうございます。善逸さん、伊之助さん」
そんな二人のやり取りを見て、禰豆子は思わず笑ってしまった。
そして、二人に対して素直にお礼を知った。
「あの時も……飛鳥と話していた時も、私の事を庇ってくれて嬉しかったです。そんな二人だったから、お兄ちゃんにも会えたんですね……」
あの時、飛鳥に言われて何も言い返せなくなった時も二人は、私に助け船を出してくれた。
そんな優しい二人だったから、きっと、お兄ちゃんにも会えたんだろう。
そして、二人の話を聞いただけでも、よくわかる。
お兄ちゃんは、何も変わってなどいない。
鬼になってしまっても、お兄ちゃんは、優しいままなのだという事が……。
「いいなぁ……。私も、お兄ちゃんに会えるようになれるのかな?」
「会えるよ、きっと」
そう呟くように言った禰豆子の言葉に対して、そう善逸は、はっきりと言った。
「禰豆子ちゃんなら、絶対に炭治郎に会えるよ。俺、炭治郎の音を憶えているから、禰豆子ちゃんが炭治郎に会えるまで一緒に探してあげるよ」
「善逸さん……」
「俺もあいつの感覚と覚えてるから、どうしてもっつーなら、手伝ってやってもいいぞっ!」
「伊之助さん……。二人共、ありがとうございますっ!!」
嬉しい。私、独りだったら、きっと、お兄ちゃんの許には、辿り着けることは難しかったかもしれない。
お兄ちゃんは、私よりも嗅覚が優れているから……。
でも、善逸は聴覚、伊之助は触覚に優れている。
二人が一緒なら、出来るような気がしてきた。
「それに……俺も、また、炭治郎に逢いたいしなぁ……」
「俺もだ!」
「…………えっ?」
だが、次の二人の言葉を聞いた瞬間、禰豆子の顔色が変わった。
二人のその言葉と共に嗅ぎ取った匂いのせいだ。
その匂いは、前にも嗅いだ事のある匂いによく似ていた。
彼――富岡義勇から嗅ぎ取った事のある感情の匂いに……。
「…………もしかして、お二人共。……お兄ちゃんの事……好きなんですか?」
「んなあああぁぁっ!?」
「! 好きって何だ!? それって、食えるのか!?」
その禰豆子の問いに伊之助の言動は、少しおかしいものの明らかに二人は動揺していた。
そんな二人を見て、禰豆子は、半眼になった。
「言っておきますけど、お兄ちゃんは、誰にも渡しませんからねっ!!」
「! ねっ、禰豆子ちゃーん! それは、ごっ、誤解だよっ!! 俺は、禰豆子ちゃん、一筋だからさぁっ!!」
「いえ、誤魔化さなくてもいいです。私には、ちゃんと、匂いでわかりますからっ!!」
「そっ、そんなぁ!!」
「おいっ! 結局、好きってのは、何なんだ!? 食えるって事でいいのか!?」
「知りませんっ!!!!」
こうして、禰豆子は頼もしい仲間とライバルを同時に手に入れ、もう暫くの間、藤の花の家紋の家で休養するのだった。
守るものシリーズの第28話でした!
今回は、ただただ善逸くんと伊之助のやり取りを書いているのが楽しいだったお話ですwww
次回からいよいよ那田蜘蛛山編ですっ!!
【大正コソコソ噂話】
その一
以前、炭治郎くんが話していた「協力してくれそうな人」とは、善逸くんの事です。
今まで出会ってきた鬼殺隊士たちは問答無用で鬼である炭治郎くんの事を殺そうとしてきましたが、善逸くんは「また逢えるかな?」という言葉をかけてくれたからです。
その二
炭治郎くんは、伊之助とも出会っています。
※タイミングとしては、浅草の珠世さんの屋敷が襲撃された後くらいです。
伊之助についても、他の鬼殺隊士たちとは違って「面白い奴だなぁ」と思っています。
その三
禰豆子ちゃんは嗅ぎ取っていますが、伊之助自身は、炭治郎くんについての感情が本当にまだわかっていない状況です。
※善逸くんに至っては、「あの音をもう一度聴きたい」と明確な意思があります
R.3 1/13