珠世は、炭治郎のこの二年の事を禰豆子に話してくれた。
どうやったかはわからないが、炭治郎は無惨の魔の手から無事に魔逃れ、その直後に偶然見つけた珠世たちによって保護された。
そして、保護された炭治郎は、ずっと眠り続けていたらしい。
その期間は、約一年半。目覚めた炭治郎は、珠世たち同様、無惨の呪いが外れていた。
そして、人を喰わない代わりに眠る事で体力を回復させる事ができる体質に変わったらしい。

「そして、炭治郎さんの凄い事は、それだけではありませんでした」
「それだけじゃない?」
「はい。今話した事だけでも炭治郎さんは、他の鬼と比べるとかなり異質な存在なのですが、それ以上に炭治郎さんが身に付けていた能力は異質だったのです」
「その能力って……何だったんですか?」

知りたかった。お兄ちゃんの身に一体何が起きたのか……。
禰豆子の言葉に少し珠世は、迷いつつも口を開いた。

「……炭治郎さんの血が他の鬼の体内に混入した場合、そこから鬼の細胞は結晶化し、砕く事ができる。そして、一度結晶化した部分は、十二鬼月レベルの鬼でない限り、再生させる事はほぼ不可能なのです」
「! そっ、それって、つまり……!?」

珠世が言っている事がもし本当なら、それはつまり……。

「はい。禰豆子さんが考えている通りです。炭治郎さんは……鬼舞辻以外で鬼殺しが出来る唯一の鬼になったのです」


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(おっ、お兄ちゃんが……無惨以外で鬼を殺す事が出来る唯一の鬼だなんて……)
「だから、お兄ちゃんは、鬼舞辻無惨に今も狙われているんですか?」
「いえ。それは違います」

己の事を滅する事が出来るかもしれない力を宿したお兄ちゃんの存在が邪魔だから……。
だが、その禰豆子の言葉に珠世は首を振ってそれを否定した。

「炭治郎さんのその力は、鬼舞辻の呪いを外してから身についたものです。ですから、鬼舞辻は炭治郎さんのその力の存在すら知らない。呪いから解放された鬼は、鬼舞辻の監視下から外れます。だから、私たちの存在も鬼舞辻からは容易には見つけられないのです」
「じゃぁ……無惨がお兄ちゃんを狙っている理由は……?」
「正直、それは私にもわかりません。そして、鬼舞辻は未だに炭治郎さんの事を諦めずに捜し続けているようです」
「えっ! そんな状況でお兄ちゃんは、鬼狩りしていて危なくないんですか!?」

お兄ちゃんや珠世さんたちしか無惨の呪いを外せていないという事は、他の鬼たちは無惨と繋がっているという事なのだ。
それを考えると、鬼と接触するという事は、かなり危険な行為ではないかと禰豆子は思った。

「確かに鬼舞辻は全ての鬼と繋がっています。ですが、自分より遥か遠く離れた鬼や血を分け与えた量が少ない鬼については、その繋がりはかなり薄くなります。そして、炭治郎さん自身、禰豆子さんのように鬼舞辻の匂いを憶えています」
「……つまり、お兄ちゃんは、無惨との繋がりが薄い鬼を狩っているという事ですか?」
「はい。その通りです」

禰豆子の言葉にそう言って珠世は頷いた。

「禰豆子さん。初めに鬼になってしまった人を人に戻す方法があるか、私に訊きましたよね? すみませんが、今の時点では、鬼を人に戻す事はできません。ですが、私は医者です。どんな傷にも病にも必ず薬や治療法はあります。その為に私たちは鬼の血を調べて治療法を確立させようとしているんです」
(その為に……鬼の血を採っていたのね……)

他の鬼たちの血を調べて、薬を作る為に……。
だから、お兄ちゃんは、鬼狩りをしているんだ。
自分と同じように鬼にされてしまった人たちを救う為にも……。

「そして、炭治郎さんの身体は、とても特異体質な為、定期的に炭治郎さんの血を調べさせてもらっています。それが、一番の鍵になると思っていますから……。ですが……今の状況では、それだけでは、どうしても足りない事があります」
「足りない事ですか?」
「はい。この治療法を確立させる為には、先程お話しした通り、鬼の血を調べる必要があります。ですが……それは、鬼舞辻の血が濃い鬼からも血を採って調べなければならないのです」

そこまで珠世の話を聞いて、禰豆子は理解した。
彼女が自分に何を協力して欲しいのかを……。
そして、それがどれだけ危険な事であるのかも……。

「…………珠世さん。私にも鬼の血を採取するのを協力させてもらえないですか?」
「! 本当に……よろしいのですか? それは……とても過酷なものになりますよ?」
「……正直言うと、少し怖いです。さっきの戦いもギリギリ勝てた私にそんな事が出来るのかなって……」

十二鬼月でもなかった鬼を相手にギリギリの戦いしか出来なかった。
そんな今の自分がさらに強い鬼を相手に勝てるのか、心配だった。
それでも……。

「……でも、それ以外に方法がないのなら、私はやります。それで、珠世さんがたくさんの鬼の血を調べて薬を作ってくれるのなら、お兄ちゃんだけじゃなくて、さっきの人やもっとたくさんの人も助けてあげられますよね?」
「! ……そうね」

禰豆子の言葉を聞いた珠世は、少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに小さく笑ってそう言った。 やっぱり、この二人は兄妹なんだと、珠世は改めて思った。二人共本当に優しい子たちだと……。

「それに、今の話を聞く限りですと、鬼狩りを続けていたら、いつかお兄ちゃんとも再会出来るって事ですよね? 後、何でかよくわからないですけど、無惨にも変に目を付けられてしまったみたいなので、強い鬼についても嫌でもあっちの方から寄って来そうですし……」
「禰豆子さん、あまり無茶はしないでくださいね。禰豆子さんにもしもの事があったら、炭治郎さんが凄く哀しみますから……」
「あっ、はっ、はい! まずは、私に出来る事から少しずつやってみますっ!」

心配そうな表情を浮かべて珠世がそう言ったのに対して禰豆子は慌ててそう言った。
無惨から刺客を送り込まれるくらい自分が変に目を付けられて事は確かではあるが、やる事は何一つ変わらない。
鎹鴉から来る任務をこなして鬼を狩る。そのついでに鬼の血を採取してそれを珠世に提供する事が増えたくらいだ。
そして、少しでも強い鬼と戦えるように日々鍛錬を続けるだけの事だ。
それさえ続けていれば、いつの日かお兄ちゃんにも会える。
今の禰豆子には、それが分かっただけでよかった。

「あの、珠世さん。……もし、迷惑じゃなかったら、私からも一つお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「? 私に……ですか?」
「はい! また今度でいいので、一緒に紅茶を飲みながら、お話をしませんか?」
「!!」

その禰豆子の言葉を聞いた珠世は、ひどく驚いたような表情を浮かべた。
それを見た禰豆子は、少し不思議そうに首を傾げた。

「あっ、あれ? やっぱり、ダメですか? ここに来る途中、微かに紅茶の匂いがしたので、もしかしたら、珠世さんは紅茶は飲めるのかなぁ、って思ったんですけど……」
「いっ、いえ……。禰豆子さんの仰る通り、私は紅茶が好きなので、それだけは飲めるように身体は弄っていますが……どうしてですか?」

珠世にはわからなかった。
何故、禰豆子がそんな事をしたいのかを……。
そんな事をしても彼女には、何一つ得になる事などないはずなのに……。
そして、珠世にそう訊かれた禰豆子は、少し困ったように笑った。

「んー……。特にそんな深い理由とかはないんですけど……強いて言うんでしたら……珠世さんとだったら、お母さんみたいにお話出来るのかなぁ、って思っただけです。……さっきの戦いの中でもそう思ったんです。珠世さんは、私たちのお母さんに似てるなぁって……」

それは、ここへやってきた時からずっと思っていた事だった。
何度も見間違えてしまった。珠世さんとお母さんの事を……。
だからこそ、頑張れた事もあった。
だからこそ、ずっと我慢していた涙も珠世さんの前では流す事が出来た。
もちろん、珠世さんがお母さんの代わりになるとは思ってなどいない。
でも、ここで珠世さんと出会えた事を大切にしたいと禰豆子は思った。
その事を伝えようとした時、禰豆子は、ハッとした。
彼女の瞳から大粒の涙がポロリと落ちたからだった。

「すっ、すみませんっ! 私なんかが子供なんて、珠世さんも嫌ですよね! 今の発言は忘れてもらって――!」

だから、禰豆子は慌ててそう言おうとしたのだが、今度は珠世の方から禰豆子の事を抱き締められた為、途中でやめた。

「……ありがとう、禰豆子さん。……本当に……ありがとうっ……」
「…………」

嬉しかった。こんな自分の事を“お母さん”と呼んでくれた事が……。
それが、例え見間違いだったとしても……。
もう私には、誰かに母と呼んで慕ってもらえる資格などありはしないというのに……。
自分の夫と子供を喰い殺し、その後自暴自棄となって何の罪のない人たちを食い殺してきたというのに……。
それなのに、嬉しかった。

――――珠世さんは、本当に優しいですね。俺たちのお母さんみたいです!

そう、あの子もだ。あの子――炭治郎も同じような事を言って私に笑いかけてくれた。
この兄妹は、本当の意味で私の心を救ってくれた。
だからこそ、珠世は心底感謝し、思ったのだ。
この兄妹だけは、何がなんでも助けてあげようと……。
例え、自分の命に替えてでも……。
そして、そんな珠世の様子を愈史郎は、複雑な表情を浮かべながら、ただただ見つめているだけだった。





* * *





「……私たちは、この地を去ります」

その後、地下室に招き入れられた禰豆子は、珠世によって怪我の手当てをしてもらった。
そして、これからの事、鬼の血を採る方法やそれを届ける手段などを丁寧に教えてもらった後にそう珠代は言ったのだった。

「鬼舞辻に近づき過ぎました。早く身を隠さなければ、危険な状況です。昨日、鬼にされた男性と奥様の事は、お任せください。一緒にお連れして、何とかしてこれ以上、鬼化しないよう治療してみます」
「……わかりました。よろしくお願いします。あと、もし、お兄ちゃんに会ったら「あまり無茶しないでね」と伝えといてください」

怪我の手当てをしてくれた時、珠世さんは教えてくれたのだ。
お兄ちゃんは、眠る事で体力を回復する事でちょっとした弊害もある事を……。
人の血を全く口にする事がないお兄ちゃんが血鬼術を使い過ぎると、その身体を維持する為に身体が勝手に幼児化するらしい。
そして、最悪の場合は、そのまま眠りについてしまう事もあるという事を……。
その事を珠世から聞いた禰豆子は、兄の炭治郎は明らかに無茶をしているのだとわかった。
もし、直接会う事が出来たのなら、その事をすぐにでも伝えたいとは思っているけど、おそらく珠世たちに会う方が先だろうと思い、その事を伝言する事にしたのだった。

「はい。わかりました。禰豆子さんの伝言は、必ず炭治郎さんにお伝えしておきます」
「はい。よろしくお願いしますっ!」
「……俺たちは、ここの痕跡を消してから行く。お前は、もう行け」
「あっ、はい」

愈史郎の言葉にそう禰豆子は、素直に従おうとした。
自分がいつまでもここにいたら、その痕跡もなかなか消せないだろう。
もう外は、すっかり日が昇っているのだから、これ以上長居をする事は迷惑でしかない。
そう思った禰豆子は、二人に一礼をすると外へと向かって歩き出した。

「…………おい、禰豆子」
「えっ?」

すると、そんな禰豆子に対して何故か愈史郎が声をかけた。
それを少し不思議に思った禰豆子は、振り返った。

「…………さっきは、悪かった。お前は……醜女なんかじゃない」
「!!」

少し照れながらそう言った愈史郎の言葉に禰豆子は驚いた。
だが、それと同時に嬉しくなった。
少しだけでも彼に自分の事を認めてもらえたような気がしたから……。

「……ねぇ、愈史郎さん。愈史郎さんって……珠世さんの事、好きなんですよね?」
「なっ!?」
「私には、わかりますよ? 愈史郎さんから、そういう匂いがしますから♪」
「!!」

なので、禰豆子は愈史郎に近づいてそう耳打ちをすると、愈史郎はなんともわかりやすい反応を返して来た。
それを見た禰豆子は、楽しそうに笑った。

「また、珠世さんとお話した時、好きなものとか聞いておきますから! 応援しますよ♪」
「! ……ほっ、本当か?」
「はい! 頑張ってくださいね! では、失礼しますっ!!」

これをきっかけに愈史郎ともっと仲良く出来たらいいなぁと思いながら、禰豆子はその場を後にするのだった。









守るものシリーズの第25話でした!
今回で漸く炭治郎の現状についてちょっとだけ触れる事が出来ました!
炭治郎くんも禰豆子ちゃんも優しい子なので、何気なく言った言葉できっと珠世さんの心を救ってくれるんじゃないかと思い、今回はこのような形で表現してみました。
そのおかげで、愈史郎くんからも醜女発言を撤廃してもらえた禰豆子ちゃんでした!
ですが、その発言が後々更なる波乱を呼ぶ事に?

【大正コソコソ噂話】
その一
禰豆子ちゃんは、地下室に行く間にほのかに香った紅茶の匂いを嗅ぎ取って、珠世さんは紅茶なら飲めるのかと思って、あの提案をしてみました。 女性同士なので、きっと珠世さんとも楽しい会話ができると思います。

その二
その後、愈史郎くんは、禰豆子ちゃんに色々とアドバイスを手紙でうけるようになります。
愈史郎くんが、珠世さんに関しての日記をつけている事に若干、禰豆子ちゃんは引いて回数を減らした方がいいと助言しましたが、そこについては未だ改善されていません。。


R.3 1/13