(……鬼舞辻無惨。……あの男は……自分の事を慕う者にすら、こんな仕打ちをするというの……)

あの男――鬼舞辻無惨は、本物の鬼だと禰豆子は改めて思った。
あの顔、あの冷たい目は、絶対に忘れてはいけない。
朱紗丸の血だまりを見つめ、そう禰豆子は誓うのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「……あの…………珠世さん?」
「こちらです。こっちの地下室へ……」

朱紗丸の最期を看取った禰豆子は、その時漸く珠世たちがいない事に気付き、診療所へと向かった。
もう辺りはすっかり日が昇っている為、その陽光を避ける為に地下室へ避難したんだと禰豆子は先ほどの会話からそれを推測した。
しかし、地下室がこの診療所の何処にあるのかわからず、禰豆子は戸惑っていた。
すると、奥の方から珠世の声が聞こえてきたので、その方向に進むと一つの扉を発見した。
扉を開けると、地下へと続く階段があったので、禰豆子はそこを迷うことなく降りて地下へと進んだ。
地下へと降りるとそこには幾つもの牢屋があり、その中の一つには浅草で無惨に鬼にされてしまったあの男性が入っていた。
珠世たちは、この地下の廊下で禰豆子が来るのをずっと待っていたようだった。

「すみません。待たせてしまったようで……」
「いいのですよ。私たちには、最期まで看取る事は出来ませんので……ありがとうございます」

禰豆子が謝ると珠世はそう言った為、愈史郎は何処か不満そうな表情を浮かべつつも何も言わなかった。

「……きっと、お兄ちゃんなら、同じような事をするだろうなぁって思ったんです」
「炭治郎さんがですか?」
「はい。……お兄ちゃんは、そういう人なんです」

自分の事よりも誰かの為に動いて、哀しむ事が出来る人。
そんな優しいお兄ちゃんだから、禰豆子は大好きなのだ。

「……珠世さん。さっきの質問に私はまだ答えていませんでしたよね? 私は……鬼狩りです。殺された人たちの胸を晴らす為やこれ以上私と同じような人を増やさないようにする為なら、容赦なく刃を振るいます。例え……その相手が……お兄ちゃんになったとしても……。そして、お兄ちゃんを斬ったら、私も自分の腹を斬るつもりです」
「「!!」」

禰豆子の言葉を聞いた珠世たちが明らかに驚いたような表情を浮かべたのが禰豆子にもわかった。
けど、禰豆子は話を止めるつもりはなかった。

「これは、私に剣術を教えてくれた人の言葉です。お兄ちゃんが人を喰べてしまった時に私がやるべきことは二つだと……。だから、私はその覚悟を持って鬼狩りになりました。でも……」

お兄ちゃんの事を斬らなければいけない覚悟はちゃんとしている。
でも――。

「でも……私は、そうならないって信じています。お兄ちゃんは……絶対に人を襲ったりなんかしないって……。だって……私のお兄ちゃんだから……」

信じてる。私のお兄ちゃんなら、絶対に大丈夫だって……。
誰に何と言われようと、それだけは変わらなかった。
それに、珠世さんたちと出逢えた事でその想いはさらに強くなったのだ。
お兄ちゃんなら、きっと大丈夫だって……。

「…………やっぱり、禰豆子さんもお優しいんですね。本当に……お二人共……」
「えっ? 二人共?」

そう言って優しく微笑んだ珠世の言葉に禰豆子は違和感を覚えた。
私も? お二人共?
その言い方は、まるで……。

「ごめんなさい、禰豆子さん。私は……少し、禰豆子さんの事を試してしまいました。私たちは……禰豆子さんのお兄さん――炭治郎さんの事をよく知っています。いえ……行動を共にしています」
「えっ!?」

そして、次に珠世の口にした言葉に禰豆子は、瞠目した。
お兄ちゃんが……ここにいる。
珠世さん一緒にいるんだ……。

(そっか……。だからだったんだ……)

ここにやってきた時に感じた何処か懐かしい匂いの正体が何だったのか……。
あれは、お兄ちゃんの匂いだったんだと……。

「ねっ、禰豆子さん。……大丈夫ですか?」
「……あっ、あれ? おかしいなぁ……私……」

珠世の言葉が嬉しかったはずなのに、何故だか禰豆子の目頭は熱くなったかと思うと禰豆子の頬に涙が伝って零れ落ちていった。
嬉しくて、嬉しくて仕方ないはずなのに、涙が止まらなくなってしまった。

「……お……お兄ちゃんが、生きてるってわかって……嬉しいはず……なのに……よかったと……思っているはずなのに……っ!」

そんな禰豆子の様子を見た珠世は、禰豆子にゆっくりと近づくと、禰豆子の事を優しく抱きしめてやり、背中を擦った。
それは、まるで母親が子供を慰めるような、そんな優しいものだった。
そして、その行動は、禰豆子がよく母――葵枝によくやってもらったものによく似ていた。
その珠世の優しさで禰豆子は、今まで抑えつけていたものが一気に溢れ出してしまった。

「……お兄ちゃん……お母……さんっ!」
「!!」

禰豆子の言葉に、自分に抱きついて禰豆子に対して珠世は、少しばかり驚いたが、何も言わずにただ禰豆子が落ち着くのを待つように頭や背中を撫で続けてやるのだった。





* * *





「…………すみません。……私……取り乱してしまったみたいで……」
「いいえ、大丈夫ですよ」

それから暫く経って漸く落ち着いた禰豆子は、珠世からゆっくりと離れるとそう申し訳なさそうに言った。
禰豆子の言葉に珠世はそう笑みを浮かべてくれたが、やっぱり申し訳なかった。
そして、何よりも殺気から愈史郎から痛いくらいの視線が突き刺さっているからだった。

「愈史郎……」
「何も思ってませんっ!! 羨ましいとも!!」
(あっ、思っているんだ……)

それに珠世も気付いたのか、珠世はそう言って愈史郎に視線を向けると愈史郎は、そう即答した。
その愈史郎の言葉に禰豆子は思わず苦笑してしまった。

「……あの……珠世さん。……お兄ちゃんは……今、ここにいますか? お兄さんに……会えますか?」

もし、本当にお兄ちゃんがここにいるのなら、会いたい。
会ってちゃんと、確かめたいのだ。

「…………炭治郎さんは……今はここにはいません」

だが、次に珠世から返ってきた言葉は、禰豆子が期待していたものとは違っていた。

「もし、炭治郎さんがこの場にいたら、あの時真っ先に禰豆子さんの事を助けに動いていたかと思いますよ」
「あっ……」

そうだ。珠世さんの言う通りだ。
もし、ここに本当にお兄ちゃんがいるのだったら、あの襲撃の時に助けに来てくれたに違いない。
それくらい、ちょっと考えたらわかるのに、お兄ちゃんに会いたい気持ちの方が上回ってしまったようだった。

「……炭治郎さんは、私たちに協力して、今は独りで鬼狩りをして、鬼の血を集めてもらっているんです」
「えっ? お兄ちゃんが鬼狩りをしてる!? えっ? えっ!? それじゃあ、お兄ちゃんは……」
「いえ。……残念ながら、炭治郎さんは私たちと同じく鬼になってしまっています」

そう言いながら首を振った珠世の言葉の意味が禰豆子にはあまりよく理解できなかった。
お兄ちゃんがもう鬼になってしまっているであろう事は、おおよそは想定していた。
あの時に観た光景からして、きっとそれは間違いない事実だろうと……。
でも、それだとしても、どうしても腑に落ちない事があった。
鬼となってしまったお兄ちゃんがどうして鬼狩りをしているのかが……。
さっき、珠世も言っていたはずだ。
鬼同士の争いは意味がないと……。
致命傷を与える事は出来ないと……。
それなのに、何故、お兄ちゃんは鬼狩りをしているのだろうか?
そして、何故、鬼の血を集めているのだろうか?
そう言えば、さっきも珠世は、朱紗丸から血を採っていた。
それも、何か関係しているのだろうか?

「ごめんなさい、禰豆子さん。色々と混乱させてしまったようで……」

そんな禰豆子の様子を見て珠世も少し困ったように笑ってそう言った。

「禰豆子さんが名前を名乗ってくださった時に私は貴女が炭治郎さんの妹なのだと、気付きました。炭治郎さんからよく、家族の事を聞いていましたので……とても可愛らしい妹がいる事も」
「可愛い妹……」
「だからこそ、私は知りたくてあんな質問をさせてもらいました。禰豆子さんが……一体どんな覚悟を持って炭治郎さんの事を捜しているのかが知りたくて……。ですが、その必要はなかった。貴女は、炭治郎さんの事をずっと信じ続けていたのだから……」

そう言った珠世は、心底嬉しそうな表情を浮かべていた。

「禰豆子さん。まずは、貴女のお兄さん――炭治郎さんについて、私が知っている事をお話します。それを聞いた上で、私たちに協力していただけるかを今一度決めてください。貴女が……この二年間、信じ続けてきた事や努力は、決して無駄ではありませんから」
「! 珠世さん、それって……!?」

驚く禰豆子に対して珠世は、深く頷くと更に口を開いた。

「はい。……炭治郎さんは、この二年間、人を襲った事も、人を喰った事も決してありませんでしたよ」

その言葉は、禰豆子は何もよりも知りたかった真実だった。









守るものシリーズの第24話でした!
今回は、朱紗丸と矢琶羽たちとの戦いが一段落した後の話です。
そして、漸く炭治郎くんに関しての情報を得られた禰豆子ちゃん。本当によかったね!!

【大正コソコソ噂話】
その一
珠世さんから炭治郎くんが生きているとわかった瞬間、安堵から今まで我慢していた事が一気に溢れ出してしまい、涙が止まらなくなりました。
そんなタイミングで珠世さんが優しく慰めてくれたので、禰豆子ちゃんには珠世さんが葵枝さんと重なって見えてしまい、更に泣いてしまう事態になっています。

その二
文章ではわかりづらいですが、珠世さんは炭治郎くんの居場所やその理由についてかなり強調して話しています。
それは、ここにはいない誰かに敢えて聞かせているのかもしれません。


R.3 1/13