(いっ、一体、何が起こっている!?)

自分の身に起こっている不可思議な出来事に朱紗丸は、ただ驚くしかできなかった。
朱紗丸は、逃れ者である珠世ともう一人の鬼を片付けようと二人目掛けて確かに鞠を蹴った。
それなのに、その鞠は二人には決して命中しなかった。
二人の所に辿り着く前に突然、鞠が真っ二つに分かれるのだ。
しかも、何もない空間のところで……。
その事に驚いていると、今度は突然、朱紗丸の腕が刃物のような物で切断されたのだ。
本来の朱紗丸なら、その程度の事でも特に気にしなかっただろう。
今、この場で自分に致命傷を与えられるのは、あの鬼狩りの少女だけ。
あの鬼狩りの持つ刀で自分の頸を斬り落とされなければ、ずっと生きていられるのだ。
腕だって何度だって生え変わってくる。
そのはずなのに……。

(どっ、どうして、腕が生えてこない!?)

そのはずなのに、いくら待っても朱紗丸の腕が生え変わる気配はなかった。
それどころか、斬られた箇所は、まるで結晶化したように固まっているのだ。
こんな事は、初めての体験だった。

(……もう一人……おるのか?)

朱紗丸の目には、捉える事が出来ない存在がもう一人いる。
珠世の連れの鬼もたまに姿を消して攻撃してくるが、それとはまた違う存在がいる。
そして、その人物が自分の腕を斬り落とした事で腕が生えてこなくなったのだ。
その事実に流石に朱紗丸も焦りを見せだすのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(何処じゃ! 何処におる!?)

見えないその強敵の脅威に朱紗丸は辺りを見渡して何とかその存在を捉えようとするが、やはり出来なかった。
知らない。こんな事ができる者がこの世に存在するなんて……。

「……十二鬼月のお嬢さん。貴女は、鬼舞辻の正体をご存知ですか?」

そんな朱紗丸の様子を見た珠世が遂に仕掛けて来た。
珠世の言葉を聞いた朱紗丸の表情が一瞬のうちに凍りつく。

「何を言う、貴様!! 逃れ者めが!!」
「あの男は、ただの臆病者です。いつも何かに怯えている」
「やめろ!! 貴様!! やめろっ!!」

珠世の言葉に何故か朱紗丸は、狼狽えてそう叫んだ。
だが、そんな事は一切気にする事なく、珠世は畳み掛ける。
今なら、何も気にする事なく術が使える。
近くに禰豆子がいないから……。

「鬼が群れる事が出来ない理由を知っていますか? 鬼が共喰いする理由を。それは、鬼たちが束になって自分を襲って来るのを防ぐ為です。そのように操作されているのです。貴女方は」
「黙れーっ!! 黙れ黙れ!! あの方は、そんな小物ではないっ!!」

珠世の言葉を聞いた朱紗丸は、ムキになって怒鳴り散らした。
逃れ者の分際で、あの方の悪口を言った事が許せなかったのだ。

「あの方の能力は、凄まじいのじゃ! 誰よりも強い!! 鬼舞辻様は!! …………っ!!」

そして、怒りに任せて口走ってしまった言葉に朱紗丸の表情は一気に凍りついた。
先ほど、とんでもない事を口走ってしまった口を今すぐにでも押さえたかったのに、まだ腕が生えてこなかったせいで、それは叶わなかった。
だから、朱紗丸は恐怖で震えるしか出来なかった。

「…………その名を口にしましたね」

そう言った珠世は、ゆっくりと左手をかざした。
その左手の手首からは血が滴り落ちており、それが薄紅の霧になって辺りに広がっていった。
珠世の血鬼術の一つである、《白日の魔香》を使ったのだ。
この霧を吸った者は、脳の機能が低下し、虚偽を述べたり、秘密を守る事が不可能になるのだ。

「呪いが発動する。――可哀想ですが……さようなら」

そう言いながら珠世は、静かに目を伏せるのだった。
これから起こる惨劇を直視しない為に……。





* * *





(なっ、何があったの!?)

珠世たちの許へと何とか戻って来た禰豆子は、ただただ困惑した。
禰豆子の目にいきなり飛び込んできた朱紗丸は、悲鳴を上げながら辺りを走り回っていた。
そして、何故かまだ生え変わっていない腕の付け根は、何かに赦しを乞うように何とか天へと突き上げようとし動かしていた。

「お許しください! お許しください!! どうか、どうか、許して……!!」

朱紗丸の目には、最早禰豆子の事など映っていなかった。
ただただ、彼女は、必死にそう叫んでそう訴えていたが、その望みは届かなかったらしい。
朱紗丸が再び悲鳴を上げるとその場に蹲った。

「ギャアアアァァッ! ぐぅううぅっ……!!」
「!!」

それを見た禰豆子も思わず言葉を失った。
朱紗丸の身体の内側から何かが勢いよく飛び出して来た。
それは、間違いなく、太い鬼の腕だった。
朱紗丸の腹や口から、身体を引き裂くようにその腕は突き出した。

「なっ……!」

そして、口から生えてきた腕の一本が朱紗丸の頭を掴んで、そのまま一気に頭を握り潰したのだった。
辺りには、グジュグジュ、ギゴギゴと、骨や肉が砕けるような嫌な音が響き、血が飛び散った。
その凄惨な光景を禰豆子は、ただ黙って見ているしか出来なかった。
それは、愈史郎も同じだったらしく、彼もまた呆然とその場に立ち尽くしていた。
一体、目の前で何が起こっているのか、禰豆子が考えているうちに朱紗丸だったものは、ただの肉の塊へと変貌してしまった。
禰豆子も愈史郎も動けずにいる中、珠世だけがゆっくりとそれに近づいて調べ始めた。

「…………しっ、死んでしまったん……ですか?」
「間もなく死にます。これが〝呪い〟です」

恐る恐るそう訊いた禰豆子に対して珠世はそう静かに答えた。

「体内に残留する鬼舞辻の細胞に肉体を破壊させる事」

ここで禰豆子は漸く理解した。
先ほど、珠世が言っていた〝外した〟と言っていた〝鬼舞辻の呪い〟が何だったのかを……。
鬼舞辻無惨の名を口にしただけで今みたいに無惨に殺されてしまうという事を……。

「基本的に……鬼同士の戦いは不毛です。意味がない。致命傷を与える事ができませんから。陽光と鬼殺の剣士の刀以外は……。ただ、鬼舞辻は、鬼の細胞が破壊出来るようです」
(……そっか。……だから、誰も話してくれなかったのね)

今まで出会って来た鬼たちが何も話さず、怯えていた理由が今ならよくわかった。

「っ!?」

すると、愈史郎が勢いよく禰豆子の許へと駆け寄って来たかと思うと、口元に荒っぽく布を押し付けて来た。

「珠世様の術を吸い込むなよ。人体には、害が出る」

それが愈史郎なりの禰豆子への気遣いだという事がわかった禰豆子はただ黙って頷くと、愈史郎から布を受け取って自ら口を押さえる事にした。

「…………禰豆子さん、この方は十二鬼月ではありません」
「!?」

その珠世の言葉に驚いた禰豆子は、思わず口元から布を話しそうになったが、横にいる愈史郎に思いっきり睨まれた事により何とか思い止まれた。
そんな禰豆子に対して、珠世は特に気にした様子も見せずに淡々と目の前に転がっている物を指さした。
それは、朱紗丸の目玉だった。

「十二鬼月は、眼球に数字が刻まれています。ですが、この方には……ない。……もう一方もおそらく十二鬼月ではないでしょう。……弱すぎる」
(弱すぎる……!? あれで!?)

今まで戦って来た中でやっとの思いで倒せた鬼だったのに……。
一体、本物の十二鬼月はどれだけ強いのだろうか?
そんな事を禰豆子が考えていると珠世は、何処からか注射器を取り出し、朱紗丸の身体から血を採血をした。

「……血は採りました。禰豆子さん。ここにあまり長くいると術の影響を受けるかもしれませんから、地下のほうに移動しましょう。……もうすぐ、日も昇りますから……」
「……あっ、はっ、はい!」

珠世が何故、朱紗丸の血を採っていたのか少し気になった禰豆子だったが、彼女の言葉に素直に従いその場から離れようとした。

「…………まり……ま、り……」
「!!」
「? 禰豆子さん……?」

その時、微かに聞こえて来た声に禰豆子は、思わず立ち止まった。
それは、間違いなく朱紗丸の声だった。
けれど、さっきまでのものとは、まるで違っていて、か細く哀しい少女の声だった。
禰豆子は、近くにあった鞠を一つ拾うとかろうじてまだ形を保っていた朱紗丸の身体のそばに置いた。

「…………ほら……鞠だよ」
「あそ……ぼ……あそ、ぼ……」
「…………」

まるで、小さな子供みたいだった。
きっと、たくさんの人を殺しているだろうに……。
ふと、頭に思い浮かんだのは、在りし日の光景だった。
妹の花子も鞠で遊ぶのが好きで、楽しそうに歌いながら遊んでいるのをお兄ちゃんと眺めていた。
もしかしたら、本当の彼女は、花子と同じくらいの歳で鬼にされてしまったのかもしれない。
鬼の姿は、あの手鬼のようにその姿が原型を留めていない場合もあるから……。
禰豆子がそんな事を考えているとふと日が差した。
レンガの塀の向こうから朝日が昇っていた。
その日の光に当たると、朱紗丸の身体は見る見るうちに灰へと変わり、風に吹かれて散ってしまった。
禰豆子の傍に残った物は、先程の拾って置いた鞠と彼女が身に纏っていた着物だけになった。

(……あぁ……何も……救いがないわ)

無惨に十二鬼月だと煽てられて、騙されたまま戦って、そして、最期はあいつの呪いで殺されてしまった。
死んだ後は骨すら残る事なく消えてしまう。
これが、人の命を奪った事に対しての報いなのだろうか?

――――……鬼は、虚しい生き物だ。……哀しい生き物だと、俺は思うよ。禰豆子。

そして、また、頭に浮かんだのは、哀しそうな表情を浮かべた兄――炭治郎の顔だった。
お兄ちゃんは、もうあの時からこの事に気付いていたのだろうか?
だとしたら、やっぱり、お兄ちゃんは、凄いよ……。
そう禰豆子は思わずには、いられなかった。
そして、そんな禰豆子の事を遠くから何者かが見つめていた事に彼女が気付く事もなかった。









守るものシリーズの第23話でした!
さてさて、こちらの方は、漸く朱紗丸とも決着がつきます。
前回に引き続きとある人物の影が見え隠れしているのですが、中々姿を現さないですwww

【大正コソコソ噂話】
その一 禰豆子ちゃんも炭治郎くん同様優しいところがある為、なるべく鬼の最期は看取ってあげようと思っています。
その行動は、もちろん炭治郎くんに大きく影響されているからです。

その二
珠世さんは、陽光を避けるため、仕方なく禰豆子ちゃんのことを置いて診療所の地下室へと向かう事にしました。
その時、禰豆子ちゃんに声をかけるか非常に迷いましたが、禰豆子ちゃんの優しい行動に敢えて声をかけずに移動しました。
その結果、禰豆子ちゃんが珠世さんを待たせる結果となってしまったので、その点に関して愈史郎くんはかなり不満に思っています。

(ちっ! ……あの鬼狩りめ! 珠世様を待たせるなんて!!)
「愈史郎。何か余計な事、考えていませんか?」
「何も考えていませんっ!!(珠世様は、今日も美しい!!)」


R.3 1/13