「気を付けろ!! 少しでも油断するなよ!! もし、そいつが本当に十二鬼月なら、まず間違いなく、お前が今まで倒した奴らより手強いぞ!!」
「はい! わかりましたっ!! 気を付けつつ、少しでも油断せず、頑張りますっ!! ありがとうございますっ! 愈史郎さん!!」

愈史郎の忠告にも禰豆子は、そう素直に答えた。
そんな禰豆子を見て愈史郎は、珠世へと視線を向けた。

「珠世様! あいつを囮にして逃げましょう!!」
「…………」
「冗談です!!」

そして、珠世にそう提案したのに対し、珠世が明らかにあり得ないと言った白い目を向けられた愈史郎はそれをすぐに撤回した。

「鬼狩り!! お前は、まず矢印の男をやれ!! 鞠の女は、俺たちで引き受ける!!」
「! ……わかりました! お願いしますっ!!」

確かに、あの矢印は、厄介だ。先に倒した方がいいだろう。
その愈史郎の助言を素直に聞き入れた禰豆子は、すぐさま矢琶羽の方へと駆け出した。
だから、禰豆子には、聞こえなかった。
その後に愈史郎が何かを言っていた事には……。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「……おのれ、おのれ、おのれ!!」

矢琶羽との戦いで勝利したのは、禰豆子の方だった。 矢琶羽から繰り出される赤い矢印を上手くねじれ渦で巻き取り、巨大な水車を横へと振った。
本来だったら水中でなければ、さほど威力が出ないはずのねじれ渦を矢印を上手く巻き取った事で威力を強化させ、弐ノ型の水車を連続で使う事で上手く矢琶羽の頸を吹き飛ばす事が出来たのだった。
禰豆子によって千切れ飛ばされた矢琶羽の頸は転がりながらそう叫んだ。

「お前さえ、連れて帰れば、あの方に認めてもらえたのにっ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ!!」
(大人しく……付いていくわけないじゃない!)

ボロボロと崩れていく中でもそう矢琶羽は叫び続ける。
それを少し、禰豆子は呆れつつ聞いていた。
相手は、鬼舞辻無惨直属の部下なのに、そうノコノコ付いていくわけなどないだろう。
その事は、矢琶羽自身もわかっていたから、こうやって禰豆子の事を襲ってきただろうに……。

「汚い土に俺の顔をつけおって……。こうなったら、お前も道連れじゃ!!」
「!!」

だが、その油断が間違いだった。矢琶羽は、最後の力を振り絞って、両手の目を瞬かせたのだ。
その瞬間、禰豆子の身体中に無数の赤い矢印が突き刺さった。

(しまった!?)

そう思った時にはもう遅かった。
今まで喰らった矢印の中でも、一番強い力で引き摺られた。
あっという間に庭の壁に打ち付けられそうになり、禰豆子は壁に向かって必死に技を繰り出した。

「――――肆ノ型! ――――打ち潮!!」

技によって力が打ち消されて、かろうじて直撃は免れた。
だが、禰豆子に突き刺さっている矢印はまだあった。
間髪入れずにまた別の矢印によって今度は別の方向に引っ張られる。
それも物凄い力だった。

(身体にも凄い圧がかかってる。……刀が上手く振れない! ……でも、技を出さないとっ!!)

技を出し続けて衝撃を緩和し続けなければ……。
それが出来ないと間違いなく助からない。
そう思った禰豆子は、無我夢中で技を出し続けた。

「――――滝壺! ――――水面斬り! ――――打ち潮! ――――水車! ――――雫波紋突き!!」

こんなにも連続して技を出し続けた事は、今までにあっただろうか?
正直、両腕が千切れそうだった。
そして、これがあと何回続くかもわからなかった。
遠くの方で矢琶羽の嗤い声が聞こえるような気がした。
それもこれも、きっと考えてはいけない。
今は、技を出し続ける事に集中しなければ……。

「――――滝壺! ――――打ち潮! ――――水車! ――――ねじれ……っ!!」

だが、それでも余計な事を考えてしまったせいだろうか。
禰豆子が技を出すのに失敗してしまったのは……。

(まずい! ぶつかる!!)
「死ね! 鬼狩り!!」

それに矢琶羽も気づいたのか、遠くの方で嬉しそうにそう叫んでいた。
それに対して、禰豆子もどこか諦めたように目を閉じた。
少しでも衝撃を和らげようと受け身の体勢は取っていたが、諦めていた。

(お兄ちゃん……ごめんね)

絶対にお兄ちゃんの事を見つけて、助けるって誓ったのに……。
こんなところでまだ、死んでいる場合じゃないのに……。
なのに、ダメだった。ごめんね……。

(…………あれ? どうして?)

そう思っていたはずなのに、いくら待っても禰豆子の身体には何の痛みも襲ってこなかった。
それどころか何か優しく、温かい何かに包まれるようなものを感じたのだ。
それは、まるで太陽のような……。

『……チッ、矢印の数が多過ぎる。一発で全てを焼き尽くせなかったか』
「!!」

そして、その直後に聞こえてきた声を驚いた禰豆子は、閉じていた目を開いた。
そこでまず目にしたのは、炎だった。
禰豆子は、何故か炎の上に乗っていて、それなのに全然熱くなかった。
そして、さっき聞こえてきた声により、これがただの炎ではない事に気付いた。

『掴まっていろ。そうすれば、少なくともその矢印の効果は、無効化できるだろう』
(とっ、鳥!?)

そう。禰豆子は、鳥の背中の上に乗っていたのだった。
しかも、炎を身に纏う鳥に……。

(えっ? 何? どういう事……?)
「なっ、何だ、お前は!?」

その火の鳥に驚いたのは、禰豆子だけでなく、矢琶羽もだった。

「何故、俺の矢印が燃えるんだ!? そして、何故、効かぬ!?」
『私には、こんな子供騙しな術など効かぬ。そして……』

そう言いながら火の鳥は、矢琶羽へと向かって翼を羽ばたかせた。
すると、辺りに炎が舞い上がる。

『そして、私の炎で燃せぬものはない!!』
「ギャアアアァァ!!」

そして、その炎は何の迷いもなく矢琶羽の頸へと飛んでいった。
その炎に包まれた矢琶羽の頸からは断末魔が上がった。
そして、禰豆子によって斬られて崩れていた矢琶羽の身体と頸は一気にそれが加速し跡形もなく消えていった。
それによって、禰豆子に突き刺さっていた赤い矢印も無くなった。

(たっ、助かった……)

技を出すのに失敗したあの時は、もう助からないと思っていたのに……。
でも、この火の鳥は、一体……。

「あっ、あの……助けていただきまして、あり――」
『この程度か?』
「えっ? ……っ!」

ひとまず、助けてくれた火の鳥にお礼を言おうと口を開いた禰豆子だったが、その言葉を遮るように火の鳥はそう言った。
その直後、禰豆子の事を若干乱暴に自分の背中から降ろした。
そして、禰豆子の事を降ろした火の鳥は、ジッと静かに見つめてきた。
その何もかも見透かすような火の鳥の瞳に禰豆子は何も返す言葉が見つからず、ただその瞳を見返すしか出来なかった。
その沈黙は、一体どれだけ続いただろうか。
そして、その沈黙を先に破ったのも火の鳥の方からで、どこか残念そうに溜め息をつかれた。

『……もっと、強くなれ。そうでなければ…………死ぬぞ』
「えっ? ちょっ、まっ……」

そして、その火の鳥は、それだけを言い残すと翼を羽ばたかせて、何処かへ飛んで行ってしまった。
禰豆子は、それを呼び止めようとしたが、その声は火の鳥には届かなかったらしく、その動きが止まる事はなかった。

(…………結局、あれは何だったんだろう?)

そもそも火の鳥なんてものがこの世に存在するなんて……。
今考えるとこれはすごい事だったのではないか?
鬼という人外の生物に関わりすぎたせいなのか、その辺の認識が少しズレてしまったようだ。

(……あっ! そうだ! 珠世さんたちは!?)

そして、禰豆子は、自分の事を狙っていた鬼がもう一人いた事を漸く思い出した。
しかも、その鬼は、今もまだ珠世たちと戦っているはずだ。
早く戻らなければ……。
そう思った禰豆子は、急いで診療所の方へと戻るのだった。









守るものシリーズの第22話でした!
何だかんだで矢琶羽に勝利した後の禰豆子ちゃんのお話がメインとなります。
それにしても、愈史郎くんは一体誰と話していたのやら……?

【大正コソコソ噂話】
禰豆子の事を助けた火の鳥は、もちろん飛鳥です。
飛鳥は初めは禰豆子の事を手助けするつもりはありませんでしたが、禰豆子が技を出すのに失敗した為、咄嗟に助けました。
※それはもちろん、炭治郎くんの為です
そして、この時に禰豆子ちゃんの額にも痣がある事に飛鳥は気付きます。


R.3 1/13