「……鬼を人に戻す方法は…………あります」

禰豆子の話を全て聞いた珠世は、そう静かに言った。
それを聞いた禰豆子は思わず前のめりになった。

「本当ですか!? 教えてくださいっ!!」
「その前に……一つ、禰豆子さんにお聞きしてもいいですか?」
「何ですか? 私なんかで答えられる事なら、何でも言ってくださいっ!!」

鬼を人に戻す方法がわかれば、お兄ちゃんの事を助けてあげられる。
その為に必要な事なら、何でも答えようと禰豆子は思っていた。

「……禰豆子さんは、禰豆子さんのお兄さん――炭治郎さんが人を喰っていたら……どうしますか?」

それが、珠世から禰豆子に出られた質問だった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「…………えっ?」

その珠世の問いに禰豆子は、思わずキョトンとしてしまった。
それは、幾度となく禰豆子が答えてきた質問と全く同じだったからだ。
どうして、みんな、同じ事ばかり訊くのだろうか?
その珠世の質問の意図がわからず、禰豆子はただただ困惑したのだ。
だが、そんな禰豆子の反応を見た珠世は、何故だか哀しそうな表情を浮かべた。

「…………はやり、禰豆子さんでも斬りますか? ……他の鬼狩りの剣士と同じ様に」
「……えっ? ちょっと、ま――」
「! 伏せろ!!」

珠世が何かしらの誤解をしていると思った禰豆子は、それを否定しようと口を開こうとしたが、愈史郎の声によってそれが遮られる。
そう言った愈史郎は、いきなり珠世を庇うように抱えて床に伏せた。
その途端、何かが壁を突き破って飛び込んできた。
それは、ものすごい勢いで床や天井にぶつかり、破壊しながら跳ね返り、飛び回っている。

「鞠!?」

かろうじてそれを避けた禰豆子は、その物体の正体に漸く気が付いた。
それは、色とりどりの美しい糸が巻かれた鞠だった。

「キャハハハッ! 矢琶羽の言う通りじゃ! 何も無かった場所に建物が現れたぞ!!」

その途端、楽しそうに嗤う少女の声が聞こえてきた。
その声が聞こえてきた方向に視線を向けると大きく崩れた壁の向こうにある診療所の庭先からおかっぱ頭の少女がケラケラと嗤いながら両手で鞠をついていた。
鞠を投げただけで家をここまで破壊したこの少女は、匂いを嗅がなくても鬼に違いない。
禰豆子がそんな事を考えていると少女の鬼は、またけたたましく嗤いながら、再び鞠を投げ込んで来た。
鞠は、部屋の中を跳ね回りながら、まるで鉄球のような威力で辺りを薙ぎ倒しながら突き破って来る。
そんな鞠の軌道を見ながら動いたのは、愈史郎だった。
鞠から珠世の事を守ろうとしたのだろう。
だが、そんな愈史郎の動きをまるで読んでいたかのように鞠が不自然に急激に曲がった。
そして、鞠は愈史郎の頭にぶつかり、吹き飛ばした。

「愈史郎さんっ!」
「キャハハハッ! 一人殺した!!」

少女の鬼は、嬉しそう、楽しそうに嗤った。
禰豆子は、咄嗟にその少女の鬼の匂いを嗅ぎ、刀を構えた。
その匂いは、今までの鬼とは明らかに違っていた。
とても濃い匂いがした。
その匂いが肺に入ってくるととても重く感じた。
刀を構える禰豆子に対して、少女の鬼はまじまじとこちらを見つめてくる。

「……耳に飾りの鬼狩りは、お前じゃのぅ?」
「!!」

その少女の鬼の言葉を聞いた禰豆子は思わず瞠目した。
彼女たちは、明らかに自分の事を狙って襲撃してきた事に驚いたからだった。
もし、本当にその考えが正しいのなら、この戦いに珠世さんたちを巻き込むわけにはいかない。

「珠世さん! 身を隠せる場所まで下がってくださいっ!」
「禰豆子さん、私たちの事は、気にせず戦ってください」

禰豆子がそう言って振り返ると珠世は首が無くなった愈史郎の身体を抱いたままそう言って首を振った。

「守っていただかなくても大丈夫です。鬼ですから」
「でっ、でも……っ!!」

禰豆子がそう言った途端、また鞠が飛んで来た。
ただ、避けただけでは、あの鞠は曲がって追いかけて来る。
その為、禰豆子は呼吸を整え、水の呼吸の中でも最速の突き技を繰り出そうと試みた。

「――――全集中・水の呼吸! ――――漆ノ型! 雫波紋突き・曲!!」

波紋の中心を狙うかのように鞠を突き刺す。
ただ、真っ直ぐにではない。漆ノ型に少し応用を効かせて、曲線を描きながら、禰豆子は鞠に一撃を放った。
それによって、禰豆子は鞠を日輪刀で上手く貫く事に成功した。
これで鞠の動きを止められる。
そう思ったはずなのにその瞬間、鞠が大きく震え出し、刀に刺さったまま禰豆子の頭へとぶつかって来た。

「!? どうして動くの!? この鞠!?」

先程、愈史郎に当たった時にも不自然な曲がり方をこの鞠はしていた。
特別な回り方をしているわけでもないのに……。
これは、一体どういう事なのだろうか?
刀を振るって鞠を振り落としながら禰豆子は、必死に思考を巡らせてみたが、その理由はわからなかった。

「珠世様!!」

すると、後ろの方から愈史郎の怒鳴り声が聞こえて来た為、禰豆子は驚いてそちらへと目を向けた。
珠世が抱いている彼の身体から新しい頸が生えてきていた。
まだ、半分程しか再生していなかったが、口は既に出来ており珠世に向かって説教をしているようだった。

「俺は言いましたよね? 鬼狩り関わるのは、やめましょうと最初から! 俺の〝目隠し〟の術も完璧ではないんだ! 貴女にも、それはわかっていますよね!?」

愈史郎がそう叫んでいるうちにも彼の頭は、どんどん出来上がっていく。

「建物や人の気配や匂いを隠せるが、存在自体を消せるわけではない! 人数が増える程、痕跡が残り、鬼舞辻に見つかる確率も上がる!!」
「…………」

愈史郎のその言葉を聞いた珠世は、何も言わずただ俯いていた。
そして、禰豆子は、理解した。
何故、鬼がこれだけ近くに来ていたのに、攻撃されるまで匂いがしなかったのかを……。
それは、愈史郎の血鬼術のせいだったのだ。

「貴女と過ごす時を邪魔する者が、俺は嫌いだ! 大嫌いだ! 許せない!!」
「キャハハッ! 何か言うておる! 面白いのぅ! 楽しいのぅ!!」

だが、愈史郎のその言葉を聞きながら、少女の鬼はまた甲高い嗤い声を上げながら、そう言った。

「〝十二鬼月〟であるこの朱紗丸が相手をしてやる事を、光栄に思うがいい!!」
「〝十二鬼月〟……?」

少女の鬼――朱紗丸から聞き慣れない言葉を聞き、禰豆子は戸惑った。

「鬼舞辻直属の配下です!」

そして、それに対して答えてくれたのは、珠世だった。
そんな禰豆子たちに対して、まるで力を誇るかのように朱紗丸は、また高笑いをし始めた。
着物の上半身が肌けるとメキメキと両脇から腕が二本ずつ生えてきた。
合計六本の腕が生え、怪物と化した朱紗丸は、それぞれの腕に一つずつ鞠を持つとそれを同時に投げつけて来た。
投げられた六つの鞠が部屋の中で無茶苦茶に跳ね回る。
禰豆子は、神経を集中させ、鞠一つ一つを確実に斬ろうとした。
だが、斬ったところで鞠の動きは止まらなかった。
斬れば二つに分かれたまま、禰豆子にぶつかって来る。
だが、普通に当たるよりかは、威力は落とせている。
でも、禰豆子は気付いていた。
匂いから鬼がもう一人がいる事に……。
そして、その位置も……。
でも、それだけではどうしようもなかった。
この無茶苦茶に飛んで来る鞠がそれを阻むのだ。
鞠は、朱紗丸の手元からどういう原理かわからないが、無限に生み出されてきて、いくら斬ってもキリがなかった。
そして、自分に向かって襲いかかって来る鞠はをかろうじて止める事が出来ても、珠世と愈史郎たちに襲いかかって来るものまでは、どうしても対応出来なかった。

(……っ! ダメだわ! 庇っている余裕がない!!)
「禰豆子さん! 私たちは、治りますから、気にしないでください!!」

そんな禰豆子の様子に気がついたのか、珠世が必死にそう叫んだ。
そして、それに続くかのように愈史郎も口を開いた。

「おい、間抜けの鬼狩り!! 〝矢印〟を見れば、方向がわかるんだよっ!!」
「やっ、矢印!?」

だが、その愈史郎の言葉の意味は、禰豆子には全く理解出来なかった。
そんな禰豆子に対して愈史郎は、明らかに苛ついたように舌打ちをした。

「矢印を避けろ!! そうしたら、鞠女の頸くらい、斬れるだろう! 俺の視覚を貸してやる!!」
(視覚を……貸す?)

愈史郎の言葉の意味がまだよくわかっていない禰豆子の許に何かが飛んで来た。
それは、目のような模様が描かれたお札だ。
これは、この屋敷の玄関にも貼ってあったお札と同じもののようだ。

「!!」

お札が禰豆子の額に貼り付いた途端、禰豆子の視界に変化が起こった。
血のように赤い矢印が何本も空中に帯のように現れたのだ。
そして、そのうねり曲がる矢印に乗って鞠が動いている事に禰豆子は漸く理解した。

(……この矢印で鞠は動いていたということね! ……なら!!)
「愈史郎さん! ありがとうございますっ!! 私にも、矢印がちゃんと見えました!!」
「!!」

笑ってそうお礼を言った禰豆子に対して、愈史郎は何故だか驚いたような表情を浮かべた。
そんな愈史郎の様子など特に気にする事もなく、禰豆子は再び呼吸を整えた。

「――――水の呼吸! ――――参ノ型! ――――流流舞い!!」

うねり流れる水のように舞いながら、移動し、刀を振るった。
そして、全ての鞠の軌道を読みながら一つ一つを確実に叩き落としながら、禰豆子はそのままの勢いで朱紗丸の懐へと飛ぶ込むと六本の腕を一気に斬り落とした。

「はあっ!!」
「!!」

だが、禰豆子の動きはまだ止まらない。
地面を力強く蹴り、庭の端に生えている大木を目指した。
先ほどからもう一人の鬼の匂いがずっとしていた所だ。
そこには、匂いがした通り、一人の青年の鬼がいたので、禰豆子はとっさに蹴りを喰らわせた。
本当だったら、斬りかかった方が良かったのだが、今まで癖のせいでこちらの方が速くて楽だったからだ。
禰豆子から蹴りをいきなり喰らわされた青年の鬼――矢琶羽はそれに驚きつつも、それを両手で受け止めた。
その掌には、目があり、瞳には矢印が刻まれていた。

「! 土埃を立てるなっ!! 汚らしいっ!!」
「!!」

そう矢琶羽が言ったのとほぼ同時に矢琶羽の掌の目が閉じた。
その瞬間、禰豆子の身体に何かが突き刺さる。
それは、あの赤い矢印で、それに気付いたのと禰豆子の身体が勢いよく引っ張られたのは、ほぼ同時の事だった。
この赤い矢印が禰豆子の身体を操っているのだ。
あの鞠の不規則な動きをしていたのも、この矢琶羽の血鬼術の力なのだろう。
禰豆子は、勢いよく地面に叩きつけられたが、一応受け身を取る事には成功した。
だが、その痛みは、一瞬呼吸をする事を忘れてしまいそうになる程の激痛だった。

「禰豆子さん!!」
「!!」

それを見た珠世から心配そうな声が聞こえてきたので、禰豆子は何とか起き上がる。
そして、珠世の姿を見た禰豆子は、思わず瞠目してしまった。
負傷し、顔を右手で押さえながら、心配そうにこちらの事を見ている珠世の姿が重なって見えた。
いつも自分に何かあった時に心配そうに見つめていた母の姿と……。
その瞬間、禰豆子の中に新たな感情が湧き上がる。
守りたい。この人の事を……。
この人が鬼だって、構わない。
絶対に守ってみせる!

「珠世さん! 私なら、大丈夫ですから!!」

そう珠世に笑って言うと禰豆子は、刀を構え直した。
十二鬼月があの鬼舞辻の直下の配下なら、今まで戦ってきた鬼よりもおそらく手強いだろう。
けど、こんな事などは、今の禰豆子には、何の関係もない。
必ず、この二人を倒して、お兄ちゃんの情報を掴んでみせる。

そう決意した禰豆子は、再び走り出すのだった。









守るものシリーズの第21話でした!
遂に朱紗丸と矢琶羽が禰豆子たちに襲ってきました!
禰豆子ちゃんも炭治郎くん同様、根はいい子なので、愈史郎くんに助けられたらちゃんとお礼は言います。
※言われた本人はめっちゃびっくりしてますがwww

【大正コソコソ噂話】
若干、朱紗丸は、任務を忘れ気味ですが、二人が無惨様から受けた指令は、禰豆子ちゃんを連れてくる事です。
その為、愈史郎の頸を吹っ飛ばした事を矢琶羽は内心焦っていました。

(あのバカ! 頸を吹っ飛ばした! これでは、あの御方に怒られる!?)
「……耳に飾りの鬼狩りは、お前じゃのぅ?」
(よかった! 娘の方だった!!)


R.3 1/13