「おとうさんは、来ないの?」
「仕事があるんです。商談に行かなければ、なりません。それに、さっきの騒ぎも気になりますから……」
「あなた……」
「大丈夫。警官に尋ねるだけですから」

心配そうな表情を浮かべる妻の女と子供に対してそう無惨は、穏やかに笑って言った。
そして、二人を車に乗せて家に帰らせると無惨は、路地裏を目指して歩き始めるのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


独り、人気のない路地裏を歩く無惨は、先ほど大通りで起こった出来事を思い出していた。
私の肩を掴んだあの少女の事を……。
一瞬しか見る事が出来なかったが、あの少女が身につけていたあの耳飾りには、見覚えがあった。
そう、あれは――――。
そんな事を考えながら歩いていたせいか、ドン、と肩に何かが当たるまで気付きもしなかった。

「痛っ……! 何だ! てめぇ!!」

その声で無惨は顔を上げると、酔っ払い三人組がこちらを睨んでいた。
どうやら、すれ違いざまにこの酔っぱらいにぶつかってしまったようだ。

「…………すみません」
「おい、待てよ!!」

酔っぱらいの相手などしている暇などない。
私には、やらねばならない事があるのだから……。
だから、無惨はこの場を丸く収めようと軽く頭を下げてその場から立ち去ろうとした。
だが、そのうちの一人が面倒な事に絡んできたのだった。

「……申し訳ありませんが、急いでおりますので」
「おいおい。随分、いい服着てやがるなぁ、お前。気に入らねぇぜ」

こちらは、穏便に済ませようとしているというのに、その若い男は酒臭い息を吐き散らしながら、無惨の顔を覗き込んできた。

「青い白い顔しやがってヨォ。今にも死にそうじゃねぇか」
「!!」

その酔っぱらいの言葉が無惨の逆鱗に触れた。
己の中で何かが切れる音が聞こえた後、無惨は腕を一振りさせた。
たったそれだけの事だけなのに、目の前にいたその酔っぱらいの男は吹き飛び、レンガ造りの壁に叩きつけられて動かなくなった。
無惨のその行動に驚いた酔っぱらいの連れの女は、男に近づき、もう一人の大柄の男は、無惨の目の前に立った。
その男の行動がまた無惨の心を逆撫でるとはわからずに……。

「おい! 弟に、何しやがる!!」
「あんた!! 死んでるよ! やっちゃんが息して――」

女が何かを言ったような気がしたが、その言葉を無惨は最後まで聞いてなどいなかった。
己に襲いかかろうとする大男を軽く蹴り飛ばしたから……。
たったそれだけの事で大男は宙を舞い、血飛沫をあげながらそのまま地面に落ちた。
なんて、人間は、脆い存在なんだろうか……。
だが、これだけの事で無惨の心が鎮まるはずもなかった。

「……私の顔色は、悪く見えるか?」

故に無惨の怒りの矛先は、一人取り残された女へと向けられた。
女は、顔を真っ青にさせて何も答えなかった。
無惨は、そんな女をジワジワと壁際へと追い詰めるとさらに問い掛け続けた。

「……私の顔は、青白いか? 病弱に見えるか? 長く生きられないよう見えるか? 死にそうに見えるか?」

その問いに対しても恐怖からか女は、震えるばかりで何も答えなかった。
その女の様子を見た無惨は、今度はむしろ優しく女に囁くように言葉を続けた。

「違う、違う、違う、違う。私は……限りなく完璧に近い生物だ」

そして、スッと女の額に右手の指を無惨は、突き付けた。
少し力を入れただけで、その指先は何の抵抗もなく、ズブズブと進んでいった。
そして、女の身体に己の血を与え始める。

「……私の血を大量に与え続けると……どうなると思う?」

そう静かに言う無惨に対して、女は何も答えることなど出来ず、身体がみるみるうちに醜く膨れ上がっていった。

「人間の身体は変貌の速度に耐えきれず……細胞が壊れる」
「ギャアアアアァァ!」

そう無惨が静かに言うと女の口からは、けたたましい悲鳴が上がった。
そして、その後は女の体はただの肉塊へと変わり、ボロボロと崩れ落ちていった。
女の呆気ない末路を冷たい目で見下した無惨は、パチンと指を鳴らすと、瞬時に闇の中から二つの影が現れ、己の足元に跪いた。

「何なりとお申し付けを」
「……耳に花札のような飾りをつけた鬼狩りを連れて来い」
「! ……鬼狩りをですか?」
「そうだ。……何か問題でもあるのか?」
「いっ、いえ! そのような事はっ!!」

無惨の言葉を聞いた鬼の一人である首から数珠を下げた青年風の鬼は、慌ててそう言った。

「ならば、余計な事を聞くな。私の血をお前たちに少しだけ分けてやろう。だから、必ず生かして連れて来い。……いいな?」
「しょっ、承知しました。この血を無駄にせぬよう必ずや連れて参ります」

無惨はそう言いながら、鬼たちの方へと指をかざすとその指先からゆっくりと己の血を垂らした。
その血を一滴も無駄にしないように二人は、両手で受け取りながらそう言うと再び闇の中へと消えていった。

(…………漸く、見つけた)

まさか、こんな形で手がかりを見つけるとは思っても見なかった。
あの耳飾りは、間違いなく炭治郎がつけていたものと同じだった。
そして、あの子娘は、炭治郎にもよく似ていた。
これらの事から推測する限り、あの子娘は炭治郎の妹だ。
あの場にいた炭治郎の家族は一人残らず殺したと思っていたのに、まさか生き残りがいたとは……。
そして、それが鬼狩りになっていたとは……。
おそらく、炭治郎の傍にずっといたあの鬼狩りが何かしら支援したのだろう。
だが、今はそんな事はどうでもよかった。
あの鬼狩りの小娘からの発言からして、わかった事があった。
それは、炭治郎は、あの鬼狩りたちのところには、戻っていないという事だ。
あの小娘が生きているという事を炭治郎が知っているかどうかは、この際どうでもいい。
あの小娘を私のモノにさえすれば、それを餌にして炭治郎の事を誘き出す事ができる。
炭治郎は、誰よりも優しく、家族想いなのだから……。

「待っていろ、炭治郎……」

もうすぐだ。後もう少しでやっとお前にまた逢える。
この二年間、ずっと探し続けていた炭治郎に……。
そう考えただけでも今から楽しみで仕方ない無惨の口元は、緩まずにはいられなかった。





* * *





「……遅い。いつまで待たせる気だ」

その声と共に暗がりからいきなり書生風の青年が現れたので禰豆子は驚いた。
うどんも食べず、そして、そのうどんの代金すら払っていなかった事を思い出した禰豆子は、先ほど出会った鬼の二人と一度別れ、うどん屋の店主に謝りに戻ったのだった。
店主は、代金を払わなかった事より、うどんを食べずにその場から離れた事に対して、酷く怒っていた。
その為、禰豆子は、もう一度うどんを注文し直して、出来上がったうどんを豪快に啜って完食した。
その禰豆子の食べっぷりがよかったのか、店主はそれで何とか許してくれたのだった。
そして、再び彼女たちと合流しようと匂いを辿ろうとした時に、青年が現れたのだった。

「まっ、待っていてくれたんですか? 私なら、匂いを辿って行けましたよ?」
「馬鹿か、お前は。俺たちは、目くらましの術をかけている場所にいるんだ。辿り着けるものか」
「なっ!」

禰豆子の言葉にそう不機嫌そうに言った青年に対して、禰豆子はムッとせずにはいられなかった。
例え、それが事実であったとしても、もう少し優しい言い方をしてもいいのではないだろうか?
そんな禰豆子に対して、青年は何故かこちらの事をジッと見つめていた。

「なっ、何ですか?」
「いや……何でもない。……さっさと行くぞ。いくら、醜女でも、夜の女の独り歩きは危険だ」
「…………はあっ?」

一瞬、青年の言葉の意味が理解できなかった禰豆子は、反応が遅れてしまった。
醜女とは、容貌の醜い女の事を言う。
それをこの青年は、あっさりと禰豆子に対して言ったのだった。

「あなた! 初対面なのに、少し失礼過ぎませんか! いくら、私の額に傷があるからって!!」
「喚くな。行くぞ、醜女」
「醜女じゃない! 私には、竈門禰豆子っていう名前がちゃんとあるんだからねっ!!」
「! 竈門……禰豆子、だと?」

その禰豆子の言葉に対して、青年は何故か反応して足を止めた。
そして、再び禰豆子の顔をジッと見つめてきた。
その青年の行動を少し不思議に思った禰豆子だったが、負けじと睨み返す。
すると、青年は、深く溜息をつくと再び踵を返して歩き出した。

「…………やっぱり、お前は……醜女だ」
「はああっ!? 何ですって!?」

だが、次に彼の口から発せられた言葉に禰豆子は、思わず大声をあげてしまった。
別に自分自身は、そんなに可愛いとは思ってなどいなかったのだが、それでも青年の言葉に納得出来なかった。
私の事をいつも可愛いと言ってくれていたお兄ちゃんの事を否定されたような気がしたから……。

「ぎゃあぎゃあうるさい。ついて来ないなら、もう置いて行くぞ」
「行くわよ! けど、醜女って言った事だけは、取り消してよっ! あなた、女の子にモテないでしょ?」
「別に……モテる必要などないだろ?」
「けど、そんな言い方してたら、好きな人からも嫌われるわよ? あの一緒にいた女の人とかに」
「! そっ、それは……困る!!」

そう抗議しながら歩く禰豆子の言葉に青年はそう反応した。
その反応からして、どうやらこの青年はあの女の人の事が好きのようだ。

「当たり前でしょ? 女の人は、心に余裕があって優しい男の人が好きな人が多いんだから」
「なるほど……。参考になった、感謝するぞ、醜女」
「だから! 私は、禰豆子だって言ってるでしょ!!」

禰豆子は、再びそう抗議を続けるのだったが、それを一切気にする事なく、青年はどんどん人気のない暗い道を歩いて行った。
だから、禰豆子は聞き取る事が出来なかった。
この時、彼――愈史郎が小さく「炭治郎の奴は、こいつのどこが可愛いと思っているんだ?」と呟いたのを……。









守るものシリーズの第19話でした!
今回は、前半は無惨様、後半は禰豆子ちゃん視点でお話を書いています。
無惨様は、無惨様で炭治郎くんのことを探しているので、禰豆子ちゃんとの邂逅は、無惨様にとっても朗報だったかと思っています。
禰豆子ちゃんと愈史郎くんとのやり取りは、ただただ楽しんで書いてましたwww

【大正コソコソ噂話】
その一
愈史郎くんは、炭治郎に耳がタコが出来るほど「妹の禰豆子は可愛い」と聞かせれていました。
その為、禰豆子が炭治郎が言っていた禰豆子だと気づき、あんな事を言いました。
※炭治郎くんは、大好きな愈史郎くんwww

その二
禰豆子ちゃんは、決してナルシストではありません。
ただ単に禰豆子ちゃんと愈史郎くんの言い合いが見てみたかっただけです。
鬼化炭治郎くんを連れて一緒に来ていたら、炭治郎くんのことを「醜男」と言っただろうけど、禰豆子ちゃん独りなのでこういう展開にしました。
※ちなみに愈史郎君については全く悪気なしです(珠世様以外女性として見ていない為)


R.3 1/13