「……ところで、お前さんはいつまでいる? 禰豆子も出て行ったのだから、もう用はないだろう?」

そう鱗滝が、鋼鐵塚に言った。
禰豆子は、鬼狩りとして初任務の為、既に己の鎹鴉を引き連れて家をここを後にした。
なので、鋼鐵塚の役目は既に終わっているはずなのに、まだここにいる事が不思議だった。

「……鱗滝。お前、例の噂について、どう思う?」
「…………ここ半年前から鬼殺の剣士ではない誰かが、鬼狩りしているかもしれぬというアレか?」

鱗滝の言葉を聞いた鋼鐵塚は、コクリと頷くのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「そうだ。任務の伝令を受けた鬼殺の剣士が現場に向かうともう既に鬼は討たれた後だったっていう噂だよ。それについてお前はどう思う?」
「それは……あり得ない話だろう」
「だよなぁ。鬼を日輪刀以外で殺せるって話なんて今まで聞いた事ねぇし……。元柱の意見を少し聞いてみたかっただけだ。じゃぁ、俺は、これで失礼する」

鱗滝のその言葉を聞いて満足したのか、鋼鐵塚はそう言うと漸く腰を上げて帰っていった。
彼は、根っからの刀鍛冶師であるが故、日輪刀以外で鬼を滅する事が出来る事が許せないのかもしれない。
だが、実際には他にも方法はある。
鬼は、太陽の光に弱い。
そして、最近は藤の花の毒を用いて鬼を殺す者もいると聞いている。
だから、鬼が結晶化して死んでいたという噂を聞いてもさほど驚かなかった。
寧ろ鱗滝が驚いたのは、鬼を滅したと言われている人物の特徴の方だった。
鬼を討ったと言われている人物は、目と髪が赤みがかった色をしており、額に痣がある子供だったという事だ。
それは、弟子である義勇や禰豆子のから聞いていた炭治郎という少年の容姿の特徴によく似ていた。
敢えて違うところを上げるとしたら、炭治郎の額にあるのは痣ではなく、火傷の傷痕だという事くらいである。
それにしたとしても、こんな偶然があるものだろうか?
そして、何よりも鬼となってしまっているであろう炭治郎が鬼狩りをしている等、誰が信じられるだろうか?
実際にそうだったとしても、炭治郎の目的がまるで分らなかった。
故に、この噂を禰豆子が一人で鍛錬をしている時に聞いた鱗滝は、敢えて禰豆子の耳には入れないようにした。
鬼殺の剣士になる為の鍛錬に集中してもらいたいという事もあったが、変に希望を持たせてしまうのは、あまりにも酷だと思ったからだ。
だが――――。

(…………念の為、義勇には、伝えておくべき、か)

禰豆子が無事に鬼殺の剣士になった事も伝えようと思っていた鱗滝は、もう一人の弟子である義勇に向けて文をしたためるのだった。





* * *





「……あなた達は、一体どれだけの人を殺したのよっ!!」

そう言った禰豆子は、鬼へと刀を容赦なく突き付けた。
三体分身と暗黒の沼に獲物を引きずりこむ事が出来る異能の能力――血鬼術を使う沼の鬼との戦いに禰豆子は、何とか一人でやり遂げた。
この鬼達からは、禰豆子でもわかるくらい腐った油のような酷い悪臭がした。
それは、この沼の鬼が多くの人を喰ってきたという証でもあった。
しかも、この鬼達は、十六になった少女ばかりを好んで喰っていたのだ。

「女共はな!! あれ以上生きていると醜く不味くなるんだよっ!! だから、喰ってやったんだ!! 俺達に感謝し――ギャ!!」

禰豆子の問いに対して、沼の鬼はそう吠えるように言った。
だが、沼の鬼が言い終わるよりも早く、禰豆子は刀を振るい沼の鬼の口を斬り裂いていた。
同じ女という事もあったが、聞いているだけで虫唾が走るような理由だったからだ。

「もういいわ。……鬼舞辻無惨について、知っている事、話してもらえるかしら?」
「! …………言えない」

その為、禰豆子はもう諦めてもう一つの目的でもあった無惨についての情報を沼の鬼に問い質す事にした。
だが、禰豆子が無惨の名を口にした途端、沼の鬼の様子が明らかにおかしくなった。

「言えない。言えない。言えない。言えない。言えないっ!!」

ガタガタと歯と身体を震わせながら、何度同じ言葉を沼の鬼を繰り返し続ける。
その時、禰豆子が感じ取ったのは、骨の髄まで震えるような恐怖の匂いだった。

「言えないんだよオオオォ!!」

そして、その恐怖が頂点に達したのと同時に斬り落としていた両腕を再生させると、沼の鬼は禰豆子へと襲い掛かってきた。
それを見た禰豆子はすべてを諦め、沼の鬼の攻撃をあっさりと躱すとそのまま無駄のない動作で沼の鬼の頸を斬り落とした。

(……あぁ、また……ダメだった)

今回もまた何も鬼から無惨についての情報を聞き出す事が出来なかった。
一刻も早く無惨の事を見つけて兄――炭治郎の居場所を聞き出したいのに……。

(……ごめんね、お兄ちゃん)

絶対にお兄ちゃんの事を見つけて、私が助けてあげるから……。
だから、もう少しだけ、待っててね……。

「……和巳さん。大丈夫ですか?」
「…………婚約者を失って……大丈夫だと思うか?」

気を取り直した禰豆子は、今回の任務を遂行する為に情報提供してくれた少年――和巳へと近づき、そう声をかけた。
彼の近くには、沼の鬼に連れ去られそうになった少女もおり、今は気を失っている。
目の前で起こった出来事をまだうまく呑み込めていないのだろうか、禰豆子の問いに対して和巳はそう震えた声で答えた。
今の和巳の気持ちが禰豆子には痛いくらい共感できた。
この人も私と同じように大切な人を鬼によって殺されてしまったのだから……。
こんな時、お兄ちゃんなら、この人になんて声をかけるだろうか……。

「……和巳さん。……失っても……失っても……私達は……生きていくしかないんです。例え……どんなに……打ちのめされたとしても」
「っ! お前に何がわかるんだっ!! お前みたいな……子供にっ!!」
「……そう……ですね。無神経な事言って……ごめんなさい」
「!!」

そんな彼の事を禰豆子は、何とか励まそうと言葉を選びながらそう言ったのだが、その想いは和巳にはうまく伝わらなかったようだった。
和巳は、禰豆子が羽織っていた麻の葉文様の着物を仕立て直して作った羽織を掴んで苦しそうにそう叫んだ。
だからこそ、禰豆子はそれ以上は何も言わず、素直に謝った。
同じ想いをしても、私とこの人の感じ方はきっと違うから、決してそれを押し付けてはいけないと思ったのだ。
禰豆子は、和巳の手を優しく掴んで自分の羽織から手を離すように自然に促し、立ち上がった。

「私はもう行きます。あと、これを……この中に……里子さんの持ち物があるといいんですけど……」
「!!」

そして、禰豆子は、和巳にある物を手渡した。
それは、さきほどの沼の鬼との戦いで奴らから取り返した物だ。
沼の鬼が喰った少女達の簪を収集していた布を……。
そのすべてを和巳に託すと禰豆子は、ぺこりとお辞儀をしてから踵を返して歩き出した。

「……すっ、すまない! 酷い事を言った!! どうか許してくれ! すまなかった……っ!!」

すると、そんな禰豆子の様子から何かを察したのか、禰豆子の背後からそう申し訳なさそうな和巳の声が聞こえてきた。
その言葉だけで今の禰豆子には、充分だった。
禰豆子は一度だけ足を止めて和巳の方へと振り返ると優しく笑って手を振った。
そして、再び踵を返して歩き出した。

(…………許せないっ!)

私だけじゃなかった。
一体、どれだけの人を殺し、痛めつけ、苦しめてきたのだろうか?
鬼舞辻無惨。
私は、絶対にあなたの事を許さない……。

「カアアァァ! 次ハ東京府浅草ァ! 鬼ガ潜ンデイルトノ噂アリ!! カアアァァ!!」

その途端、禰豆子のその思考を掻き消すかのように、いつの間にか禰豆子の方に留まっていた鎹鴉がそう高らかに鳴いた。
それに対して、禰豆子はかなり戸惑った。

「えっ? もう、次に行くの!?」
「行クノヨォオ!!」
「ちょっと、待ってよ……」
「待タァナイ!!」
「ちょ、いっ、痛いってばっ!!」

禰豆子の言葉に対して、鎹鴉は嘴で禰豆子を突いて次へと急がせようとする。
義勇の鎹鴉は、もっとおっとりとしていて大人しかった印象だったのだが、どうもこの鎹鴉はそうではないようだった。
その辺について、禰豆子は義勇の事が羨ましいとちょっと思ってしまった。
そして、本当は少し休憩したかった禰豆子だったが、仕方なく次の目的地である浅草へと向かう事にするのだった。









守るものシリーズの第17話でした!
今回は、鋼鐵塚さんと鱗滝さんが何やら噂話をしています。
そして、後半の方は、禰豆子ちゃんと沼の鬼とのやり取りです。先頭を書くのが面倒だったので、今回は省きましたww

【大正コソコソ噂話】
禰豆子ちゃんにこの噂をここで聞かせるか、正直迷いましたが、
そうすると、その後の無惨様との絡みが面白くならない気がしたので止めました。
あと、鱗滝さんが義勇にはその噂を伝えたのは、義勇なら取り乱さず対応できるだろうと思ったからです。
※実際は、めっちゃ取り乱しますがwww


R.3 1/13