(……凄い。……藤の花が……咲く季節じゃないはずなのに……)

藤襲山に続く山道までやって来た禰豆子は驚いた。
まだ、咲く季節ではないのに最終選別の舞台となる藤襲山へと続く山道に沿って藤の花が咲き乱れていたのだ。
その藤の花に導かれるかのように禰豆子は、その山道を進んで聞くと頂上らしき場所へと出た。
そこには、自分と同じくらいか、それより少し年上くらいの少年少女の姿がたくさんあった。
ここにいる人が皆、鬼殺の剣士になる事を目指しているのだろうか?
その数に驚き、少しだけ禰豆子は不安になった。
鱗滝にちゃんと鍛錬を付けてもらったが、本当に大丈夫だろうかと……。

「……皆さま。今宵は、最終選別にお集まりくださってありがとうございます」

すると、中央辺りに白髪と黒髪のおかっぱの子供が立っていて、その一人がそう口を開いた。
その容姿からして花子や茂と同じくらいの歳だろうかと禰豆子は思った。

「この藤襲山には、鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり、外に出ることはできません」
「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中、狂い咲いているからでございます」

黒髪の子と白髪の子がそう交互にこの山についての説明を始めた。

「しかし、ここから先には、藤の花は咲いておりませんから、鬼共がおります。この中で七日間、生き抜く」
「それが、最終選別の合格条件でございます」

二人は、そう淡々と最終選別についても説明した。
この中で生き残る事が出来なければ、鬼殺の剣士として鬼との戦いなど無理という事なのだろう。
なら、絶対に生き残る。生き残って鬼殺の剣士になる為、そして、狭霧山で私の帰りを待ってくれている鱗滝さんの為にも……。

「……では、行ってらっしゃいませ」

こうして、禰豆子の七日間という長い最終選別が始まるのだった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「オイオイ! てめぇは、向こうに行け! 俺がコイツを喰う!!」
「いや! 貴様が失せろ!!」

藤襲山の中に入ってから暫くした頃、禰豆子は運悪く二体の鬼と遭遇してしまった。
同時に二体の鬼の相手が出来るか禰豆子は心配になった。

「俺の獲物だぞ!」
「黙れ! 先に殺った方が喰えばいいだろうが!!」
「久方の人肉だ! しかも、女の!!」
(…………全集中・水の呼吸……)

だが、そんな心配を禰豆子がしているうちに鬼達は、禰豆子へと襲い掛かろうとしてきた。
その為、禰豆子は呼吸を整え、深く息を吸った。
その途端、二体の鬼からはっきりと糸の匂いを嗅ぎ取る事が出来、隙の糸が見えた。

「――――肆ノ型! ――――打ち潮!!」

呼吸を使った事により、禰豆子の刀に水流が宿った。
その淀みない動きで斬撃を繋げ、二体の鬼の頸をほぼ同時に斬り落とす事に成功した。
ちゃんと斬れた。鬼に勝てるくらい強くなっていた。
やっぱり、あの二年間の鍛錬は、決して無駄ではなかった事に禰豆子は安堵した。
そして、鱗滝から借りた刀で鬼の頸を斬ると、以前義勇の戦いを見た時と同じように鬼達は骨も残す事なく着ていた衣服だけをその場に残してボロボロと崩れて消えた。
これなら、いける。七日間、ちゃんと生き残る事が出来ると禰豆子が確信したその時だった。

(……っ! 何!? この腐ったような……匂いは……?)

無惨のものと比べるとそれほど大した匂いではなかったが、それでもその匂いは禰豆子の鼻を強く刺激した。
鬼が強ければ強いほど、その匂いが刺激的になる事を禰豆子は知っていた。
なら、この匂いを放つ鬼は、強敵に違いない。

「うわあああぁぁ!!」

禰豆子が気を引き締め、刀を握り直したその直後に一つの叫び声が聞こえたかと思うと一人の少年がこちらへと駆け抜けてくるのが見えた。

「何で、大型の異形がいるんだよっ! 聞いていない! こんなのっ!!」
「っ!!」

その声を聞き禰豆子は視線を変えた途端、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、今まで禰豆子が出会った鬼達とは明らかに異なっていた。
巨大な体躯に何本もの太い腕が纏わりついていて、一人の候補生の首を握り締めて殺していた。
その容姿からして、手鬼と言う名前が相応しいのではないかと禰豆子は思った。
そして、手鬼は腕を変形させて逃げていたもう一人の候補生の足を掴んで捕まえた。

「ギャアアアァァァッ!」

それに驚いた候補生は、恐怖から悲鳴を上げる。
その声を聞いた禰豆子は、助けないといけないと思い、刀を抜いた。
大丈夫。私はもう無力なんかじゃない。きっと、助けられる!

「……水の呼吸! ――――弐ノ型! ――――水車!!」

禰豆子は、垂直方向に身体ごと一回転させながら、手鬼の腕を斬り落とした。
その型なら、大型の異形の鬼であっても有効だろうと判断したからだったが、その判断は正しかったようだ。
だが、斬り落とせたのはあくまでも腕だけだった。
まだ、気を抜いてはいけない。禰豆子は、手鬼の事を睨みつけながら刀を構え直す。
禰豆子に腕を斬り落とされたせいか、手鬼もギョロッと禰豆子の事を見返してきた。
そして、何かに気が付いたのか、ニヤッと嗤った。

「……また、来たな。俺の可愛い狐が……。なぁ、狐のガキ。今は、明治何年だ?」
「えっ!? ……今は……大正時代よ?」

手鬼のその質問の意図がわからず、戸惑いながら禰豆子はそう答えた。

「アァアアア! 年号がァ!! 年号が変わっている!!」

禰豆子の言葉を聞いた手鬼は、何故か目を見開かせて絶叫し始めた。

「まただ!! また!! 俺がこんな所に閉じ込められている間に! アアアアアァァ! 許さん! 許さんん!! 鱗滝め! 鱗滝め! 鱗滝め! 鱗滝め!!!」

そして、手鬼の口から思わぬ人物の名前が出た事に禰豆子は驚いた。

「どっ、どうして……鱗滝さんの事を……」
「知っているさァ! 俺を捕まえたのは、鱗滝だからなァ! 忘れもしない……四十七年前。……アイツがまだ、鬼狩りをしていた頃だ! 江戸時代……慶応の頃だった!」
(! 鬼狩り……それも、江戸時代!?)
「嘘だ!」

禰豆子が声を上がるよりも先に先ほど助けた候補生が叫んだ。

「そんなに長く生きている鬼は、ここにはいないはずだ! ここには……人間を二・三人喰った鬼しか入れていないんだ! 選別で斬られると……鬼は、共喰いをするから……」
「でも、俺は、ずっと、生き残っている。藤の花の牢獄で……五十人は、喰ったなぁ。ガキ共を」
(ごっ、五十人!?)

その手鬼の言葉に禰豆子は、ここを訪れる前の鱗滝や義勇との会話を思い出した。
基本的に鬼の強さは、人を喰った数である事。
たくさん喰べただけ力を増し、肉体を変化させる事が出来、妖しき術を使う者が出てくるという事。
私がもっと鼻が利くようになれば、鬼が何人喰ったのかわかるようになるだろうとも、同じく鼻が利く鱗滝は言っていた。
確かに、この鬼は他の鬼より匂いがきつい事を禰豆子は体感していた。

「十二……十三……お前で十四だ」
「!? 何の……話よ!?」
「俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。アイツの弟子はみんな、殺してやるって決めてんだ」

禰豆子の問いに手鬼は、クスクスと嗤いながらそう答え始めた。

「そうだなァ……。特に印象に残っているのは、二人だな。あの二人。珍しい毛色のガキだったなァ。一番強かった。宍色の髪をしてた。口に傷があるガキ。もう一人は、花柄の着物で女のガキだった。小さいし、力もなかったが、すばしっこかった」
「っ!!」

手鬼が話す子供の特徴を聞いた禰豆子は、思わず息を呑んだ。
その特徴を持つ者を禰豆子は、よく知っていたから……。
手鬼が言っているのは、間違いなく錆兎と真菰の事だ。
でも、訳が分からなくなってしまった。
あの二人が死んでいるはずなどないのに……。
だって、つい最近まで禰豆子は彼らと一緒にいたのだから……。

「……目印なんだよ、その狐の面がな。鱗滝が彫った面の木目を俺は覚えている。アイツがつけた天狗の面と同じ彫り方。〝厄除の面〟とか言ったか? それをつけているせいでみんな喰われた。みんな俺の腹の中だ。鱗滝が殺したようなもんだ」

手鬼の言葉を聞いて禰豆子は、何とか心を落ち着かせようと息を吐く。
こいつは今、こんな話をしているのは、私の心を乱して隙を作ろうとしているからだ。

――――……もう子供が死ぬのを見たくなかった。

だが、それと同時にここへ来る前の鱗滝の言葉が頭に過った。
あの時は、彼の鍛錬に耐えられなくて死んでしまった子がいるのかと思っていた。
けど、実際は違ったのだ。彼が最終選別に送り出した弟子達は、みんな戻ってこなかったという事だったのだ。
そう、今目の前にいるこいつに殺されたせいで……。
そう考えていくうちに怒りが徐々に込み上げてくる。
そんな禰豆子の姿を見て手鬼は楽しそうに嗤う。

「フフッ! フフフッ! これを言った時、女のガキは、泣いて怒ったなァ。フフフフッ! その後すぐに動きがガタガタになったからなァ。フフフフフフフッ! 手足を引き千切って、それから――」
「……もういいわ!!」

楽しそうに嗤う手鬼の声を聞いているのがもう限界だった。
頭の中で何かがプツリッと切れたよな音がした直後、禰豆子は一気に手鬼へと近づいた。
許せない! 許せない! 許せないっ!!
真菰ちゃんの死を楽しそうに嗤ったこいつの事がっ!!
距離を詰めようとする禰豆子に対して、手鬼は複数ある腕を伸ばして禰豆子に襲い掛かってきた。
そのすべてを禰豆子は、刀で斬り落としていくが、いくら斬り落としても時間が経てばまた新たな腕が生えてきてキリがなかった。
そして、そのうちの一本の腕が禰豆子の脇腹を捕らえ、禰豆子に激しい衝撃を与えた。
その衝撃で吹っ飛ばされた禰豆子は、近くの木に激しく打ち付けられ、そのまま気を失ってしまった。
その拍子で付けていた狐のお面は見事に割れ、禰豆子の左額から血が流れた。
そんな無防備な禰豆子の事を手鬼が見逃すはずもなく、禰豆子に止めを刺すべく更に腕を伸ばした。

――――お姉ちゃんっ! 起きてっ!!
「!!」

その瞬間、死んだはずの茂の声が頭の中で響いたような気がした禰豆子は、奇跡的に意識を取り戻した。
そして、急いで足を上げて飛ぶようにその場から離れた。
禰豆子の事を狙っていた複数の腕は地面を抉ったが、禰豆子はそれから回避する事が出来た。
だが、それでも手鬼は攻撃の手を一向に休める事はなかった。
幾ら腕を斬り落としても、暫くしたらまた生えてくる。
一体、どうしたら……。

(えっ? 土から……変な匂いがする!!)

それは、鬼の匂いに似た匂いだった。
何故、地面からそんな匂いがするのだろう?
その違和感に禰豆子は、すぐさま地面を思いっきり蹴って高く跳躍した。
地中から複数の腕が現れたのは、それとほぼ同時だった。
そんな予想だにしなかった禰豆子の動きに手鬼の顔色が漸く変わった。
だが、空中なら攻撃を防ぐ事は難しいと考えた手鬼は、そのまま禰豆子の事を殴りつけようと手を伸ばした。

「はあああっ!」

だが、禰豆子はその手に向かって見事な蹴り技を繰り出すと、その攻撃を躱す事に成功した。
その見事なまでの禰豆子の動きに手鬼は内心焦りだす。
もう手は出し尽くしてしまっており、すぐには戻せない状態となっていたからだ。
そして、禰豆子がまた間合いを詰めてきたから……。
だが、それでも手鬼はまだ大丈夫だと思っていた。
今まで戦った中で一番強かった鱗滝のあのガキでも、俺の頸は斬る事が出来ず、刀を折ってしまったからだ。
あのガキが斬れなかった俺の頸をこいつが斬れるはずがない。
こんな女のガキなんかに……。
俺の頸を斬り損ねたところで、あのガキの時と同じように頭を潰して終わらせてやる。
そう考えていた手鬼は気付いていなかった。
禰豆子には、手鬼の〝隙の糸〟がはっきりと見えていた事に……。

「――――全集中・水の呼吸!!」





* * *





「…………やっぱり、禰豆子ちゃんも……負けるのかな? アイツの頸、硬いんだよね」

禰豆子が藤襲山で手鬼と戦っていた頃、狭霧山にいた真菰は、そう心配そうに呟いた。
彼女が禰豆子の事を手助けした理由はただ一つ。
師である鱗滝の哀しむ顔をこれ以上見たくなかったからだ。
その為にもアイツに勝つ必要があった。
それには、半端な強さでは、アイツには勝てない。
歴代の彼の弟子の中で一番強かった錆兎でさえ、アイツには敵わなかった。
だからこそ、禰豆子には錆兎より強くなって欲しかったから、色々と教えてきたのだ。
これでもうすべてを終わらせて欲しかった。
でも、禰豆子は、真菰と同じように女の子なのだ。
錆兎でも斬り落とす事が出来なかったアイツの頸を本当に禰豆子が斬り落とす事が出来るだろうか?
彼女がもし、男の子だったら……。

「…………負けるかもしれないし、勝つかもしれない。……ただ、そこには、一つの事実があるのみ――」

不安そうな真菰に対して、錆兎はただ静かにそう言った。
それは、禰豆子と真剣勝負をした錆兎だからわかる事実……。











「はああああぁぁぁっ! ――――壱ノ型! ――――水面斬り!!!」
「……禰豆子は、誰よりも硬く大きな岩を斬った奴だということだ」

禰豆子の刃が手鬼の頸を捕らえたのと、そう錆兎が言ったのは、ほぼ同時の事だった。









守るものシリーズの第15話でした!
今回のお話は、最終選別での手鬼とのバトルが主にメインとなっています。

【大正コソコソ噂話】
禰豆子ちゃん額の傷は、炭治郎くんと同じ位置に残ってしまいました。
初めは、炭治郎くんと逆の右の位置にしようと思ったのですが、天照は、伊邪那岐命が左目を洗った時に生まれたという神話があったので、そのままにしました。
※右目は、月読命


R.3 1/13