鬼殺隊。その数は、およそ数百名の政府から正式に認められていない組織である。
だが、古より存在し、今日も何処かで鬼を狩り続けている。
しかし、鬼殺隊を誰が率いているのかは、一部の人間しかしられていない。

鬼。主食は、人間。人間を殺して、喰べる存在。
何時、何処から現れたのかは、不明。
身体能力が高く、傷などもたちどころに治ってしまう。
斬り落とされた肉も繋がり、手足を新たに生やす事も可能である。
身体の形を変えたり、異能の力を持つ鬼もいる。
太陽の光か、特別な刀で頸を斬り落とさない限り、殺す事はできない。

鬼殺隊は、生身の身体で鬼に立ち向かう。
人である故、傷の治りも遅く、失った手足が元に戻る事もない。
それでも、鬼に立ち向かう。
全ては、鬼から人々を守る為に……。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(……本当に……これで、よかったのだろうか?)

禰豆子と別れた義勇は、己が下した判断が本当に正しいものだったのか、悩んでいた。
無惨に連れ攫われてしまった炭治郎は、間違いなく鬼にされてしまっただろう。
鬼となった人間は、人を喰わなければ、生きてはいけない。
おそらく、次に再会した時の炭治郎は、間違いなく人を喰っている。
あの可愛らしい顔を、口元を、人の血で染めてしまうのだろう。
そんな炭治郎の姿を、彼の事を慕う妹――禰豆子に見せられるだろうか?
いや、見せたくない。炭治郎自身もきっとそんな事、決して望まないだろう。
だからこそ、禰豆子の代わりに俺が炭治郎の事を斬らなければならない。
そして、俺自身も腹を切って死ぬ。
鬼殺隊に入り、身内が鬼となってしまえば、そうする事でしか責任を取るしかないのだ。
俺にとって、炭治郎はそう言ってもいいくらい大切な存在だ。
だから、絶対に独りで死なせはしない。
死ぬなら、一緒にだ。だが……。

――――でも! わからないじゃないですか! 例え、お兄ちゃんが鬼になっていたとしても、人を喰うとは限らないじゃないですか! お兄ちゃんは、誰も傷付けないっ! 私は、それを信じたいんですっ!!

炭治郎によく似た妹の――禰豆子の言葉を聞いた時、その気持ちが少しだけ揺らいでしまった。
そんな事あり得ないのだ。
昔、禰豆子と同じような事を言って家族だった鬼に喰われた奴を知っていたから……。
飢餓状態になっている鬼は、親でも兄弟でも殺して喰べる。
それが、一番身近にある栄養価の高いものだから……。
今までそういう場面を山程見てきたというのに、またその言葉を信じてみたくなる。
鬼になったのが、炭治郎だったから……。

「…………これで、よかったのだろうか……」

ふと、目に入ったのは、禰豆子から預かった藤の花の香り袋だ。
どちらにしても、今の禰豆子には、鬼と戦う力などはなかった。
なら、自分の師である鱗滝左近次に一度託し、鍛錬させた方がいいかもしれない。
彼の鍛錬に耐えられなければ、鬼殺隊に入れはしない。
そうすれば、禰豆子も諦めざる得ないだろう。
だが、彼女がもし、それに突破することができたなら、俺はもう迷う事なく信じるだろう。
だから……。

「…………早く……強くなれ……禰豆子……」

俺がお前より先に炭治郎の事を見つけない為にも……。
炭治郎が誰かを喰ってしまう前にも……。
早く強くなって、鬼殺の剣士になれ……。
そう思いながら、義勇が藤の花の香り袋を握り締める手の力は、自然と力が入っていたのだった。





* * *





「…………お前を最終選別に行かせるつもりは、なかった」

あれから二年の月日が流れ、その間禰豆子は、何度も死ぬ思いをしながらも、鱗滝の最後の試練を突破した時、そう彼は言った。
狭霧山にやって来てから一年が経過した時に彼から「もう教える事はない」と言われ、最後の試練を突きつけられた。
それは、目の前にあった大きな岩を斬る事だった。
これが斬れたら、鬼殺隊に入る為に藤襲山で行われる最終選別に行く許可を出すと言ったのだ。
正直、禰豆子は、こんな大きな岩を刀なんかで斬れるはずないと思った。
刀は折れやすいと、刀を持たせてもらった時に最初に言われた事をよく覚えていたからだ。
なのに、彼は刀で岩を斬れと言った。
斬れるはずがない。間違いなく、折れてしまう。
だが、その日を境に鱗滝は、禰豆子に本当に何も教えてくれなくなり、山の中にも来なくなった。
仕方なく禰豆子は、彼から教わった事を毎日繰り返してその動きを身体に覚えさせようとした。
それでも、岩を斬る事は、できなかった。
そして、そんな時間が半年にもなれば、禰豆子も次第に焦り始めた。
このまま、最終選別にも行けず、鬼殺の剣士にもなれずに過ごしてしまうのだろうか?
私は、一刻も早くお兄ちゃんの事を捜しに行きたいのに……。
お兄ちゃん。今、何処で何をしているのだろうか?
人を喰べていないだろうか?
怖い。お兄ちゃんの事を信じているはずなのに、こうして、時間が過ぎてしまう事が……。
こんな時、お兄ちゃんなら一体どうするだろうか?
そんな風に禰豆子が思い悩んでいる時だった。
目の前に狐のお面をつけた二人が現れたのは……。
一人は、右頬に大きな傷痕がある狐のお面を付けた少年。彼の名前は錆兎と言った。
狐のお面を正面から付けているせいで鱗滝同様、どんな顔をしているのか初めの頃はわからなかった。
錆兎とは、初めて出会った時に勝負をして、一撃で気絶させたれてしまった。
錆兎が持っていたのは木刀で、禰豆子が持っていたのは真剣だったのに……。
それが悔しかったから、その日以降何度も勝負を挑もうとしても、姿を現す癖に錆兎に逃げられてしまう。

「錆兎はね。きっと、照れてるんだよ。禰豆子ちゃんが可愛いから」
「いや。それはないよ。私の事、全然相手にしてくれないし……ボコボコにされたし……」
「それの事を気にしてるんじゃないかな? やり過ぎちゃったって」
「そうかな……」

そんな禰豆子に対して、そう言って何時も笑っていたのがもう一人の右頬に彼女の着物の柄と同じ花がある狐のお面を顔の左側に付けた少女だった。
彼女の名前は、真菰。禰豆子が錆兎に負けて気絶してしまい、目が覚めた時に心配そうに話しかけてくれたのが、彼女との最初の出会いだった。
そして、二人から匂いが全くしなかった事に最初の頃は躊躇いも感じたが、それも徐々に薄れていった。
それは、真菰は、禰豆子の悪いところを指摘してくれたからだった。
無駄な動きをしているところや悪い癖がついているところを直してくれた。
何故そんな事をしてくれるのか? 二人が何処から来たのか?
それを聞いても真菰は「私たち、鱗滝さんが大好なんだ」とよくわからない事を言って何時も誤魔化されてしまっていた。
その時の禰豆子にわかった事は、この二人は兄妹ではなく、孤児だったのを鱗滝が育ててくれた事くらいだった。
真菰は、言葉だけでなく雰囲気も何処かふわふわとしていて少し変わった子だと思ったけれど、そのおかげで独りだった時より、鍛錬が楽しく感じられた。
それは、剣の話だけでなく、色々な話をする事ができたからかもしれない。
そして、そのおかげか鱗滝から教えてもらった剣の呼吸法〝全集中の呼吸〟も何とか身につける事もできた。
二人と出会ってから半年の月日が過ぎたその日、今まであんなに逃げ回っていたはずの錆兎が真剣を持って禰豆子の前に現れて勝負をしてくれた。

「……半年でやっと……真面になったな」
「今度こそ、私が勝つから!!」

真正面からの勝負は、非常に単純だ。
より強く、より速い方が勝つから勝負は、一瞬で決まる。
あの日、あの瞬間、禰豆子の刃の方が先に錆兎に届いたのだ。
禰豆子が錆兎に勝てた理由は、〝隙の糸〟の匂いがわかるようになったからだった。
誰かと戦っている時、禰豆子がその匂いに気付くと糸が見える。
糸は禰豆子の刃から相手の隙に繋がっていて、見えた瞬間ピンと張った。
禰豆子の刃は強く糸に引かれて、錆兎の隙を斬り込む事ができたからだった。
そして、この時、禰豆子は狐のお面の下に隠されていた錆兎の顔を初めて見た。
そのお面と同じく右頬に大きな傷痕があるその顔を……。
禰豆子が勝った時、錆兎は何故だか笑っていた。
泣きそうな、嬉しそうな、安心したような、そんな笑顔だった。

「……勝ってね、禰豆子ちゃん。……アイツにも」
「え……っ!?」

真菰のその言葉に驚いて禰豆子は振り返ったが、そこに真菰の姿は何処にもなかった。
そして、錆兎の姿もいつの間にか消えてしまっていた。
だが、何よりも禰豆子が驚いたのは、錆兎の狐のお面を斬ったはずの刀が、あの大きな岩を斬っていた事だった。

「……もう子供が死ぬのを見たくなかった。お前には、あの岩は、斬れないと思っていたのに……。よく頑張ったな」

そう言って皺だらけの優しい手で鱗滝は、禰豆子の頭に乗せて撫でた。

「禰豆子、お前は……凄い子だ……」
――――……やっぱり、禰豆子は凄いなぁ。えらい、えらい!
「っ!!」

禰豆子の目から思わず涙が溢れ出した。
鱗滝のその言葉が、その仕草が、大好きだった兄が幼かった頃の自分によくしてくれたものによく似ていたから……。
そして、何よりも初めて彼からかけてもらえた優しい言葉が本当に嬉しかったからだ。
やっと、この人に認めてもらえた事が……。
そんな禰豆子の様子を見た鱗滝は、禰豆子の事を優しく抱き締めた。

「……最終選別。必ず生きて戻れ。儂もここでお前が戻って来る事を……待っている」
「…………はいっ!」

それから、禰豆子が落ち着くまで鱗滝は、そのまま傍にいてくれた。
落ち着いた頃、禰豆子はすっかり汚れてしまっていた身体を綺麗にして最終選別に向かう準備をした。
禰豆子には、まだ自分の刀は持っていなかった為、鱗滝から刀を借りた。
刀を借りたからには、絶対に生き残って返しに来ようと、禰豆子は思った。
そして、鱗滝から最終選別が行われる場所である藤襲山の行き方を教えてもらった上で、禰豆子は彼からあるものをもらった。
それは、狐のお面だった。
錆兎達が身に付けていたものに何処か似ていたが、禰豆子がもらったものには、左上に麻の葉文様があった。
きっと、私が着ていた着物の柄に合わせてくれたのだろうと禰豆子はおもった。
このお面は、〝厄除の面〟というものらしく、悪い事から守ってくれるそうだ。

「鱗滝さんっ! 行ってきますっ! それと、錆兎と真菰によろしく言ってくださいっ!!」

禰豆子は、そのお面を顔の横に付けるとそう言って鱗滝に手を振って藤襲山を目指して走り出した。

「禰豆子……。何故、お前が……」

だが、禰豆子の言葉を聞いて鱗滝は、ただ驚くしかできなかった。

「……何故……お前が、死んだあの子達の名を知っている?」

その鱗滝の疑問に答える者は、この場には誰一人いないのだった。









守るものシリーズの第14話でした!
今回は、狭霧山での2年間の鍛錬についてさらりとまとめました。
炭治郎くんではなく、禰豆子ちゃんだった場合は、間違いなく錆兎はやりづらかったんじゃないだろうかと思いつつ書いてました。
その分、禰豆子ちゃんは真菰ちゃんと仲良くやってそうな気がします♪

【大正コソコソ噂話】
錆兎の勝負に勝つまでの半年は、禰豆子はほぼ真菰ちゃんと一緒にいました。
錆兎は、顔を出すものの禰豆子に対して謎の人見知りを発揮し、様子を見たらすぐにいなくなります。
※初勝負で手加減できなかったことを少し後悔している為

「…………ねぇ、錆兎。何で禰豆子ちゃんの相手してあげないの?」
「……お前だけで充分だろ?」
「もしかして、気にしてるの? あの勝負の事?」
「……傷になってないか?」
「うん。大丈夫だったよ」
「そうか……。相手が男ならやりやすかったのに……」
「禰豆子ちゃん。可愛いもんね!」
「っ!」


R.3 1/13