『略啓。鱗滝左近次殿

鬼殺の剣士になりたいという少女をそちらに向かわせました。
私に見事な蹴りを食らわす事が出来るほどの度胸と運動神経を兼ね備えています。
身内が鬼により惨殺され、生き残ったと思われる彼女の兄、炭治郎はその鬼――鬼舞辻無惨に連れ攫われました。
私的な感情も含まれていますが、この二人には他の者とは何か違うものを感じています。
また、この少女な貴方と同じく少しばかりですが、鼻が利きます。炭治郎の方がもっと鼻が利いていたのですが。
彼女なら、もしかしたら、突破する事が出来るかもしれません。
どうか、育てていただきたい。炭治郎を鬼舞辻無惨の魔の手から救い出す為にも。
身勝手な頼みとは、承知しておりますが、何卒御容赦を、御自愛専一にて精励くださいますようお願い申し上げます。

怱々。冨岡義勇』

「……珍しく文を寄越して来るには、随分な内容だな。義勇」

義勇の鎹鴉から文を受け取った老人は、その内容を読んで深く溜息をついた。
もう、私は育手をやるつもりなどないというのに……。
だが、義勇の文のところどころの内容が妙に引っ掛かってしまった。
私と同じように鼻が利く少女。そして、何よりも鬼舞辻無惨に連れ攫われたという少年――炭治郎の事が……。
ここに書いてある内容を見るだけでも、この少年が義勇にとって、かけがえのない存在だという事が伝わってくる。
ここへやって来るという少女の名前は一切書いていないのに、兄の名前はしっかりと書かれていたから……。
なら、一度だけでも会うべきかもしれない。
彼女に、鬼殺の剣士になる素質があるのか見極める為に……。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


(……一体……どうしたらいいのよ?)

禰豆子は今、困惑していた。
義勇の助言により、禰豆子は狭霧山を目指していた。
目的は、その麓に住んでいるという鱗滝左近次という老人に会う為だった。
だが、残念な事に禰豆子はその山の行き方を知らなかった。
肝心の山の行き先までちゃんと教えてくれないあの人は、やっぱり何処か抜けているのだと禰豆子は改めて実感させられたが、何とか別の山を越えればいいところまでを道中出会った親子から聞くことに成功した。
その時にその山で行方知れずになっている人も多いという事実も併せて聞いたのだが、禰豆子は特に気にすることなくその山を登りだした。
結構、山道が険しかった為、迷った人が多いのかと思ったのだが、それは間違いだった。
山の中に建っていたお堂に立ち寄り、鬼と遭遇した事ですべてを理解した。
鬼がここにやってくる人間を喰らっていたから行方知れずになっていたのだった。
禰豆子もその鬼に襲われて喰われそうになったが、護身用に家から持ってきた斧を使って何とかそれから免れた。
この時、義勇の戦いを何度か見ていたことが少しばかり活かされた。
あの人は、鬼と戦う時はいつも鬼の頸に狙いを定めていた。そこを狙えば、鬼を倒せるかもしれない。
だが、鬼との戦いなど殆ど経験したことのない禰豆子には、それは至難の業だった。
襲い来る鬼に対して、得意の蹴りで躱すのが精一杯になっていた。
正直もうダメだと諦めかけたけど、それだけはできなかった。
ここで諦めてしまったら、兄と再会する事など到底叶わないと思ったから……。
その瞬間、禰豆子の身体にとある異変が起こった。
ほんの一瞬だけ、鬼の身体が透けて見えたのだ。
それで鬼の頸の何処を狙ったらいいのかが解り、禰豆子はそこを目がけて思いっきり斧を振り下ろした。
すると、先程までは鬼の頸の辺りに軽い傷を付けるしかできなかったのに、今度は見事に鬼の頸を斬り落とす事に成功した。
だが、頸を斬り落としたはずなのに、鬼は何故だか死ななかった。
義勇が闘った時には、頸を斬り落としたら灰となっていたというのに、頭と身体が別々に襲ってきた。
頭の方は、頭から腕を生やしてきて、正直気持ち悪かった。
とりあえず、頭の方は斧を使って木に磔にし、先に身体の方から相手をすることにした。
お堂の近くが運よく崖だった為、それを上手く利用して身体の方は崖下に蹴り落とす事に成功した。
後は、頭の方だけだった。
身体の方が崖下に転落した事によって、鬼が悲鳴を上げたのが聞こえた。
なので、その様子を確認すべく禰豆子は戻ってきたのだったが、鬼は気を失ってはいたが、まだ息をしていた。
ここで、ちゃんと止めを刺しておかないとまた、誰かを襲うに違いない。
ちゃんと()らなければ……。
そう思った禰豆子は、懐にしまっていたもう一つの護身用の小刀を取り出したその時だった。

「そんなものでは、止めを刺せん」
「!!」

誰かに肩に触れられ、そう声を掛けられた事に驚き、禰豆子は振り返った。
すると、そこには天狗のお面を付けた老人らしき人物が立っていた。
ここまで近づいてきていたのに、この人の足音は全く聞こえなかった。
この人は、きっと只者ではない。なら、この人から助言を仰いだ方がいいのではないかと、禰豆子は思った。

「どっ、どうしたら、止めを刺せますか?」
「人に聞くな。自分の頭で考えられないのか?」

だが、禰豆子の予想に反し、老人から返ってきた言葉により、禰豆子は自分で考える事にした。
頸を斬り落としても鬼は、死ななかった。
なら、頭を潰すしか、他に方法はないのでは?
そう判断した禰豆子は、近くにあった手頃な大きさの石を見つけるとそれを拾って再び鬼の前に立った。
だが、その石を鬼に向かって振り下ろす事を躊躇ってしまった。
鬼の正体が何なのか知ってしまったから……。
この鬼も元は自分達と同じ人間だったのだ。
だったら、なるべく苦しませずに、一撃で仕留めた方がいいに決まっている。
でも、そんな事、自分の力で本当にできるだろうか……。

――――禰豆子は、本当に優しいなぁ♪
「!!」

ふと、頭に浮かんだのは、兄の優しい笑顔だった。
その笑みが禰豆子の行動をさらに躊躇わせた。
そして、禰豆子が行動に移せないまま時間は刻々と進んで行き、気が付けば辺りが明るくなり始めていた。
太陽が昇り、夜が明けてしまっていたのだった。

「ギャアアアアアアァァァァッ!!」
「っ!!」

そして、その朝日が鬼を照らした瞬間、鬼は勢いよく燃え始めた為、それに驚いた禰豆子は思わず石をその場に落としてしまった。
辺りに鬼の悲鳴が木霊し、それが聞こえなくなった時には、鬼は跡形もなく燃え尽きて消えてしまった。
それを一部始終見ていた禰豆子は、言葉を失った。
何故、鬼の活動時間が夜なのか? 何故、日の光を鬼が嫌うのか?
それを改めて理解した。
それと同時に禰豆子は怖くなってしまった。
もし、兄が同じように陽の光を浴びてしまったらと考えると……。

(……あっ、そうだ。あの人は……?)

いつの間にかあの老人がいないことに気付いた禰豆子は、辺りを見渡した。
すると、老人は、お堂で鬼に殺された人達を埋葬し終わったのか、地面に向かって手を合わせていた。

「あっ、あの……」
「儂は、鱗滝左近次だ。義勇の紹介は、お前で間違いないな?」
「あっ、はい! 私は、竈門禰豆子と言いますっ!」

老人の――鱗滝の名前を聞いた禰豆子は、居住まいを正し、自分も名前を名乗った。
やっぱり、この人が義勇の言っていた老人だったのだ。

「……禰豆子。兄が人を喰っているところを見た時、お前はどうする?」
「えっ……?」

その鱗滝の質問に答えるのに禰豆子は戸惑った。
その内容が以前、義勇にもされたものと全く同じだったからだった。
だが、その反応が良くなかったのだろう。
禰豆子の様子を見た鱗滝は、パアンッと禰豆子の頬を平手打ちした。

「!!」
「判断が遅い。お前はとにかく、判断が遅い。朝になるまで鬼に止めを刺せなかった。今の質問に間髪入れず、答えられなかったのは何故か? お前の覚悟が甘いからだ」

平手打ちをされて驚く禰豆子に対して、鱗滝はそう言った。

「兄が人を喰っているところを見た時にやる事は、二つ。兄を殺す。そして、お前は腹を切って死ぬ事だ。鬼殺の剣士でありながら、身内から鬼を出した責任、尚且つそれでも兄を捜すというなら、それくらいの覚悟が必要だ」
「!!」

鱗滝の言葉に禰豆子は、息を呑んだ。
あの時、義勇は禰豆子に対して、兄の事を迷わず斬ると言った。
義勇自身の事は一切触れていなかったが、あの時の彼は、もしかすると己の腹を切る覚悟もしていたのかもしれない。
本当に、あの人は何処までも言葉が足りない……。

「しかし、これは、あってはならない事だ。だが、お前の兄は攫われてしまっている以上、その可能性は非常に高い。……お前は、その覚悟はあるか?」
「お兄ちゃんは……絶対に誰も喰べたりしません」

再度、禰豆子に問いかける鱗滝の言葉に対して、そうはっきりと禰豆子は言った。

「そう。私は、信じています。だから、私はお兄ちゃんを捜す為の力が欲しいんですっ!」
「…………そうか。……では、これからお前が鬼殺の剣士として、本当に相応しいかどうか試す。……儂について来い」
「はいっ!!」

この人は、信用できる。
私が足りていなかった覚悟と甘さを改めて実感させてくれた。
言葉が厳しいのも、私を思っての事だという事が匂いから伝わってくる。
この人は、本当は優しい人なのだ。
なら、私もこの人の思いに応えなければいけない。
そうする事で、鬼殺の剣士への道が開けるのなら……。
こうして、禰豆子は鬼殺の剣士となる為の第一歩を踏み出したのだった。









守るものシリーズの第13話でした!
今回は、禰豆子ちゃんと鱗滝さんの出会いの場面となります。
何処まで細かく書くか迷いましたが、この話で鬼の弱点についてや禰豆子ちゃんの覚悟について再確認しておきたいなぁと思ったので、書いちゃいました。(ノ)・ω・(ヾ)
次は、最終選別に行くところまで書けたらいいなぁと思ってますっ!

【大正コソコソ噂話】
禰豆子の前から立ち去った義勇さんですが、その後何か言い忘れたことがあるような、ないような気がしてなりませんでした。
そして、禰豆子に狭霧山の行き方についてちゃんと教えていない事に気付き、禰豆子が鱗滝さんの家に着いた頃にもう一度「禰豆子に行き方を伝えるの忘れたんですが、ちゃんと着きましたか?」という文を送ったので、鱗滝さんは笑いを堪えてるのでした。

「鱗滝さん、どうかしたんですか?」
「義勇の奴からまた、文が届いてた」
「どんな内容ですか?」
「……『お前にここへの行き方を伝えるの忘れたんですが、ちゃんと着きましたか?』と」
「そうなんですよ。冨岡さん抜けてますよね」
「そういうところは、何時まで経っても変わらぬなあいつは……」


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