その声はどこまでも透き通っていて、どこか哀しげな声だった。

~silent lapse~

アッシュは、声の持ち主に近づく。
彼女はアッシュが近くに来たことを知ってか知らずか、歌い続けた。
アッシュは暫く目を閉じて聞いていた。

トゥエ レィ ツェ クロア リュオ トゥエ ズェ

クロア リュオ ツェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ツェ

ヴァ レィ ズェ トゥエ ネゥ ツェ リュオ ツェ クロア

リュオ レィ クロア リュオ ツェ レィ ヴァ ツェ レィ

ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァ ツェ レィ

クロア リュオ クロア ネゥ ツェ レィ クロア リュオ ツェ レィ ヴァ

レィ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レィ レィ

「いい歌声だな」
「!!」

譜歌(ふか)を歌い終わったと同時にアッシュか彼女に声をかけると、アッシュに背を向けていた彼女はアッシュの方へ振り向いた。
彼女は少し、驚いたような表情をしていた。

「……すまない。驚かせるつもりはなかったんだが」
「えっ? いえ、そうじゃないの……」
「?」
「私、あなたに謝らなければならないの」

彼女は、暗い表情に変わった。

「あなたとタタル渓谷で会ったとき、すぐにあなただとわかったのに、私は一瞬だけ、あなたがルークに見えたの」
「……」
「今だって、一瞬ルークかと思ったの。ルークよりちょっと低い声なのに……」

彼女は胸元辺りにあるペンダントを強く握った。
そのペンダントは、確か彼女の母親の形見。
あいつの我がままのせいで一度そのペンダントを手放したが、あいつが買い戻したことで彼女の手元に戻ってきた。
そんなこと本当は知るよしもないのに、アッシュは知っていた。
あいつの記憶を持っているからだろう。

「……本当に、ごめんなさい。」

泣きそうな顔なのに、消して泣かない彼女。
アッシュは、彼女が強いと思った。
あの戦いで、彼女は大切な人を失ったのに……。

「……大佐はああ言ってるけど、私はまだ諦めたくない」

さっきまで泣きそうな瞳はいつの間にかとても強い意志を秘めた瞳に変わった。

「現実から逃げてるって、言われてもいい。それでも私は、ルークを待ち続ける。ルークが帰ってくる日まで譜歌(ふか)を歌い続けるわ」

ティアは、そうしないと怖かった。
そうしないと、いつか自分の中からルークが消えてしまいそうで……。


あの笑顔を忘れてしまいそうで……。

「ティア~~~」

声と共に黒髪のツインテールの少女が近づいてきた。
少女は前に見たときより、背は伸びて顔もどこか大人びた顔立ちになっていた。
二年もの月日が経っているといわれたとき、彼女を見てアッシュか納得した。

「私、そろそろダアトに帰るけど、ティアはどうする?」
「そうね……。お祖父様にダアトに行く用事を頼まれたから一緒に行こうかしら」

彼女は、少し考え込むと人形使いに言った。

「よかった~。フローリアンがティアに会いたがってたんだ。早く行こ!」

アッシュまたねと、付け加えて人形使いは入り口へと向かっていった。

「ごめんなさい。今日はこの辺で失礼します」

ティアは、アッシュに向き直して言った。
そして、アニスが向かった入り口の方へ歩き出す。

「……あまり、無理をするな」
「!!」

ティアは足を止めた。
アッシュはそんな事とは関係なく、自分の部屋へと向かった。

「ティア~、まだ?」
あれから何分経っても来ないティアを心配してアニスが戻ってきた。

「! ティア、どうしたの!?」

アニスが驚くのも無理はない。
ティアの目には大粒の涙が流れ落ちていた。

「あれ? どうして、私泣いてるんだろう?」

アッシュは、無理をするなと、言ってたのに……。
ティアには、その言葉が「泣いてもいいんだぞ」と言ってるように聞こえてならなかった……。





* * *





何故、あんな事を言ったのだろうか?
アッシュは、ふとさっき彼女に言ったことについて考えていた。
気が付いたときには、もう口に出していたあの言葉。
自分が言ったことが妙に恥ずかしくなって逃げるかのように、中庭に来てしまった。
だが、彼女と話してアッシュは、彼女が泣いているようにしか見えなかった。
涙を流してなくても、彼女は確かに泣いていた。
だから、あんな事を言ってしまったのだろう。
そういう結論にいき着いたとき、アッシュは自分の部屋に着いた。
自分の部屋。
つい、最近まで(と、言っても二年前まで)はあいつの部屋だった場所。
アッシュは、ドアノブに手をかけるが扉を開けるのに少し戸惑った。
ここには、もう自分の居場所はないんじゃないかと思った。

(ここで、突っ立っていてもしょうがないか……)

アッシュは覚悟を決めて、扉をゆっくりと開けた。








意外とティアとの会話が長くなってしまった!!
やっとアッシュが部屋に入りました。
次は、どうなることやら。


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