アッシュは彼に向かって、走り出す。
今、一番憎い彼を倒すために……。
~愛しき人形~
「魔神剣!」
ガイが魔神剣を繰り出す。
衝撃波が猛スピードでエビィルへ向かう。
だが、彼はそれより速く動き、魔神剣をかわした。
「双旋牙!」
彼が移動した位置の近くにいたアニスが近づき、回転する。
だが、それもあっさりとかわされてしまう。
「もう! マジ、動き速すぎだっつの!!」
「ああ、確かに……」
アニスの言葉にガイは同意する。
先ほどからずっと攻撃しているが、すべての攻撃をかわされて、一つも当たっていなかった。
左足を負傷していなかったら、きっとルークより速いだろう。
「壮麗たる天使の歌声
ヴァ レィ ズェ トゥエ ネゥ ツェ リュオ ツェ クロア」
ティアの声が美しい旋律を奏でる。
それと同時に、自分の能力が高まっていった。
「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊……」
ジェイドの詠唱が完成する。
「セイントバブル!」
エビィルが立っている場所に無数の泡が出現し、彼を直撃した。
「やったか!!」
「待って! 何か様子がおかしいわ!!」
ティアがそう叫んだので、アッシュはエビィルをよく見る。
泡が破裂している中を彼は平気で立っている。
まるで、見えない何かで守られているみたいだった。
「こんな攻撃では、私は倒せないぞ」
「だったら、これならどうだ!!」
アッシュは、エビィルの懐に飛び込んだ。
手に気を溜める。
「凍てつく一撃!」
さっき、ジェイドがセイトバブルを発動させたので、エビィルの周りには水のFOFが発生していた。
「絶破! 裂氷撃!!」
エビィルに突きつけた掌に氷が出現し、彼を吹き飛ばした。
「くっ……」
エビィルはよろけた。
胸には、氷の破片が刺さり、血が流れて出した。
「やっ……!」
喜ぼうとしたアニスだったが、言葉と続けることはできなかった。
エビィルの胸にできた傷は、見る見るうちに塞がっていったからだ。
治癒譜術も使っていないのに。
「一体、どうなってるんだ……」
思わず声を漏らしたガイに、エビィルは満足そうに笑った。
「これで、わかっただろう。お前たちの攻撃は私には効かない」
(そんなはずねぇ!!)
だったら、あの左足は何だ。
胸の傷は完全に癒えているが、その左足の傷だけはそのままだった。
何か方法があるはずだ。あいつを倒す方法が……。
「……今度はこちらからいくぞ」
そう言うと、彼は剣振るった。
「魔神剣!」
ガイが放ったものより張るかに大きく、速い衝撃波がこちらに向かってくる。
「くっ!!」
アッシュはそれをなんとか、かわそうとしたがかわしきれなかった右足に僅かに当たった。
「アッシュ!」
ガイがアッシュに駆け寄った。
「大丈夫だ。大したことはない」
アッシュはそう言ったが、実際はそうではない。
右足を動かそうとすると、激痛が走る。
少し当たっただけで、こうなるのだからもし、まともにくらっていたら動くことすらできなくなっていただろう。
そんなアッシュを見て、エビィルは不敵に笑った。
彼は剣を持っていないほうの手を前に突き出した。
すると、その手の周りに光が集まり、それをアッシュたちに向かって放った。
それは、アッシュの手前に落ち、爆発した。
アッシュたちはその爆風で飛ばされ、壁に叩きつけられた。
その衝撃はかなりのもので、とても動けそうにない。
「遊びはここまでだ」
そういうと、エビィルはさっきと同じように光を集めた。
それは、さっきより大きくなっていた。
それをアッシュたちの向かって再び放った。
「アッシュ!!」
ナタリアの叫び声が聞こえた。
* * *
「癒しの光! ――――ヒール!」
ナタリアは、ひたすらルークに治癒譜術をかけていた。
だが、いくらやってもルークの傷はそれ以上塞がることがなかった。
(どうしてですの!)
どうして、わたくしの譜術はルークと癒すことができないの。
ルークを助けたいのに、わたくしにはその力がどうしてないの。
ナタリアがそんなことを思っていると、ルークの指がかすかに動いた。
「ん……」
ルークの呻き声が聞こえたナタリアはルークを見た。
「ルーク!」
ナタリアは思わずルークの顔を覗き込んだ。
ルークの瞼がゆっくりと開くと、綺麗な翡翠の瞳がナタリアを見つめた。
「……ナタリア」
ルークは力なくナタリアの名前を呼んだ。
そして、ルークは身体を起こそうとする。
「いけませんわ、ルーク。まだ……」
ナタリアがそれを止めようとした瞬間、爆発音が聞こえてきた。
ナタリアは爆発音が聞こえたほうに振り向くと、そこには床に倒れているアッシュたちの姿があった。
そこに、エビィルは光のようなものをアッシュたちに放った。
「アッシュ!!」
ナタリアは思わず叫んだ。
と、同時にナタリアの横を誰かが通り過ぎた。
(えっ?)
一瞬、それが誰なのかわからなかった。
そして、ナタリアは視線を下に移す。
すると、そこにいるはずのルークの姿は何処にもなかった。
ナタリアは、このとき自分の横を通り過ぎたのがルークだと理解した。
ルークはアッシュと光の間に素早く入り、剣で光を斬った。
ルークに切られた光は、爆発することなく静かに消えていった。
「!!」
エビィルはこのとき初めて顔色が変わった。
ルークはそんなことはお構いなしに、彼に突っ込んだ。
そして、そのまま彼に腹に剣を突き刺した。
「がぁ!!」
ルークの思わぬ行動と、その速さに反応できなかった。
そのためエビィルの腹には見事にルークの剣が突き刺さった。
すると、彼の体が光に包まれた。
その光は、まるで朝日のような光だった。
光が消えると、ルークは静かに剣を抜いた。
それと同時に彼は倒れこんだ。
「……あと……もう少しだったのに……『人』に……なれたのに……」
彼の瞳から涙が流れ出す。
それは、彼自身悲しくて泣いているのか、悔しくて泣いているのかわからなかった。
ただ、自然と涙が流れる。
そして、不思議と気持ちは穏やかであった。
彼は、ゆっくりと瞳を閉じると音素へと還っていった。
人形シリーズ第9話でした!!
やばい、エビィルめちゃ強い!!
それ以上に、ルークが強いし!!
傷だらけのはずですよね?ルークは??
H.18 9/18