「ルーク!!」
静かな部屋に一つの叫び声が響いた。
エビィルは、視線を声が聞こえた方へ向ける。
そこにあったのは、燃えるような紅の長髪と怒りに満ちた翡翠の瞳だった。
~愛しき人形~
扉の奥で見た光景にアッシュは愕然とした。
アッシュの目に映ったのは、蒼白くなっている血まみれのルーク。
そして、そのルークを自分の身体に取り込もうとしている謎の黒髪の少年の姿だった。
アッシュの感情は、徐々に怒りへと変わっていった。
アッシュの身体は、自然と腰にある剣を抜き取り、彼に斬りかかろうとした。
エビィルはそれをかわしたが、そのとき取り込みかけていたルークを落とした。
アッシュは、ルークが床にぶつかる前にしっかりと受け止めた。
ルークは出血しているためか、いつもより軽く感じた。
アッシュはエビィルを睨みつけた。
「騎士のお出ましか」
そんなアッシュに対して彼は表情一つ変えずに言った。
「ルークっ!!」
悲鳴のような声が部屋中に響き渡った。
アッシュを追ってティアたちが部屋に入ってきた。
ルークを見た途端、彼女たちの顔は青ざめたのがわかる。
ティアとナタリアがすぐさまルークの許へ走り出す。
「ナタリア、早く治癒譜術を!」
「ええ、わかりましたわ」
アッシュの必死な言葉にナタリアは頷くと、ルークに手をかざし詠唱を始めた。
ティアも詠唱を始めた。
詠唱が終わると同時に、ルークの周りに譜陣が出現し、光がルークを包み込む。
傷は見る見るうちに塞がっていったが、完全に塞がることはなかった。
まだ、痛々しい傷口は開いたままだ。
このままでは本当に、ルークの命が危ない。
早く病院に連れて行かなければ……。
「ソレを返せ」
この声によってティアの思考はとまった。
そして、ようやく部屋に自分たちの以外の人がいることに気が付いた。
「やっと見つけたのだ、私の願いを叶えられる者を……」
その声はとても低く、とても子供の声とは思えなかった。
「あなたは……レプリカですか?」
ジェイドが一歩前に出て、彼に問いかけた。
「そうだ。そこに転がっている男が、自分の息子のデータを基に私を作った」
エビィルはジェイドの問いを淡々と答えた。
「! ……お前は自分の父親を殺したのか!」
エビィルの言葉に、ガイは驚きを隠せなかった。
「所詮、あの男にとって私はガラクタに過ぎない。心のない私をただの道具としかみていなかった。そんな奴をどうしたら、父と思える?」
「では、その心のないあなたの願いは何ですか?」
ジェイドは再び彼に問いかけた。
ルークをあそこまでして叶えたかったこととは一体何なのか。
血のように赤い瞳が真っ直ぐ彼を見つめている。
「……私の願い。それは、レプリカではなく『人』になることだ」
「『人』になる? 何言ってるの? アンタはレプリカかもしれないけど、『人』じゃない」
アニスは彼が言ったことが理解できなかった。
ルークも、イオンも、シンクも、フローリアンもレプリカに違いなかった。
でも、アニスは彼らは一人の『人』だと思っている。
「心のないものなど『人』ではない」
彼は、ハッキリとそう言った。
そして、彼は視線をナタリアたちのほうに向けた。
と、いうよりナタリアの近くで横になっているルークを見つめていた。
「だが、アレに初めて触れたとき、少しだけ心が生まれた。何も感じなかったのに微かに感じるようになった。アレの力が私に心を与える。だから、アレが欲しい。あのときからずっとそう思っていた」
彼のその言葉でアッシュはやっと思い出した。
こいつを見たとき、何処かで会っていたような気がしたのだ。
そして、それは気のせいではなかったのだ。
ルークの突然の休日でナタリアたちがルークを取り合いをし、俺がルークを連れ出したあの日。
バチカルでルークは子供とぶつかったのを思い出した。
それが彼だったのだ。
「お前あのときの……」
「覚えていたのか? 案外、記憶力はいいみたいだな」
彼はアッシュに薄い笑いを浮かべて言った。
「お前には感謝しなくてはいけないな。お前のおかけで、アレをここまで誘き寄せることが出来たのだからな」
「ふざけるな!!」
エビィルの言葉についにアッシュはキレた。
ずっと、ムカついていた。
あいつがルークを物のように言うことを。ルークを傷つけたことを。
アッシュは彼に斬りかかろうとした。
「アッシュ!!」
それをナタリアがアッシュとエビィルの間に割って入り、止めた。
「どけ! ナタリア!! こいつだけは、俺がぶっ殺す!!」
こいつだけは、絶対に許せない。
今のアッシュには彼に対する憎しみしかなかった。
「アッシュ! 落ち着いてください! 今、戦っても無意味ですわ!! 今は一刻も早くここを出て、ルークを治療しないと……」
「っ!」
ナタリアの言葉にアッシュは我に返った。
そうだ。
今は、一刻も早くここを出なくてはいけない。
そうしないと、本当にルークが死んでしまう。
それだけは、絶対させない。
「……すまない、ナタリア」
「いいですのよ。さぁ、早く行きましょう」
素直に謝ったアッシュにナタリアは笑みで答えた。
「ああ」
ガイはルークの傷口に触れないように抱き上げた。
そして、一同は唯一出口につながる扉に向かって走り出した。
それを黙って見逃す、エビィルではなかった。
「逃がしはしない」
彼の藍色の瞳が不気味に光った。
それと同時に開いていた扉が閉まった。
アッシュは扉に手をかけたが、どんなに押してもひいても扉はビクとも動かなかった、
「無駄だ。その扉かけておいた譜術を発動させた」
彼はゆっくりとアッシュたちに近づいた。
「ソレをよこせ」
「断る!!」
「ならば、力づくで奪うまで……」
エビィルはそう言うと手をかざした。
すると、床に落ちていた彼の背丈ほどある剣がその手の中に現れた。
「どうやら、あの扉を開けるには、彼を倒すほかないようですね」
扉にかかっている譜術を調べたジェイドが言った。
「上等だ! こんな奴、俺がぶっ殺す!!」
アッシュは握っていた剣を強く握り直す。
「ナタリア、ルークのこと頼む」
ガイは、抱いていたルークをゆっくりと床に下ろすとナタリアに言った。
「ええ、わかりましたわ」
それに、ナタリアは強く頷いた。
そして、アッシュ、ガイ、アニスは彼に向かって走り出し、ティアとジェイドは詠唱を始めた。
人形シリーズ第8話でした!!
なんかキレてるアッシュを書くのが楽しかったです。(^ー^;)
エビィルの願いは『人』なること。ようするに、心を持ちたいってことですね~。
次はほとんど戦闘シーンです。うまく書けるように頑張ります!!
H.18 9/12