俺……ずっと待ってるから。
アッシュが目を覚ますのをずっと……。
~愛しき人形~
「アッシュ、おはよう」
ルークは病室に入った途端、アッシュに向かってそう言った。
手には花束が握られていた。
「綺麗だろ。ペールが用意してくれたんだ。……さっそく、飾るな」
ルークはそう言うと、花瓶に水を入れ、色とりどりの花をそこへ挿した。
あの事故が起こってから、今日でちょうど一週間が経った。
だが、アッシュが目を覚ます気配は、まったくなかった。
ルークは花瓶を窓の近くに置かれている机の上に置いた。
そして、ベッドの傍にある椅子に腰掛けた。
アッシュの顔は一週間前と変わっておらず、安らかな顔をしていた。
顔はずっと見ていても飽きなかった。
でも、やっぱりアッシュに目を覚まして欲しい。
あの綺麗な翡翠の瞳を早く見たいと思った。
「……アッシュは、やっぱりすごいな」
ルークは小さく呟いた。
「すごいよ。……アッシュは、ずっとこうやって俺が起きるのを待っていたくれたんだもんな」
二ヶ月間、俺はずっと眠っていたからわからなかったけど、今ならよくわかる。
待つことがこんなにも辛いことだとは思わなかった。
二ヶ月間、アッシュはどんな思いで俺を待っていたのだろう。
どんなことを考えていたのだろうか。
「……アッシュ。俺なティアから譜歌を教わったんだ」
返事が返ってこないとわかっていても、ついアッシュに話し掛けてしまう。
「折角だし、歌うね。……下手かもしれないけど、聴いててね」
少し照れながらそう言うと、ルークは深呼吸してから譜歌を歌い始めた。
トゥエ レィ ツェ クロア リュオ トゥエ ズェ
クロア リュオ ツェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ツェ
ヴァ ネゥ ズェ トゥエ ネゥ ツェ リュオ ツェ クロア
リュオ レィ クロア リュオ ツェ レィ ヴァ ツェ レィ
ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァ ツェ レィ
クロア リュオ クロア ネゥ ツェ レィ クロア リュオ ツェ レィ ヴァ
レィ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レィ レィ
ルークはまだ譜歌に込められた思いは知らなかった。
ただ、アッシュのことを思って譜歌を歌った。
ポタ
涙が頬を伝って零れ落ちる。
ルークは涙を止めようとするが、すればするほど止まらなくなった。
痛い。
胸が痛いくらい苦しい。
(アッシュ……早く目を覚まして……)
* * *
なんだ……。
遠くの方から声が聴こえる。
これは譜歌だ。
でも、いつも聴く譜歌とはどこか違う。
彼女の声とは違う声。
この声は……。
この世で一番愛しい人の声だ。
俺を呼んでいるのか?
譜歌と共に一筋の光が差し込む。
夕焼けのように赤い光が……。
まるで、こっちに来いと誘うように…。
行かなければ……。
あいつが俺を呼んでいるのだから……。
アッシュは光の指す方向へと歩き出した。
* * *
ピクッとアッシュの瞼が動いた。
そして、ゆっくりと瞼が上がる。
アッシュは虚ろな瞳で彼の姿を捉えた。
彼はまだ、自分が目を覚ましたことに気付いていないようだ。
「……ル……ーク」
「!!」
アッシュは声を絞り出して彼の名を呼ぶ。
ルークは声を聞き、アッシュへと目を向けた。
ルークの目は泣いていたのか、赤くなっていた。
「……アッシュ」
ルークの瞳から再び涙が溢れ出す。
やっと、さっき止まったのに。
「アッシュ!」
ルークはアッシュに抱きついた。
「ル、ルーク!?」
ルークの突然の行動にアッシュはただ驚くしかなかった。
「……よかった。アッシュがもう目を覚まさないんじゃないかって……不安だったんだ」
「! ……ルーク、今俺のこと『アッシュ』って言ったのか? ……俺のこと……思い出したのか?」
ルークの言葉にアッシュは驚いたようにルークに聞き返した。
それにルークはコクリと頷いた。
「そう……だよ。俺、アッシュのこと思い出したよ」
「ルーク。……ふっ、なんて不細工な顔してるんだよ」
アッシュはルークに微笑むと、ルークの顔から零れ落ちる涙を拭き取った。
「……だっ、誰のせいだよ! 俺……アッシュのせいで泣いてるんだよっ!」
「ふっ、そうだな……」
アッシュはルークに微笑んだ。
その笑みに、ルークも答えるように笑いかける。
「……アッシュ。俺、アッシュのことが好きだよ」
アッシュが涙を拭き取ってくれたせいか、涙が自然と止まっていた。
「好きだよ、アッシュ」
この世界にいる誰よりも……。
「……俺もだ」
ルークの背中にアッシュは腕を回した。
「俺も……お前のことが好きだ、ルーク」
アッシュの優しい笑みがルークに向けられる。
「アッシュ……」
「ルーク……」
二人は見つめ合い、そして優しい口付けを交わした。
とても優しい口付けを……。
人形シリーズ第26話でした!!
やったよ!アッシュが目を覚ましたよ!!
何気に、ルークに譜歌を歌わせてみました♪
ルークが譜歌を歌うのは、ありじゃないかなぁって思って…・・。ありですよね?
H.19 1/11