アッシュは部屋の扉を恐る恐る開けた。
そこに、自分へと拒絶する瞳がないこと祈りながら……。
~愛しき人形~
扉の向こうには、ベッドから上半身を起こしたルークの姿が目に入ってきた。
そこには、先ほど俺に向けられた拒絶する瞳はなく、いつもと変わらない明るい瞳があった。
アッシュは恐る恐るルークに近づき、近くの椅子へと座った。
「…………」
そのまま数分間、沈黙が流れていった。
ルークに何か話さないといけないのに、言葉が、声が出てこない。
「……ジェイドからアッシュさんの話聞きました」
以外にも、先に沈黙を破ったのはルークだった。
「俺は、アッシュさんのレプリカなんですね」
「……ああ」
「なのに、俺はそれを忘れてしまったんですね…」
「…………」
ルークの表情が暗いものへと変わる。
「……俺、アッシュさんのこと早く思い出したいです」
アッシュは、ルークの言葉と表情と見て思った。
つらいのは俺だけではないのだと。
俺のことを忘れてしまったルークもつらいのだと。
「……無理しなくていい」
「えっ?」
アッシュの言葉にルークはキョトンとした表情になった。
「そんなに急いで俺のことを思い出さなくたっていい。時間はいくらでもある」
時間はいくらでもあるというのは嘘だ。
本当な一ヶ月しかない。
だか、その事実をルークに告げる気はなかった。
「でも、それだとアッシュさんに悪い気がするし……」
「俺のことを覚えていなくても、お前はお前だろ」
アッシュは優しくそう言って、ルークの頭を優しく撫でた。
そうだ。
俺のことを覚えていなくても、ルークはルークのままだ。
俺の好きなルークなんだ。
もう、自分のことなんでどうでもいい。
ただ、ルークが笑顔でいてくれるなら……。
「それと、俺の名前は呼び捨てでいい」
「ううん、それは出来ないよ」
アッシュの言葉にルークは首を横に振った。
「俺、アッシュさんのことちゃんと思い出したときに、そう呼びたいんだ。……ダメかな?」
「……そうか。なら、そのときを楽しみにしているな」
ルークの言葉にアッシュは優しく笑った。
「じゃあ、今日はゆっくり休め」
「えっ? アッシュさんは?」
アッシュが立ち上がったので、ルークは驚いたように言った。
「俺はこれから少し書類の整理をしてくる。すぐに戻るから」
アッシュはルークにそう言うと部屋から出て行った。
ルークは暫く、アッシュが出て行った扉を眺めていた。
そして、さっきまでアッシュが撫でていた辺りをルークは触った。
今でもその感触は残っている。
とても、気持ちよかったことを。
俺にとって、アッシュさんはどんな存在だったんだろう?
きっと、被験者とレプリカの関係では言い表せないと思う。
――――あんた、誰?
アッシュさんの顔を見たとき、思わずそう言ってしまった。
そのときの傷付いたような彼の表情が目に焼きついて離れない。
自分が言った何気ない言葉が、彼を傷付けてしまった。
それが自分のことのように感じて、心が痛くなってしまった。
だから、部屋を出ようとしたジェイドを引き止めて彼のことを聞いたのかもしれない。
「…………俺……早く思い出したいなぁ」
ルークはポツリと呟いた。
彼は急がなくても言いといったが、やっぱり早く思い出したい。
そうしたら、彼はもっと笑ってくれるだろう。
俺も心の底から彼の名前を呼べる。
アッシュって……。
「……寝ようかな」
ルークは起こしていた上半身をベッドへと落とした。
そして、ゆっくりと瞳を閉じた。
これが夢だったら、どんなにいいだろう。
次に目を開けたときには彼のことも何もかも思い出していたら……。
そしたら、全てが元通りになるのに……。
ルークはそう思いながら、深い眠りへと落ちていった。
* * *
音符帯。
そこに、ヴァリアスは独りで佇んでいた。
そして、ふとヴァリアスは右手をかざした。
そこに現れたのは夕焼けのように赤い美しい光。
ルークの記憶の一部。
ルークにとって最も愛しい人の記憶。
だから、こんなにも美しく輝いている。
ヴァリアスはその光を握り締め、自分の身体へと取り込んだ。
「……渡したくないんだっ!」
ヴァリアスはポツリとそう呟いた。
ルークを誰にも渡したくない。
これはヴァリアスにとって、大きな賭けだった。
これが吉と出るか凶と出るかヴァリアスにもわからない。
ただ、待つだけだ。
全てが決まる、一ヵ月後を……。
人形シリーズ第20話でした!!
気が付いたら、もう20話ですねvv正直、驚いています!!
これから、アッシュはどういう行動にとるのだろうか?(ものすごく、他人事みたい;)
H.18 11/29