「愛しい人に自分のことを忘れられたお気持ちはどうですか? 《聖なる焔の燃えかす》さん」

ヴァリアスはアッシュを見て楽しそうに不適に笑ってそう言った。

~愛しき人形~

アッシュはヴァリアスに近づくと、ヴァリアスの胸ぐらを掴んだ。

「お前がルークの記憶をいじったのか!」
「だったら、どうだって言うんだ? 《聖なる焔の燃えかす》」
「ふざけるな!!」

ヴァリアスの言葉にアッシュは殴りかかろうとした。

『アッシュ!』

だが、ローレライがアッシュの身体を押さえてそれを止めた。

「離せ! ルークにあんな事をしておいて許せるわけがないだろが!!」
『ヴァリアスを殴ったところでルークの記憶は戻ってこない。何も変わらないんだ!』
「……っ!!」

ローレライの言うとおりだ。
こいつを殴ったところでルークの記憶は戻ってこない。
アッシュはヴァリアスの胸ぐらを掴んでいた手を離した。
すると、ヴァリアスはアッシュから数歩離れ、溜息をついた。

「……ったく、ひどいなぁ、もう。そんなに怒らなくたっていいじゃん」
『お前は、どこまで人を弄んだら気が済むんだ!』

悪びれることなくヴァリアスがそう言ったので、ローレライはヴァリアスに怒鳴った。

「ひっどいなぁ。私は、人を弄んでるつもりはない。ただ、ルークを自分のものにしたいだけだ」

そう言うと、ヴァリアスは右手をかざした。
すると、その手の中に光が現れた。
その光はまるで、夕焼けのような赤い光だった。

「綺麗でしょ。これなんだかわかる?」

ヴァリアスは楽しそうに言った。

「……これはね。ルークの記憶の一部なんだよ」

あの光がルークの記憶の一部。
ルークが忘れてしまったアッシュの記憶。

「返せ!!」

アッシュはその光に手を伸ばした。

「やだね」

ヴァリアスの右手から光が消えた。
後一歩のところでそれを掴むことが出来たのに。
アッシュは、ヴァリアスを思いっきり睨みつけた。

「そんな怖い顔しないでよ。私はおまえにゲームを申し込みに来たのだから」
「ゲームだと?」
「そう、簡単なゲームさ」

ヴァリアスは楽しそうに笑っていった。

「今日から一ヵ月後までにルークが君の事を思い出したら、君の勝ち。そしたら、私はもうルークには手を出さない。だが、ルークが期限までに君のことを思い出さなかったら、私の勝ちだ。そのときは、私がルークを貰う」
『アッシュ! そんな話に乗るな!!』

このゲーム。
明らかに、アッシュに不利だ。
そして、賭けるものがアッシュにとって大きすぎる。

「そうですわ、アッシュ! こんな挑発に乗ってわ――」
「わかった」

ナタリアの言葉を遮るようにアッシュは言った。

「アッシュ!?」

ここにいる全員がアッシュの返答に驚いた。
アッシュの言葉に、ヴァリアスは嬉しそうに笑った。

「交渉成立だな。では、一ヵ月後また来る」

ヴァリアスはそう言うと、光となってその場から消えていった。

「アッシュ! 一体どういうつもりなんだ!!」

ヴァリアスが消えた途端、ガイはアッシュの胸ぐらを掴んで怒鳴った。

「あんな不平等なゲームなんか受けて! もし、期限までにルークがおまえを思い出さなかったらルークはあいつに連れてかれるんだぞ!!」

アッシュだったらこんなゲーム、拒否すると思っていたのに……。

「……ない」
「何?」

ガイはアッシュの声を聞き取ることが出来なかった。

「俺には時間なんて関係ない。ただ、ルークに思い出して欲しいだけだ」

このまま、ルークが俺のことを覚えていないことが俺には耐えられない。
だから、ルークの俺のことを思い出して欲しい。
期限があったら、そのぶん俺は必死になれる、そう思ったからだ。

「…………」

ガイはアッシュの言葉を聞き、表情を見て何も言えなくなった。
その力のない声と苦しそうな表情。
今の自分には決して感じることのない痛みをアッシュは感じているのだ。
アッシュにとってルークに忘れられることは自分の存在証明を失うこと。
陽だまりからまた暗闇に逆戻りしてしまったようなものだ。

「おや? ここはずいぶんと空気が重いのですね~」

すると、ルークの部屋から、ジェイドが出てきた。

「だっ、旦那。今まで何してたんだ?」
「いや~。ルークにアッシュのことを話してたら、遅くなってしまって」
「俺のことを?」

ジェイドの言葉にアッシュは驚いた。

「ええ、ルークがあなたのことを呼んでましたよ。だから、呼びに来たんです」
「…………」

アッシュの表情は暗くなった。
ルークに俺のことを思い出して欲しい。
だが、また拒絶するような瞳で見られるのが怖い。

「行ってこいよ、アッシュ」
「……ガイ」

ガイはアッシュの肩をポンッと軽く叩いた。

「ルークに思い出して欲しいんだろ? だったら、行動に移さないとな」

ガイは明るく笑顔でそう言った。

「ああ」

ガイのその笑みで勇気付けられたアッシュは頷き、部屋へと歩き出した。
そして、恐る恐る部屋の扉を開けた。








人形シリーズ第19話でした!!
ヴァリアスは一体何を考えているのだか…。
ヴァリアスの提案に乗っちゃう、アッシュもアッシュだけど…。
でも、アッシュは、ただルークに自分のことを思い出して欲しいだけなんですよ!!
次の話で、アッシュはどうなることやら……。


H.18 11/24