ローレライは重い口を開いた。

『説論から先に言う。ルークはもう長くは生きられない』

~愛しき人形~

ガタ

アッシュは、勢いよく立ち上がったため、椅子がすごい音をたてて倒れた。

「ルークがもう長くは生きられないとは、どういう意味だ!!」

アッシュはローレライに怒鳴った。
そんなの何かの間違いに決まっている、アッシュはそう思った。

『言葉通りの意味だ』
「!!」
「アッシュ! 少しは落ち着けよ!!」

ガイがアッシュに呼びかけ、アッシュを座らせようとする。
「落ち着けだと? こんな状況で落ち着いて――」
「ルークはそのことを知っているのですか?」

アッシュが言い終わらないうちにジェイドがローレライに問いかける。
それに、ローレライがコクリと頷いた。

『ああ、知っている』
「!!」

アッシュが驚いている隙に、ガイがアッシュを座らせた。

「……何故、ルークは長く生きられないのですか? とてもそうに見えませんわ」

ナタリアの言うとおりだ。
あいつはとても元気ように見えた。
とても、病気に見えなかった。
ただ、一つの違和感を除いては……。

『それは健康面では、ルークは何も問題ないからだ』
「健康面では問題ない? なんか余計わかんないよ」

ローレライの言葉を聞いたアニスは首を傾げた。

『ルークの身体に新種の音素(フォニム)が入り込んで、その音素(フォニム)がルークの身体の中で急速に増えている』
「! そんなこと普通はありえないはず……」
『確かに、普通だったら身体に異常な音素(フォニム)が入り込んだら、身体はそれを排除する。だが、何らかの原因でその新種の音素(フォニム)がルークの身体の音素(フォニム)を食らって増殖している』
「……このまま、その音素(フォニム)が増えたら……ルークはどうなるんですか?」

ティアを恐る恐るローレライに聞いた。
その声はひどく震えていた。

『最終的には私と同じその音素(フォニム)の集合体となる。それがルークの死だ』

ローレライの言うルークの死。
それは、ルークがルークでなくなるということ。

「……随分と、詳しいのですね。何故そうなったのかわからないのに」
『……当たり前だ。……私もこれを体験したのだから』
「!!」

ジェイドの言葉にローレライは驚きの発言をした。
それに、ここにいる誰もが驚いた。

『? そういえば言ってなかったな。私はもともとお前たちと同じ人間だった』
「お前が人間だったのか?」

まだ、信じられないといった様子でアッシュは言った。

『ああ。……私はユリアとは恋人同士だった』
「ユリアとですか?」
『ああ。そなたは、ユリアによく似ている』

驚いて呟いたティアに対して、ローレライは優しく笑った。

『そして、これには何段階かに分かれて症状が表れる』

再び、ローレライの顔が真剣なものに変わった。

「……一体、どんな症状なんですか?」
『その音素(フォニム)が増えると同時にルークから人間性が失われていく』
「人間性だと?」

アッシュはローレライの言っている意味がわからず聞き返した。

『ああ。第一段階で失われるのは《食欲》だ。食べても、味が感じられなくなり、無理して食べると吐いてしまう』
「!!」

ローレライの話を聞いてアッシュはこの前のことを思い出した。
ルークが無理して食事を食べ、戻してしまったことを。

『次に失われるのは《睡眠》だ。目をつぶっても決して眠ることは出来ない。……そして、次に失われるのは《触覚》だ。痛み、暑さ、寒さなどは感じなくなる。今のルークはこの段階にいる。』

ガタ

ローレライの言葉を聞いたアッシュは、再び椅子を勢いよく倒して、応接間を出た。

「アッシュ!!」

ナタリアが呼び止めたがアッシュはそれを無視した。

「……それで、次にルークは何を失うのですか? これで終わりなはずないでしょう?」

そんなアッシュを無視してジェイドはローレライに話しかけた。
血のように赤い瞳がジッとローレライを見つめる。

『……さすがと、言うべきか。フォミクリーを考え出しただけはあるな』

それに対して、ローレライは苦笑して返した。

「お褒めの言葉、どうもありがとうございます」

ジェイドは笑ってそう言ったが、決して目は笑っていなかった。

『ルークが次に失うもの……それは――』





* * *





「ルーク!!」

アッシュは自分の部屋の扉を勢いよく開けた。
すると、窓際の方にルークが驚いたような顔をして立っていた。
アッシュはルークに近づき両手をルークの両肩を掴んだ。
ルークはキョトンとした顔をする。

「なんでこんなになるまで黙ってたんだ! お前あのときも無理して食べて吐いたんだろ! 最近俺より早く起きていたのも、本当は寝てなかったんだろ!!」

アッシュはルークに怒鳴った。
ルークに怒鳴るのはお門違いだとはわかっている。
これはむしろ自分に対して、怒鳴っている。
何故、誰よりもルークの傍にいたのに何も気付かなかったんだ。
あのとき、大量の血を流しているのに平気な顔してたっているルークを見るまでまったく気付かなかった。
それが、とても悔しかった。
だが、ルークからは何も返事が返ってこなかった。

「なんとか言ったらどうなんだ! ルーク!! ……俺はそんなにも頼りないのかよ……」
「!!」

自分が言った言葉にルークは明らかに傷付いた顔つきをした。
すると、ルークの口がゆっくりと動いた。
だが、その口から声が出ることはなかったが、「ごめん」と唇は確かに動いた。

「お前……まさか……」

それを見たアッシュは愕然とした。
手に力が入らず、ルークの肩から滑り落ちた。
ルークは、哀しそうに笑った。











『次にルークが失うもの。……それは《声》だ』








人形シリーズ第12話でした!!
もうだいぶ前に気付いている人もいたかもしれませんね。
ルークの症状はシンフォニアのコレットが天使になる試練をもじって見ました!!
てか、ルークの声を失うのが早すぎたかも??


H.18 10/17