「あぁ……非常に……残念なことをした」

ルークたちの許を立ち去った男――ファントムは、本当に残念そうにそう言った。
私が、ちょっと目を離している間にルーク様は、美しく成長された。
夕焼けのように赤い髪に翡翠の瞳。
あの美しいお姿を思い出すだけでも心が躍る。
本当だったら今すぐにでも、連れて行きたかったが、あの状況では、仕方ないだろう。
あと一歩でも前に出ていたら、間違いなく蜂の巣になっていたかもしれない。
ルーク様の近くにあんな腕のいいスナイパーがいたとは、思いもしなかった。
だが、間違いなく成果は得られた。
ルーク様にお逢いすることも出来たし、何よりルーク様の身体の具合も確認できた。
想定よりもルーク様の身体を傷付けてしまったが、そのおかげでさらに状態は加速するはずだ。
その時が今から待ちきれない。
だが、一つだけ気になることもあった。
あの男だ。私とルーク様の間に割って入ってきたあの男。
あの男さえ、いなければ今頃、ルーク様は私のところへ来ていたはずだったのに、それを邪魔された。
そして、あの男を私は、知っているような気がするのだ。
それも、ずっと前から……。
だが、それが何時だったのかさえ、私には思い出せなかった。
あんなにも際立った容姿をしているのなら、何処かで会っていれば、すぐに思い出すだろうに、何故か思い出せなかった。
そのことに違和感を感じつつも、ファントムは一旦そのことは、気にしないことにするのだった。

「…………次にお逢いできる日を、心待ちにしております、ルーク様」

そして、また、ルークへの想いを馳せるのだった。


~緋色の代償~

「アンジュさん。ルークの容態は……」
「今、アニーたちが全力で治療しているところで、まだ意識は回復していないわ。ルークは、ただでさえ、薬の効き目が悪いから、時間がかかるかも……」
「そんな……。私の方でも何かお手伝い出来ることがあれば、是非言ってくださいっ!」
「ありがとう、エステル。でも、今は、アニーたちに任せましょう。私たちまで倒れてしまったら、それこそ、ルークが哀しむから」
「はい……。わかりました……」
「…………」

ルークを連れてバンエンティア号に戻った途端、ギルドメンバーたちは、皆騒然となった。
ルークの状態が余りにも酷いものだったから仕方がない。
ルークは、すぐさま医務室に運び込まれ、アニーたちの治療を受けることになった。
駆け付けたエステルも自分にできることがないかをアンジュに確認していたが、今は大丈夫であることを伝えられていた。
そんな一連の流れをユーリは、ただ見ていることしか出来なかった。
オレには、回復術なんてものも使えない。本当に無力だ。
あの時、オレがルークのことを守っていたら、こんなことには……。
そして、オレはやっぱり、判断を間違えたことに後悔してもしきれなかった。
なら、今のオレがやるべきことは……。

「ユーリ……?」

そんなユーリの様子に気付いたのは、フレンだった。
音もなく、医務室から離れようとするユーリをフレンは、呼び止めた。

「こんな時に何処に行くつもりなんだ?」
「こんな時だからだよ。……ここにいたって……オレは、何の役にも立たないからな」
「逃げるのか?」

ユーリの言葉を聞いたフレンは、そうユーリに言い放つ。

「ルークのあの姿を見るのが辛いから、ユーリは逃げるのか?」
「……逃げるんじゃねぇ。ケリをつけて来るんだ」
「ケリ?」
「もう坊ちゃんが二度とこんな目にあわせさせねぇから……。後は……頼む」
「おい! ユーリ!!」
「フレン、どうかしましたか?」

ユーリは、そう言うとフレンの制止する声を完全に無視してその場から離れてしまった。
その二人の様子に気付いたエステルとアンジュが、フレンへと近づいて来た。

「……わからない。ユーリの奴、ケリを付けてくると言って出て行ってしまって……」
「!?」
「アンジュさん、何か知っていますか?」

フレンの言葉を聞いてアンジュの表情が明らかに変わったことにフレンとエステルは気付いた。
それに対して、アンジュはただ困惑の表情を浮かべるだけでなかなか話そうとしなかった。

「……セレーナ。もう隠すのは、無理があるんじゃないのか?」

そう言ったのは、いつの間にか近くに来ていたリカルドだった。

「ルークがあんな状態になった以上、もう隠すのは無理だ。後……あれもさっさと止めないと、取り返しのつかないことになるぞ」
「ですが……ユーリのことを私が止めることは出来ません。私も……ユーリと同罪なのですから……」
「だったら、僕がユーリのことを止めに行きます。だから……話してくれませんか?」
「私も、何か出来ることがあるのなら、話して欲しいですっ!」

リカルド、フレン、エステルにそう言われたら、もう話すしかない。
そう覚悟したアンジュは、深く息をついた。

「…………以前から、ユーリからとある報告をもらっていたの。……人攫いギルドについて。そして、その拠点が……ガンバンゾ国にあるということも……」
「えっ!?」

重い口を開いたアンジュの言葉を聞いたエステルの表情が凍り付いた。

「ユーリはね、エステルがこのことを知って、ショックを受けるんじゃないかということを気にして私にだけ話してくれたの。だから、みんなには、船から降りる時は、最低二人以上で行動してもらうようにお願いしてたの。エステルにはフレンを、ルークにはユーリに任せる形で……。でも、結局それもダメだった。今回の依頼の内容に嫌な予感がしたのに、私はそれを無視してしまったから……」
「じゃぁ、ユーリが言っていたことは……」
「おそらく、独りでそのアジトに乗り込んで復讐するつもりなんだろうな」
「そっ、そんなのダメですっ!」

冷静なリカルドの言葉にエステルが声を上げた。
その声は、明らかに震えていた。
無理もない。自国でそんなことを行っているギルドがあることを知って、ショックを受けているのだから……。

「そんなことをしてもルークは――」
「アンジュさんっ!!」

エステルの言葉を遮ったのは、医務室から出てきたアニーだった。

「すみません! ユーリさんは、今何処にいますか!?」
「ユーリなら……今、船を出て行ってしまったみたいなの。……何かユーリに用?」

アニーの問いにアンジュは、フレンたちとの会話を悟られないようにいつも通りに言葉を返した。
それを聞いたアニーは、とても困ったような表情を浮かべる。

「実は……ルークさんがさっきからずっとユーリさんことを譫言で呼んでいるんです。あと……フレンさんのことも……」
「えっ? 僕のことも?」

その思ってもみなかったアニーの言葉に驚いたのは、本人であるフレンだった。
ユーリだったら、何となくわかる。
でも、どうして、僕のことまでルークが呼んでいるのか、正直わからなかった。
だから、確かめてみたいと、フレンは思った。

「アニー。ちょっとだけ、ルークの顔を見に入ってもいいかな?」
「えぇ……。大丈夫です」

アニーに念の為、許可をもらってからフレンは、医務室の中へと入った。
そして、暫くすると、フレンは医務室から出てきた。
その時のフレンの表情は、とても険しいものだった。

「フレン? どうか……しましたか?」
「…………エステリーゼ様。僕は、ユーリを止めに行ってきます」
「……わかりました。なら、私も一緒に行きます」
「エステリーゼ様!?」
「フレン。どうか、止めないでください。これは……私の国の問題でもあることなのですから」

そう言ったエステルの声は、とても落ち着いたものだった。
それは、まさしく彼女が女王であることを再認識させられるような声音だった。
その彼女の覚悟がわかったのか、フレンは頷いた。

「わかりました。ですが、無茶だけはしないでください。エステリーゼ様まで、もしものことがありましたら、ルークが哀しみますから」
「はい。わかりました。……アンジュさん、ユーリのことは、私たちで止めに行ってきます。だから……アジトの場所をご存じなら、教えてください」
「…………わかったわ。この話は、エステルの国の問題でもあることは、私にも理解してることだから」

エステルの言葉にアンジュも最初は悩んだが、最終的には彼女の頼みを受け入れて、エステルに一冊の資料を手渡した。

「これが、ユーリから受け取った報告書よ。そこには、アジトらしき場所についても書いてあったから、ユーリが向かった場所もおそらくそこよ」
「ユーリの奴。依頼をこなしながら、こんなものまで作っていたなんて……」

その膨大な資料の量にフレンは、驚きの声を思わず漏らした。
その資料を見ただけで、よくわかった。
ユーリがどれだけ、エステルやルークのことを……。

「それだけ、ユーリはみんなのことを心配してたってことよ。だから……ユーリのこと、お願いね」
「わかりました。ユーリのことは、必ず私たちで止めてきますっ!!」

こうして、フレンたちも人攫いギルドのアジトへと乗り込むことになるのだった。









緋色シリーズ第13話でした!
バンエンティア号に戻ってきたユーリたち。治療を受けているルークをただ見守る事しか出来ないユーリさん。
大切なルークをあんな風に傷付けられて大人しくしていられるユーリさんではないですよね。
次回、執行人ユーリをフレンさんたちは止めれられるのか!?


R.3 4/26