何も見えない、真っ暗闇。
人も、部屋も、全てが黒い。
そんな黒いパレットの世界に黒い子――ライアンは佇んでいました。
いつも黒い人たちに囲まれた生活。
黒い人たち中で黒い子はライアン一人だけでした。
何も変化ない日々をライアンは送っていました。

「あら、初めまして。独りぼっちの可愛い可愛い黒い子」

そう、あの日、白い人と出逢うまでは……。


~しろいろコテツとくろいろライアンのおはなし~

その日は突然やってきました。
全てが真っ黒なパレットの世界に今まで見たことない真っ白な人がライアンの目の前に現れたのです。
その純白な白い人にライアンは釘付けになりました。
けど、白い人が言った言葉にムッとしたライアンは口を開きました。

「そう言うあんたも独りじゃんかよ」
「そうね。私もここでは一人ぼっち。でも、あなたも独りぼっち」
「?」

ライアンの言葉に対してそう言った白い人の言葉の意味がライアンにはわかりませんでした。
そんなライアンを見て白い人は優しく微笑みます。

「だって、あなたは黒い子だもん。あなたの周りは、みんな黒い人」
「??」
「わからないのね。独りだということ、寂しいということが」
「はぁ?」

独りぼっち?寂しい?
何を言っているんだ、この人は?
自分を見て何処か憐れむようにそう言った白い人の言葉をライアンは理解することが出来ませんでした。

「そうね。……この子でいいわ」

白い人はそう言うと手の中から何かを出しました。
それは一匹の可愛らしいウサギでした。
そのウサギは、白い人と同じく真っ白でした。
ウサギは白い人の手から離れるとライアンへと近づいてきました。
その見た目がとてもふわふわとしているウサギをライアンは触れてみたくてそっと手を伸ばした。
ライアンの手が触れた瞬間、怯えたかのようにウサギはブルブルと震え始めました。
何も怯える必要なんて何もないはずなのに……。
そう思ったライアンでしたが、その理由はすぐに理解しました。
白いウサギを見たライアンの背後にいた黒い人たちが、まるで飢えているハイエナのように一斉にウサギにへと黒い手が襲いかかったのです。
無数の黒い手に襲われたウサギの身体は、どんどん黒く染まっていき、ウサギは苦しそうな悲鳴を上げました。
そして、その声が治まったかと思うと、ライアンの目の前にいたはずのウサギの姿は何処にもなく、ただ黒い液体だけが残っているだけでした。
その光景を見たライアンは、一体何が起こったのかわかりませんでした。
ただこの光景を見て今までに感じたことのない感情をライアンは確かに感じました。

「もうあの子はいないわ」

そんなライアンを見て白い人は優しい笑みを浮かべるとそう口を開きました。

「もし、あなたが今、何かを感じたなら、ここから出てみたらどうかしら?だって、勿体無いもの。こんな黒い世界の中では何も見つからないわ。大事な〝あの子〟だって、こんなところにいるはずもない」
「〝あの子〟……?」

どうやら、彼女は誰かを捜してここへやってきたようです。
一体、彼女が捜している〝あの子〟とは誰なんだろうか?
でも、これだけはわかります。
この世界に彼女が捜している〝あの子〟はいないことは……。
だから、彼女はこんなにも哀しそうな表情を浮かべているのだということがライアンにはわかりました。

「それじゃぁ、さようなら。私は次のパレットへ行かないと」
「! まっ…………!!」

白い人はそう言うと、もうこの世界には用がないとばかりにその場から立ち去って行きました。
それを見たライアンは、白い人を追いかけようとしました。
ですが、ライアンの足は、何故だか思ったように動きませんでした。
まるで自分の足ではないかのように、酷く足が重かったのです。
不思議に思ったライアンは、足元に目を向けるとそこには無数の黒い手がありました。
それは、さきほどまで白いウサギに群がっていた黒い手でした。

「いかないで」
「おいていかないで」
「どこにもいかないで」
「ずっとそばにいて」
「あなたもここで〝人〟になるの」
「っ!?」

無数の声がライアンに向かって囁きかけました。
いつも、自分に対して無関心だった黒い人たちが自分へと群がり囁きかけるのです。
それは今のライアンにとっては、恐怖でしかありませんでした。

(俺は……このままここにいるべきなのか?)

このままここにいれば、きっとこの黒い人たちのようになってしまう。
何も考えず、ただ相手の色を黒塗りつぶして、破壊する存在に……。
いやだ。そんな風にはなりたくない!
こんな黒い人たちのように俺はなりたくないっ!

(逃げなければ……!)

そう思ったライアンは、黒い人たちの手を振り切って走り出しました。
ここから逃げなければ……。
このままここにいたら、きっと俺は駄目になる。
この真っ黒なパレットの世界からでなければ……。
そんなことを頭で考えながら、ライアンはただひたすら黒いパレットの世界をあの白い人を追いかけて走り出しました。





* * *





それから、いったいどれくらいの時間が経ったでしょうか。
真っ黒なパレットの世界を一心不乱に走り続けていたライアンだったが、突如目の光景が変わりました。
それは、今まで真っ黒なパレットの世界しか知らなかったライアンには、とても眩しい光景でした。
そう。この色は、さっきの白い人と同じ色。
鳥も。蝶も。花も。ここにあるものの色は、すべて白い。
こんなにも綺麗な景色をライアンは、今まで見た事がありませんでした。
俺が今まで見てきた世界は、一体何だったんだ?
世界には、俺が今まで見た事にない色がもっと広がっているのだろうか?
見てみたい。もっと、色んな世界を……。
そう思ったその時でした。ライアンに目に彼女が飛び込んできたのは……。

「っ!!」

白い小鳥たちを愛でながら白い花畑を歩く彼女の姿は、ライアンにはまるで一枚の絵のように美しく感じました。
そして、それと同時に感じたのは、何とも言えない感情。
このまま放っておいたら、きっと彼女は消えてしまうのではないかという、儚げさを感じました。
嫌だ。消えないで欲しい。
ずっと、傍にいて欲しい……。
そう思ったライアンは、必死に彼女の許へと走り、手を伸ばしました。
けど、ライアンは気づいていませんでした。
その後ろから、一人の黒い影が追いかけていたことに……。

「っ!? 危ないっ!!!」
「っ!?」

それに気づいたのは、白い人でした。
黒い影がライアンに伸びている事に気づいた彼女は、咄嗟にライアンを自分へと引き寄せました。
そして、ライアンはある異変に気づきました。
ライアンが白い人の身体に触れた途端、ライアンの腕が彼女の身体に吸い込まれたのです。
そして、そこから見る見るうちに彼女の身体が黒く淀んでいきました。

「ダメよ。これ以上、この子を縛ってはいけないわ」

そのことを知ってか知らずか、白い人はそう黒い影に向かって言いました。

「どうせいく場所は同じなのだから、先にいって待っていなさい」
「……………」

その優しい声に黒い影は、少し戸惑った様子を見せましたが、白い人の言葉に従うかのようにその場から消えました。
それを見て安堵したライアンでしたが、その視界はすぐに一変しました。
それは、ライアンを支えていた白い人が倒れたのにつられて、ライアンも花畑の上に倒れたからでした。

「おい! ………っ!!」

ライアンは、すぐさま起き上がり白い人に声をかけようとしましたが、何も言えなくなってしまいました。
さきほどまであんなにも綺麗だった白い人の身体は、徐々に黒く染まっていく姿を見てしまったからです。

(……俺の……せい?)

俺が触れたから?
だから、この人はこんな風になってしまった。
あの白いウサギのように……。
そう考えた瞬間、ライアンの頭には後悔しか浮かびませんでした。
そして、己の額に何か冷たいものが伝う感触にライアンは驚きました。

「……? …………水?」

周りは雨なんて降っていないのに、何で顔だけ濡れているのだろうか?
それを見た白い人は、ライアンの頬を優しく撫でました。

「……水?あぁ、違うわ。これは、なみだね」
(……なみだ?)

白い人が言うそれが何なのか、ライアンにはわかりませんでした。

「あなた、私を追いかけてきたの? 可愛い子……ありがとう」

そう言って白い人は優しくライアンを抱きしめてくれました。
だめだ。これ以上、この人に触れてはいけない。
そうわかっているのに、その温もりが心地よく離れることがライアンには出来ませんでした。

「なんだか少し〝あの子〟に似ているわね……」
(〝あの子〟)

さっきも言っていた〝あの子〟。

「私ね。ずっとずっと、大切な子を探して歩いてきたの。色々なパレットを自分の命を掻き雑ぜながら……」

彼女は、〝あの子〟を探してずっと彷徨っていた。
彼女の取って大切な〝あの子〟……。

「そうしていれば、いつか大切なあの子が見つかると思っていた……」

そう言う白い人の声は、徐々に震えていきます。

「でも、だめなのね。……何処にいるというの? 奪われた私の愛しい子」

そして、徐々に白い人の目にもなみだというものが零れ落ちていくのをライアンは見ていました。

「あいたい! あいたいのに!! ……あいたかったのに……っ!!」

その声だけで、白い人がとても悲しんでいる事をライアンは理解しました。

「……ねぇ、あなた、〝人〟にはなりたくないんでしょう?だから、逃げてきたんでしょう?」

そして、白い人は、ライアンに顔を近づけ、こう言葉を続けます。

「なら、私の全てをあげるから、だから……お願い。……わたしのかわりに――」

ライアンは、白い人のその言葉を最後まで聞き取る事ができませんでした。
白い人が言葉を言い終わる前に、彼女は黒く塗りつぶされてしまったからです。
そして、その瞬間、ライアンの意識も失ってしまうのでした。





* * *





(…………ここは?)

次にライアンが目を覚ました時は、彼一人だけで、あの白い人はいませんでした。

(……あれ?なんか……変だ?)

そして、ライアンは、自分の身に起こった異変に気がつきました。
小さな子供だったライアンの身体は、少しばかりか大きく成長していたのです。
さらに、ライアンの頭の中に様々な情報と記憶が流れ込んできました。
それは、あの白い人がこれまで知り得た情報と記憶だと、ライアンにはわかりました。
彼女は俺が暫くの間、〝人〟ならないように身体と生きる為の情報を与えてくれたんだと、ライアンは理解しました。
そして、その中には〝あの子〟の事も……。
彼女がずっと探していた真っ白で可愛らしい白い子。
俺とは真逆の子。
彼女が記憶していた〝あの子〟の表情は、とても乏しいものでしたが、笑みを浮かべた顔がとても可愛いとライアンは感じました。

(…………逢いてぇ)

こいつが笑った顔をもっと見てみたい。
そして、それこそがなにより彼女に託されたお願い事であるということをライアンは彼女の記憶から理解できました。

(…………行くか)

〝あの子〟の、コテツの許へ……。
そして、彼女の変わりに俺がお前のことを守ってやるよ……。
けど、同じ過ちを二度と犯さない。
コテツを彼女と同じように死なせない為に、あいつには決して近づかないようにしなければ……。
そう、心の中で近い、ライアンは、〝あの子〟の許へと向かったのです。
その時のライアンは、気付いていませんでした。
彼の耳に真っ白なピアスが付いていたことに……。








獅子虎小説 しろくろシリーズ第2話でした!!
突如思い出したかのように書き上げましたwww
今回は、ライアンと白い人との出会い、そして、ライアンがコテツに逢いに行く理由を描きました。
こうした、白い人との約束があったから、ライアンはコテツの許に現れたのでした。


H.31 4/5