シュテルンビルトのとある地下にある部屋に一つの人影が現れた。
人影はマスクに手をかけるとそれをゆっくりと外した。
そこから現れた白髪の髪を鬱陶しそうに男――ユーリは掻き上げた。

(…………鏑木虎徹。何故、あの場所に……?)

そして、ユーリは先程の出来事をふと思い返した。
己がまさに囚人を殺そうとボウガンを構えたその時、あの男――鏑木虎徹は姿を現し、それを阻止しようとした。
あの無駄のない動きは、まるでこうなる事を初めから知っていたようなそんな動きだった。
だが、彼の健闘の甲斐もなく、私は目的を果たし、囚人を抹殺する事ができた。

――――っ! やめろっ! ルナティック!!

ふと、頭に思い浮かんだのは、あの時の虎徹の姿だった。
必死に叫び、己の身を挺してまであの囚人を守ろうとしたあの姿。
あの声が今でも耳に残って離れない。
私の名を叫ぶあの声が……。

(…………? ちょっと、待て。何かがおかしい……)

私があの姿で虎徹に会ったのは、あれが初めてのはずなのだ。
なのに、何故だ?
何故、虎徹は私の名を呼べたのだ?
"精神異常"と、自分の事を皮肉めいたあの名を……。
そして、もう一つの違和感はあの男だ。
私が放った矢が虎徹に当たるか当たらないかという擦れ擦れのところで突如姿を現し、彼を抱きかかえたまま上空へと飛び立ったあの男だ。
光を全く通さないような漆黒の長髪に藍色と金色のオッドアイのあの男の姿を見た瞬間、まるですべての時が止まってしまったかのような錯覚に陥った。
そして、気付いた時には私はあの場にはおらず、全く別の場所に立っていたのだ。
決してあの男は一言も言葉を発していなかったが、私に向けたあの瞳は間違いなくこう言っていた。
『去れ。これは、私の物だ』っと……。
そう口で言われたわけではないのに、妙にイラついている自分がいる。
鏑木虎徹。そして、あの男……。
今後、さらに注意する必要が人物だろう。
そう、ユーリは秘かに想うのだった。






〜神様ゲーム〜








『さっきの事件で、あなたへの疑いは晴れたって』

ネイサンが運転する車が道路を疾走する中、車内にはアニエスの声が響いた。

「……じゃぁ、三人が焼き殺されたのと同一犯って事?」
『同じ場所で同じ殺され方……間違いないでしょ?』
「…………」

そんなネイサンとアニエスの会話を助手席で聞きながら、虎徹はアイパッチを外して、窓の外を眺めた。
頭に浮かぶのは、己の腕の中で息絶えている受刑者の姿だ。
結局、俺はまた助けられなかった。
俺が判断を誤らなければ、助けられたはずなのに……。
自然と両手に力が入っている事には、当の本人である虎徹は気付いておらず、そんな彼の姿をネイサンは心配そうに横目で見ていた。

「…………あれは、あんたのせいじゃないわ」
「…………」

アニエスとの通信を終わらせたネイサンが虎徹の心境を感じ取ったのかそう会話を切り出したが、それに虎徹はすぐには答えられなかった。

「あれは、あんたのせいじゃないわよ。あんたはやるだけの事はやってたじゃない。何もかも自分のせいにするんじゃないの。そういうとこ、あんたの悪い癖の一つよ」
「…………あぁ、そうだな。……悪ぃなぁ」
「…………」

さらにそう言葉を続けるネイサンに対して、虎徹はそう言うと笑って見せた。
だが、その笑みが酷く哀しそうにネイサンには見えた。

「あ〜〜っと、この辺でもういいわ」
「えっ? でも、あんたんち、この先でしょ?」
「いや……ちょっと、歩きてぇからさぁ……。頼むよ」
「…………」

虎徹の頼みにネイサンは仕方なく車を停車させた。
こんな状態である虎徹をこのまま独りにしておきたくはないが、あの琥珀の瞳に見つめられて頼まれたら断るに断れない。

「悪ぃなぁ……」
「……本当にここでいいの?」

ドアを開けて降車した後、虎徹がそう力なく言うと、ネイサンは車の窓を開けて心配そうにそう尋ねた。

「おう! じゃぁな!」
「……ねぇ! 今晩、添い寝してあげようか?」
「はっ?」

それに対して虎徹はそう答えるとそのまま歩き出す。
すると、突然ネイサンがそう言ってきたので思わず虎徹は足を止めた。
そう言えば、前の時にもこんな事を言われたような気がする。

「慰めてあげるわよぅ♪」
「あぁ……。お前の腕枕じゃ、硬過ぎるわ;」
「もぉう! 後悔しないでよっ!!」

ネイサンの言葉に虎徹は、手をヒラヒラと振りながら歩いていく。
それを聞いたネイサンは、そう言うとクラクションを鳴らして車を出した。

(…………結局、何も話してくれなかったわね、あの子は……)

刑務所で見せたあの姿は、見ているこっちが辛くなる程、タイガーは受刑者の死を悼んでいた。
助けてやる事ができなかったっと、酷く自分の事を責めていた彼の姿をとても見ていられなかった。
だが、タイガーがその事だけに哀しんでいるようには何故か見えなかった。
あたしの知らない、もっと別の何かにも哀しんでいるようにも映った。
それが何なのかあたしには見当もつかない。
タイガーは他のヒーロー達の誰よりも光り輝いている。
それは、地位や名誉うというものではなく、心その物がだ。
誰に対しても優しく、暖かな笑みで包み込んでしまうタイガー。
その光が優しく、暖かな分、反面それに魅かれ、穢そうとするものが現れる。
それが、彼自身抱える闇をさらに深い物へと変えていくという事も……。
せめてその闇を少しでも取り除いてやりたいと思っていたが、今回はそれに失敗してしまったようだ。
悔しいが、もうそれができるのは、あのハンサムしかいないかもしれない。
だからこそ、余計に腹が立つ。
タイガーに対するハンサムの態度が……。
タイガーを傷付けるしかできないあの行動が……。

(……そう言えばあの車、急にいなくなったわね)

ふと、バックミラーに目を向け後ろを確認すると、そこには車の姿は1台も見当たらなかった。
だが、先程までは一台のトラックが、後ろを付いて走行していたのだ。
タイガーはあんな状態だったからおそらく気付いてはいなかったと思うけど、あれはあたし達が車に乗ってからずっと付いて来ていたのだ。
それが、今は姿形すらないのだ。
自分の単なる思い過ごしだったかもしれないが、どうも妙に引っ掛かってしまった。
タイガーが車から降りた瞬間から見えなくなったあのトラックが……。

(…………思い過ごしかもしれないけど、念の為にね)

そう思ったネイサンはハンドルを回すと、元来た道を引き返して虎徹の姿を捜すのだった。





















(はぁ……。俺は結局、何やってたんだよ…………)

粉雪がぱらつく中、虎徹は近くの建物に背を預けて、ただぼんやりと空を眺めていた。
粉雪だが、身体に当たるとヒンヤリと冷たかった。

――――…………あれは、あんたのせいじゃないわ。

そう言ってネイサンは俺を慰めてくれた。
けど、違うんだよ、ネイサン。
あれは、全部俺のせいなんだよ。
俺は、あの人がああなる事を知っていたんだ。
わかっていたのに、それを防ぐ事ができなかったんだよ。
俺がもっとちゃんと動いていればこんな事には……。

『あれは、お前のせいじゃない』

その声に虎徹は視線を変えるとそこにはいつの間にか具現化したのか、クロノスの姿があった。

『あれは、天命に従ったまでの事だ。あの場でお前がどう動いていたとしても決して助からなかったさ』
「けど、あの時――」
『これで少しはわかったはずだ。お前が壊そうとしているものが、いかに困難なものかを』
「!!」

クロノスの言葉に虎徹が口を開こうとするとクロノスはさらにそう言った。
それを聞いた虎徹は口を閉じ、瞠目した。
俺が壊そうとしているもの。
壊したいと思っているもの、それは己の運命だ。
己の運命を変えて、この街を、楓やバニーを助けたいのだ。
こいつはその事を言っているのだと、虎徹にはすぐに理解した。

『わかったなら、さっさと諦めて私の物になれ。それが、お前自身の為だ』
「! 冗談じゃねぇ! 誰が諦めたりするかよっ! ぜってぇ、変えてやるっ!!」
『今のお前がどう足掻いたって、それは不可能だ』
「っ!!」

心無いクロノスの言葉が虎徹の心にグサリと突き刺さる。

『…………まぁ、こっちは気長に待つだけだ。ギブアップするなら、さっさと言えよ。折角手に入れても壊れていたら、つまらないのだからな』

その虎徹の心境を知ってか知らずか、クロノスはフッと笑みを浮かべてそう言うと、再び姿を晦ました。
その為、その場には再び虎徹だけとなった。

「…………そんな事、言われなくたってわかってるよっ……」

己の運命を変える事が難しい事なんて……。
だからと言って、そう簡単に諦められるわけがない。
俺が諦めてしまったら、誰も救えなくなってしまうのだ。
失いたくない。もう誰も……。

「…………つーか、寒ぃなぁ」

さすがに身体が冷えてきたと感じた虎徹はそろそろ家路に着こうと思い、建物に預けていた背中を離し、歩き出す。

「!!」

その途端、右腕に嵌めたPDAが突如鳴った為、虎徹は思わず足を止めた。
そこから浮かび上がった三次元モニターに浮かんだのは『バーナビー』の文字だ。

(バニー…………?)

こんな時間に一体どうしたんだろう?
正直、今通信に出ても上手く笑えるか自信はない。
だが、いくら待っても鳴り止みそうにないそれを見て虎徹は仕方なく通信をオンにした。

『……ちょっと、僕を待たせるなんて、貴方は何回僕の時間を無駄にすれば気が済むんですか』

すると、その途端現れたのは、何とも不機嫌そうに眉間の皺を寄せたハンサムな顔だった。

「あ〜〜〜、悪ぃ。ちょっと、立て込んでてな;」

それを見た虎徹は何とか笑みを作ってそう答えた。

「それにしても、どうしたんだよ? バニーちゃんから連絡くれるなんて珍しいじゃん?」
『…………貴方、僕の携帯に悪戯しましたよね? 金輪際、こういうくだらない事はやめてください』
「…………あ〜〜、そう言えば……そんな事した様な。…………悪かったなぁ……」
『…………』

バーナビーの言葉に虎徹は昼間の己の行動を思い出し、そう言った。
それを聞いたバーナビーは違和感を感じたのか、眉を顰めた。

『……おじさん。……何かありましたか?』
「へぇ? べっ、別に……何もねぇけど?」
『本当に……ですか? 今の貴方、無理して笑っているように見えますが?』
「!!」

そのバーナビーの指摘に虎徹は思わず瞠目した。
自分では上手く笑えていたつもりだったが、今のバニーにそれを指摘されてしまうくらい、今の俺の表情は酷い物なのだろう。

「…………本当、情けねぇな、俺って」
『おじさん……?』
「本当、何でもねぇよ。今はちょっと……上手く笑えねぇけど……明日になったら、いつも通り笑うからさぁ」
『…………』

そうだ。何いつまでも落ち込んでいるんだよ、鏑木虎徹。
いつまでもこうしてウジウジしていても何も変わんねぇじゃんか。
そんな事している暇があったら、考えろ!
己のの運命を変えて、楓やバニー達を救う方法を……。
不思議とさっきまであった暗い気持ちが、バニーと話した事で少しだけ晴れた気がした。
バニーの声を聞いただけで、頑張ろうと思えた。
そんな事は、当の本人にはわからないだろうけど、ちゃんとお礼は言った方がいいかもしれねぇなぁ。
けど、俺が突然お礼とか言ったら、「言っている意味がよくわかりません」っと言って眉間に皺が寄るバニーの顔が安易に想像できた。
それを想像しただけでもちょっと楽しかった。
そんな事を虎徹が考えている間、バニーは何も言わずにただただ虎徹の顔を見つめていた。

『…………あの……おじ……! おじさん! 後ろっ!!』
「えっ? …………がぁっ!!」

そして、バーナビーが何か言おうと口を開いた瞬間、バーナビーは慌てたようにそう叫んだ。
その声に虎徹は振り返ったが、もう遅かった。
黒い魔の手が音も立てずに虎徹へと忍び寄っていた事に気付くには……。
























神様シリーズ第3章第5話でした!!
虎徹さんマジ凹みタイム中。そんなに自分を責めなくてもいいのになぁ。
ネイサンの慰めも効果なく、トキの言葉にさらに傷付く虎徹さん。
トキは虎徹さんを慰めたいのか傷付けたいのかわかんないですね;
そして、虎徹さんの身に一体何が!?


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