「待機?」 ダウンタウン地区の海沿いにある教会付近の高架道路にダブルチェイサーを停止させたバーナビーは思わず聞き返した。 それに対して虎徹は冷静に頷く。 「あぁ」 「待機ってどういうことですか!? アジトはすぐにそこなんでしょ!?」 「俺だって……わかんねぇよ。とりあえず『待機』しろって」 「……くそっ!!」 「…………」 すぐそこに犯人がいるかもしれないのに……。 現場を前に待機を命じられた歯がゆさ故に、バーナビーは思わずチェイサーのボディを叩いた。 そんなバーナビーの姿を虎徹はただ静かに見つめるのだった。 〜神様ゲーム〜 『教会に潜む犯人はわかってるだけで五名。重火器を所持している可能性もあるし、NEXTもいるかもしれない。気を付けてね』 フェイスシールドのモニターからそうアニエスの声が聞こえてくる。 『既に警察は万一に備えてアジト周辺の幹線道路を全て封鎖中。いい? 警察が漸く突き止めた犯罪組織よ。ヒーローTVのメンツに賭けても、絶対に取り逃がしは許されない。でも、よく言えば……ポイントを一気に稼ぐ絶好のチャンスよ』 「だそうだ。よかったな」 「…………」 アニエスの言葉にも虎徹の言葉にもバーナビーは何の反応もせず、ただ遠くに見える教会を並んで眺めていた。 「ポイントどころじゃねぇか……」 そんなバーナビーの様子を見て虎徹は肩を竦めた。 そして、次にどんな言葉をかけるべきか虎徹は思考を巡らせた。 この犯罪組織は、ウロボロスではないし、ルナティックもその一員ではないのだ。 けど、俺が変に言ってバニーを期待させるわけにはいかない。 かと言って、この後ルナティックは必ず現れるのだ。 「…………あの青い炎のNEXT……また、現れるかもなぁ」 「!? どうして、そう思うんですか?」 虎徹の言葉にバーナビーは驚いたように振り向いた。 「犯罪者ばかり消されてんだ。今回だって、また、現れるかもしれないだろ?」 「……つまり、あいつはウロボロスの一員で、組織の口封じ役だと?」 「いや。それは違うだろ」 「! どうしてですか!?」 虎徹との会話で徐々にバーナビーは落ち着きを取り戻していくが、虎徹のその言葉にまた興奮状態になる。 「確かに消された奴は犯罪者ばかりだが、そいつら全員にあのタトゥーがあったとは限らねぇだろ? それに、何よりあのアジトがウロボロスと決まったわけじゃない。それを確認する為にも奴らをちゃんと捕まえねぇと。……違うか?」 「……そう……ですよね。……まさか、おじさんがそこまで考えていたとは……」 「一言余計だっつーの! ……まぁ、お前の境遇には同情する。逸る気持ちもわかる。けど、『仕事は仕事』だぞ」 「……わかってますよ。同情は結構です! 『仕事は仕事』ですから」 「可愛くねぇのは、相変わらずだなぁ;」 バーナビーの言葉に虎徹は苦笑し、真っ直ぐ前を見据える。 ――――……いいのか、虎徹? このままだと、またあいつが動くぞ? (……んなこと、言われなくてもわかってるよ! けど……) ここでバーナビーとの会話が終わることを見越していたのか、クロノスがちょうどいいタイミングで虎徹に話しかける。 それに対して虎徹は、歯切れの悪い返事を返す。 わかっている。このままだと、ルナティックにまたあのアジトが襲撃されることなんて……。 けど、今ここで動けばバニーはおろか、アニエス達にも怪しまれるだろう。 正直、動きたくても動けねぇ。 一体、どうしたらいいって言うんだよ……。 ――――……虎徹。お前さぁ……。 そんな様子を見てクロノスは言葉を続けた。 ――――……お前、本当は何がしたいんだ? 「!!」 そのクロノスの言葉に驚いたのと、教会の窓が爆発し、中から青い炎が噴き出したのはほぼ同時だった。 『何!?』 『おい、一体どうなってんだよ!?』 『もしかして……!』 「……バニー。……あっちは、お前に一旦任せるわ」 「……えっ? おっ、おじさん! ……っ!!」 続々と教会に向けて青い炎の矢が放たれていき、教会は爆発音と共に青く炎上し始める。 その事態に待機していたヒーロー達は戸惑いを隠せないでいる。 そんな中、虎徹は静かにとある方向を指さしてそう言うと一直線に走り出した。 バーナビーは、虎徹を止めようとしたが、それを途中で止めた。 それは、虎徹が指差していた報告に何があるのか気付いたからだ。 そこにあったのは、一つの影。 鉄骨で組まれた鉄塔の頂上に揺らめくその陰の右手にはボウガンが握られていた。 間違いない。あれは、あの時爆弾犯を殺したNEXTだった。 「ハアァァァーーー!!」 バーナビーは叫び声と共にNEXT能力を発動させ、鉄塔へとジャンプし、その影を追いかけるのだった。 ――――……ユーリはさぁ……運命とか、信じちゃうタイプなの? ふと、思い出したのは、あの時の病室での彼との会話だった。 ――――もし、これからやることがすべて決められていることだって知ったら、ユーリならどうするんだ? 酷く弱っていた彼の言葉は、いつもの彼から想像できないような内容だったので、はっきりと覚えている。 そして、何よりその時の彼が儚げな存在に見えてしまった。 ここで掛ける言葉を間違えてしまえば、彼という存在そのものが消えてしまうのではないかと錯覚してしまうくらいに……。 そう思ったユーリは慎重に言葉を選びながらも己の考えを伝えた。 それを聞いた彼は少し驚いた表情を浮かべたのをよく覚えている。 正直、あの言葉で彼を救えたなどとは思っていない。 私はそれ以上に彼の心を傷付けてしまっているのだ。 刑務所、そして立体駐車場での犯罪者への罪の執行を彼の目の前で行った。 そして、ヒーローでありながらそれを阻止できなかったことを誰よりも後悔している。 犯罪者を救えなかったのは、決して彼のせいではないというのに……。 寧ろ奴らなど死んで当然なのだ。 特にあの爆弾犯は……。 あの爆弾犯の姿を見たとき、何とも言えない感情が沸き上がってきた。 何故、そんな感情が沸き上がってきたのかはわからないが……。 とにかく、私自身の感情などはこの際はどうでもいい。 私は、私のやり方で彼に伝えなくては、いけないのだ。 「救う事も裁く事も出来ない、哀れなヒーロー達よ」 自分を追いかけてくるヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.の攻撃を躱し、そうユーリ――ルナティックは、口を開く。 「まだ、己の愚かさに気付かないというのか?」 ルナティックの声を聞きながらヒーロー達は尚も愚かな犯罪者達を救出しようと教会の消火活動を続けている。 その中には、彼の姿もあった。 教会から救出した犯罪者の男に対して、彼は必死に心臓マッサージを施している。 「そんな諸君らに本当の正義を教えてあげようじゃないか」 お前たちのやり方では、甘いのだ。 それでは、誰も救われない。 命に対して、命で償うべきなのだ。 それを彼らたちにわからせねば……。 「ハァ、ハァ、ハァ……」 すると、何処からか声が聞こえてきたので、ルナティックはその方向に視線を向けると、そこにはビルの外壁をぶち抜き、滅茶苦茶になった建物内で肩を息をするバーナビーの姿があった。 そして、NEXT能力の発動時間が既に終わっているのか、ヒーロースーツはもう発光していなかった。 「どうした? もうショーは終わりか?」 「……お前は、ウロボロスなのか!?」 「…………」 そんなバーナビーの許にルナティックは、余裕たっぷりの様子で降り立つとその言葉を放つ。 それを聞いたバーナビーは俯いたままルナティックに問いかけた。 だが、その問いにルナティックはすぐさま答えなかった。 ウロボロス。 バーナビーが言うそれが何なのか、ルナティックは知らなかったから……。 「答えろ!!」 「だったら、どうする? ……捕まえてスーツを剥いでみるか? それとも今すぐ八つ裂きにするか?」 「っ! 貴様っ!?」 だから、ルナティックは敢えてお道化て見せた。 すると、バーナビーは案の定、怒りに任せて殴りかかってきた。 「はあぁっ!」 「実にわかりやすく、明確な答えだ」 「ん!?」 その攻撃をルナティックはあっさりと躱す。 冷静な判断のできないバーナビーの攻撃は単調そのものである。 そして、そのまま空中ですれ違うバーナビーにそう言葉を放つと、ルナティックはバーナビーから離れた。 そのルナティックの動きにバーナビーはルナティックの姿を見失い、辺りを見渡した。 「安心したまえ。君に限らずヒーローの正義など所詮その程度……偽りの正義だ」 「!!」 バーナビーが次にルナティックの姿を捉えた時、ルナティックはそう言いながらマントを脱いでいた。 「私の名は、ルナティック。私は私の正義で動く」 「!!」 そう言い、ルナティックは目に青い炎を揺らめかせる。 そして、そのままボウガンでバーナビーへと狙いを定めた。 この距離なら、外しはしない。 ルナティックはゆっくりとボウガンの引き金を引いた。 「!!」 だが、そのボウガンがバーナビーに当たることはなかった。 一瞬の静寂の後、ルナティックのボウガンは地面を突き刺さったのだ。 そして、その右手首にはワイヤーが巻き付かれた。 「捕まえたぞ、このサイコ野郎!」 その声にルナティックは視線を変えると隣のビルに彼の姿があった。 「お前のやっていることは、正義でも何でもねぇ! ただの人殺しだっ!!」 (ワイルドタイガー……) 自分の事を人殺し呼ばわりされたはずなのに、ルナティックはマスクの下で笑みを浮かべていたのだった。 神様シリーズ第3章第16話でした!! 虎徹さんとバニーちゃんとの会話。 この時、ルナティックが虎徹さんのことを考えて動いてくれてたらいいなぁ、という願望を入れて書きました! あと、何気にトキがいいことを言いましたよwww H.30 9/30 次へ |