「…………なぁ……もう充分だろ?」

マリーナで若い女の子達に囲まれてバーナビーが、一緒に写真を撮っている姿を少し離れたところから見ていた虎徹がアニエスに言った。
そろそろ、例の場所に行かねぇとあいつと鉢合わせできなくなる。

「OK。そろそろ日が暮れて来たし、移動しましょう」
「まだ、あんのかよ……」

次の行き先がわかっているのに虎徹は敢えて不満そうにそう言った。

「次はフォートレスタワービルよ。新名所のPRも兼ねろって、上からのお達しなの」
(ついにか……)

ついに、虎徹は本日の事件の舞台となるフォートレスタワービルへと向かうことになるのだった。






〜神様ゲーム〜








「おおっ! やっぱ、カッコいいなぁ〜、Mr.レジェンド♪」

フォートレスタワービルのエントランスに虎徹は誰より早く入ると、エントランスに飾られたレジェント像を見て子供のように目を輝かせた。
やっぱり、何度見ても惚れ惚れとする。

「さっさと行くわよ」
「えっ!? スルーなの!?」

虎徹とは対照的にアニエス達は、先を急ぐように銅像の横を通り過ぎて行き、虎徹は慌ててそれを追いかける。

「なぁなぁ、もっとこれ取った方がいいんじゃない? ここのPRなんだろ?」

名残惜しそうにそう言う虎徹の言葉を完全に無視し、アニエス達はエレベーターホールへと向かいエレベーターのボタンを押した。
しかし、エレベーターのボタンのランプは付かず、エレベーターは作動しなかった。

「故障かしら……もうっ!」
(よかった。どうやら間に合ったか……)

イライラしたようにアニエスがボタンを連打するのを見て、虎徹は安堵し、身を引き締めた。
その直後、突然エレベーターのドアが開き、中から作業服を着た男が出て来て歩いていく。

「……おい。乗っていいのか?」
「あぁ。修理は終わったよ」

虎徹がそう声をかけると、作業員の男はあの時と同じように振り返ってそう言った。
その言葉に虎徹は眉を顰めた。

「修理? 出来たばっかだろ? ここ」
「……あぁ、何てことないよ。ケーブルに油を差したぐらいだ」
「…………とか言って、本当は爆弾とか仕掛けてたりして♪」
「!?」

おどけてそう言った虎徹の言葉に作業員の男は激しく動揺した。

「な〜んてな♪ そんな物騒な事、するわけないよなぁ♪」

その表情を見た虎徹は満面の笑みを浮かべてからそう言うと、作業員の男の肩にそっと手を置いた。

「……じゃぁ、最後にもう一つだけ質問な♪ …………最後に残った上下の導線、生き残る為だったら、お前はどっちを切る?」

虎徹の何処までも静かで冷たい瞳に作業員の男の背筋は凍り付く。

「……お前、……なぜ、それを……!」
「悪いが、質問をしているのは、俺の方だ。上か下か。最後に切るのはどっちだ? 答えろ」
「…………っ!」

作業員の男の言葉に対して虎徹は、彼にしか聞こえない声で呻るようにそう言い、鋭い眼差しを向けた。
それは、まさに野生の虎そのものだった。
本当の事を話さなければ、喉を掻き切られてしまうのではないかという衝動に駆られてしまうくらいだ。
その為、作業員の男はゆっくりと渇いた口を開こうとした。

「ちょっと! 何やってんの! さっさと行くわよっ!!」
「だあっ!?」
「!?」

突如、虎徹の背後から怒鳴り声が聞こえたかと思った瞬間、虎徹はアニエスにシャツの襟元を掴まれ、そのままエレベーターへと連行される。

「ちょっと待てって! まだ話が――」
「うるさいわねっ! これで最後なんだから、ちょっとくらい我慢しなさいよっ!!」

虎徹の言葉にアニエスは一切耳を貸すことなく、そのままエレベーターのドアを閉めてしまった。

(何てことしてくれるんだよっ! 折角のチャンスが……;)

折角、あの爆弾野郎を捕まえて、最後の切る導線がどっちだったなのか聞き出せそうだったのに……。
そんな事をアニエスに文句を言いたくなる気持ちを虎徹はグッと抑える。
アニエスは、あの野郎が爆弾を仕掛けた事なんて知らないのだから、俺に対する行動は仕方のない事なのだ。
結局、俺はまたあの時みたいにハラハラしないといけないという事なのかよ……。

――――残念だったなぁ、虎徹♪


(……お前、それ全然思ってねぇだろ;)
――――あっ、やっぱりバレた? 賢いなぁ。虎徹は♪


(お前のそれ、嫌味にしか聞こえねぇよっ!!)

虎徹を弄って楽しみクロノスに対して虎徹は心の中でそう叫ぶのだった。





















フォートレスタワービルの最上階にある展望カフェ。
遠巻きにウェイトレス達がバーナビーを見ている事に気付いているバーナビーは、周りを意識して髪を掻き上げた。
その途端、遠くのウェイトレス達の黄色い声が湧く。

「…………お前、そういうの疲れない?」
「何がですか?」

それを見兼ねた虎徹が思わずそう訊くとバーナビーは不思議そうな表情を浮かべた。
すると、虎徹達のテーブルに一人のウェイトレスが近づいてきた。

「あっ、あの。握手してもらってもいいですか?」
「えぇ。構いませんよ」

ウェイトレスの言葉にバーナビーは、嫌な顔一つせずに手を差し出すと、ニコリと微笑んで握手をした。

「キャー! ありがとうとざいますっ!!」

それに対してウェイトレスは舞い上がって、その場から離れていった。

「はぁ〜。そういうのだよ……;」
「別に。全て仕事ですから」
「そうかよ……」

バーナビーの言葉に何処か苛立ったようにそう言うと虎徹は視線を窓へと移した。
別にバーナビーの言葉に本当に苛立ったわけじゃない。
俺の今の行動に制限されている事に苛立っているのだ。
本当だったら今すぐにでもここにいる市民を避難させてやりたかった。
だが、今変に動けば市民に不安を煽るだけに過ぎない。
何故、あの時爆弾野郎をさっさと捕まえていなかったのか、と後悔してならなかった。
だから、今は待つしかない。
あの時響いたサイレンの音を……。
それが凄く長く感じて、虎徹は自然と溜め息をついていた。

「……ねぇ、先輩」

それを見ていたバーナビーが突然、あの時同様に爽やかな声で虎徹に声をかけた。

「何だよ……?」

それに対して虎徹は何処か嫌な予感を感じつつも応える。
また、あの時みたいにこの夜景に見えるビルが何なのかという嫌味な質問でもするのだろうと……。

「…………先輩は……どうして、ヒーローになろうと思ったんですか?」
「えっ……?」

だが、実際にバーナビーが質問してきた内容はその予想とは反したものだった為、虎徹は目を丸くした。

「……なんで、そんなこと訊くんだよ?」
「ちょっとした、興味本意ですよ。この前言ってましたよね? Mr.レジェンドに『その力は人を助ける為にあるんだ』と言われたと。それが、きっかけでヒーローになったのですか?」
「…………まぁな」

バーナビーの言葉に虎徹はそう言うと、静かに息を吐いた。

「…………俺がNEXT能力に目覚めたのは……小学生の頃でさぁ。……そのせいでクラスの奴らにいじめられて、誰にも言えずに悩んでいた時期があったんだよ」
「? ……どうして両親に相談しなかったのですか?」

虎徹の言葉を聞いたバーナビーは不思議そうに首を傾げた。
二歳の頃からNEXT能力に目覚めていたバーナビーには、虎徹の行動がわからなかったのだろう。

「言えなかったのは……親に迷惑をかけたくなかったんだよ」

そんなバーナビーを見た虎徹は静かに笑ってそう言った。

「……俺の事を大切にしてくれている母ちゃんに心配かけたくなかったんだ。……それに、いじめられてるって知られたら『そんな子に育てた覚えはない』とか言われて嫌われるんじゃ、捨てられるんじゃないかって不安にもなったんだよ。……NEXTだってことが余計それを感じたさせたかもな」
「…………」
「けどあの日、銀行強盗の事件に巻き込まれた俺は恐怖で力を発動させちまってさぁ……。そんな俺に、レジェンドはあの言葉をかけてくれて優しく手を差し伸べてくれたんだ」
――――その力は人を守る為にあるんだよ。

人を傷付けるだけの力と思っていたこの力をあの人はそう言ってくれた。

――――君のおかげで助かった。これで君もヒーローだ!

俺は生きていい存在なんだと誰かに初めて認めてもらえたような気がして嬉しかった。

「レジェンドのその言葉があったから、俺は勇気を出して事件の後、母ちゃんに俺がNEXTである事も、そのせいでいじめに遭っている事も打ち明けたんだ」
「…………その時の……彼女の反応は……?」
「す〜っげぇ大泣きされたよ。『気付いてあげられなくてご、ごめんね』って言われた。それを聞いた時、もっと早く言えていれば、あんな風に母ちゃんを泣かせずに済んだのかなぁって、すげぇ後悔したことを覚えている」

真実を打ち上げた後、母の表情が見るのが怖くて暫く俯いていた。
しかし、いくら待っても母からの言葉はか降って来ず、不思議に思って恐る恐る顔を上げるとそこにあったのは大粒の涙を流している母の姿だった。
それを見て困惑する虎徹に対して、母は虎徹の事を優しく抱きしめると何度も何度も虎徹に謝ったのだ。
その時、虎徹は己の考えの愚かさに改めて気付かされた。
こんな風に俺の為に泣いてくれる母が、俺の事を嫌いになる筈なんてない。
況して俺を捨てる事なんてない事を……。
その後、兄貴にも凄く怒られたこともよく覚えている。
いじめの真実を知った兄貴が色々と陰で動いてくれたおかげで、俺はいじめられなくなった。
その時兄貴に『一体何をしたんだ?』と訊いてみたことがあったが、兄貴は笑みを浮かべるだけで俺には何も喋ってくれなかったが……。

「……だから、この力で大切な人や誰かを守れるようになりたいと思った。それで、俺はヒーローになったんだよ」

誰かを傷付けるのではなく、誰かの笑顔を守れるようになりたい。
俺にはそれができる事をレジェンドが教えてくれたから……。

「…………」
「あ゛っ、悪ぃ; こんな話、やっぱつまんなかったよなぁ;」
「あっ、いえ、そういうわけじゃ……」

バーナビーの表情を見た虎徹は苦笑してそう言った。
それに対して、バーナビーは少し慌てたように言う。

「いいんだよ、別に。俺だって、こんな話つまんねぇと思うし……」
「そっ、そんなことは……少し驚いただけですから……」

ただ、Mr.レジェンドに憧れていただけだと思っていたのに……。
こんなにもこの男が暗い過去を抱えていたなんて思いもしなかった。
なのに、何故この男はこの話をつまらない話だと言って笑えるのだろうか?
僕だったら、笑えないし、況してや人に話す事なんてできないだろう。
それに、この男はあんな目に遭ったというのに、それでも尚誰かを守りたいと何故思えるのだろうか?
この男の事を少しでも理解してみたいと思って質問してみたが、ますますわからなくなってしまった。

「あの――――」

そうバーナビーが口を開いた時、辺りにサイレンの音が響き渡り、彼の言葉を掻き消した。
そして、それが今夜の事件の始まりの合図になるのだった。
























神様シリーズ第2章第4話でした!!
虎徹さんが頑張って最後の導線を聞き出そうとしましたが見事にアニエスは邪魔されました;
そして、バニーちゃんとのやりとりでは、虎徹さんに幼少時代の思い出を語ってもらいました。
虎徹さんはきっとこういう過去を乗り越えて今も笑っているだろうなぁと思いつつ、書いてみました。
そして、村正さんは何気にブラコンを発揮!一体何をしたかはご想像にお任せします♪


H.25 7/1



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