「毎年ありがとございます」

自宅の大型モニターを使ってバーナビーはテレビ電話をしていた。
そのモニターに映し出されていた相手はサマンサである。

『いいえ。メイドとして今、できる事と言ったら、ケーキを焼く事ぐらいですから』

そう言ってサマンサは優しく微笑んだ。
バーナビーは、素朴なパウンドケーキを見つめるとそのまま瞳を閉じた。
瞼に映ったのは、リビングでパウンドケーキを美味しそうに頬張る幼い頃の自分を嬉しそうに見守るサマンサの姿だった。

――――これからも、誕生日には必ずケーキを贈ってあげますからね。
――――ありがとう、サマンサ!

幼い頃に約束した事を彼女は二十年経った今でも守っていてくれているのだ。

『そう言えば、今年は誰かと一緒に過ごさないのですか?』
「いえ、特にそんな予定は……。どうしてですか?」

突然サマンサが何故そんな事を尋ねてきたのかわからず、バーナビーは不思議そうに訊いた。

『今年はタイガーさんと一緒に過ごされるのかと思ったもので。……あの人、坊ちゃんの事、凄く大切に思っていてくれているようですし』
「……そんな事ないですよ。あの人はただお節介なだけです…………」

そう、あの男はただお節介なだけ。
僕の事なんて……。

『坊ちゃん?』
「あっ、すみません…………」

自分が物思いにふけてしまっている事にサマンサの声で気付き、バーナビーは我に返った。

『……大丈夫ですよ。あの人なら、坊ちゃんの事、きっとわかってくれますから。少しだけ心を開いてみたらどうですか?』
「…………」

そのサマンサの言葉にバーナビーは素直に頷く事ができなかった。

『…………では、良いお誕生日を』

その事を最初からわかっていたのか、サマンサは苦笑雑じりでそう言うと電話を切った。
真っ黒になったモニターをバーナビーは暫く呆然と眺めていた。
あんな男に心を開く必要なんてない。
僕はこれからも独りで生きていくのだから……。
そんな事を考えていると、バーナビーのPDAが鳴った。
それに出ると浮かび上がったのは、いつもとは違って真剣な表情のあの男の顔だった。

『大変だ。大事件なんだ! 今すぐ来てくれっ!!』
「?」

それを不思議に感じつつも、バーナビーは虎徹に言われた通り、ショッピング街へと足を運ぶのだった。






〜神様ゲーム〜








「おーう、来たか!」

ショッピング街に現れたバーナビーに虎徹は、手を上げてバーナビに声をかけた。
それに気付いたバーナビーは小走りで近づいた。

「何ですか、事件って?」
「お前を呼んだのは他でもない。どうやらこの辺に窃盗団が潜んでいるらしいんだ。一緒に捕まえないか?」

バーナビーの問いに虎徹は練習した通りの台詞を言うとバーナビーの肩に手を置いた。

「お断りします」
(あ゛っ、やっぱり……;)

すると、バーナビーはあの時同様、虎徹の手を振り払うとバッサリとそう言った。
予想通りのバーナビーの行動に虎徹は苦笑した。

「はは。やっぱ、ダメか;」
「当たり前ですよ。どうせ、そんな事じゃないかと思いましたよ。そう言う事は、本部の連絡があってから――」

バーナビーが虎徹にそう説教をしていたところに練習通りに覆面を被ったアントニオが現れ、虎徹にぶつかる。

「いっ!」
「スリだっ!」

そう虎徹は叫んだが、あの時と同じように虎徹の服にバックが引っ掛かり、二人は身動きが取れなくなった。

「(何やってんだよ;)」
「(引っ掛かっちゃって;)」
「(早く行けよ!)」
「(だってよぉ;)」
「お知り合いですか?」
「いや、違う違う!!」

ヒソヒソ話をする虎徹とアントニオにバーナビーがそう問いかけると虎徹はそうはっきりと否定した。
その途端、バックがやっと虎徹の服から外れたのか、アントニオはバックを持って逃走する。

「あっ! 逃げやがったな、窃盗犯めっ! 追いかけるの手伝ってくれっ!」
「嫌です」
「頼むから行こうぜ! …………あっ!!」
「きゃっ!!」

乗り気ではないバーナビーの手首を掴んだまま、虎徹は目を向いて進もうとした。
だが、あの時同様、ショッピングカートを押して移動中の少女にぶつかってしまった。
その途端、カートが乱れ、地面に食品などの荷物が散乱する。

「あぁ……」
「あっ! すみません……;」

それを見た虎徹は、すぐさま散らばった物を拾い上げる。
そんな虎徹の行動にバーナビーは呆れたように溜め息をつくと、腰に手を当てて虎徹に手を貸すことなく、ただ見ているだけだった。

「…………あの、完全に犯人見失ってますけど」
「えっ!」

バーナビーの言葉にハッと我に返った虎徹がふと顔を上げると、見渡す先にアントニオの姿はなかった。

「あぁ……」

また、やってしまった。
今度こそ、このサプライズを成功させてから、事件を解決させたかったのに……。
そう思った虎徹は、ガックリと項垂れるのだった。





















「……もう見つかりませんって」

人影のない路地裏を歩きながら、バーナビーは溜め息をつくとそう虎徹に言った。

「そんな事ねぇよ! 何処かに必ず……」

そんなバーナビーに対して虎徹は、そう言うと辺りを見回す。
必ずここにいるはずなのだ。
あの『ヘラクレスの涙』を強奪した窃盗犯が……。

「おっ! 見つけたぞっ!!」
「んっ!?」

すると、前方に小太りの男――ポーリーの姿を捉えた虎徹は思わず声を上げた。
その声にポーリーは、驚いたように肩を震わせた。

「おいっ! お前だな! 窃盗犯の親分は!!」
「…………何故、わかった?」
「何故? ……って、言われても困るんだけど;」

ポーリーに指を指してそう言った虎徹に対して、ポーリーはゆっくりと振り返るとそう返した。
その返しに正直、虎徹は困った。
以前に同じ事を経験していて、こうなる事を初めからわかっていたなんて事は口が裂けても言えないのだから……。

「貴様ら何者だ?」
「バーナビー」

サングラスの下から様子を窺うようにしてそう言ったポーリーに対して、バーナビーは一歩前に出てそう告げた。

「僕は、バーナビー・ブルックスJr.。この名前に聞き覚えはありませんか?」
「! まさか、ヒーロー……!?」

バーナビーの言葉にポーリーの顔色は明らかに変わった。

「諦めて投降しなさい。……じゃ、僕はここで」
「ええっ? 何で!?」
「ヒーローを前にして逃げないでしょ? もう解決じゃないですか」
「ちょっ、待てって!」

その場を立ち去ろうとするバーナビーを何とか引き止めようと虎徹はバーナビーの腕を掴んだ。

「もういいでしょっ! ここまで付き合ってあげただけでも、感謝してもらいたいくらいですよっ!!」
「っ!!」

だが、バーナビーはそんな虎徹の手を乱暴に振り払うとそう吐き捨てた。
その言葉に虎徹は胸がチクリと痛むのを感じた。

「手を上げなっ!」
「「!!」」

この声に虎徹とバーナビーは振り向くとそこには、覆面をして全身タイツ姿の凸凹コンビ、カリーナとネイサンが銃口を向けて立っていた。

「あ゛っ; やばい……;」

それを見た虎徹は演技ではなく、本心からそう言った。
あの時は、ポーリーをキースだと思っていたから何とも思わなかったが、この状況は結構ヤバいんじゃないかと虎徹は今更ながら思った。
奴は、本物の銃を持っている。
そして、その事実を知っているのは、虎徹だけなのだ。
その事を彼らに何とかして伝えなければ、バニー達の身が危ない。

「うちの親ビンに酷い事言ってくれるじゃないか。……クズ野郎だなんて」
「そんな事、誰も言ってませんけど」
「えっ?」
「そうなの?」

ネイサンの言葉にバーナビーがそう言うとネイサンとカリーナは驚いたような表情を浮かべてた。

(え〜〜っと、どうしよ; どうやって、奴の事を伝えたらいいんだよ;)
「お前ら、僕の事馬鹿にしてんのかっ!」
「!!」

その光景に虎徹が頭を抱えていると、ポーリーが銃を構えたのが見えた。

「死ねっ!」
(まずいっ!)
「バニー! 危ねぇっ!!」

そして、引き金が引かれた瞬間、虎徹は何の躊躇いもなく、バーナビーと今いる位置を入れ替えるようにして突き飛ばした。

「っ!!」
「!?」

その瞬間、虎徹は左腕に激しい痛みを感じた。
ポーリーの撃った銃弾が虎徹の左腕に当たったのだ。
その痛みに虎徹は思わずその場に膝を突いた。
予期せぬ虎徹の行動にバーナビーは驚きの表情を浮かべる。

「…………タッ、タイガー!!」

そして、次に聞こえてきたのは悲鳴に近いカリーナの声だった。
カリーナとネイサンは、バーナビーのバースデーサプライズの事など忘れたかのように覆面を外すし、虎徹の許に駆け寄るとポーリーに鋭い眼差しを向けた。

「……ぼっ、僕は何も悪くないぞっ! こっ、こいつが自分から当たりに行ったんじゃないかっ!!」
「あんたねっ!!!」
「っ!!」

虎徹に銃弾が当たった事と、カリーナ達に睨みつけられた事により、ポーリーは自分の事を正当化しようとするように怯えながらそう言った。
それが、さらにカリーナ達の逆鱗に触れ、カリーナが一喝すると、ポーリーは怯えたように後退りをする。

「坊ちゃん!」

その時、通り沿いにポーリーの部下、リチャードとウォルターの乗ったオープンカーが急停車した。

「よくやった! 逃げろ!!」

それを見たポーリーは車に駆け寄ると、ヒラリと飛び乗った。
その瞬間、オープンカーは急発進し、走り去っていく。

「まずいっ! 『ヘラクレスの涙』が…………っ!!」
「タイガー!?」

虎徹はそう言うとすぐさま追いかけようと立ち上がろうとしたが、腕を動かした瞬間、激痛が走った為、身体のバランスを崩して倒れそうになる。
それを見たカリーナが悲鳴を上げ、すぐ近くにいたネイサンがそれを支えた。

「ちょっと、あんたそんな身体で何処行くつもりっ! 早く手当しないと――」
「あいつら、本物の宝石強盗団だっ! 早く捕まえねぇと、『ヘラクレスの涙』を奪われたまま逃げられるぞっ!!」
「! それどういう事? あんた何でそんな事――」
「説明してる暇なんてねぇよ! 早くあいつらを追いかけろっ!!」

虎徹の言葉を聞いたネイサンがそう口を開いたのを遮って、虎徹はカリーナ達にポーリー達を追いかけるように促した。

「でも、タイガーをこのまま置いてなんて……」
「俺なら、大丈夫だって! こんなの掠り傷だから……な?」
「けど……」
「ご心配なく、彼には僕が付いてますから」
「「「!!」」」

戸惑うカリーナに虎徹が笑ってそう言ってもカリーナはその場から動けなかった。
それを見た虎徹は困ったような表情を浮かべたその時にそう言ったのは、他でもないバーナビーだった。
虎徹を置いて真っ先にポーリー達を追いかけに行くだろうと思っていた為、彼の言葉を聞いたカリーナ達は驚いたような表情を浮かべる。

「どうしましたか? 早くしないと本当に奴らに逃げられますよ?」
「…………行きましょう」

それを聞いたネイサンはバーナビーと虎徹を交互に見た後、溜め息をつくとそう言ってカリーナを促し、彼女は通りへと歩き出した。
その言葉に渋々従うようにカリーナもポーリー達が逃げていった通りへと歩き出した。

「タイガーの事、頼んだわよ。ハンサム」
「……貴女に言われる間でもないですよ」

そして、バーナビーと擦れ違う際にネイサンはそう言い残すとそのまま走り去った。
それに対して、バーナビーは彼女が聞いていないと思いつつもそう返事を返すのだった。

「…………で、一体これはどういう事ですか?」
「あ゛っ、いや、その……。実は、バニーのバースデーサプライズをやろうと……;」

そして、虎徹へと視線を落としたバーナビーの言葉に虎徹は恐る恐るそう言った。
それを聞いた途端、バーナビーは眉を顰めた。

「また、お節介ですか! 何度言ったらわかるんですか、貴方は? 結局こうやって、周りに迷惑をかけてるんですよ?」
「う゛っ……;」

バーナビーの剣幕に圧倒され、虎徹は言葉に詰まった。

「しかも、こんな怪我までして……」
「あははは……; バニーちゃんは、怪我してないよな?」
「えぇ。おかげさまで」
「そっか。……よかった!」
「っ!!」

バーナビーの言葉に虎徹は嬉しそうに微笑んだ。
それを見たバーナビーは、思わず息を呑んだ。
何故、この男はこんな風に笑える?
自分が銃に撃たれて一番苦しいはずなのに、何故他人の事など心配できるんだ?
わからなかった。
そして、何よりこの男を見て自分が心を痛めてしまっているという事実がわからずにいた。

(あ〜〜、どうすっか、これ; 全然、血が止まんねぇなぁ……;)
――――大丈夫か!? こんな怪我、私が今すぐ治してやろうっ!

バーナビーがそんな事を考えているとは知らない虎徹は、腕を押さえながらそんな事を思っていた。
傷口を押さえて止血しようとしても一向に流血は止まる気配がない。
すると、クロノスが心配そうにそう虎徹に呼びかけてきた。

(そうしてくれると助かるけど、やっぱいいわ。こんな傷が突然治ったらバニーがビックリするだろ?)
――――だが……。
(本当にその気持ちだけでいいよ。ありがとうな、トキ!)
――――っ!!

笑みを浮かべてそう言った虎徹の言葉にクロノスは唇を噛んだ。
自分なら、虎徹の傷を癒す事ができるのに、虎徹は相棒の目を気にしてそれを拒む。
力があっても、それをうまく使えなければ無力と同じなのだ。
一層の事、虎徹から相棒の存在を消してしまおうか……。
まぁ、そんなこと本当にしてしまえば、虎徹は怒るだろうからやらないが……。
だったら、虎徹にこんな傷を負わせたあの盆暗にするか……。
あの美しい身体に傷跡でも残ったらどうしてくれようか……。

(…………トキ。まさかとは思うけど、お前変な事考えてねぇよな?)
――――……別に何も考えていないぞ。ただ、あの盆暗をどう始末するか考えていただけだ。
(十分変な事じゃねぇよっ! 今、考えてたことぜってぇやるなよっ!!)

クロノスが何か嫌な事を考えているような気がした虎徹が問いかけたのに対して、そうクロノスは言葉を返した。
それを聞いた虎徹は思わず、そう叫んだ。

――――何故だっ!? お前の美しい身体に奴は傷をつけたのだぞっ!? 奴に、タナトスの声を聞かせるべきだっ!!
(タッ、タナトス…………って、お前はルナティックかよっ! とにかく、ダメなものはダメだからなっ!!)
――――むむ……。

虎徹の言葉に納得いかないと言ったようにクロノスが呻ったその時だった。

「? バニー…………?」

突如、バーナビーがジャケットを脱ぎ出したかと思うと己が着ていたTシャツも脱ぐ。
バーナビーのその行動に虎徹が不思議そうに声を上げたその時、バーナビーはTシャツを思いっきり引き裂いた。

「! バッ、バニーちゃん!? 何してんの!?」
「何って……見てわかりませんか? これで、止血するんですよ」

驚いたように虎徹がそう言うのに対して、バーナビーはあっさりとそう言うと虎徹に近づいて手際よく、帯状にしたTシャツを虎徹の腕に巻きつけて縛っていく。

「なっ、何もそこまですることねぇだろ; ……高そうな服なのに;」
「ご心配なく。ブランド物ではありますが、そんなにしませんし何着も持っていますから」
「あぁ、そうですか;」

そう虎徹が言うのに対して、バーナビーはあっさりとそう言ったので虎徹は苦笑するしかなかった。

「…………それに、貴方がこうなったのは一応僕のせいでもありますから、これくらいは僕にさせてください」
「バニー……」
「はい。終わりましたよ」

バーナビーはそう言うと帯から手を放した。
バーナビーが手際よく処置を行った為、先程まで腕から流れ落ちていた血は見事に止まっていた。

「おおっ! すっげぇ!! ありがとうな、バニー!!」
「っ/// こっ、こんな事ぐらいヒーローとしてできて当たり前じゃないですかっ///」
「そうだけどさぁ、それでもありがとさん!」
「っ////」

それに対して感動したように虎徹がそう声を上げるとバーナビーは照れ臭そうにそう返す。
それでも、虎徹はバーナビーに笑顔でそう言うとバーナビーは赤面し、思わず虎徹から目を背けた。

(なっ、何を僕はこんなにドキドキしているんだ?)

たかが、おじさんに笑顔を向けられたというだけの事なのに……。

『ボンジュール、ヒーロー!』

その瞬間、二人のPDAが同時に鳴り、アニエスの顔が映像として映し出された。

『司法局から通達よ! 強盗事件発生、速やかに出動して!!』
「よし! いくぞっ! バニー!!」
「! ちょっ、待ってください! おじさん!!」

アニエスの言葉を聞いた虎徹は、すぐさま立ち上がるとバーナビーにそう言って駆け出して行った。
それに対してバーナビーは慌ててジャケットを羽織り直すと、その後を追いかけるようにして後に続くのだった。
























神様シリーズ第2章第12話でした!!
バニーちゃんを守るのに必死過ぎて虎徹さんがやらかしました;
そのおかげで、ポーリーはいろんな人から怒りを買っちゃいましたねww
そして、何だかんだ言いつつ虎徹さんが心配で手当てをするバニーちゃんに萌えな感じです♪
今回の虎徹さんとクロノスの件(特にタナトスの件)は遊びすぎたかな?


H.25 8/4



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