目の前に広がるのは、己がずっと守ってきた街が無残にも崩壊していく様だった。
街は業火に包まれ、人々が逃げ惑っている。
そんな人々をまるで嘲笑うかのようにアンドロイドが容赦なく襲いかかる。
暴走し、人の制御が完全に利かなくなったアンドロイドを誰も止められない。
そう、それがヒーローであっても……。
俺と共にこの街を守ってきた仲間もやられて、そして――。

「楓……。バニー……」

己の命よりも大切だった二人の死が目の前に広がっている。

「楓っ! バニーーー!!」

冷たくなった二人にいくら呼びかけても、もう俺の声は届かない。
そう、わかっていても虎徹は、二人の名前を叫ばずにはいられなかった。






〜神様ゲーム〜








「!!」

突如、目の前に広がったのは見慣れたいつもの天井だった。

(……夢……?)

それを見た虎徹は、今までのがすべて夢であった事に気付かされる。
あんな夢を見たせいか、嫌な汗をかいていて、酷く気持ちが悪かった。
虎徹はゆっくりと起き上がるとその汗を流す為、浴室へと足を運んだ。
汗でべたつく肌着を脱ぎ捨てて、虎徹はシャワーを浴びる為、カランを回した。
少しでも早く目を覚ます事を兼ねてお湯ではなく、冷水のまま被る。

「…………冷てぇ」

それが思っていた以上に冷たかった為、すぐに現実へと引き戻された。
虎徹は冷たい水を浴びながら、ジッとシャワーを見つめていた。

(……よかった。本当に夢だったんだなぁ)

トキから真実を聞かされたあの日から虎徹は、それを度々夢を見るようになった。
トキによって脳に直接送られ、見せられたあの光景を……。
楓やバニーが死んでしまうあの悪夢を……。

「くそっ……!」

俺は後何回この夢に魘されるんだろうか。
わかっている。おそらく、俺があの日を生き抜くまでだろう。
それまでは、これが現実になってしまうまでずっと続くのだろう。
なら、これを現実にしないまでの事だ。
これは、この夢を現実にしない為の戒めなのだ。
そう思い直した虎徹は出勤の準備をする為、シャワーのカランに手をかけるのだった。





















とある廃墟。
壁や窓に降り注ぐように銃弾が着弾する中を掻い潜り、二つの影が走る。
その影――虎徹とバーナビーは、ユンボに身を隠して周囲の様子を窺った。
ヒーロースーツに搭載されたモニターに映ったのは、雨の中で武装した人達が集まってくる姿だった。
バーナビーがユンボの陰から顔を出すと、レーザーポインタがこちらへと向けられる。

「くっ!」

それを見たバーナビーが頭を引っ込めた瞬間、周囲に銃弾が着弾した。

「くそっ……。これじゃ、手も足も出ねぇ。どうする? 一気に突っ込んでみるか?」
「…………」

虎徹がそう問いかけてみてもバーナビーは周囲を窺がうだけで何も答えない。

「おい、何とか言えよ! もう行っちゃうぞ、俺!」
「わかりました。……右から回り込みましょう」
「OK、わかった。左だな! …………右?」

バーナビーの言葉を受け、左へと回り込む体勢を取ろうとした時、違和感に気付いた虎徹はそう言った。
そう言えば前にもこんなやり取りをした覚えがあった事を虎徹は思い出す。

「風向きを考えてください。……この状況、セオリーから言ったら、右ですよ」
「何がセオリーだよ。俺の勘が言ってる! 左だ! 行くぞっ!!」
「いや右です」
「! どっちでもいいだろ!!」
「なら右で」
「左だ!」
「右です」
(だっ、ダメだ。これじゃ、あの時と同じじゃねぇかよ……;)

以前と全く同じやり取りをしている事に気付いた虎徹は頭を抱えた。
ここは俺が折れないとまたあの時と同じようになるという事なのか?

「…………わかったよ。右だな! 行くぞ!!」

虎徹はそう言うと、右から一気に回り込んだ。
虎徹の行動にレーザーポインタが一斉に虎徹へと集まり、銃弾が撃ち込まれる。
だが、虎徹はそれに臆することなく、冷静な判断で銃弾の軌道を見極め、無駄のない動きですべてを躱していく。
そして、そのまま一気に武装集団へと近づき、一人また一人と薙ぎ倒していく。
だが、虎徹はまだ気付いていなかった。
その武装集団から離れたユンボから一人、虎徹の背後を狙っている事に……。
武装集団をすべて倒し、それに虎徹が気付いた頃には虎徹自身それを防ぐ行動に出るには遅かった。
それなのに虎徹は少しも焦っていなかった。
何故なら……。

「はあっ!!」

その人物の後ろにバーナビーが既に回り込んでおり、銃弾が虎徹に撃ち込まれるより先に彼が見事な蹴りを喰らわしたからだ。
その瞬間、シミュレーションプログラムが終了し、廃墟だった空間が無機質な部屋へと変わった。
だが、それでも尚部屋には雨が降り続いている。

「ナイス! バニーちゃん♪」

虎徹は、フェイスシールドを上げてバーナビーに近づくとニッと笑ってそう言った。
それに対して、バーナビーもフェイスシールドを上げたが、その顔は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「……いい加減、バニーって呼ぶのやめてください!」
「いいじゃんか、別に。バニーで!」
「…………大体、さっきの攻撃は何なんですか? あそこで僕がいなかったら、貴方間違いなくやられてましたよ」
「ん〜、そうだっただろうなぁ;」

バーナビーは呼び方に関する文句は諦め、今のシミュレーションでの虎徹の動きについて指摘しだした。
それに対して虎徹は、己の行動について素直に反省するように口を開いた。

「……けど、バニーだったらそれをカバーしてくれるだろうって、俺はわかってたぞ! ありがとなっ!!」
「っ!!」

笑顔でそう言った虎徹に対してバーナビーの胸が跳ね上がった。

(なっ、何を僕はこんなに動揺しているんだ!?)

たかが、おじさんに笑顔を向けられただけなのに、それが嬉しいと思ってしまうのは何でなんだ?

「おっ、おい、バニー? どうかしたのか?」
「っ! なっ、なんでもありませんよっ!」

とバーナビーが固まっていることが心配になったのか、虎徹はバーナビーの顔を覗き込む。
それに気付いたバーナビーは慌てて虎徹の傍から離れるとそう言った。

「…………やっぱり、こんなシミュレーションなんて意味がない! 実践じゃないと、本気になれませんからっ!!」

そして、バーナビーはそう吐き捨てるように虎徹に言うとシミュレーションルームから出て行ってしまった。

「……はあっ!? 何なんだ、あいつ?」

バーナビーの言葉に意味が理解できず、虎徹は首を傾げた。
実践じゃないと本気なれない事は、虎徹も同感である。
そう思いつつも、虎徹はロイズの命令でコンビの連携を高める為、シミュレーションの訓練にバニーを誘おうとした。
だか、それより先にバニーの方からこのシミュレーションの訓練を頼まれて、実施したのが事の今回の成り行きである。

「あ〜〜〜っ! マジ、わけわかんねぇよっ! バニーの奴!!」

以前のバニーも扱いづらかったが、それに輪をかけたようにさらに扱いづらくなっているような気がする。
今のバニーが一体何を考えているのか、さっぱりわからない。
これからどう接したらいいものか……。

「ワイルドタイガー、ちょっといい?」

暗いシミュレーションルームに突如光が差し込むと同時に女性の声が辺りに響いた。
その方向に虎徹が振り向くと、そこにはアニエスが立っていた。

「それとも今は、Mr.鏑木と呼んだほうがいいかしら?」

そう言ったアニエスの言葉に若干嫌な予感を感じつつも虎徹は、アニエスに促されるようにシミュレーションルームを後にした。





















「んなにっ!? バニーのドキュメント!?」

トレーニングセンターの方に戻ってきた虎徹は、他のヒーロー達と共にアニエスの説明を聞き、あの時同様そう声を上げた。
その主役であるバーナビーに至っては、虎徹達から少し離れたスペースにあるトレーニングマシーンでトレーニングの最中であった。

「そう。そういうわけだから、協力頼むわ」
「まっ、マジかよ……;」

アニエスの言葉を聞いて虎徹は明らかに嫌そうな顔をした。
いくら視聴率の為とは言っても、どうもこういうことには慣れない虎徹は嫌な事でしかなかった。
それに対してアニエスは眉を顰めた。

「何よ、あなたは嫌とは言わせないわよ! あなたはバーナビーのパートナーなんだからっ! それに、この前の借りはまだ返してもらってないわよ! あれ、揉み消すのにどれだけ苦労したかわかってんでしょうね?」
「う゛っ……;」

アニエスの言葉に虎徹は言葉を詰まらせる。
アニエスの言う借りとは、この間のロビンの事件の事を言っているのだ。
虎徹がロビンに連れ去らわれそうになった事が、世間に出回らないように裏で色々と動いてくれたのがアニエスだった。
そのおかげで、ヒーローTVもヒーロー達の面子も潰れずに済んだと言っても過言ではないのだ。
だから、そのことを話題に持ち出されたら、虎徹は何も言えなくなる。

「じゃ、バイソンから言って!」

虎徹の反応を見てそれを察したのかアニエスは笑みを浮かべてそう言った。
アニエスの言葉に従うように、カメラマンのオランドがロックバイソンへとカメラを向けた。

「バーナビー? ライバルだが、俺はあいつに期待してるよ。同じ街を守るヒーローとしてな!」

それに対して、ロックバイソンは外面よくそう答えた。

「キュートな子ね。ニューヒーローとしては申し分ないんじゃない? 綺麗な顔だし、女の子にも人気あるかもね。……女の子にも♪」
(なっ、何だよ。その意味深げな言い方は……;)

次にコメントしたのは、ファイヤーエンブレムだった。
彼女が最後に言ったその意味深げな言葉に何故か虎徹は鳥肌が立ったが、当の本人は淡々とトレーニングをこなしているようだ。

「彼は何かを感じさせてくれるだから、私は彼に言いたい。ありがとう。そして、ありがとう、と!」
「……特にない」
「ちょっと、ストップ!」

スカイハイのコメントを撮った後、そのままカメラは虎徹へと向けられた。
それに対して虎徹は素っ気なくそう言うと、カメラの前にアニエスが割って入ってきた。

「『特にない』ってどういう事? あなた彼のパートナーでしょ?」
「…………」
「何? 私の企画、ぶち壊したいわけ? ちゃんと借りは返しなさいよ!」
「う゛っ……;」
そっぽ向いた虎徹に対してさらにアニエスが詰め寄った。
それに観念したように虎徹は息をついた。

「…………わかったよ。ちゃんとやるからっ!」
「わかればいいのよ。じゃ、よろしく!」
「…………」

虎徹の言葉を聞いたアニエスは気を取り直してカメラの後ろへと下がっていった。
それに対して虎徹は、何を言うべきか頭の中で言葉を探り出す。
正直、以前バーナビーのことを訊かれた時は、本当に何とも思っていなかった。
いや、一応はあったが、すんごく気に食わない奴だと思っていたのでので喋りたくなかったと言った方がいいのかもしれない。
だが、今は別の意味で喋りたくなかったのだ。
今の正直な気持ちを素直に話すのは、照れ臭くて仕方ないのだ。

「…………あいつは……生意気な奴だよ」

その照れを少しでも隠すように虎徹は悪態をつくような感じでそう語りだす。
その言葉にアニエスの眉間に皺が寄ったようにも見えたが、そんな事は虎徹は気にしていなかった。

「俺の事を先輩だとも思ってねぇし、目上の人の態度もなってねぇし、熱くなると周りが見えなくなるし、すぐ泣く兎ちゃんだし、まだまだ子供だよ。あいつは……」

正直、初めはこいつとはコンビなんて組めないと思っていた。
そう、思っていたはずなのに……。

「けど、根はすっげぇ真っ直ぐでいい奴なんだよ」

いつの間にか、隣にいる事が当たり前になっていた。
ジェイクを倒した後に俺の名前を呼んでくれた事が今でも忘れられない。
優しい笑みを浮かべるあいつの顔が好きで仕方なくなっていった。
あいつの――バニーの傍にずっといられたらと……。

「……だから、俺はあいつとコンビが組めて、本当によかったと思っている。俺の相棒は、あいつ以外考えられないさ」

もう駄目なんだ。
お前の良さを知っちまった俺には、他の奴となんてコンビは組めないんだよ、バニー。
ただ静かに、何処までも優しい声が響き、辺りを包んだ。

「…………すっ、素晴らしいっ!」
「どわあっ!?」

そして、それをぶち壊すかのように、虎徹の言葉に感極まったスカイハイがカメラが回っている事などお構いなし虎徹を背後から抱き締めた。
スカイハイの突然のその行動に虎徹はバランスを崩し、倒れそうになったが、それをスカイハイがしっかりと支える。

「素晴らしいっ! 実に素晴らしかったよ、ワイルド君! !ワイルド君にこんな風に言ってもらえるなんて、バーナビー君は実に幸せ者だっ!!」
「カット! ちょっと、スカイハイ! 何やってんのよ! これじゃぁ、撮り直しじゃないっ!!」

スカイハイの行動に呆気にとられていたアニエスが、正気を取り戻したかのようにそう叫んだ。
それに対して、スカイハイはビクッと肩を震わせ、虎徹を解放した。

「すっ、すまない。私としたことが……; ワイルド君の言葉につい感動してしまって……;」

そして、本当に申し訳なさそうな声でスカイハイは謝罪した。

「もう! 仕方ないわね! 後、タイガー。今の台詞はボツだから」
「っだぁ! 何でだよ!? 俺、今すっげぇいい事言っただろうが!?」
「そうだとも! ワイルド君の今の言葉はとても素晴らしかったではないか!?」

アニエスの言葉に不満とばかりに虎徹はそう反論する。
そして、それを援護するかのごとく、スカイハイも言葉を続ける。

「あれだと、バーナビーのマイナスイメージしか残らないわよ!」
「けどさぁ……」
「それに、また同じこと言ってスカイハイに抱きつかれてちゃ、いつまで経っても撮影が終わんないじゃない!」
「あ゛っ……」
「…………」

そのアニエスの言葉に二人はもう黙るしかなかった。

「…………それに、あんなのバーナビーの企画で流すなんてもったいないじゃない」
「へっ? なんか言ったか、アニエス?」
「! なっ、なんでもないわよっ///」
「? そうか……?」

すると、アニエスが何やらボソッと呟いたように聞こえたので、虎徹がそれを聞きかえしてみる。
それに対して、アニエスは頬を赤らめて声を荒げたので、虎徹は不思議そうに首を傾げた。

「そっ、そう言うわけだから、タイガー。あなたは、これ読んで!」

虎徹の視線から逃れるようにそう言うと、アニエスは事前に用意していたと思われるメモを虎徹へと手渡した。

(結局、こうなるのかよ……;)

折角、今度は自分の言葉で言えると思ったのに……。
虎徹は思い溜め息をつくとメモの内容を頭に入れるべく、視線をメモへと落とした。
そんな彼らのやり取りをトレーニングの手を一旦止めて、一部始終バーナビーが見ていた事を虎徹は知る由もなかった。
























神様シリーズ第2章第1話でした!!
2章に入りましたが、まだ本編の3話目です;
クロノスに真実を聞かされた虎徹さんはきっとその夢に魘されているんじゃないかと思って書いてみました。
そして、今回の虎徹さんはバニーちゃんの言うことに従ってシミュレーション訓練を行ってみました。
「どうです?僕の言ったとおりでしょ?」っと虎徹さんにドヤ顔するバニーちゃんを悩みましたが、今回はスルーしましたww


H.25 6/15



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