「タイガー!!」

トレーニングウェアに着替えて虎徹はシュテルンビルトの街の中心部に位置するジャスティスタワー内にあるトレーニングセンターへと足を運んだ。
そして、その入り口をくぐった瞬間、ブルーローズことカリーナの声が辺りに響いたかと思うと虎徹の許へと駆け寄って来た。
その声に釣られるように他のヒーロー達も集まってくる。

「タイガー。もう身体は大丈夫なの?」
「おう! この通り、バッチリだぜぇ!!」

ホァンの問いに虎徹は笑みを浮かべてそう応えてやるのだった。






〜神様ゲーム〜








「もう! 昨日は、中継中に歌も歌えなかったし、爪も欠けちゃうし、家に帰っても落ち着かなくて、眠れなくて……夜中にアイス食べちゃったじゃん!」
「んなこと、俺に言われても;」
「全部、あんたのせいでしょっ!」

カリーナの言葉に虎徹は困った表情を浮かべるとカリーナはさらに感情を爆発させる。

「あんたのことが……心配だったからに決まってんじゃん……」
「ブルーローズ……」

虎徹は辺りを見渡すと皆もカリーナと同じ気持ちだったのかうんうんと頷いていた。

「……ごめんな。本当にもう大丈夫だからさ」
「…………本当?」
「あぁ、本当さ」
「…………よかったぁ」

今にも泣きだしてしまいそうなカリーナに対して虎徹は優しい笑みを浮かべてそう言った。
それを聞いて、やっと安心したのかカリーナの表情に笑みが戻る。
そして、それに釣られるように皆の表情も明るくなる。

(あぁ……これだ)

俺はこの居場所を、この仲間を心から守りたいんだと改めて感じた。
トキに見せられたあの光景をもう二度と見たくない。

「…………俺……頑張るな、みんな!」
「ワッ、ワイルド……君……?」

とても穏やかな表情でそう言った虎徹の言葉にキース達は皆、息を呑んだ。
何故だろう。
こんなに近くにいるのに、彼がとても遠くにいるように感じてしまうのは……。
彼という存在がとても儚くて、今にも消えてしまいそうに感じてしまうのは。
それが怖くて、思わずキースは虎徹へと手を伸ばそうとした。

「だあっ!」

だが、それより早くアントニオが虎徹の首に腕を回して羽交い絞めにし、わざわざNEXT能力を発動させて身体を固くして完全にロックした。
突然の出来事に虎徹は思わず声を上げる。

「そんじゃ、今日もみんなで飲みに行くか!」
「「はぁ?」」

アントニオの言葉の意味がわからず、カリーナとネイサンが同時に声を上げた。

「ほら、昨日の歓迎会、盛り上がれなかっただろう? だから、今日はこいつの快気祝いをやろうぜ。もちろん、ワイルドタイガー様の奢りで♪」
「はあっ!? なんで、俺の快気祝いすんのに、俺が奢る事になるんだよっ!?」
「いいじゃねぇか。俺達を心配させた事をこれでチャラにしてやるから」
「ぐぬぅ……。どんだけ強引だよ、お前!?」

アントニオの言葉に思わず虎徹はそう吠えた。
何かと理由をつけて俺に奢らせようとするアントニオだが、今回の理由に関してはさすがに酷いのではと思ってしまう。

「……まぁ、奢りならいっか」
「そうねぇ」
「えっ? えっ?」
「そうだね。ワイルド君の気持ちを無駄にするわけにはいかないな」
「みんなも行くなら、ボクも♪」
「っだぁ!」

こうして、またしても虎徹はヒーロー達全員に晩飯を奢る羽目になるのだった。





















『……随分とお前の仲間は愉快な者達が多いのだなぁ』
「!?」

その夜、トレーニングを引き上げてロッカールームに戻るとそこにはクロノスの姿があった。
そこにいるはずのないクロノスの姿に虎徹は思わず瞠目した。

『……しっかし、暢気な奴らだよなぁ。今日、お前がどんな決意を固めたのか、奴らは何も知らないのだから』
「…………そんなこと、知る必要ねぇだろうが」

クロノスの言葉に虎徹はそう静かにそう言うとクロノスは眉を顰めた。

『私にはわからない。お前がそこまでして救うほどの価値が奴らにあるのか? お前の事を簡単に忘れてしまった奴らの事を……』
「あれは! マーベリックに操られていただけだっ! あいつらの事を悪く言うんじゃねぇ!!」

クロノスの言葉に虎徹は、仲間の事を侮辱されたことを怒鳴った。

「…………あいつらがいなかったら、今の俺はいねぇんだよ」

楓やみんながいたから、友恵を喪った哀しみから立ち直ることができたのだ。
俺の大切な存在を馬鹿にする奴は相手が誰であろうと許さない。

「つーか、お前そんなこと言う為にわざわざ来たのかよっ!」
『んー……それもあったが、一つ言い忘れたことがあったからなぁ』
「なんだよ、それ。さっさと言えよ」

少しとぼけたような表情を浮かべたクロノスに対してイラついたように虎徹は言った。

『言い忘れた事は、勿論私の力に関する事だよ』
「!?」

クロノスの思ってもみない言葉に虎徹は瞠目した。

『もう気付いているかもしれないが、私の力を人であるお前が使えば、その負担は大きい。最悪の場合、死に至る場合だってあるのだ。……力を使う事については止めないが、あまり使い過ぎるな』
「…………」
『なんだ、そのマヌケな表情は?』

虎徹がポカーンと口を開けているのを見てクロノスは眉を顰めた。

『っ////』

そう言ってニッと笑う虎徹を見たクロノスは思わず息を呑んだ。

「あっ、そうだ! 一つ訊いてもいいか?」
『なっ、なんだ? いっ、言ってみろ!』

そんな事には全く気付かない様子で虎徹はそうクロノスに尋ねる。
それに対してクロノスは何とか平然を装ってそう言う。

「お前の力ってさぁ……誰かに移ったり、しねぇよな?」
(あぁ、そういうことか……)

虎徹が不安そうな表情を浮かべてそう訊いた事にクロノスはその理由がすぐにわかった。

『安心しろ。その力は私の力そのもので、NEXT能力ではない。お前の娘が触っても、その力はコピーされたりはしない』
「……そっか。……よかった……」
(……この男は、本当にお人好しだなぁ)

クロノスの言葉を聞いて虎徹は心から安堵の表情を浮かべる。
それを見たクロノスは虎徹を心底お人好しだと思った。
自分の事よりも先に人の事を心配する彼。
彼はおそらく娘にもこの力が使えることになってしまった時の事を考えてしまったのだろう。
力を使えば身体に大きな負担がかかる。
最悪の場合には死に至ることだってあるのだ。
彼の娘のNEXT能力はコピー能力だ。
現時点では、その能力に目覚めていないが、目覚めてしまった時の事を考えてしまったのだろう。
幼い子供にはあの力を扱うには負担が大きすぎると。
もし、この力がコピーされてしまうのなら、彼は愛する我が子を抱きしめる事を諦めるつもりだったのだろう。
そんなありもしない事実にこの男は独り思い悩まされていたのだろう。
本当にお人好しである。
もしかすると、彼は運命の日を待たずに命を落としてしまうのではないかと心配になってしまうくらいだ。

『虎徹――』

クロノスがそう口を開いた瞬間、人の気配を感じ取り、クロノスはすぐさまその場から姿を消した。
それとほぼ同時にロッカールームの扉が開き、そこからアントニオが現れる。

「おい、虎徹。まだかよ?」
「わりぃ、わりぃ。すぐ着替えるからよ;」
「? なんだ? お前一人だったのか? さっき話し声が聞こえた気がしたんだが?」
「! きっ、気のせいじゃねぇか;」

アントニオの言葉に内心冷や冷やしつつ、虎徹はそう言った。

「そうか……。なら、さっさと着替えろよ」
「へーい」

虎徹の様子に気づくことなく、アントニオがそう言うと虎徹はそれに対して生返事で返す。
それを聞いたアントニオはロッカールームの扉を閉めると先に下へと降りて行った。
虎徹はすぐさま、トレーニングウェアから普段着に着替えると、ロッカールームを後にするのだった。





















「ん〜。ゴリラ」
「ラ……ラ……ラッパ」
「パ……パ…………パン! そして、とう!」
(パンっておい; ってか、言い逃げかよっ! スカイハイ!?)

先に歩いているアントニオ、ネイサン、キースが仲良さげにしりとりをしている。
そして、キースはそう言うとNEXT能力を発動させ、逃げるかのように飛んで行った。
そんなやりとりに虎徹が心の中でそうツッコミを入れていると背後からカリーナ達の声が聞こえてきた。

「こっち、こっち!」
「…………邪魔!」

カリーナがあの時と同様、割り込むかのように虎徹に体当たりすると若干冷たい目線を向けながらそう言った。

(……こいつら、奢ってもらうっていう意識あんのか?)

内心そんな事を考えつつも、何処か懐かしいこの光景に虎徹は思いを馳せる。
ライバルといがみ合っていたみんなが、ここから少しずつ互いにコミュニケーションをとるようになり、本当の仲間になっていったんだ。
あいつらなら、大丈夫だ。
どんな試練にぶち当たってもきっと力を合わせて乗り越えられる。
その為にも、俺は俺自身の運命を変えてみせる。
ふと、虎徹は左手に目を向けた。
そこには、今は亡き友恵と愛を誓い合った結婚指輪があった。
もう友恵を亡くして五年にもなるのに、未だにこの指輪を外すことができないでいる俺は女々しいと思う。

「友恵……ごめんな」

そう言いながら虎徹は、指輪にそっと優しく口づけをした。
トキの言う事が本当なら、俺は死んでお前に逢いに行けただろう。
だが、俺それを拒んでまであいつとの運命を賭けたこのゲームに挑むことにした。
俺が死ぬことで大切な存在――楓やバニー達までも死に至ることがどうしても嫌なのだ。
だから、まだそっちには俺は行けねぇや……。

『虎徹君らしいわね。それでいいのよ。あなたはヒーローだもの』

ふと、指輪を見つめていると、あの温かな優しい笑顔で俺に笑いかけている友恵の姿が目に浮かんだ。
俺の勝手な想像かもしれないが、きっと友恵ならそう言ってくれる気がした。

「俺……頑張ってみるわ……友恵…………」

俺自身の運命を変えて、大切な存在の命を守ってみせる。
それができたら、今度こそ胸を張ってお前に逢いに行くからそれまで待っていて欲しい……。
そして、虎徹は己の運命を変える第一歩の為、バディであるバーナビーへと電話をかけるのだった。





















「……父さん、母さん。……僕、やっとヒーローになったよ」

その頃、バーナビーはヒーローとして記念すべき初出動を無事に終えた事を両親に報告していた。
バーナビーの両親の墓は市内の閑静な住宅地区の外れにあり、辺りは必要最低限の街灯によって照らされている。
ふと、バーナビーは視線を手元に落とす。
そこには生まれたばかりのバーナビーをやさしく抱きかかえた母とそれに寄り添うように立っている父の姿が映っている写真があった。
さすがに幼すぎてバーナビーのこの時の記憶は存在していないが、この写真の中にはそこに確かにあった幸せな時間が切り取られていた。
この数年後に待ち受けているあの惨劇の事など、この写真を撮った時は知る由もなかっただろう。

(父さん、母さん、もう少しだけ待っていて欲しい……)

後どれだけの時間がかかるか僕にはわからないけど、必ず犯人を見つけ出しこの手で復讐を成し遂げてみせるから……。

「……でも、パートナーが心配なんだけど」

まだ、あの男とコンビを組んで一日しか経っていないが二つの事がはっきりとわかった。
一つは、僕と全く正反対なあの男の事が嫌いである事。
そして、もう一つはそんな男の事を僕は喪いたくないと思っている事だ。
自分でもこの気持ちが矛盾していることは分かっている。
あの男の事が嫌いなはずなのに、いなくてもいいはずなのに……。
なのに、あの時に感じたのは恐怖。
あの男を喪う事を何よりも恐れていたのだ。
父と母を喪った時にだって涙を流さなかったというのに、あの男の瞳が開いただけで自然と涙が溢れてきた。
一体この気持ちはなんだというのだ……。
そんな事を考えていた時、バーナビーの携帯電話が鳴ったのでポケットからそれを取り出す。
画面を見ると《KOTETSU・T・KABURAGI》の文字が表示されていた。
噂をすれば影をさすとは、この事を言うのか。
一体こんな時間に何の用があるというのだ?
昨日も同じようにあの男から電話がかかってきた時は、頼んでもいないのに勝手に僕の歓迎会を開こうとしていた。
また、その類の誘いではないかと、バーナビーは思った。
あの男ならやりかねない事だと思ったパーナビーは重い溜め息をつく。
そうわかっているならば、電話に出なければいいだけの事なのにどうしてもそれができないでいた。
あの男の顔など見たくないはずなのに、あの男の笑顔が見てみたい。
あの男の事などどうでもいいはずなのに、自分以外の誰かと楽しそうにしているとイライラする。
あの男の事など興味がないはずなのに、あの男の事をもっと知りたいと思ってしまっている。
何故、この相反する感情が僕の中で渦巻いているのかわからない。
二つの感情に振り回されて僕が僕でなくなってしまいそうだ。
そんな事あってはならない。
その為にも、僕はもっとこの男の事を知らなければならない。
知ればきっと、僕はこの男の事を……。

「…………もしもし?」
暫く、着信画面に映る《KOTETSU・T・KABURAGI》の文字を見つめた後、バーナビーは通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てると不機嫌そうにそう答えるのだった。























神様シリーズ第1章第30話でした!!
今回、指輪のシーンが書きたいが為に書いたお話です。
これから、バニーちゃんがどう変わっていくか。
早く虎徹さんにデレデレなバニーちゃんを核たくてうずうずしている今日この頃です;
これにて、第一章は完結です!
次章はどこまで書こうかな?気長にお待ちください♪


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