『……何も知らないくせに…………!!』

虎徹と別れたクロノスは一人シュテルンビルトの街の夜景を眺めてそう呟いた。
彼は――虎徹は何も知らないのだ。
クロノスがこのゲームを行ったのが虎徹が初めてではないことを……。
クロノスは同じように『運命を変えれる』とほざいた人間共に己の力を分け与えてゲームを行っていたのだ。
その結果、クロノスに勝利した者は誰一人いなかった。
ゲームに挑戦した者皆が絶対的な運命の前に打ちのめされ、最期は廃人と化していった。
そんな愚か共達をずっと見て来たクロノスだからわかる。
虎徹も彼らと同じ道を辿るという事を……。
だから、初めは虎徹にこのゲームを申し込む気なんてなかった。
彼の様々な表情を見れた事だけで満足していはずなのにどうしてこうなったのか……。
それは、虎徹も彼らと同じ事を口走ったからだろう。
『運命は変えられる』その言葉を彼の口から発せられた瞬間、自分の中に抑え込んでいたどす黒い感情が溢れ出し、気付いた時にはゲームを行う事になってしまっていた。
こうなってしまったからには、もう仕方ない。
精々、私の事を楽しませるんだな。
虎徹が私にとって最高の玩具になる事を夜空に願うクロノスであった。






〜神様ゲーム〜








「お前、身体の具合、本当に大丈夫なのか?」

翌日、虎徹はトレーニングに向かう前に市内のカフェのオープンテラスでアントニオと朝食を取っていた。
時々、虎徹はこうしてアントニオと一緒に朝食を取ることがある。
と言っても、別に態々待ち合わせの約束をしたわけでもなく、二人共このテラスが行きつけで、偶然顔を合わせる事も多くないだけだ。
そして、今回も虎徹の方が先にこのテラスを訪れ、いつも通りホットドックとコーヒーを注文したところでアントニオがやってきて、当然の如く虎徹の席の隣に座って虎徹と同じものを注文した。
虎徹は、店員が持ってきたホットドックにかけ放題のケチャップをふんだんにかけると、それを口へと頬張ったところでアントニオがそう言ったのだ。

「大丈夫だよ; 病院で検査もしても異常ねぇって言われたし」
「本当かよ、それ? 今日一日ぐらい休んだ方がいいじゃねぇのか?」
「大丈夫だって言ってんだろ。つーか、あれくらいの事で大袈裟なんだよ、みんな」
「! おいおい、それはないだろ! ……お前のあんな姿見たら、誰だって心配するだろうがっ!」
「だーかーら、それが大袈裟だって言ってるんだろ。ってか、あそこまでされたら、普通引くだろ;」

アントニオが眉を顰めてそう言ったのに対して、虎徹は溜め息をつくと言った。
あの時、ライジングコースターの最上部に現れたスカイハイ達が俺の姿を見てマスクを着けているその表情が凍り付いたのを感じた。
そして、ロックバイソンことアントニオが他の誰よりも早く動き、バーナビーを押し退けて、俺を抱き締めて大泣きした時にはさすがに驚いた。
大の大人であるアントニオの行動にバーナビーだけでなく、スカイハイやブルーローズまで困惑していたのがよくわかったくらいである。

「お前の事心配してやってるんじゃないかっ! もう!」
「そんな事はわかってるよ。……ありがとな」

心外とばかりそう声を上げたアントニオに虎徹は笑みを浮かべるとそう素直に言った。
それを聞いたアントニオは少し機嫌を直したような表情を浮かべた。

「……しっかし、結局奴の目的って何だったんだ?」
「…………さーな」

アントニオの何気ない問いに虎徹はそう言うと、若干ぬるくなったホットコーヒーを口に運んだ。
ロビンの目的が何だったのか、俺は知っている。
だが、それを話す事は俺のもう一つの力について話さなければならなくなる。
少しでも、この力を狙う輩を減らす為、この力の事は誰にも話さないと昨夜決めたのだ。
それはもちろん、学生時代からの付き合いであって、お互いの事よく知っているアントニオでも例外ではない。

「そーか。お前だったら、何か聞いてたんじゃないかと思ったけどな」
「俺はずっと、気失ってたんだぞ? ロビンと話できるわけねぇだろうが;」
「そうだよなぁ。なんか、マヌケだな、お前」
「だっ! なんだよ、それ!!」

虎徹が嘘をついた事にも気付かないアントニオがそう言うと虎徹は思わずそう声を上げた。
虎徹のその反応を見たアントニオは、小刻みに肩を震わせたかと思うと豪快に爆笑しだした。

「笑うなよっ!」

その反応が気に入らなかったのか、虎徹はそう言うと頬を膨らませた。
そのとき、

「だっ! 誰だよ、こんな時に……!」

突如、虎徹の携帯電話が鳴り、虎徹は相手が誰かを確認することなく通話ボタンを押した。

「は〜い。もしもし?」
『おはよう。その様子だと、昨日はよく眠れたようだね』

携帯から聞こえてきたその声はロイズのものであった。

『悪いけど、今から大至急会社に来てくれない? メカニックが君と話がしたいそうだから』
「はっ? 斎藤さんが俺と? なんでまた……?」
『そんな事は直接本人に聞いてよね。じゃ、そういうわけだから、よろしく……』
「えっ? ちょっと、ロイズさん……」

虎徹の言葉など一切耳を貸さずにロイズは言いたい事だけを言うとさっさと電話を切られてしまった。

「ん? なんかあったのか?」
「いや〜。なんかわかんねぇけど、うちの会社のメカニックが話したい事があるらしい」

折角、これからこの街の平和の為にもトレーニングに行こうと思っていたのに……。
虎徹は溜め息をつくと席から立ち上がった。

「そう言うわけだから、トレーニングにはお前一人で行けよな」
「しょうがねぇな……。後で必ず来いよ。あいつらも心配してたんだし」
「ああ。わかってるよ、必ず後で行くよ」

アントニオの言葉に虎徹は苦笑してそう言うと、アントニオと別れて会社へと向かうのだった。





















「(分かった。もうちょっと脱ぎやすさの面で改良を施してみるよ)」

アポロンメディアの開発室にいるのは斎藤とバーナビーだった。
昨日の一連の事件を踏まえて、自分なりに反省点を纏めたバーナビーはそれを少しでも改善すべく、メカニックの斎藤に提案しに来たのだ。
今回、ライジングコースターでヒーロースーツを脱ぐのに、予想していたより時間が掛かってしまった。
あれが待ち伏せという形であったからよかったものの、そうでなければ結構危なかったかもしれない。
本来出動中にヒーロースーツを脱ぐ事は稀ではあるが、今回のようにヒーロースーツを脱がなければならない事態に落ちらないとは限らない。
先の事を見据えて動いておく事に越したことはないだろう。

「(他に気になる事はあるかい?)」
「他にですか……?」

斎藤にそう問われたバーナビーはヒーロースーツにほかに改良点があるか考え始める。
彼が開発したこのヒーロースーツに特に不満点などはない。
だから、時に気になる事のなんて何も……。

――――お前にあいつはもったいねぇよ。
「!!」

突如、脳裡に過ったのは、昨晩のロビンの言葉だった。
パレードが終了し、記念撮影を終えた後、バーナビーはロビンを警察に引き渡した。
その時、ロビンが僕にしか聞こえない声で囁くようにそう言ったのだ。
ロビンの能力を封じる為、ロビンは目隠しをされておりどんな表情を浮かべていたのかわからなかったが、その口元には歪んだ笑みを浮かべていたのをよく覚えている。

――――あいつを狙っているのは、きっと俺だけじゃねぇぞ。ちゃ〜んと掴んでねぇと、俺以外の奴が、あいつを掻っ攫ってくぞ。精々、頑張る事だな、ルーキー♪

何故、ロビンが僕に向かってあんな事を、しかも挑発的な口調でそう言ったのかわからなかった。
別に僕はあの男がどうなろうと知った事ではない。
今回助けたのは、折角僕が活躍できたというのにあそこで死なれては後味が悪くなる為だった。
それ以上でもそれ以下でもない。他に何の感情もないのだ。
では、何で僕はこんなにもこのロビンの言葉に引っ掛かっているんだろう?
奴の挑発なんて無視すればいいだけじゃないか。
なのに、それができないのは何でだ?
一晩考えても結局その答えは見つからなかった。

「(? ……どうかしたのか、バーナビー?)」

バーナビーの様子がおかしい事に気付いた斎藤はPCのモニターから目を放すとそうバーナビーに問いかけた。

「! あっ、いえ……。なんでもありません。ヒーロースーツは今言った所を改良して頂ければ、他は特にありません」
「(? ……そう。なら、いいけど……)」

それに少しバーナビーは、慌てながらも落ち着いてそう回答した。
バーナビーの言葉に少し疑問を感じつつも敢えてそれには触れずに斎藤はそう言うと再びPCのモニターへと目を向けた。

「(それにしても、スーツを脱ぐなんて発想、よく彼は思いついたもんだね)」
「えぇ……そうですね……」

斎藤の言葉にバーナビーは素っ気なく返した。
あの男のこの作戦がなければ、恐らくロビンを確保する事はできなかっただろう。
その辺については、一応感謝すべきかもしれない。
それにしても、あの男は本当に大丈夫だったのだろうか?
僕の腕の中にいたあの男の感触が今でも忘れられない。
初めてあの男と出会った時も成り行きでお姫様抱っこをした時も感じたが、その時よりも身体が軽く感じた。
あの男のほうが身体が辛いはずなのに、あの男は僕に謝ってばかりいた。
別に謝ってほしかったわけでもないのに……。
ただ、あの男に息をして欲しいと、あの綺麗な琥珀の瞳を見せて欲しいと思っただけなのに……。
結局、ロックバイソンの手に渡ったあの男はパレードには参加することなく、そのまま病院に搬送されてそれから一度も顔を合わせていなかった。
皆の前では強がって振る舞っていたようだったが、やはりそれほどまでに状態がよくなかったという事なのだろうか?
この後、ロイズさんにあの男の様態でも確認してみよう。

(……って、僕はさっきから何を考えているんだ!?)

先程からあの男の事ばかり考えている事に漸く気づく。
あの男の容態を確認したいのは別にあの男を心配しているからじゃない。
僕の仕事の支障を来したくないだけだ。
断じてあの男の事が心配なんかしていない。

「……それでは、よろしくお願いします」

心の中でそう思いながらその事を決して顔には出さずに、バーナビーはそう斎藤に軽く会釈をすると開発部の出口を目指して足を進めた。

「ちーっす、斎藤さん。用って何っすか? ……ってバニーちゃんも来てたのか?」

その声と共に開発部のドアが開いたかと思うとそこから現れた男の姿をバーナビーはしっかりと捉えていたのだった。
























神様シリーズ第1章第28話でした!!
今回でやっとまともにアントニオと絡めた虎徹さんでした。
劇場版でこのシーンを見た時、ちゃんと親友をやってるんだなぁと思った所でもあります。
ライジングコースターで虎徹を見た際には、間違いなく全員を押し退けてロックバイソンが号泣するだろうと思ったのでやっちゃいました。
バニーちゃん、スカイハイ、ブルーローズごめんね;
バニーちゃんは相変わらず無自覚ですが;


H.25 5/9



次へ