「今まで、ありがとうな……」
「やめてくださいよ! 何、死にそうになってるんですか!」

虎徹の言葉に瞳から大粒の涙を流しながらバーナビーが顔を近づけた。

「……こんな人じゃないでしょ、あなた! 元気だけが取り柄なはずでしょ! いつか虎徹さんに僕のチャーハンを食べてもらおうと思って練習してるんですからね!!」
(お前、そんなことやってたのか……)
「……ッ!」

泣きながら必死に訴えるバーナビーの言葉に思わず笑みが零れた。
が、その瞬間、激しい痛みが全身に走り顔を歪めた。

「虎徹さん!?」

それに驚いたバーナビーはさらに虎徹を抱き寄せ、その手にも力が入る。

「近けぇよ、おい……。お前、睫毛長げぇんだなぁ……」

こんなにも近くで見ているのに、その綺麗な顔が哀しみで歪んでしまっているのが残念だ。
だが、それをさせているのが他ならぬ虎徹自身である。

(ごめんな。バニー……)

ずっと、伝えたい想いがあった。
だけど、それを伝えようにももう口は動かず、徐々に瞼が重くなっていくのがわかる。

「虎徹さん! 虎徹さーーーんっ!!」

必死に叫びバーナビーの声を聞きながら、虎徹は眠るように瞳を閉じ、意識を手放した。
次に目を開けた時には、伝えよう。
バニーのことが……。






〜神様ゲーム〜








『……タイ……。タイガ…………』
「…………ん?」

誰かが俺の名を呼ぶ声が聞こえ、虎徹は少しずつ意識が覚醒していく。

『ちょっと、タイガー! 聞こえてるの!! 聞こえてるなら、返事ぐらいしなさいよっ!!』
「っだ! アッ、アニエス!?」

完全に意識が戻ったと同時に耳元から物凄い声量の声が聞こえ、驚きのあまりこの声の持ち主の名を虎徹は叫ぶ。
それは紛れもなく、ヒーローTVの番組プロデューサーのアニエス・ジュペール、その人である。

『いい? 三十秒後、CMあけてからGOよ』
「はっ? CM?? 何言って……」

アニエスの言葉の意味が分からず、そう口にした瞬間、俺が今何処にいるかに気付く。

(モノレールのレールの上……? なんでだ……?)

俺がいたのは間違いなくジャスティスタワーでバニーと共に戦っていたはずなのに……。
しかも、虎徹が今着ているヒーロースーツは、トップマグ時代のヒーロースーツであることにも気付く。
今、目の前に広がる現状を理解することができなかった。

(一体、どうなってやがる? ……夢でも見てるのか?)

現状の状況からはそう判断するしかなかった。
だったら、早く目を覚まさなければ……。
俺がこうしている間にもバニーや楓の身が危ないかもしれないのに……。

『ちょっと、タイガー! もうすぐ、CMあけるわよ!!』
「っだ! 何!?」

そんなことを考えている間に三十秒経ってしまっていたのかマスクに内蔵されている無線からアニエスの声が響く。
例えこれが夢であろうとも、俺がヒーローであることには変わらない。
目の前に困っている人がいれば、放ってはおけない。
虎徹は全身に力を込め、NEXT能力を発動させる。
筋肉が徐々に隆起していき、瞳と身体全身が青白く光る。

「ワイルドに吠えるぜっ!」
『おおっと! ここでワイルドタイガー、ハンドレッドパワーを発動! これにより身体能力は通常の百倍に!』

実況レポーター、マリオの実況を聞きながら虎徹はレールに手をかけようとした。
が――。

――――反省してんのか、虎徹。どうしてレールをひん曲げなきゃいけなかった?車両の窓だって割らずに済んだよな?

突如、頭に浮かんだのは元上司のベンさんの言葉だった。
これが夢だとしてもまたあの人に怒られるのは嫌な気がしたので、虎徹は作戦を変更することにした。
車両の連結部に狙いを定め、ワイヤーを放つと力の限り、モノレールの走行方向とは逆に引っ張る。

「おりゃあああぁぁ!」

モノレールは火花を散らせながら、急激に速度を落とし始め、そして動きを止めた。

『なんとっ! 《正義の壊し屋》ワイルドタイガーが、モノレールを壊すことなく止めたっ!!』
「なんなんだよ! その言い方はっ!!」

マリオの実況に虎徹は思わず怒鳴った。

『バカ! 下よ下!!』

そんなことに気を取られているとアニエスの声が響いた。
その声に真下を覗くと、犯人が中空に浮かんでいる広告用飛行船にしがみ付いたのが見えた。

「っだ! やっべぇ!!」

その瞬間、ギュンッと音を立てて飛行船へと飛んでいく一筋の影が見えた。

『ここで来たのは《風使い》のスカイハーイ! 今シーズン圧倒的な活躍を見せるミスターヒーローがいよいよ登場!!』

中世の騎士のような白銀のマスクに白いマントを靡かせて、背中に搭載したロケットを噴射して空を自在に飛び回るヒーロー、スカイハイだ。
スカイハイはカメラに気付くと爽やかに挨拶を交わす。
そして、その後は飛行船に飛び移った犯人目掛けて猛スピードで進んでいった。

(スカイハイ。ここでもオイシイとこ持っていきやがって!)

虎徹は躊躇うことなくレール上を疾走し、飛行船まで距離をつめると飛行船目掛けてダイブした。
あの時は、勢い余って船体に顔面がめり込んでしまっていたが、今回は途中で勢いを殺してそれを免れ、上手く船体に着地した。
さっさと犯人を追いかけようとした矢先に虎徹の目に飛び込んできたのは、あの時と同じようにミサイル弾だった。
犯人がスカイハイに放ったミサイル弾をスカイハイがNEXT能力で躱した為、虎徹へとロックオンされたのだった。

(あん時と同じかよっ!)

そんなことを思いながら、虎徹は間一髪のところでミサイル弾を躱し、思いっきりパンチをしてミサイル弾の軌道を変えた。
その衝撃でミサイル弾は飛行船から少し離れたところで爆発した。

『ああっ! 犯人の撃った弾が大爆発ーー!!』
爆発の衝撃で二人の操縦士らしき男たちが飛行船の外に投げ出されるのが見えた。

「はあっ!」

そこへすかさず、スカイハイが風を操り、男たちを空中に浮かせた。

『風を操り、人命救助を最優先! さすが、スカイハイ!!』
(しかし、よくできてるなぁ、この夢。一年前とほぼ同じじゃねぇか……)
「助けてくれ! スカイハイ!!」

そんなことを考えていると何処からともなく助けを求める声が聞こえてきた。

(あっ、そういえば……)

その声で思い出したかのように虎徹は急いで操縦席へと向かい、犯人へと手を差し伸べた。

「来たぞ、ワイルドタイガーだ! 俺につかまれ!!」
「……いや、スカイハイを待つよ;」
「うるせぇ! 俺で平気だよ!!」
(なんだよ! 俺の夢なんだから、ここは断るなよ!!)

犯人の言葉にイラッとした瞬間、船体後大きく揺れた。
エンジン部から炎上し、黒煙を立ち込めながら、河川を運航している大型客船へと吸い込まれるように飛行船が暴走しだす。

『ああっと! このままだと……客船にぶつかる!』
(やっべぇ……;)

大型客船から聞こえる悲鳴に焦ったその時、突如河川から水柱が吹き出し、飛行船へとぶつかる。
その瞬間、水柱は凍りついて巨大な氷の手となり、飛行船と大型客船の衝突を防いだ。

「なーに、チンタラやってんの?」
(この声は……)

声のする方へ目を向けると、そこにはフリージングリキッドガンを手に構え、ブルーのグラデーションでキメた露出度の高いセクシーなコスチュームを身に纏った少女が立っていた。

『ファンの皆様、お待たせしました! ≪ヒーロー界のスーパーアイドル≫ブルーローズがフリージングリキッドガンで客船を救出!!』
「私の氷はちょっぴりCOLD! あなたの悪事を完全HOLD!!」
『決まった!!』

ブルーローズがお決まりの決め台詞を言うとカメラに向かってセクシーなポーズをとり、ウィンクをして見せた。
その途端、周囲から一斉に声援が上がった。

「そんなに数字が欲しいのかよ! ……こっち、犯人捕まえたんですけど……」

犯人を捕まえ、カメラに訴えてみたものの、完全にカメラも周囲の人々もブルーローズに釘付け状態で誰も虎徹の言葉を聞いていなかった。

(なんなんだよ、この夢。……いつになったら、目が覚めるんだよ……;)
「はぁ…………っ!!」

溜め息をついた次の瞬間、銃声が響き渡る。
そして、虎徹は自分の胸に痛みを感じた。

(えっ……?)

なんで痛みを感じるんだ?
これは夢のはずなのに……。

「てめぇが邪魔するからだぞっ!」
「…………」

気を失っていたはずの犯人が虎徹に向けて銃弾を撃ち込み、逆ギレしている。

「タッ、タイガー……?」

反応のない虎徹に思わず、ブルーローズが口を開く。
それに虎徹は気付かず、左胸にめり込んだ銃弾を静かに手にした。
昔、一年前にこれと似た痛みを感じたことがある。

(これは……夢じゃ……ない……?)
「タイガーってば!!」
「へっ?」

ブルーローズの大声に虎徹は間抜けな声を上げた。

『無事です! 撃たれたワイルドタイガーは無事のようです!!』

マリオの実況に周りの人々から安堵の息が漏れ聞こえた。
犯人は慌てて立ち上がり、凍った河川を駆け抜けて、ブルーローズのいる氷の丘へと逃げ出した。
犯人は自棄をおこしているのか、銃を乱射させる。

「えっ? ちょっと、こっち来ないでよ! もうっ、いやっ!!」

若干パニックを起こしつつ、ブルーローズがキラキラとしたダイヤモンドダストを撒き散らしながら、氷の丘を滑走して逃げる。

『おおっと、炸裂! キューティーエスケープ!!』
(だから、逃げてるだけだろ、それ;)
「あぶなっ!」

マリオの実況に呆れていると乱射された銃弾が虎徹へと飛んできたのを咄嗟に躱した。

(今はあれこれ考えている暇はねぇ……)

そう判断した虎徹は氷の地面を蹴り、天高く飛ぶ。
今度こそ、こいつは俺が捕まえてやる。
そう意気込み、虎徹は犯人目掛けて拳を構えた瞬間、タイマーのカウントがゼロになった。

「あ゛っ……」

隆起していた筋肉が収縮し、瞳と身体から青白い光が消えていく。

『ああっ! 時間切れ! ワイルドタイガーの能力は五分間しか持たなぁい!!』
(やっべぇ! 忘れてた!!)
『普通の人間に戻ってしまったタイガー! このままでは危ないっ!!』
「ダアアアァァァ!」

凍り付いた河川に猛スピードで落下していき、眼前に氷が迫る。
これが夢でないのなら、確実に死ぬことはよくわかっていた。
そう、……あの時起きた奇跡がもう一度起きない限り……。

(もう駄目だ……!)

すべてを覚悟した虎徹は両手で顔を覆った。
奇跡なんてそう何回も起きない、そう思っていたのにいくら待っても虎徹に落下の衝撃は襲ってこなかった。
それどころか、虎徹の身体を誰かが抱きかかえているのがわかる。

(まっ、まさか……!)

恐る恐る顔から両手を放すとそこには、全身ダークグレーの色合いのヒーロースーツを身に纏った彼がいた。
彼のこの姿を見たのは一年ぶりになる。

「お前……」
「無理はいけませんよ」

恐る恐る虎徹が口を開くと、聞き慣れた彼の声があたりに静かに響く。

「…………バーナビー」

虎徹はこの時では、まだ知るはずのない彼の名を呟くのだった。
























神様シリーズ第1章第1話でした!!
今回はほぼ、虎徹さん視点で話を書き進めていってます!
突然、一年前に戻った虎徹さんは初めは夢だと思うけど、銃弾の痛みを感じて違うことに気付くと思いました。
逆行したら虎徹さんはきっとモノレールは壊さないだろうとあれこれ考えた結果、ああいう結果になりました。
次回は、バニーちゃんとの絡みをかけたらいいなぁと思っています!


H.25 2/5



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