「まだかな……?」

禰豆子と伊之助は、ソワソワしながら蝶屋敷の門前に立っていた。
もうすぐ、打ち直してもらった新しい日輪刀が届くと、先程、鎹鴉が教えてくれたのだ。
炭治郎の分も一緒に出来上がったらしいが、まだ日も高いので、念の為、屋敷の中で待ってもらう事にした。

「あっ! 来たわ! 鋼鐵塚さんだわっ!!」

すると、向こうの方から二つの人影が近づいて来た。
その片方の人は、三度笠の縁に幾つもの風鈴を付けていた。
あれは、間違いなく、禰豆子と、そして、炭治郎の担当となった刀鍛冶の鋼鐵塚の姿だった。


~どんなにうちのめされても守るものがある~


「鋼鐵塚さーん! こっちでーす!!」

鋼鐵塚の姿を捉えた禰豆子は、そう言って大きく手を振った。

「ご無沙汰していまーす! お元気でした……か――」

禰豆子はそう言いかけると、途中で手を振るのを止めた。
鋼鐵塚が連れの人と何やら話し出したからだ。
そして、そう思っていたら、いきなり物凄い勢いでこちらへと走って来たのだが、その手には何故か包丁が握られていた。

「きゃああぁぁっ!」

その包丁に驚いた禰豆子は、間一髪のところで飛び退いて避けた。

「はっ……はが――――」
「よくも折ったな、俺の刀を! よくも、よくもォォ!!」

その鋼鐵塚の行動に困惑しつつも禰豆子は、鋼鐵塚に話しかけようとするのだが、それを鋼鐵塚が叫んで遮った。
どうやら、彼は、禰豆子が刀をダメにした事をかなり怒っているようだった。

「すっ、すみませんでした! でっ、でも、本当にあの……私も死にそうになりましたし! あっ、相手も凄く強くって……」
「違うな! 関係あるものか! お前が悪いっ!! 全部お前のせいっ!!」

禰豆子は、謝罪しつつも、戦った時の状況を何とか鋼鐵塚に説明しようと試みるも駄目だった。
鋼鐵塚は、物凄い勢いで禰豆子の頬を指で突いた。

「お前が貧弱だから刀が折れたんだっ! そうじゃなきゃ俺の刀が折れるものかっ!!」
「いっ、いた……」

いや。これは、寧ろ、刺していると言っていいほど、徐々にそれは激しくなり、痛みも増していった。

「殺してやるー---っ!!」
「きゃあぁっ! ごっ、ごめんなさいっ!!」

大人げなく包丁を振り回しながら、そう叫ぶ鋼鐵塚に対して、禰豆子はそう言って逃げるしかなかった。
だが、その追いかけっこも突如背後から聞こえてきたゴツンッという鈍い音と共に終わりを告げた。

「大丈夫かっ! 禰豆子っ!?」
「おっ、お兄ちゃん!?」

その音がする方向へと振り返ると、いつの間にか日傘を持って外に出てきていた兄――炭治郎の姿がそこにはあった。
そして、その近くには、地面に這いつくばっている鋼鐵塚の姿も……。

「怪我はしていないか? 刀鍛冶の人を迎えに行ったんじゃないのか!?」
「えっ? えっ、えー-っと……」
「伊之助も! 禰豆子が変な人に襲われているのに、ただ見ているだけなんて、酷いじゃないかっ!!」
「えっ? あ~……」
「あっ、あのね、お兄ちゃん……」

炭治郎の発言を一通り聞いた禰豆子は、彼が少しだけ勘違いをしている事に気が付いた。
炭治郎は、きっと、禰豆子の悲鳴を聞いて、外までやって来たので、今、目の前に広がっていた光景だけを見てそう受け取ってしまったのだろうと……。

「そこで……倒れている人が……私とお兄ちゃんの刀を打ってくれた鋼鐵塚さんです」
「…………えっ? ええええぇぇっ!?」

そして、その事実を知った炭治郎は、案の定、驚きの声を上げるのだった。





* * *





「…………まぁ、鋼鐵塚さんは、情熱的な人ですからね。人一倍、刀を愛していらっしゃる」

その後、炭治郎の頭突きによって見事に気を失った鋼鐵塚を連れて、禰豆子たちは蝶屋敷の中へと上がった。
そんな鋼鐵塚に対して、落ち着いたようにそう言ったのは、もう一人の刀鍛冶である鉄穴森である。
彼も鋼鐵塚と同じようにひょっとこのお面を被っていた。
もしかすると、日輪刀の刀鍛冶は、全員同じ様にお面を付けているのかと、禰豆子は思った。

「ですから、あんな風に妹さんが追われているのを見たら、炭治郎殿があんな行動を取ってしまうのも仕方のない事ですよ」
「でっ、ですが……」

そう鉄穴森に言われても炭治郎は、申し訳なさそうな表情をしていた。

「まぁ、次回から気を付けて頂ければ、大丈夫ですよ。鋼鐵塚さんも、これに懲りたのなら、無闇に包丁を振り回さないようにしてくださいね」
「はっ、はい……」
「…………おっ、おう」

そんな炭治郎に対して、鉄穴森は優しくそう言った。
それを聞いた炭治郎は、何処か恥ずかしそうに頷いてそう答えた。
鋼鐵塚に至っては、とても小さな声でそれに同意すると、先程、アオイが用意してくれたみたらし団子を食べ始めた。
そして、そのまま、まずは、禰豆子の分の日輪刀を禰豆子に手渡すのだった。

「……ほら! 今度は、折るんじゃねぇぞ」
「ありがとうございますっ! 大切に使いますねっ!!」

それに禰豆子は、心底嬉しそうにそうお礼を言うと早速、己の日輪刀と向き合った。
そして、ゆっくりと刀身を鞘から引き抜いた。
すると、銀色だった刃が初めて日輪刀をもらった時と同様、みるみるうちに色が変わっていった。
根元から先端にかけて赤から黒に変わるグラデーションの色に……。

(あぁ……。やっぱり……私の刀は……この色なのね……)

一度、日輪刀を手にした事があるのだから、そんな事はわかりきっていたはずだったのに……。

「ほぉ、これまた……変わった色ですよね」
「そう……ですよね……。まるで――――」
「凄い! まるで、父さんが作った炭が燃えている時と同じ色だ」
「えっ?」

その色を初めて見た鉄穴森も不思議そうな声でそう言ったので、禰豆子はそれに答えようとした。
だが、その言葉の途中で炭治郎が笑ってそう言ったので、禰豆子は驚いたように炭治郎の顔を見た。

「禰豆子の刀は、凄く綺麗な色だよ。俺は、この色……とっても懐かしいから好きだよ」
「っ!?」

そして、優しく微笑んでそう言った炭治郎の言葉に禰豆子は思わず息を呑んだ。
炭治郎にそう言われるまで、そんな事、想像すら出来ていなかった。
禰豆子が想像したのは、あの惨劇の光景。
家族から流れ落ちた赤い血がどんどんドス黒いものへと変わっていく光景だった。
だから、この刀は、私にとって、戒めだと、家族を守れなかった自分を決して許すなと言われているのだと思っていた。
でも、実際は違っていたのだ。
みんなで楽しく囲炉裏を囲んで、美味しいご飯を食べた光景。
その中心には、みんなの事を温かく見守るように囲炉裏の中で燃えている炭があった。
その事を、無惨への憎しみが強すぎたせいですっかり忘れてしまっていたと禰豆子は、漸く気付かされた。

「ありがとう……お兄ちゃん!」

炭治郎のおかげで禰豆子の気持ちは、軽くなる事が出来た。
だから、ちゃんとお礼も言えた。
それを炭治郎は、ただ優しく微笑むだけで応えた。

「……じゃぁ、次は、お前さんのだ。これが……その刀だ」
「ありがとうございます」

そして、今度は鋼鐵塚が炭治郎の為に打ってくれた日輪刀を炭治郎へと手渡した。

「…………正直、鬼に持たせる日輪刀なんて、今まで誰も作ったことはない。……色が変わらなくても、仕方ないかもだが、どうせなら、俺は赤くなるのが見たい。ってなわけで……抜いてみな」
「また、鋼鐵塚さんは無茶な事を……」
「わかりました。抜いてみます……」

鋼鐵塚の言葉を聞いた鉄穴森は、心底呆れたようだった。
鬼である炭治郎が日輪刀を握っても、そもそも色が変わらない可能性の方が高いというのに……。
そんな期待と不安が入り混じる中、炭治郎はゆっくりと刀身を鞘から引き抜き、しっかりと両手で握って目の前に皆が見やすいように翳した。

「えっ……!?」

すると、炭治郎の日輪刀は、禰豆子のものとはまた違う変化を起こした。
銀色だった刃が一気に朱い色へと変わったかと思うと、すぐに真っ黒な色へと変化を遂げたのだった。
その黒は、禰豆子の色の物より濃かった。

「…………黒いですね」
「真っ黒だな」
「黒いだな!」
「キーーーーッ!!」

それに炭治郎たちが驚いているのに対して、一人だけ反応が違ったのは、鋼鐵塚だった。
それは、禰豆子が初めて日輪刀を持った時の反応と同じだった。

「何で赤じゃなくて、黒になるんだよっ! 何で、あのまま赤い刀身にならなかったんだよっ! お前のはっ!!」
「いたたっ! そっ、そんな事、俺に言われても……」
「ちょっと、鋼鐵塚さん、少しは落ち着いてくださいっ!!」

そして、奇声を発しながら、そのまま鋼鐵塚は、炭治郎に飛びかかって来た。
そんな鋼鐵塚に対して、炭治郎はただただ困惑し、禰豆子は何とか宥めようとするも駄目だった。

「あれかっ! お前が鬼だからなのかっ!? 人に戻れば、刀身が赤くなるって事なのか!? なら、早く――――」
『やかましいわっ!!』
「っ!!」

尚も鋼鐵塚は、炭治郎の事をポカポカと殴り続け、その勢いは治まらなかった。
その為、鋼鐵塚が言葉をすべて言い終わるよりも早く、何処からともなく飛鳥が姿を現すと、鋼鐵塚の頭を嘴で小突いた。

『それ以上、炭治郎を困らせたら……本当に焼くぞ!』
「それは、ダメだよ、飛鳥。その人は、俺と禰豆子の為に刀を打ってくれた人なんだから」
『炭治郎! お前も、もう少し嫌がれっ! 見ているこっちがイライラするだろうがぁっ!!』
「えっ? だって、そんなに痛くなかったし……。鋼鐵塚さんの期待通りの色にできなかった俺の方が悪いのかなぁって?」
『炭治郎……お前という奴は……』

飛鳥の言葉に炭治郎は、キョトンとした表情を浮かべてそう言った。
それを聞いた飛鳥は、呆れたように息を吐いた。

「それよりも、鉄穴森さん。早く伊之助にも刀を渡してあげてください」
「……あぁ、そうですね。うっかり、忘れそうになりました」

突然、予想外の出来事が目の前で繰り広げられた為、鉄穴森は呆然としてしまっていた。
それに気付いた炭治郎が優しく声をかけると、漸く気を取り戻して、鉄穴森は背負っていた箱から二本の日輪刀を取り出した。

「伊之助殿の刀は、私が打たせて頂きました。今後の戦いのお役に立てば、幸いです」

実を言うと、伊之助は自分の日輪刀を打ってもらうのは、これが初めてらしい。
以前まで使っていたものは、彼が育った山に偶々入って来た鬼殺隊士に喧嘩を売って奪い取ったものなのだ。
日輪刀は、先程の禰豆子や炭治郎にように、初めて手に取って抜刀した人の特性によって色が変わる。
だから、殆ど銀色に近かったあの日輪刀の色は、本来の伊之助の色とは異なる可能性があった。
実際に伊之助が最初に日輪刀に触れたら、どんな色になるのか、禰豆子だけでなくここにいる皆が興味津々の中、伊之助は新しい刀を両手でしっかりと握り締めた。
すると、伊之助の刀が根元の方からゆっくりと、青みがかった鼠色へと変化をしていった。

「あぁ、綺麗ですね。藍鼠色が鈍く光る……渋い色だ。刀らしい、良い色だ」

その伊之助の刀の色を見た鉄穴森は、そう満足そうに言った。

「握り心地は、どうでしょうか? 実は、私、二刀流の方の刀を作るのは、初めてでして……」
「よかったですね! 伊之助さんの刀は、刃毀れが酷かったですし……」

それを見た禰豆子も嬉しそうにそう言ったのだが、何故か伊之助は特に反応しなかった。
その反応に炭治郎は不思議そうに首を傾げた。

「伊之助? どうしたんだよ?」
「…………」

心配そうに声をかける炭治郎の言葉にも伊之助は、特に反応を示さなかった。
すると、突然、伊之助は、縁側から庭へと下りると、地面にしゃがみ込んで辺りに転がっている石を吟味し、拾い始めた。

「……? 伊之助殿?」

その伊之助の行動を誰も理解できずに困惑していたその時だった。
伊之助は、その石を使って、いきなり日輪刀の刃に叩きつけ始めたのだった。

「!?」

その予想だにしなかった伊之助の行動にここにいる全員が絶句した。
だが、そんな事など伊之助自身は、全く気にする事なく、黙々と石で刃を叩き続けていき、綺麗だった刃をどんどんボロボロに刃毀れさせていく。

「…………よし!」
「よし、じゃねぇだろうがぁ! ぶっ殺してやるっ! このクソガキ!!」
「すいません、すいませんっ!!」
「…………」

まず一本分の日輪刀を刃毀れさせた伊之助は、その刀を見て満足そうにそう言った。
鉄穴森に至っては、せっかく丹精込めて作った日輪刀を目の前でボロボロにされた為、大声を上げた。
その鉄穴森の反応は、当然であるが、そんな鉄穴森に対して、何故か禰豆子が代わりに謝ってこの場を宥めようとした。
だが、伊之助は、そんな鉄穴森の事を一瞥した後、また何事もなかったかのようにもう一本の日輪刀も同様に石で刃毀れさせ始めた。

「てめぇ~! もう生かしちゃおけねぇ!!」
「すいません! 本当にすみませんっ!!」
『……どうでもいい事だが、何故にお前たちが謝っているんだ?』
「多分、お兄ちゃんは、鉄穴森さんを押さえている事に対して、謝っているのだと……」
『…………そういうところは、本当にお前たちらしいなぁ』

それを目にした鉄穴森は、伊之助に掴みかかろうとした。
そんな鉄穴森を必死で押し止めようとする炭治郎を目にした飛鳥は、ポツリとそう言った。
その問いに若干、伊之助の行動に呆れつつも禰豆子がそう答え、それを聞いた飛鳥は、妙に納得しつつも息を吐いた。
そして、炭治郎に加勢すべく、飛鳥も鉄穴森に近づくのだった。









守るものシリーズの第55話でした!
今回のお話は、炭治郎くん・禰豆子ちゃん・伊之助の日輪刀を受け取るところのお話でした。
あの大人げない鋼鐵塚さんに禰豆子ちゃんが追っかけまわされているのを見てしまったら、炭治郎くんがああするのも仕方ないと思いつつ書いてましたwww
そして、炭治郎くんの言葉を聞いて、少しでも禰豆子ちゃんが楽になったらいいなぁと思いました。

【大正コソコソ噂話】
その一
炭治郎くんは、禰豆子に言われて大人しく蝶屋敷の入り口で待ってました。
ですが、突然、禰豆子の悲鳴声が聞こえてきたので、慌てて日傘を持って外に出たら、鋼鐵塚さんに包丁を持って追いかけまわされている禰豆子の姿を目にします。
そのせいで完全に変質者に禰豆子ちゃんが襲われていると勘違いをした炭治郎くんは、禰豆子ちゃんを守る為、いつもの頭突きを鋼鐵塚さんに食らわせるのでした。

その二
飛鳥は、鋼鐵塚さんたちとのやり取りについて、本当は静観するつもりでいました。
※初見だと、大抵驚かれるので
ですが、鋼鐵塚さんが炭治郎くんに対して、言ってはいけないことまで言いそうになっていたので、途中参戦する事にしました。

その三
今回のこの場面に関しては、煉獄さんも宇髄さんも任務の関係の為、不在でいた。
あまり、炭治郎くんのところばかり行っているので、流石にしのぶさんに怒られた二人でした。

「なんと! 竈門少年の刀が来たのか! 竈門少年の刀の色が変わる瞬間に立ち会いたかったぞ!」
「なぁ! 色は? あいつの色、派手に変わったか!?」
「お二人は、ちゃんと竈門くんの色が変わる前提で話をされるんですね♪」


R.5 4/29