夜が後数時間で明けようとしている時間にルークは物音で目を覚ました。 音がするほうへと目をやると、クラトスが部屋を出て行くのが見えた。 「……今のクラトスだよね。……何処に行くんだろう?」 「……どうしたんだ、ルーク?」 すると、ルークの隣で寝ていたロイドも目を覚まし、眠そうに目を擦った。 「ごっ、ごめん! 起こしちゃったか?」 「いや、それはいいんだけど…………あれ? クラトスは?」 ルークと話しているうちに部屋にクラトスの姿がないことにロイドは気付いた。 「うん。……ついさっき、部屋を出て行ったみたい」 「何処に行くんだろう? ……ついていってみようぜ!」 「えっ!? ダメだよ、そんなの!」 ロイドの提案にルークは、慌ててそう言った。 「大丈夫だって、バレなきゃな! 行くぞ!!」 「ちょっ、ちょっと待ってよ! ロイド!!」 部屋を出て行ったロイドをルークは慌てて追いかけるのだった。 〜Symphony The World〜 (あっ……いた) 宿屋を出てちょっと進むとすぐにクラトスの姿を見つけた。 クラトスは街の入り口の近くに繋がれているノイシュの前に立ち、クラトスはその耳の後ろを掻くようにしてやっていた。 そして、ノイシュに向かって何かを語りかけているようだった。 「…………これからもおまえには、ロイドを見守ってもらわなければならないな」 そう語りかけているクラトスの声は、とても穏やかなものだった。 それに対してノイシュは、何処か寂しそうな泣き声で鳴いた。 「……私にはやらなければならないことがある。私の代わりに――」 そうクラトスが言ったとき、クラトスの背後の背景が揺らめき、滲み出すように人の姿が現れた。 空気が歪んでいるせいで何者なのかは、はっきりとはわからなかった。 だが、こんなことが出来るのはディザイアンであり、しかも突き出された手の先には、魔術が収束しているのがわかる。 「「クラトス! 危ない!!」」 ルークとロイドは、同時に叫ぶと駆け出した。 クラトスは背後を確認することなく、振り返り様に気配を斬った。 「……ぐぅっ!」 それは、倒すまでには至らなかったものの、術は中断され、襲撃者は消えかかった。 「待て!」 クラトスはそれを捕まえようとしたが、それは叶わなかった。 「大丈夫か、クラトス!」 「……ロイドとルークか……」 駆け寄ったルークとロイドを見てクラトスは頷くと、剣を鞘へと収めた。 「礼を言う。助かった」 「いや、そんなのはいいんだけどさ、さっきの人は一体……?」 「恐らく、例の暗殺者だろう。深手は負わせたはずだが……逃げられてしまったな」 … ルークの問いにクラトスはそう答えた。 それに対してルークの隣にいたロイドは首を傾げた。 「……今の奴、どっかで見たことがなかったか?」 うっすらと見えた人影にロイドは、何故か見覚えがあるような気がした。 だか、それに対してクラトスは首を振った。 「……さぁな。そろそろ、宿に戻ろう。皆も目を覚ましている頃だろう」 そう言うとクラトスは、踵を返して宿屋へと歩き出した。 が、クラトスはすぐに足を止めた。 「……ロイド、ルーク」 「えっ? 何だよ?」 「……?」 振り返ってクラトスの鳶色の瞳を向けられた二人は困惑したような表情になった。 「…………死ぬなよ」 そう言い残して燕尾のマントを翻ると、今度こそ振り返らずにクラトスは宿屋へと入っていった。 「……何だよ、一体?」 死にそうになったのは、クラトスのほうなのに……。 「……何やってるんだ、ルーク?」 すると、ロイドはルークがしゃがみ込んでいることに気付き、声を掛けた。 しゃがみ込んでいたルークは、何かを拾い上げると立ち上がった。 「……いや、指輪が落ちていたから、持ち主に返してあげたいなぁ、って思って」 指輪とかペンダントとかのアクセサリーには、その人にとって大切な想いが詰まっている。 だから、この指輪もちゃんと持ち主に返してあげたいと思ったのだ。 「行こう、コレットたちが待ってるよ」 ルークの言葉にロイドは頷き、宿屋へと戻った。 「コレットたちは?」 飛竜に乗って≪救いの塔≫の入り口に辿り着いたルークは、そこにコレットとクラトスの姿がないことに気付き、リフィルに尋ねた。 「もう中に入ったみたいね。早く行きましょう」 「ああ、行こう!」 ロイドの言葉に皆頷き、開いている扉を抜き、塔の中へと入った。 「っ!? 何だよ、これ!?」 塔の中に入ったルークは、思わず息を呑んだ。 その先は、不思議な空間だった。 通路は透明で、上も下も果てしなく、そこに包帯に包まれた何かがゆっくりと移動している。 その数もまた、果てしない。 それは……。 「死体じゃないか!」 すぐ真横を上昇していく包みが破れ、中からミイラ化した人の遺体が見えたのだ。 そのミイラが着ている服に、ロイドは見覚えがあった。 かつては、白かったであろう神衣に……。 「おそらく、今までに世界再生に失敗した神子だわ」 「こんなに……」 その数にジーニアスは呆然とそう呟くのだった。 「コレットも、失敗すればこの列に並ぶのか。……くそっ!」 ロイドは、拳を握った。 「絶対に、そんなことさせるもんか! 行こう!!」 ロイドはひたすら真っ直ぐな通路を走り出し、それにルークたちも後に続いた。 その先にある、転送装置へと飛び乗る。 全員がそれに取ったところで、ロイドは床を蹴った。 着いた場所は、これまでとは違う光景の祭壇の間だった。 部屋は三段になっていて、黒い柱が立ち並び、頭上に石柱とも、石化した樹とも思えるようなものが幾重にも這っている。 コレットは、その一番上の壇にいて、静かに天を見上げていた。 その時、コレットの頭上に光が現れた。 光は実体化して天使レミエルとなり、コレットは膝をつき、敬服するように頭を下げた。 レミエルはゆっくりと降下し、コレットの近くへと舞い降りる。 … 「……さぁ、我が娘コレットよ。最後の封印を今こそ解き放て。そして、人としての営みを捧げてきたそなたに、最後に残されたもの――すなわち、心と記憶を捧げよ。それを自ら望むことで、そなたは真の天使となる!」 「!? まっ、待てよ! それはどういう意味だよ!!」 レミエルの言葉にルークは叫んだ。 「……コレットは……ここで人として死を迎え、天使として再生するのよ」 それに答えたのはレミエルではなく、リフィルだった。 リフィルの言葉にロイドは、驚いたように目を見開いた。 「どういうことだよ、先生! 知ってたのか!?」 ロイドの言葉にリフィルは、申し訳なさそうな顔をした。 「ごめんなさい、ロイド。……コレットに口止めされてたの。世界を再生すれば、それと引き換えにコレットが死ぬ。死ぬことが天使になるということなの」 「それは少し違うな」 レミエルが、リフィルを見下ろしてそう言った。 「神子の心は死に、身体はマーテル様に捧げられる。コレットは自ら身体を差し出すことで、マーテル様を復活させるのだ。それこそが世界再生! マーテル様の復活が、世界の再生そのもの!!」 「そんな……そんなのって……!」 レミエルの言葉にルークは、それしか言えなくなった。 … 「……レミエル様」 リフィルが一歩前に出て、レミエルを見上げた。 「シルヴァラントには、隣り合う、『テセアラ』という世界があるそうですね?」 「そなたの知るべきことではない」 「……殊更隠すということは本当だからね?」 「そのような話、誰から聞いた」 リフィルの言葉にレミエルは目を細め、冷たい表情へと変わった。 「クルシスでも、両方の世界を平和で豊かにすることは出来ないのかい!?」 「……神子がそれを望むなら、天使となって我らクルシスに力を貸すといい。神子の力でマーテル様が目覚めれば、二つの世界は神子の望むように平和になろう」 レミエルの言葉を聞くと、不意にコレットは顔を上げた。 「……本当か、だと? 神子よ。何故自分がここに来たのか、わかっておろう?」 それを聞くとコレットは、うな垂れた。 まるで、それを受け入れるかのように……。 「……まさか……本当に死ぬつもりかい!?」 しいなの言葉にコレットは立ち上がって、こちらへと振り返った。 コレットは、微笑んでいた。 まるで、自分達に「心配しないで」、と言っているかのように……。 「……ダメだ、コレット!!」 それに耐え切れなくなったルークとロイドは、階段を駆け上がろうとした。 が、ルークはリフィルに腕を掴まれ、ロイドはジーニアスが後ろから腰にしがみ付き、押さえられた。 「放せっ! ジーニアス!!」 「放してください、リフィルさん!!」 振り返ってルークはリフィルの顔を見ると、リフィルは首を振った。 … 「……ごめんなさい。でも、これは……シルヴァラントの為なの……」 「ボクだって、コレットが変わっちゃうのはイヤだよ! でも、だったらどうすればいいのさ! シルヴァラントのみんなも苦しんでいるんだよ!!」 「……そっ、それは……」 二人の言葉にルークとロイドは言葉に詰まった。 「神子一人が犠牲になれば世界は救われる。それともおまえたちは、世界より神子の心だけが救われた方がいいというのか? ……さぁ、コレットよ。父の許へと来るのだ」 レミエルは笑みを浮かべ、コレットを受け入れるように両手を広げる。 コレットはそれに従うように振り返ると、レミエルのほうへと歩み寄った。 すると、コレットの足元に魔法陣が現れる。 ロイドは、ジーニアスを振り払うと壇の前に走り寄った。 「待てよ、レミエル! 本当に他の方法はないのか!? コレットはあんたの娘なんだろう!? あんただって、本当はコレットが死ぬことなんて、望んでないんだろう!?」 ロイドの言葉を聞くと、レミエルは侮蔑したような笑みを浮かべた。 「…………娘だと? 笑わせる! おまえたち劣悪種が、守護天使として降臨した私を勝手に父親呼ばわりしたのだろう?」 「なっ……なに……」 予想外のレミエルの言葉にロイドは目を見開いた。 「私は、マーテル様の器として選ばれたこの生贄の娘に≪クルシスの輝石≫を与えただけだ」 「そっ、そんな!?」 「コレット!?」 ロイドは、コレットのいる壇に飛び乗ると、コレットを自分のほうへと向かせた。 ――――ロイド、大丈夫だよ。私、気が付いてた。 すると、コレットの声が頭の中で響いた。 ――――何度かレミエル様に会ううちに、この人は違いって思ってたから……でも、どうしてだろう? なんだか目の奥が痛いよ……。 「コレット! 気付いていたなら、なんで!?」 ――――! 私の声、聞こえるの? ……嬉しい。最後にロイドに、さよなら、言えるね。 コレットはロイドの手を包むようにして握ると嬉しそうに笑った。 「……コレット。……ごめん! 助けてあげられなくて!!」 ロイドは、コレットに叫ぶようにそう謝った。 「……もう、間違えないって誓ったのに俺、また間違えてたみたいだ……」 それにコレットは、首を振った。 ――――ううん。ありがとう、ロイド。私、ロイドがいたから、この世界を護ろうって思ったんだよ。ロイドがいたから私、十六年の命をちゃんと生きようって思ったんだよ……。だから……。 「コレット!」 魔法陣の光の輝きが強くなっていく。 ――――もう、時間……みたい………。 コレットの身体が、ふわりと中へと浮いた。 ロイドは必死に手を伸ばしたが、もうその手はコレットには届かなかった。 … ――――さよ……なら……。 コレットの背中から、これまでよりも強い光を放ち、一際大きな羽が生える。 一度、閉じられた瞳が再び開くと、コレットの瞳が真紅へと変わっていた。 そして、人としての表情がその顔から消えてしまった。 そこにもう、今までのコレットはいない……。 「「コレット!!!!」」 辺りにルークとロイドの悲痛な叫び声が響き渡った。 Symphonyシリーズ第3章第10話でした!! え、えらく長くなってしまったよ; だって、何処で切っていいんだかわからなかったんだもん(開き直り!) 今回はどちらかというとルークの出番は少なめでした; H.20 12/25 次へ |