『ひゃははっ! な……なんだ!? ざぎぼどがら、わだじのながに……なにがが……ひゃは……ひゃは……ひゃはあ!』

怪物化したモースは、風船のように膨らんだ身体から伸びた巨大な腕で頭を強く押さえると、その場でのた打ち回った。
それを後ろで冷静に観察しながら、肘掛で身体を支えたディストは喉の奥で笑った。

第七音素(セブンスフォニム)の注入から、それほど持ちませんでしたねぇ」
「少量の第七音素(セブンスフォニム)でこれか……では、閣下もローレライを制御できなければ――」
「ヴァンは第七音譜術士(セブンスフォニマー)だ。ここまでのことにはならないよ」

リグレットの言葉にシンクは、肩を竦めてそう言った。

『な……なにを言っで……ごふっ…! なになにあにああにあないあい――』

モースは振り返ったが、もはや完全に人間性を失っているように見える。

「…………しかし、哀れな。この姿になってまで、預言(スコア)に固執するとは」
「そろそろ時間だ。行くぞ」

リグレットの言葉に神将たちは踵を返してその場を後にする。
哀れなモースただ独りを残して……。






〜Shining Rain〜








「話は聞いたぞ」

そう言ったピオニーは、いつものようにくつろいだ様子で玉座に腰を下ろしていた。

「ホド諸島の一部が消滅したそうだな」
「はい。レプリカ大地と本来の大地との間に擬似超振動(ちょうしんどう)が発生したのではないかと考えています」

擬似超振動(ちょうしんどう)
それはティアと俺が吹き飛ばされたときのものである。

「擬似とはいえ、超振動(ちょうしんどう)であることは違いない。その威力は六割減、と言われています。それでも……物質は崩壊する」
「とは言え、レプリカ大地が出現する度に被験者(オリジナル)が消滅してみろ。擬似超振動(ちょうしんどう)だったとしても、とてもよかったなんて言ってられないぜ」

ガイの言葉にジェイドは頷く。

「ええ。今エルドラントを中心に広がっているレプリカ台地は、地表のレプリカ情報を抜き取りながら造られているものと推察されますからね」
「つまり?」

ピオニーは眉を顰めた。

「レプリカ誕生時に被験者(オリジナル)とレプリカが一瞬、第七音素(セブンスフォニム)を共有するのです。このとき、超振動(ちょうしんどう)によく似た干渉現象が起きます」

それに答えたのは、ゼーゼンマンだった。

「要するに、レプリカ大地が誕生すると同時に被験者(オリジナル)大地が消滅するということか」
「ジェイド。レプリカ大地を作っているフォミクリーの装置は何処にあると思う?」

さすがにピオニーは居住まいを正すとジェイドにそう問いかけた。

「エルドラントでしょうね。大地の情報を抜き取るには、相当な時間がかかります。今ならまだ食い止められる」
「…………貴公らに任せていいか? 我々には空を飛び術がない」
「もちろん。わたくし、ナタリア・キムラスカ・ルツ・ランバルディア、キムラスカの王女として、やれるだけのことを致しますわ」

ピオニーの言葉にナタリアは一歩前に出ると、迷うことなくそう言った。
それを聞いたピオニーは頷き、ノルドハイムを見た。

「地上の警戒は、我がマルクト軍で行いましょうぞ」
「我がキムラスカも協力致します」

ノルドハイムの言葉にナタリアはそう応じた。

「ねぇ、ナタリア。それなら、預言(スコア)会議について、今提案してみたらどうかしら?」
「そうか! そこでキムラスカとマルクト、それにローレライ教団が足並みを揃えれれば新生ローレライ教団に対抗できるな!」

ティアの提案にガイは、手を打つとそう言った。

「そうですわね。今こそ、そのときかもしれませんわ」
「陛下たちが話し合いの席を持ってくれれば、エルドラント攻略の為の話もできますね」
「どういうことだ?」

ジェイドの言葉にピオニーは首を傾げた。
それを見たジェイドは微笑むとガイを見た。

「ガイ、説明を♪」
「それはナタリアの仕事だろうが。……まっ、いいか」

それにガイは少し呆れつつ、自分たちの考えをピオニーに簡潔に話し出すのだった。





* * *





レムの塔、最上階。
そこで、レプリカたちは赤黒くなった空をずっと仰いでいた。
いつか来るであろうモースの迎えを信じて……。
しかし、いくら待ってもモースが現れる気配はまったくない。
ただ、時間だけが虚しく流れ、レプリカたちの不安は徐々に積もっていく。

「いつまでそうしてるんだ?」

そこへひとつの声が響きレプリカたちと共にいたレプリカ・マリィは振り返った。
そこに立っていたのは、あの赤毛の少年。

「……もうよくわかったはずだろ。いくらモースを待ったってモースは、ここへは来ない。モースは、モースでなくなったきているから」

だいぶ前にあの赤黒い空から聞こえたモースの声。
その声を聞けばよくわかる。
モースは、あのときと同じように精神汚染をされていることを……。
それがアッシュには哀しく思えた。

「…………わかっていた」

マリィは、俯くと小さくそう言った。

「いくらモース様を待っていても、モース様は来ないことを……」

赤黒い空から響いたモース様の声。
それを聞いたときから本当はわかっていたのだ。

「だが、それでも……モース様のことを信じたかった…………」

信じたかった。
いや、信じるしかなかったのだ。
信じるしか、我々が生きる道はなかったから……。

「マリィさん……」

その思いが痛いほど伝わってきたので、アッシュは哀しみの表情を浮かべた。

「私は、8−027だ。それは、私の被験者(オリジナル)の名だ」
「…………」

アッシュの言葉にマリィは、顔を上げるとはっきりとそう言った。

「…………ひとつ訊いていいか?」
「……? 何を……?」

突然のマリィの言葉にアッシュは、不思議そうな表情を浮かべた。

「……何故、おまえはそこまで被験者(オリジナル)の為に動く? 何故、そこまでしたこの世界を守りたいのだ?」

わからない。
何故、自らをも犠牲にしてまで世界を守ろうとしているのか。

「この世界を救っても、世界は我々を受け入れはしないのだぞ」
「そんなことはない」

マリィの言葉にアッシュは首を振った。

「もし、俺に協力してくれるんだったら、まだここに辿り着いていないレプリカたちの為に住む場所を与えるよ。俺の仲間に頼めば、きっとやってくれる」
「しかし――」
「さっきの質問だけどさぁ……」

戸惑いを見せるマリィの言葉をアッシュが遮る。

「……俺には、命を賭けてでも守りたい人がいる。だから、この世界を守りたいんだ」

守りたい。
その為に俺は、アッシュとなってここにいる。

「…………それは……あの被験者(オリジナル)たちか? ……私を姉上と呼んだ者たちの為か?」
「うん……。彼らは俺にとって大切な人たちだから」

そう言ったアッシュの表情は、とても穏やかなものだった。

「…………羨ましい」
「えっ?」

小さくそう言ったマリィの言葉にアッシュは、不思議そうな表情を浮かべた。

「おまえにそこまで想われている彼らが羨ましい。私にはそんな人物、誰一人いないから……」
「…………」

マリィの硬い表情が少しだけ和らいだように見えた。

「…………わかった。我々は、おまえに協力しよう」
「! 本当に……いいのか?」
「おかしなことを言うな。初めに我らに死ねと言ったのはおまえだろ」
「う゛っ……; それは……そうだけど……」

マリィの言葉にアッシュは言葉に詰まった。
それを見たマリィは、フッと笑みを浮かべる。

「おまえは、本当に優しいのだな。レプリカである我々のことも気にかけてくれているなんて」
「そんな言い方するなよ! 俺だって、レプリカだし……それに! やっぱり……生きていることには変わりないんだ」
「…………」

被験者(オリジナル)だろうとレプリカだろうと生きていることには変わりないのだ。
そんなこと、自分が一番よくわかっているのに、俺は彼らの残酷なことをお願いしてしまった。
世界の為に死んで欲しいなんて……。

「……我らは、世界の為に死ぬのではない。まだ、ここに辿り着いていない同志たちの為に死ぬのだ。だから、おまえは気にするな」
「…………わかった」

暖かく優しいマリィの言葉にアッシュは決心がついた。

「けど、少しだけ待って欲しい。……まだ、やるべきことが残ってるんだ」
「わかった。それなら、私はおまえが戻ってくる前に他のレプリカを説得を試みる。他にも私と同じように自我を持つものもいるからな」
「そうか。……頼む」

マリィの言葉にアッシュは、頷くと踵を返して歩き出した。
その会話を一人の男が聞いていたことなど知らずに……。
























Rainシリーズ第9章第8譜でした!!
ルークたちがピオニーと話している間にアッシュがいよいよ動き出してしまいましたよ!!
しかも、マリィとの会話を誰かに聞かれてるし;
代々誰か想像はつきますよね?


R.1 8/28



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