真夜中のフェレス島。
静まり返るその島にひとつの足音が響く。

「……誰だ?」

それに気付いたレプリカ・マリィは暗闇に言い放った。
暗闇から現れたのは、夕焼けのように赤い長髪の少年だった。






〜Shining Rain〜








「おまえは……!」

アッシュの姿を捉えたマリィの表情が微かに険しくなる。

「モース様を裏切ったおまえが何故ここにいる?」
「俺は、モースを裏切った覚えはない。初めからモースに協力した覚えもないし」
「レプリカである以上、モース様に力を貸さぬなら、裏切りも同然だっ!」

マリィの言葉にアッシュは、困ったような表情になった。

「で、用件は何だ? 用がないなら、さっさとこの島から出て行け」
(……何だかんだ言っても話は聞いてくれそうだ)
「……………俺に、あんたたちの力を貸して欲しい」
「我々の力……?」

アッシュの言葉にマリィは、ピクリと反応した。

「俺は、この世界の障気を中和する為に超振動(ちょうしんどう)を使いたい。けど、その為には大量の第七音素(セブンスフォニム)が必要なんだ」
「……………その為に、我々に死ねと言うのか?」
「正確に言えば、俺と一緒にだけどな」

アッシュは、はっきりとそう言った。

「馬鹿げてる」

すると、マリィは吐き捨てるようにそう言った。

「世界の為に何故、我々が死ぬ必要がある? 我々は、レムの塔へと行けばモース様が新生ホドに導いてくださるのだ」
「…………本当にそう信じてるのか?」

静かにアッシュは口を開く。

「本当にモースがあんたたちにそんなことを約束すると思っているのか?」
「何が言いたい?」

アッシュの言葉にマリィは表情が険しくなる。

「レムの塔へ行ったって奴はあんたたちを迎え入れたりなんかしない。……はじめからそんなことするつもりなんてなかったんだ」
「そんなことはない!」

マリィは声を荒げて叫ぶ。

「モース様は確かに約束してくださった! 我々の国を造ってくださると!!」
「……モースにはレプリカ情報がある。それさえあれば、あんたたちの代わりなんていくらだって奴は造れるんだ」
「!!」

アッシュの言葉にマリィは瞠目した。

「……………それでも」

マリィは、アッシュから目を逸らすと小さく呟く。
彼女の肩がひどく震えているのがわかる。

「それでも、我々は……………モース様を信じる!」
「…………」

マリィの言葉にアッシュは、何も言い返せなくなった。

「わかったら、さっさとこの島から出て行け!」
「…………」

アッシュは、マリィに哀しみの表情を浮かべると踵を返してその場から去っていった。

「……………モース様っ!」

小さくそう呟いたマリィの声は、祈りに近かった。
島が陸に辿り着いたのは、それから数時間立ってからだった。





















「ジェイドか。大変なことになったのぅ……」

グランコクマのマルクト軍事本部の会議室へと訪れたルークたちはゼーゼマンに会った。

「はい。中央大海の空に浮かんだ島は、ホドではないかと言われていますが?」
「ほう、やはりそうか!」
「じゃぁ、やっぱりホドなのか?」

ルークがそう訊くとゼーゼマンは首を振った。

「いや、確証があるわけではない。あの島はプラネットストームを利用した防御壁に包まれての。観測が不能なんじゃ」
「では、何故ホドでないかと推察を?」
「簡単じゃ。あの島が浮かんでいる場所は、外殻大地時代のホド島があった場所だからの」

イオンの問いにそうゼーゼマンは答えた。

「ふむ。ホドだとすれば、フォミクリーによって造られたレプリカということになりますね」
「間違いなかろうな。超振動(ちょうしんどう)によるホド島消滅作戦の直前実験と称して、ホドのレプリカ情報を抜いたはずじゃ」
「だから新生ホドか……。そういや、あの辺りでも大量の第七音素(セブンスフォニム)が使われてるって話だったな……」

ガイの言葉を訊いたナタリアは頷く。

「ええ。そなると、これはやはりヴァンの仕業なのでしょうか?」
「だが、レプリカたちはモースがどうとか言ってたぞ」
「そうですわね……」

ルークの言葉にナタリアは考え込む。
そのとき、乱暴に扉を開き、兵士が泡を食った様子で飛び込んできた。

「報告します! ホド諸島の一部が消滅した模様です! 原因は不明!!」
「なんと……」

兵士の言葉を聞くとゼーゼマンはジェイドを見る。

「……どう考える?」
「大地の音素(フォニム)が干渉し合って、超振動(ちょうしんどう)が起きたのでは?」
「うむ……そうじゃろうな。わしは陛下のところへ行くぞ!」

そう言うとゼーゼマンは兵士とともに会議室を出て行ってしまい、部屋にはルークたちだけが残された形となった。

「何が起きちゃってるんですか、大佐……」

不安そうな声でアニスは言った。

「我々も陛下のところへ行きましょう。……そこでお話します」

そう言ってジェイドは、ゼーゼマンの後を追うように歩き出した。
本部を出て、グランコクマ城へと向かおうとしたそのとき、すぐに傍に稲妻が落ちたかと思うように辺りが一瞬、真っ白な光に塗り潰された。

『――――聞け! 預言(スコア)を忘れし、愚かな人類よ!!』

そこへしゃがれた声が辺りに響き渡った。

「モースの声!」

それを聞いたアニスが叫ぶ。

「何だ? 何処から聞こえてるんだ!?」

ルークは辺りを見渡したが、何処にもあの醜い化け物の姿はなかった。

「わかりません。空……のようですが、まさか……」

ジェイドは、赤黒い空を仰いだ。

『――私は、新生ローレライ教団の導師モースである。ひゃは、ひゃはははははっ!』
「新生……? どういうこと?」

杖を握り締め、ティアも空を探した。

『――今や、世界は魔界(クリフォト)に呑まれ、障気に包まれ、滅亡を迎えようとしている。それは何故か! キムラスカとマルクトの両国が、始祖ユリアの預言(スコア)を蔑ろにした為だ!!』

声は、直接頭に響いてくるように思える。

『――両国は、偽りのユリアの使者に騙され、預言(スコア)を無視するという暴挙に出た! そこで、私は預言(スコア)を守る為、新たな教団を設立した。それが、新生ローレライ教団であるう! 我々、新生ローレライ教団は、中央大海にか着いてのホド島……《栄光の大地》エルドラントを建造した。ここを中心に、今一度世界を預言(スコア)通りに進めるのだ! ひゃははははははっ!』

声は障気に乗って世界中に轟いているように思える。

『――そして、我々は預言(スコア)を蔑ろにするキムラスカ、マルクト両国に対し、謝罪と降伏を要求する! これが……う、うけ、受け入れられぬ場合は、ひゃは…げふっ、武力行使も辞さない。いずれ改めて、新生ローレライ教団がら、がら、し、使者を送る。両国の誠意ある返答を期待する!』

誰もが障気に満ちた赤黒い空を見上げる。

『――ぞ、ぞじで両国民たちよ。そなたたちの王が預言(スコア)を否定したときには、反旗を翻すのだ! 正義わユリアの預言(スコア)どどもにある! ひゃははははははっ!』

その笑いは長く長く空中に留まり、そして消えていった。

「なっ、なんなの……今の!」

アニスは、ひどく身体を震わせた。

「こんなこと、イオン様だってやったことないのに……」
「あの技術……二千年前の文明の一部を掘り返したとでもいうの? 信じられないわ……」

そう呟いたティアの声もひどく震えている。

「…………モースの精神汚染は、始まっているようですね」
「精神汚染?」

ジェイドの言葉にイオンは首を傾げた。

「ええ。モースは第七音素(セブンスフォニム)の素養がないのに、体内にそれを取り込んでしまった。今、モースの意識は、素養のない第七音素(セブンスフォニム)の為に拒絶反応を起こしている。簡単に言うと理性が失われつつあるんですよ」
「それが精神汚染……」
「ですけど!」

ナタリアは、真っ直ぐジェイドを見た。

「あの男が新生ローレライ教団などという馬鹿げたものを作ったのは、あの男自身の意思ですわ! 預言(スコア)への妄執も、度が過ぎています!!」
「……けど、これで、世界中の人間が、新生ローレライ教団の存在を認知してしまったわ。これから世界中が混乱に陥るかも……」

ティアが不安そうな表情でそう言った。

「むーーっ! イオン様が改革して守ろうとしてきたローレライ教壇をあんな偽者に潰されてたまるかっ!」
「そうです! 絶対守るですっ!!」
「アニス、アリエッタ……」

そう言ったアニスとアリエッタの言葉にイオンは、何処か嬉しそうにそう言った。

「ジェイド、陛下に謁見しよう。ピオニー陛下も伯父上もモースに下るような人じゃないはずだ」
「ええ。もちろんです。善後策を結めましょう」

そして、ルークたちはピオニーの許へと向かうのだった。
























Rainシリーズ第9章第7譜でした!!
久しぶりのアッシュの登場です!!
しかし、なんともシリアスな提案をマリィにしていますよ!!
モースを信じたいマリィの気持ちもよくわかり気がします。


R.1 8/28



次へ