バチカル城、インゴベルト王の私室。
その扉がゆっくりと開いた。

「?  ……誰だ?」

それに気付いたインゴベルトは扉へと視線を変えた。

「お久しぶりです、陛下」

そこにいたのは夕焼けのように赤い長髪に翡翠の瞳を持つ少年だった。

「アッシュ……」

その少年を見てインゴベルトはそう呟いた。






〜Shining Rain〜








「ったく、ナタリアたちは……」

そう呟きながらルークは、インゴベルトの私室へと向かっていた。

「まぁまぁ、ルーク。そう言うなよ」
「そうですよ。彼女たちは、ああ見えても女性なんですから♪」

それを聞いたガイは苦笑し、ジェイドは何処か楽しそうにそう言った。
今、ルークと共にインゴベルトの私室に向かっているのはガイ、ジェイド、そしてイオンである。
事の始まりはティアがバチカル城に仕えているメイドたちをボーっと見ていたことからだった。
それを見たナタリアは何かを思いついたのかティアを自分の部屋へと連れて行ってしまったのだ。
それを面白がって、アニスとアリエッタもついて行ってしまったのだ。

「……? どういう意味だジェイド?」
「まぁ……そのうちわかりますよ」
「?」

ジェイドの言葉の意味がいまいちわからなかったルークがそう聞くと、ジェイドはそう曖昧な答えを言った。
その言葉にルークは、さらにわからなくなる。
そんなやりとりをしているとインゴベルトの私室へ着いていた。
ルークは、インゴベルトの私室の扉をノックしようとした。
だが、その手は途中で止まった。

「? どうかしましたか、ルーク?」

それを不思議に思ったイオンがルークに尋ねる。

「……誰か、先客がいるみたいだ」
「先客? おかしいな、入り口ではそんなことは言ってなかったけどな?」
「だが、確かに話し声が…………!?」

次の瞬間、ルークの耳に届いた声にルークは瞠目した。
それは、聞き慣れた声。
聞き間違えるはずもない。
間違いなくその声は、アッシュのものだった。





















「すみません、陛下。……どうしても、誰にも知られずに陛下とお話がしたかったもので」
「わしとか?」

インゴベルトの言葉にアッシュは頷く。

「はい。……ナタリアの実の父親についてです」
「! 知っているのか? ナタリアの実の父親を!?」

アッシュの言葉にインゴベルトは瞠目した。
そんなインゴベルトを見てアッシュは再び頷く。

「はい。俺は……この七年間、その人の傍にいましたから」
「! では、ナタリアの実の父親はまさか――」
「……神託の盾(オラクル)騎士団六神将《黒獅子ラルゴ》です」

アッシュは、インゴベルトにはっきりとそう言った。

「…………そうか。あのラルゴがナタリアの父親か……。そのことをナタリアには話したのか?」
「いえ。ナタリアに話す前に先に陛下にお伝えしておこうと思いまして……」
「そうか……」

そうアッシュが言うとインゴベルトは重い溜息をついた。

「…………すまんが、アッシュ。そのことはナタリアには内緒にしてもらえないか?」
「! ですが――」
「あの子は、わしの本当の娘でないことで酷く傷付いた。今はまたああやって笑ってくれているが、その心の傷はまだ完全に癒えた訳じゃない。そんな状態でこのことを知ったらあの子がどうなってしまうのか心配なのだ」
「…………」
「わしはこれ以上、あの子に傷付いて欲しくない。だから、アッシュ。頼む」
「…………わかりました」

インゴベルトの言葉にアッシュは、静かにそう言った。
それを聞いたインゴベルトは、ホッとした表情になった。

「ですが、ナタリアにはこのことを知る権利があると思います。俺がすべてを話しても言いと思ったときは、話してもいいでしょうか?」

例え傷付いてしまっても、ナタリアは知るべきなのだ。
知らないほうが幸せでも……。
全てが終わったときに知って、後悔するよりマシだから……。

「…………わかった。おまえが大丈夫だと判断したときに、ナタリアにそれを打ち明けてくれ」
「ありがとうございます、陛下」

インゴベルトの言葉にアッシュは頭を下げた。

「…………アッシュよ。おまえは、わしのことを伯父とは呼んでくれないのだな」

すると、インゴベルトは、何処か寂しげな表情でアッシュを見た。

「俺は、レプリカですから」

アッシュは、そう言って苦笑した。
それを聞いたインゴベルトの眉間に皺が微かに寄った。

「では、俺はこれで失礼します」

それに気付くことなく、アッシュはインゴベルトに一礼すると、扉へと歩き出す。

「…………アッシュよ」

そう言ったインゴベルトの言葉にアッシュは一度足を止めた。

「シュザンヌは言っていたな。『例え、あなたが私がお腹を痛めて生んだ子でなくても、あなたは私の息子よ』と。それは、わしとて同じだ。おまえはわしの大切な甥だ。また、いつでも会いに来てくれ」
「っ!!」

インゴベルトの言葉にアッシュは息を呑んだ。

「…………ありがとうございます、陛下。そのお心遣いだけで俺は十分です」
「…………」

振り返ることなくアッシュは、そう言うと再び歩き出し、ドアノブに手をかけた。
そして、扉を開け、外へと出る。

「! ルーク!?」

その途端、アッシュはルークたち姿を捉え、瞠目した。
こんなところでルークたちと出会うとは予想していなかったから。

「……アッシュ、今の話は本当なのか? ナタリアの父親がラルゴだっていうのは……」
「…………本当だよ」

ルークの言葉にアッシュは目を逸らすことなくそう言った。

「マジかよ」
「……ナタリアは?」

ナタリアの姿が今ここにないことに気付いたアッシュはルークたちに訊いた。

「ちょうど、自室へ行ってますよ」
「そっか。…………よかった」

ジェイドの言葉にアッシュは、安堵の表情を浮かべた。

「信じられねぇ。……ナタリアの父親が……ラルゴだなんて…………」
「……だったら、自分たちの目で確認すればいいさ」

ルークの言葉にアッシュは静かにそう言った。

「何?」
「ナタリアの乳母は、今はケセドニアのアスターの許で働いている。彼女に会って『バタック』という人物のことを訊けば、何かわかるかもしれないよ」
「『バタック』……それがラルゴの本当の名か?」
「ラルゴが六神将に入る前の名前だよ」

ガイの言葉にアッシュは頷いてそう言った。

「じゃ、俺はもう行くから!」
「おっ、おい! アッシュ!!」

そして、アッシュはルークたちの横をすり抜けて歩き出す。
ルークはそれを止めようとしたが、間に合わなかった。

「あっ! そうだ!!」

だが、アッシュは何かを思い出したかのように、一度足を止めるとルークたちへと振り返った。

「ルークたちが探している旅に預言士(スコアラー)なら、街の人に聞いたら、ケセドニアに向かったらしいよ」
「! 本当なのか!?」
「うん。まぁ、断言はできないけど」

驚くルークにアッシュは苦笑してそう言った。

「また、何かわかったら、連絡するから……じゃ!!」
「おっ、おい! アッシュ!!」

そう言うとアッシュはその場からさっさと立ち去っていった。

「ったく、何なんだよ、あいつは!」

突然、目の前に現れたかと思えば、またすぐに消える。
まるで、俺のことを避けているかのように……。

「……とにかく、今は陛下にお会いしましょう。取り次いて会いに行かないのは、失礼ですしね」
「…………あぁ、わかってる」

ジェイドの言葉にルークは静かにそう言った。
そして、気を取り直してインゴベルトの私室の扉をノックした。
























Rainシリーズ第9章第2譜でした!!
インゴベルトに会いに行ったルークたち。
その前にアッシュという先客がいました。ここで、ラルゴの事を書かないと書くタイミングがないからですね。
そうですよ。ルークさん。あなたは、アッシュに避けられておりますwww


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