(また、あのことを聞かなきゃいけないのかなぁ……) ベルケンドの研究室は重たい溜息をついた。 今ここにはルークたちの姿はない。 ルークも念の為、他の部屋で検査を受け、ティアたちは別室で待っているに状況だ。 (大丈夫かな、『アッシュ』……) 自分のことより『アッシュ』の身体のほうが心配だ。 「アッシュさん、いいですか?」 声と共に扉が開くとそこからシュウが現れた。 その表示が明らかに硬いのがわかる。 「…………はい」 覚悟を決めたようにアッシュは、そう言って重い腰を上げるのだった。 〜Shining Rain〜 「……まず、結論から申し上げます。アッシュさん、今すぐ入院してください」 そう言ったシュウの言葉は、あのとき聞いたものと同じだった。 「細胞同士を繋ぐ音素が乖離現象を起こし、極端に減っています。……正直言って今生きていることでさえ、奇跡と言っていい状態だと言えます」 「…………つまり、俺は……死ぬってことだろ?」 「…………」 アッシュの言葉にシュウは、何も言い返さなかった。 「そうか……」 「アッシュさん……?」 それに対してアッシュは、穏やかな表情でそう言うと立ち上がった。 「このことは、誰にも言わないで欲しい」 「! でっ、ですが!!」 「みんなに心配かけたくないんだ。だから、頼む」 反論しようとするシュウの瞳をまっすぐ見つめてアッシュは言った。 「…………わかりました」 それに対してシュウは、重たい溜息をつくとそう言った。 「ですが、無理はしないでください。もう、いつ音素乖離を起こしてもおかしくない状態ですから」 「はい……わかりました」 シュウの忠告に素直にそう言うとアッシュは、研究室を後にした。 * * * 「兄さま!」 別室で待っているティアたちの許へと行くと、すぐさまアリエッタが近づいてきた。 「どう……だったの?」 「うん。ちょっと、血中の音素が減ってるけど、平気だってさ」 不安げな瞳でそう言ったティアにアッシュは笑みを浮かべてそう言った。 「そうかぁっ! よかったな!!」 「アッシュってしぶとーい♪」 「安心しましたわ」 それを聞いたガイたちは嬉しそうに笑った。 「……ところで、ルークはどうだった? 何ともなかったのか?」 「ああ。おまえと同じことを言われた」 アッシュの問いにルークはそう言った。 「そっか。よかったな!!」 「っ///」 それを聞いたアッシュは、心底喜んだように笑った。 それを見たルークは、思わず顔を赤らめた。 「なぁ、これからどうする?」 「そうですねぇ。本来だったら、バチカルと言いたいところですが、先にグランコクマへ行きましょう」 「なんでだ?」 ジェイドの提案を聞いたアッシュは不思議そうに首を傾げた。 「陛下はあなたにお会いしたいそうですよ。あなたを見つけ次第、自分のところに連れてくるようにマルクト軍全軍に通達があったようですし」 「あ゛っ……;」 「陛下、相当怒っているようですよ♪」 「たっ、楽しそうに言うなよ!!」 笑みを浮かべてそう言ったジェイドにアッシュは思わず声を上げた。 「まっ、そういうことですし、行きましょうか♪」 そんなことは、まったく気にすることなくジェイドは笑みを浮かべると部屋を出ようとした。 「…………で、あなたはいつまでついてくる気ですか?」 「えっ……?」 ジェイドの言葉にアッシュは視線を変えるとそこには、さきほどまで姿がなかったディストがいた。 「いい加減、アッシュへのストーカー行為は止めてもらえませんかねぇ」 「なっ! 誰がストーカーですって!!」 ジェイドの言葉にディストは怒鳴った。 「ディスト……。ストーカー、です」 「なっ! アリエッタまで何を言い出すんですか!? ジェイドの言葉をまともに受け取ってはいけませんよ!!」 「いいですよ、アリエッタ。それが真実ですから♪」 「ジェイド! あなたは少し黙りなさい!!」 笑みを浮かべるジェイドに対してディストはそう叫んだ。 そんなディストを見てアッシュは、ゆっくりとディストへと歩み寄った。 「……なぁ、ディスト。俺たちと一緒に行かないか?」 「「「「「「!!」」」」」」 アッシュの言葉にディストだけでなく、ルークたちも驚いた。 「なっ、何言ってんの、アッシュ!? ディストは六神将なんだよ!!」 「アニス。俺もアリエッタも六神将だってこと、忘れてないか?」 「あ゛っ;」 アッシュの言葉にアニスは言葉に詰まった。 ずっと共に行動していたから、そのことを忘れてしまっていたようだ。 「ディストだってわかってるんだろ? このまま計画を続けたら、どうなるかってことくらいは」 「…………」 ディストは何も言い返さなかった。 それは無言の肯定であるとアッシュにはわかった。 「だったら、止めないと! これ以上、計画を続けたら、いけないんだ!! あの人を止めないといけないんだよ!!」 「…………どうしてです?」 「えっ?」 小さくそう言ったディストの声をアッシュは、聞き取ることが出来なかった。 「どうしてあなたは、そんなに優しいのですか? ヴァンがあなたに何をしたのか、忘れたわけではないはずです」 「…………」 忘れるはずがない。 あの人に裏切られたあのときのことは……。 俺を殺そうとしたときのことは……。 「それはヴァンだけはない。私も同じです。……あなたは私のこと、憎くはないのですか?」 私があなたを創ったから、あなたはこんなにも苦しい思いをしてきた。 それは、一度や二度ではないはず。 だから、あなたは私を恨んでもいいんですよ。 そのほうが、私も楽なのですから……。 「……何で?」 「えっ……?」 アッシュの言葉にディストは逆に戸惑った。 「どうして、俺がディストを憎まなきゃいけないんだよ?」 「どっ、どうしってって。私のせいであなたは――」 「ディストがいたから、俺はここにいる」 「!!」 アッシュの言葉にディストは瞠目した。 「ディストがいたから、俺はここにいるんだ。それは、俺だけじゃない。ルークだって、イオンだって、ディストのおかげなんだ」 「…………」 「ディストは俺に譜業のことも教えてくれた。そのおかげで、シェリダンが襲撃されたとき、誰も命を落とさずに済んだんだ」 ディストに譜業を教わらなかったら、多くの命が失われていた。 「それに、ディストはいつも俺のことを心配してくれたじゃん。俺が夜うなされたときは、寝付くまで傍にいてくれた。身体の調子が悪いときは、俺の為に薬を作ってくれた。俺、凄く嬉しかったんだよ!」 「アッシュ……」 「俺はずっとディストを見てきたから、知ってるんだ。ディストは、凄く優しい人だってこと。だから、俺はディストのそういうところ、好きだよ!」 「っ!!」 暖かく優しい笑みにディストは息を呑んだ。 (……本当に、優しいのは、あなたのほうですよ、アッシュ) こんな私なんかの為に笑いかけてくれるのだから……。 「……本当は、ずっと前からわかっていたんです」 ゆっくりと口を開いてディストはそう言った。 「どんなに研究したって、ネビリム先生は戻ってこないことは」 「…………」 そう言ったディストの言葉にジェイドは無言で眼鏡を押さえた。 「ですから、私のレプリカ研究の目標は、いつしか変わっていたのですよ。アッシュ、あなたと過ごしていくうちに」 アッシュと出会って共に過ごしていくうちにわかったのだ。 一度きりしかない命の大切さを……。 同じ命なんて存在しないことを……。 ――――……でぃすと! ――――! アッシュ! 今、何て言いました!? ――――でぃすと♪ そう、あなたが初めて私の名前を笑って呼んでくれたあの日から変わり始めていたんです。 その命を、アッシュを守る為の研究に……。 「……アッシュ。私なんかでよかったら、協力してもいいですか?」 「もちろんだよ、ディスト!」 それに対してアッシュは笑顔で応えた。 「…………ありがとう、アッシュ」 アッシュの言葉にディストは心の底からそう思った。 「…………で、結局付いて来るわけですか」 「なっ! なんなんですかっ! その言い方はっ!!」 それに対してジェイドは思い溜息をついたので、ディストは大声を上げた。 「言っておきますけど、私はあなたたちに協力するわけではありませんから! 私はアッシュに協力するんですからね!!」 「はいはい」 ビシッと指を立ててそう言ったディストの言葉をジェイドはあっさりとそれを受け流した。 「では、さっさと行きますか」 そして、さっさと歩き出し、それにルークたちも続いて歩き出す。 「ちょっ、待ちなさい!」 「……何してるんですか。さっさと行きますよ、ディスト」 「!!」 振り返ることなくそう言ったジェイドの言葉にディストは瞠目した。 「行こ、ディスト!」 そんなディストを見てアッシュは手を差し伸ばした。 「…………ええ」 ディストは、やさしい笑みをアッシュに浮かべるとその手を取った。 それに、アッシュは、嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。 Rainシリーズ第9章第13譜でした!! ここにて漸く音素乖離の危険性があることをシュウさんによって告げられます。 ですが、アッシュにしては、それを起こすこと自体が目的なので、全然問題だと感じていませんね; そして、ここでディストがこっちサイドに回りました! アッシュとディストの過去話は、暇があれば、外伝にでも書こうかと思います! そして、今回で第9章は完結となり、次回からは、第10章に入ります!! R.5 9/23 第十章へ |