誰よりも逢いたくて、逢ってはいけない思っていた彼が…………。 「…………ルーク」 アッシュは、小さな声で彼の名前を呟いた。 〜Shining Rain〜 「チッ……。予想より早く来たか」 ルークの姿を捉えたリグレットは、唇を噛むと譜業銃を構えた。 そのとき――。 「――――サンダーブレード!」 「!?」 リグレットに向かって雷の刃が飛んでくる。 それをリグレットは咄嗟に避け、雷撃が届かないところまで退いた。 「おや? 外れましたか。残念ですねぇ〜」 それを見たジェイドは、何処か楽しげな笑みを浮かべてそう言った。 リグレットは、思わず舌打ちをした。 今も状況では、自分の方が圧倒的に不利だ。 ここは一旦退くべきだろう。 「…………アッシュ。おまえはわかっているはずだ。自分が生きる為には、どちらを選べがいいのか」 「!!」 リグレットは、アッシュの翡翠を瞳を真っ直ぐ見つめながらそう言った。 それにアッシュは目を見開かせたが、何も言わなかった。 それを見たリグレットは、フッと笑みを浮かべると、飛ぶようにその場から退いていった。 そして、アッシュが倒れたのは、それとほぼ同時だった。 「アッシュ!!」 ルークが誰よりも速くアッシュの許に駆け寄るとアッシュを抱き起こした。 アッシュの額から脂汗が滲んでいる。 「おい! しっかりしろ!! おい!!」 ルークの声にもアッシュの反応はなかった。 「かなり体力を消耗していますね。早くアルビオールへ行きましょう」 音もなくルークに近づいたジェイドは、アッシュを見てそう言った。 「ああ……そうだな」 ルークは頷くと、アッシュを抱きかかえてアルビオールへと戻った。 「…………うっ……」 アッシュの瞼がゆっくりと上がった。 どうやら、俺は気を失っていたらしい。 今、自分が何処にいるのか確認しようと思ったが、見慣れた天井を見てその必要はなくなった。 ここへ、ベルケンドの第一音機関研究所へ来るのはあまり好きじゃなかったのに……。 「目を覚ましましたか? アッシュ」 扉が開く音と共に一つの声が聞こえたので、アッシュは瞳だけを動かした。 血のように赤い瞳を捉えた。 「…………ジェイド」 「気分はどうですか?」 「……最悪」 冗談でそう言うと「そうですか」と言ってジェイドは苦笑した。 アッシュは、身体を起こしてジェイドを見た。 「……フリングスさんたちは大丈夫だった?」 「……あなたのおかげで誰一人命を落とさずに済みましたよ」 「そっか……」 ジェイドの言葉にアッシュは、安堵の表情を浮かべた。 「…………あなたは自分の身体の心配より、他人の身体を心配をするんですね」 そう言ったジェイドの瞳は、何処か哀しげに見えた。 「……ついでにあなたの身体、少し調べさせていただきましたよ」 「!?」 ジェイドのその一言でアッシュの表情が一変する。 「そして、あなたの身体に存在するはずのあるものが見つかりませんでした。……何だと思いますか?」 「…………さぁ? 俺には全然わかんないけど?」 ジェイドの問いにアッシュは首を傾げた。 「それは、障気ですよ」 「障気? 何言ってるんだよ、ジェイド。何で俺の身体に障気があるって決め付けてるんだよ? 俺は何もしてないぞ」 「そうでしょうか? あなたは、ティアにブレスレットを渡しましたよね?」 「…………何が言いたいんだ?」 アッシュは、ジェイドの瞳を怪訝そうに見つめた。 「あなたは、ユリア式封咒を解くときにティアの体内に障気が流れ込むことを知っていた。だから、ティアにブレスレットを渡し、それを自分の身体へと移し変えたのではないですか?」 ジェイドの言葉にアッシュは息をついた。 「…………さすが、ジェイド。……っと言いたいところだけど、それには一つ落とし穴があるよ。ジェイドの言うことが本当だったら、今でも俺の身体には障気があるはずだろ? でも、実際には俺の身体には障気がない。そう言ったのは、ジェイドだよな?」 「ええ……。だからおかしいのですよ。あなたの身体にあるはずの障気がないことが」 「だから、それは――」 「アッシュ。もう誤魔化すのはやめたらどうですか」 そう静かにアッシュの言葉を遮ったジェイドの言葉にアッシュは口を閉ざした。 「……あなたは一体、何を隠しているのですか?」 「別に何も隠してなんて――」 「私では……力になれないのですか?」 「…………」 ジェイドの瞳に哀しい光が帯びた。 それにアッシュは、一度何も言えなくなる。 俺は間違いなく、ジェイドたちに隠していることがある。 でも、それを話すつもりなんてない。 話しても、信じてもらえない。 俺が、彼らの知らないもうひとつの未来を知っていることを……。 知る必要なんてないんだ。 「……ありがとう、ジェイド。俺のこと、心配してくれているんだよな」 アッシュは、ジェイドに笑みを浮かべてそう言った。 「でも、本当に俺は、何も隠してないから」 「アッシュ」 「本当に本当だから。……な?」 「…………」 アッシュの笑みにジェイドは、何も言えなくなった。 ずるいと思う。 彼にその笑みを向けられたら何も言えなくなる。 そうやって、彼は私たちに境界線を引くのだ。 本当にあなたは、ずるい人だ。 「兄さま!!」 すると、部屋から扉が開き、アリエッタが現れアッシュの胸に飛び込んできた。 それにアッシュは驚きつつも、しっかりと受け止めてやる。 「兄さま、大丈夫ですか? もう、苦しくないですか?」 「アリエッタ……。うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんな」 今にも泣き出してしまいそうな顔をしているアリエッタにアッシュは優しい笑みを浮かべてそう言った。 「…………では、私は皆さんを呼んできます。アリエッタ、アッシュを頼みますね」 そう言うとジェイドは、さっさと部屋を出て行った。 「……アリエッタ。ちょっと、俺の頼みを聞いてくれないか?」 完全にジェイドの気配が消えたのを確認してからアリエッタにそう言った。 「…………? 何ですか、兄さま?」 アッシュの言葉にアリエッタは、不思議そうに首を傾げた。 「実は――――」 「アッシュが目を覚ましましたよ」 アッシュがいる部屋とは別の部屋に移動したジェイドは部屋に入るとすぐにそう言った。 「本当か! もう、大丈夫なのか!!」 ジェイドがついでにアッシュの身体を検査をするといったので、ルークたちはこの部屋で待っていたのだ。 検査の結果を聞いたルークたちは正直信じられなかったが、アッシュが無事ならそれでいいと思った。 「ええ。もうピンピンしてますよ」 ルークの言葉にジェイドは何事もなかったかのようにそう言った。 「そう……。よかった……」 ティアが安堵の表情を浮かべた。 「アッシュに会いますか?」 「ジェイド。そんな当たり前のことを訊くのか?」 「そうですよね。じゃぁ、行きますか」 眉を顰めるルークを見て、ジェイドは笑みを浮かべると踵を返して歩き出した。 その後にルークたちも続く。 「アッシュ、入りますよ。……!?」 部屋の扉を開けたジェイドはその場で立ち尽くした。 「? どうしたんだ、ジェイド……!」 それを不思議に感じながら、ガイが部屋の中を覗き込むと同様に固まった。 「……アッシュが、いない!?」 「! なんだって!?」 そのガイの言葉にルークは部屋へと入った。 そこにいたのは俯いたアリエッタだけでアッシュの姿は何処にもなかった。 「アリエッタ。アッシュは……?」 「…………ごめんなさい、です」 アリエッタに近づいてそう問いかけたルークの言葉にアリエッタは俯いたままそう言った。 「うっそ! マジ!? 信じらんないし!!」 「そんな言い方しなくてもいいじゃん! アニスの意地悪!!」 口を尖らせてそう言ったアニスの言葉にアリエッタは頭を上げた。 その瞳には明らかに涙が溜まっていた。 「アニス、ダメでしょ。アリエッタを泣かせたら」 「ぶ〜〜〜っ! だって!!」 「だってもないでしょ」 ティアの言葉にアニスは不満そうに頬を膨らませた。 「困りましたね。これからどうしますか?」 「う〜ん……。とりあえず、ピオニー陛下とインゴベルト陛下に一連のことを報告した方がいいじゃないか?」 「そうですね……。陛下の方は、フリングス将軍が報告するでしょうし、我々はバチカルへ向かいましょう」 「! おい、アッシュはどうするんだよ!」 ガイとジェイドの言葉に、ルークは眉を顰めてそう訊いた。 「今は一旦諦めるしかないでしょうね。彼を捜すのは難しいですし」 「だが!!」 「ルーク」 声を荒げるルークに対して、ガイが宥めるようにルークの肩に手を置く。 気持ちはわかる。 だか、今は仕方ない。 そう、ガイが言っているように聞こえた。 「…………くっ! わかった。さっさと、行くぞ!」 唇を噛むとルークは、ガイの手を振り払い、踵を返して部屋を出て行った。 「やれやれですね。では、我々も行きますか」 そんなルークの様子を見て、ジェイドは肩を竦めるとティアたちにそう言った。 それにティアたちは頷くとバチカルへと急ぐのだった。 Rainシリーズ第8章第6譜でした!! アッシュにとってベルケンドは、あまりいい思い出がない場所ですが、倒れちゃったので仕方なく連れてきました。 ジェイドは、アッシュが何かを隠している事に気付きつつもあと一歩及びませんね。 と、言ってもさすがにアッシュが逆行している事なんてジェイドは想像していないと思いますが; またまた、ルークたちから離れてしまったアッシュは一体何処へ行ったのやら……。 H.27 10/9 次へ |