「――ですからぁ、この石は犠牲を表しているんです」

ダアトの正門の近くに立つ石碑の前で、その由来を説明していたアニスは、そう話を締めくくった。
今日は信者は、一人だけ。
あまり稼ぎは期待できないだろうが、仕方がない。
あまり人数が多いと、上の方に知られる可能性があるのだ。

「はい! 以上を持ちまして石碑の説明を終わりまーす♪」
「ありがとうございました。これが説法代です」

明るくアニスがそう言うと、巡礼者の女性は深々と頭を下げた。
そして、懐から小袋を取り出すと、それをアニスへと手渡した。
女性はもう一度深々と頭を下げるとその場を立ち去った。

「…………しょぼ」

それを見たアニスは小袋を開けるとそうボソリと呟いた。
そして、小袋をポケットに捻じ込んだ。

「…………アニス。施設外でのお布施を戴くのは禁止されているはずよ?」
「うわぁっ!」

突如聞こえたその声にアニスは、ビックリして小袋を落とした。
そして、そのままその声が聞こえた方へと振り返り、見知った顔二つを見るのだった。






〜Shining Rain〜








「ティア! それにルークまで! あう〜……見逃してよぅ;」
「駄目よ」

拝むように手を組んで自分たちにそう言ったアニスにティアははっきりとそう言った。

「パパとママが騙されて作った借金を返さなきゃいけないんだもん。ね? ね?」
「何だか凄いな、その話……」
「そうでしょ? そうでしょ? 可哀想でしょ? おかげで、私のお給料もパパたちのお給料もぜーんぶ取り上げられちゃうんだから!」
「それはお気の毒だと思うけど……だからってあなたも騙していいわけないでしょう?」

アニスの話に少しは同情してくれたティアだったが、意見を変える気は全くないようだ。

「……ぶ〜。じゃぁ、返してくるよぅ;」
「…………おい、アニス」
「何?」

巡礼者を追いかけようとしたアニスにルークは声をかけた。
その声に再びアニスは、ルークたちを見た。

「俺たちは、イオンに会いたいんだが、取り次いでもらえるか?」
「は〜い。じゃぁ、教会で待っててくださ〜い! ……も〜、人使い荒いんだから」

ルークの言葉にアニスはそう返事をすると、踵を返して走り出した。

「…………何も知らないくせに」

そう呟いたアニスの声は、ルークたちの耳には届かなかった。





















「ルーク! ティア! それにミュウも……お久しぶりです」

ルークたちがイオンの部屋に入ると、イオンは巨大な机の向こうで立ち上がり、心から嬉しそうな笑みを浮かべた。

「よく来てくれました……」
「元気そうだな」
「はい。あの旅以来、ダアト式譜術(ふじゅつ)を使う機会がないので、体調がいいんです。あなたはどうですか?」
「ああ、おかげさまだ」

イオンの言葉にルークは頷いた。

「導師イオン。プラネットストームの活性化に関する報告書をお届けに上がりました」

ティアは、いつの間にか懐に挟んでいた書類を机の上に置いた。
イオンは、それを手に取ると腰を下ろし、ページを捲った。

「……第七音素(セブンスフォニム)の大量消費……これが、プラネットストーム活性化の原因ですか…………」
「はい。第七音素(セブンスフォニム)の大量消費に関しては、未だに原因が不明です。それに、そこにも書きましたが、プラネットストームの活性化は、兄の計画の一つでした。最近、アブソーブゲートへ何者かが侵入した形もあると聞いていますし……」

イオンは書類を閉じるとティアの瞳を見つめた。

「……あなたは、ヴァンが生きていると考えているのですか?」
「いえ、兄が……というより、兄の残した計画、というべきなのかもしれません。レプリカ大地計画の亡霊が蠢いているような気がするのです」
「ヴァンの計画の亡霊か……」

ティアの言葉にルークはそう呟いた。

「しかし、ヴァンの行っていたことは、壮大過ぎて、彼以外の者には完遂できないでしょう。例え誰かが引き継いだとしても」

イオンの言葉にティアは頷いた。

「かもしれません。しかし、完遂できなくても、計画が続行されれば多くの人が危険に見舞われます。放置するわけにはいきません」
「そうですね……」

イオンは組んだ指に額を乗せると息をついた。

「……もう行こう」

イオンの顔に疲れを見取ったルークがそう言った。

「そうね。とりあえず、プラネットストームの活性化を追っていけば、何か糸口があるかもしれないから、私たちはその線で調べましょう」

ルークの言葉に同意したようにティアはそう言った。
それにルークも頷く。

「はうっ! イオン様! そろそろ詠師会が始まりますよっ」
「そうでしたね」

慌ててそう言ったアニスの言葉にイオンは席を立った。

「すみません。時間がなくなってしまいました。せめてお二人をお見送りしますよ」
「そんな! 申し訳ないです」

ティアが慌ててそう言ったがイオンは優しく微笑んだ。

「僕が見送りたいんです。……行きましょう」

イオンにそう言われたらティアも断ることなど出来ない。
ルークたちはイオンと共に部屋を出ると、譜陣(ふじん)を使って階下へ移動し、広間へと抜けた。
すると……。

「ガイ!?」

ルークの声に、金髪を短く刈り込んで立てた、片刃の剣を腰に提げた軽装の青年が振り返った。
彼は、ルークを見ると驚いたように瞠目した。

「ルーク!?」

それは間違いなくガイで、彼はルークの許へと駆け寄った。
そして、そのときにガイの傍らに桃色の長髪の少女がいることにルークは気が付いた。

「なんで、おまえとアリエッタが一緒に?」
「いや、そこでバッタリあってさ。導師イオンに取り次いでもらおうと思ったんだが、ちょうどよかったみたいだな」
「僕に何か……?」

イオンは不思議そうに目を瞬かせるとそう言った。
すると、ガイは居住まいを正した。
それはまさしく貴族のそれで、ルークは改めてガイが本物の貴族であることを認識した。

「導師。マルクト貴族院を代表して参りました。お耳に入れたいことがあるのですが、正式な手続きを踏んだ方がよろしいですか?」
「いえ。時間もないことですし、この場で結構です。第一、その為に僕の友人であるあなたが遣わされたのでしょう?」
「ご明察です」

イオンの言葉にガイは思わず苦笑した。
それは自分がよく知るガイの顔だ。

「導師。ご報告は二点あります。まず一点。グランコクマの収容所から、神託の盾(オラクル)騎士団のディスト響士(きょうし)が脱獄しました」
「ディストが!?」

ディストは外郭大地降下後に運悪くルークたちと出会った為、ジェイドによってグランコクマへと連れて行かれ牢獄行きとなったのだ。
ガイの言葉にルークが驚いたようにそう言うと、ガイは深く頷いた後、再び話を続けた。

「二点目はモースのことです。元大詠師(だいえいし)モースを査問会へ護送する船を、何者かが強襲しました。巡回中のマルクト海軍が船を見つけたとき、乗組員は全滅しており、その中に護送中のモースの遺体はなかったそうです」

モースは大詠師(だいえいし)職を追われ、査問会の為に拘留中だったのだ。

「ディストがモースを助け出したってことかしら?」
「状況を見ればそうなるな。……とにかく、以上の経緯を踏まえ、くれぐれもご注意下さるように、とのことです」
「………わかりました」

イオンがそう言って頷くと、ガイはやっと使者としての相好を崩した。

「なんかドタバタの再会だけど、まぁ、久しぶり」
「おひさし〜♪」

ガイの言葉にティアは頷き、アニスは笑顔でそう言った。

「……ところで、元大詠師(だいえいし)モースとディストの足取りは掴めてないの?」
「モースとディストは、今のところ手がかりなしだ。ここに戻ってくるわけにもいかないだろうし……どうしたもんだか」

そう言うとガイは唸った。

「……どうしました、アリエッタ?」
「…………」

イオンは一人俯いているアリエッタを見ると優しく問いかけた。
それにアリエッタは何も答えないでいた。

「……アッシュは、まだ見つからないんですね」
「…………ごめんなさい、です」

イオンの言葉にアリエッタは、今にも泣き出しそうな顔でそう言った。

「いいんです。そんなに焦ることはありません」
「…………アリエッタ。俺たちと一緒に行くか?」
「……えっ?」

突然のルークの言葉にアリエッタは、不思議そうな顔でルークを見上げた。

「俺たちはプラネットストームの活性化について調べながら、アッシュを捜そうと思ってる。もしよかったら、俺たちと行くか?」
「……アリエッタ、ついていってもいいの?」

アリエッタの言葉にルークは頷くと、ティアの顔を見た。
ティアもそれに賛成するような表情をしていた。

「……はい。行きます!」

それを見たアリエッタは嬉しそうに返事をした。

「……じゃぁ、俺も一緒に行くぜ」

すると、ガイがそう言った。

「陛下にアッシュを捜せって命も受けてるし、それに……アッシュが何を知っているかもしれないしな」

ガイの言葉にルークは頷いた。
おそらく、アッシュは何かを知っているだろう。
アッシュを見つけ出すことで全てが明らかになるような気がする。

「………あっ、あのぅ、イオン様……」

アニスはおずおずと口を開き、イオンはアニスを見た。

「どうしました?」
「……その……私も一緒に行ってもいいですか……?」
「一人で行くんですか? 珍しいですね」

アニスの言葉にイオンは、優しくそう言うと頷いた。

「もちろん、構いませんよ。僕もちょっと気になりますから。アッシュのこと」
「ありがとうございます、イオン様」

イオンの言葉にアニスはそう笑みを浮かべた。

「……よし、行くぞ」
「皆さん、お気をつけて」

こうして、ルークたちはイオンの自愛満ちた笑みに見送られてダアトを後にした。
























Rainシリーズ第8章第3譜でした!!
ルークとティアの再会部分は割愛して一気に、ガイ・アニス・イオン・アリエッタとも再会させちゃいましたww
アリエッタはアッシュが見つけられないことにひどく落ち込んじゃっていてそれが可愛くいて仕方ないです(//∇//)
ガイ・アニス・アリエッタを加えてルークのアッシュ旅の旅はまだまだ続きます(*≧∀≦*)


H.26 1/3



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