甲板へと出たルークたちは目を疑った。 「あ、あれ? ……イエモンさんたちが言ってた譜陣がないよ?」 アニスの言う通り、譜陣がないのだ。 アルビオールをここから脱出させる為に絶対必要な譜陣が……。 「……そろそろ、出てきたらどうですか? 侵入者さん?」 ジェイドの言葉に応えるように、何処からともなく一つの影が現れた。 萌え立つ緑を思わせる緑色の髪の少年が……。 〜Shining Rain〜 「ここにあった譜陣は僕が消してやったよ」 シンクは笑みを浮かべてそう言った。 「侵入者は、おまえだったのか……」 ルークは自然と腰にある剣を握った。 それに対して、鳥のような仮面の下で、シンクは唇を歪めた。 「逃がさないよ。ここでおまえたちは泥と一緒に沈むんだ」 「やめて、です! シンク!!」 すると、アリエッタが後ろからルークたちを掻き分けてやって来た。 「……何やってるの、アリエッタ? こいつらに騙されたの?」 シンクの言葉にアリエッタは思いっきり首を振った。 「違うです! アリエッタ、兄さまに全部聞いたです。アリエッタ、それを聞いて総長のやり方、間違ってると思ったんです!」 「…………何それ? だから、こいつらと一緒にいるってわけ? バッカじゃないの?」 「なんだと!」 シンクの言葉にルークは思わず声を張った。 それに対して、仮面の下でシンクの瞳が自分に対して苛烈な光を放ったような気がした。 「まぁ、いいや。……この艦をおまえたちの墓標にしてやるよ!」 シンクは体勢を低くして、ルークへと突っ込んだ。 ルークはすぐに剣を抜くと、剣を振るった。 だが、その場所には既にシンクの姿はなかった。 「何処を狙ってるさ!!」 「がぁっ!!」 シンクの声が聞こえた瞬間、ルークの背中に衝撃が走った。 シンクの強烈な蹴りに息が詰まる。 「ルーク!!」 ナタリアはすぐに弓を取り出し、矢を乱れ打ったがそれはシンクには一本も当たらなかった。 「!!」 次の瞬間、ナタリアとアニスとの間に目が眩むような輝きが走ったので、二人はその場から飛び退いた。 その直後に爆発するように甲板が裂けた。 「グランドダッシャーか!」 ガイは唇を噛んだ。 「彼に譜術を使わせないように! 甲板がこれ以上ズタズタになったら、譜陣を描くどころじゃありません!!」 「あ、ああ……」 立ち上がったルークは再び剣を構え、シンクへと斬りかかる。 それをシンクは軽々とかわす。 「受けてみろ!」 そう言って、シンクは思いっきり膝を曲げると一気に跳ね上げた。 「――――空破爆炎弾!」 シンクの身体が炎に包まれ、斜めに飛ぶ。 それにルークは咄嗟に守りを固めたが、炎の中から突き出された拳に腹に当たり、そのまま吹き飛ばされた。 皮膚が焼ける痛みにルークは声も上げることも出来ず、転がった。 その直後、冷たい空気が身を包み、ルークの皮膚が癒されていった。 どうやら、ナタリアかティアのどちらかが回復譜術をかけたようだ。 だが、すぐには力が入らず、立ち上がることが出来なかった。 そんなルークをシンクが逃すわけがなかった。 「死ね!!」 シンクはルークに一気に拳を振り下ろした。 だが、 「やめて! シンク!!」 悲鳴に近いアリエッタの叫びに、シンクの拳は思わず止まった。 そこへ、 「くっ!?」 シンクに衝撃波が襲い、その細い身体を空中に浮かせる。 それはガイが放った魔神剣だった。 ガイは一気にシンクに詰め寄り、地面を蹴り剣を振るった。 それは見事にシンクの身体を捉えた。 さらに、 「はぁっ!」 いつの間にか脇に回っていたジェイドは何処からともなく槍を出現させて、シンクの脇腹を貫いた。 それでもシンクは空中で身体を捻ると、槍を引き抜いて甲板に転がりながら、端の手摺に掴まって立った。 「くっ……」 ボタボタと血が流れ落ち、足元が赤く染まっていく。 そして、血のせいでシンクの仮面がズルリと落ちてその血溜まりに落ちた。 「! お……おまえ…………」 声を上げたルークばかりではなく、その場にいたほぼ全員が息を呑んだ。 それは、シンクの素顔はそこにいる全員が知っている顔であったから。 「うそ……。イオン様が二人……!?」 そう、シンクはイオンに瓜二つ。 まるで、鏡に映したかのように、そっくりだった。 アニスとアリエッタが困惑したように何度も二人の顔を見比べた。 「……やっぱり。……あなたも導師のレプリカなのですね」 唯一、それに動じなかったイオンは静かにシンクを見つめ、そしてそう言った。 「おい! あなたも、ってどういうことだ!? まさか!?」 イオンはルークに視線を向けて頷いた。 「……はい。僕は、導師イオンの七番目――最後のレプリカですから」 「レプリカ!? おまえが!?」 「うそ。……だって、イオン様――」 「すみません、アニス。僕は誕生して、まだ二年程しか経っていません」 「二年って……あたしがイオン様付きの導師守護役になった頃……」 「じゃぁ、アリエッタが導師守護役を辞めさせられたのは……」 イオンは頷いた。 「あのとき、被験者のイオンは病で死に直面していたんです。でも、跡継ぎがいなかったので、モースとヴァンがフォミクリーを使用して、何人もレプリカを作った。……僕がレプリカであることを世間に知られるわけにはいかなかったんです」 アリエッタに哀しい瞳で見つめてイオンはそう言った。 手摺にも垂れるようにしながら、シンクは自嘲めいた笑みを浮かべた。 「……おまえは一番被験者に近い能力を持っていた。僕たち屑とは違ってね」 「屑だなんて――」 「屑さ! 能力が劣化していたから、生きながらザレッホ火山の火口に投げ捨てられたんだ! ゴミなんだよ! 代用品すらならないレプリカなんて……」 「そんなことありません! 僕たちは同じでしょ!!」 首を振ったイオンに対して、シンクはせせら笑った。 「違うね。僕が生きているのは、ヴァンが僕を利用する為だ。……結局……使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ」 「……それを……あなたはアッシュの前で言えるのですか?」 静かなイオンに言葉にシンクの表情が変わった。 「アッシュはあなたのこと、そんな風には思っていません。そんな彼にあなたは同じことを言えるのですか!?」 ――――おまえはおまえだろ。 あのときのアッシュの言葉が、自分には眩し過ぎるほどの笑みが頭の中に浮かんだ。 「……ザレッホ火山に投げ込まれたとき、助けてくれたのがアッシュだった。……僕は僕だと……言ってくれた」 アッシュの眩し過ぎるほどの笑顔。 あの笑顔を護ると決めたんだ。 例え、それがどんな方法であっても……。 「だったら、そんなこと言わないでください! ……アッシュが聞いたら、きっと哀しみますよ」 「…………うるさいよ」 シンクは俯いて搾り出すように呟いた。 「……おまえたちなんかに僕の気持ちがわかるもんか!! アッシュに守られているおまえたちなんかに!!!」 どんなに傍にいても、アッシュはいつも違うものを見ている。 守りたいのに、力になりたいのに……。 それになのに、アッシュはいつもこいつらの為に傷付くのだ。 それは、今までに感じたことのないくらいシンクは憎らしく思った。 特に、アッシュの被験者であるルークに対して……。 ふと、シンクは視線を変えた。 その目に映ったのは美しい桃色の長髪の少女。 唯一、状況をよく呑み込めていないのか、彼女の瞳は困惑したように揺れていた。 その瞳がシンクの心に深く突き刺さる。 何故、こんなにも動揺しているのか自分には解らなかった。 これ以上、あの瞳で自分のことを見つめて欲しくなかった。 「……! シンク!!」 何かを察したのか、アリエッタは走り出した。 だが、それは既に遅かった。 シンクは凭れるように身体を後ろに倒した。 そして、そのまま手摺を越え、地核のさらに深い場所へと落ちていった。 「…………シンク」 さっきまでシンクがいた場所までアリエッタは行くとそのままその場でへたり込んでしまった。 「……イオン様、泣かないでください」 イオンに寄り添い、そっとイオンの手を握ってアニスは言った。 「僕は、泣いてませんよ」 それに対してイオンは微笑んだ。 「でも、涙が……」 アニスの言葉が言い終わらないうちに、ポタリと掌に水滴が落ち、イオンは不思議そうにそれを見つめた。 そして、頬に触れ、驚いたように目を瞬いた。 「…………本当だ……」 アニスの手が自然と伸びて、イオンの頬を優しく触れる。 「……そうか。……僕は哀しかったのですね。……泣いたのは初めてです……」 イオンはさっきまでそこにいたシンクの場所を見つめた。 「そうか……そうだったのか。……僕は、大変な思い違いをしていました。……僕はレプリカです。……いつでも替えがきくし、自分が死んでも哀しくないと思っていた」 イオンの言葉にアニスの瞳が哀しそうに揺れた。 「……でも、そうじゃなかった。……僕は……生きたいと思ってる……」 本当は、そんなことずっと前から気付いていた。 アッシュに出会ってから、そう思えるようになっていたのだ。 もう、迷ったりしない。 僕は何者であろうと、そんなことは関係ないのだ。 自分自身の本当の気持ちとちゃんと向き合おう。 生きたいと、そう思う自分の気持ちに……。 Rainシリーズ第7章第9譜でした!! 地核でのバトル!!そして、とうとうシンクの正体がバレてしまった!! しかも、アリエッタにも!!案の定困惑してるし; そして、アッシュの名前が出た途端表情が変わったシンク。 なのに、なんでこっちサイドに来てくれないの!!(おまえがさせないじゃないか;) そして、次回はついにあいつが動き出す?(誰だよ!!) H.25 4/14 次へ |