――――大丈夫。そう簡単には捕まったりしないから。

そう言って、あいつは俺に笑ったんだ。
それなのに、さっき聞こえたあいつの声は、とても苦しそうに俺を呼ぶものだった。
幻聴かもしれない。
いや、幻聴であって欲しいと思った。
なのに、俺はその声に答えることが出来ないでいる。
そんな自分にルークは腹が立って仕方なかった。






〜Shining Rain〜








「閣下!!」

港にリグレットがやってきたのは、そのすぐ後だった。

「……失策だな、リグレット」

それにヴァンは振り返ることなくそう言った。

「すみま――!」

ヴァンに近づきながらそう言ったリグレットの表情が一変した。
ヴァンの腕の中に美しい夕焼けのように赤い長髪の少年がいたから……。

「アッシュ!?」

リグレットは声を上げると、すぐさまヴァンの許へと駆け寄った。

「心配するな。気絶しているだけだ」
「……そう……ですか」

心配そうな顔でアッシュの顔を覗き込んだ。
それにリグレットは、少し安堵したような表情になった。

「……まぁ、あれにはシンクが乗り込んだからいいだろう」

アッシュたちが自分へと気を逸らした隙にシンクはタルタロスへと乗り込んだ。
それに、アッシュが気付かなかったのが少し疑問に感じるが……。

「……もう、ここはいい。退くぞ」

アッシュを抱きかかえてヴァンはゆっくりと歩き出した。

「閣下。これから何処に?」
「……エルドラント」
「! ですが、あそこはまだ未完成ですよ」
「例え未完成だとしても、あそこへアッシュを連れて行けば、そう簡単には逃げられないだろう」
「…………」

ヴァンの言葉をリグレットは静かに聞いていた。

「それに、もう二度と私に逆らわぬようにしなければならないしな」
「……閣下。何故、そこま――」

リグレットの言葉は、途中で途切れた。
辺りに人の悲鳴と魔物唸り声が響いたから。

「どうしたっ!?」
「わっ、わかりません! ただ、ライガが突然港に!!」
「ライガが!?」

神託の盾(オラクル)兵の言葉にリグレットは目を見開いた。
こんな場所に魔物現れることなど滅多にない。
ましてや、それがライガなど……。

「! 閣下!!」

さっきを感じたリグレットは、叫ぶと同時にヴァンに何かが襲い掛かった。
ヴァンはすぐに剣を抜いたが間に合わなかった。

「くっ!?」
「閣下!?」

魔物の体当たりを受けたヴァンはよろめくが、すぐに体勢を立て直し、剣を構えた。
リグレットもすぐに銃を構えた。
ヴァンに体当たりした魔物の背には、アッシュが乗せられていた。
どうやら、魔物の狙いはアッシュだったようだ。
だからといって、ここでアッシュを奪われるわけにはいかない。
だが、その魔物を見てリグレットは息を呑んだ。
普通のライガとは、明らかに違う。
体調は三メートル以上はあり、耳の周りには緑の、後ろには燃えるような鬣が生え、尾は幾つにも分かれていた。
見る者を圧倒させるその魔物は……。

「ライガ・クイーン!?」

ライガたちをまとめる雌のライガに間違いなかった。
ライガ・クイーンが咆哮した。
それだけで、リグレットたちに凄まじい衝撃が襲った。
リグレットはそれに腕で目を庇った。
咆哮が止み、リグレットが腕を下ろすとそこにライガ・クイーンの姿は既になかった。
もちろん、アッシュの姿も……。

「何をしている! さっさと、あれを追えっ!! アッシュを連れ戻すのだ!!!」

ヴァンは神託の盾(オラクル)兵にそう声を荒げて言った。

「はっ、はい!!」

それに神託の盾(オラクル)兵は驚きながら、返事をすると港を後にした。

「……おのれ、アッシュめっ!」
「…………」

ヴァンは本当に悔しそうに低く唸った。
自然と手には力が入り、剣を強く握った。
それにリグレットは返す言葉が見つからず、ただ静かにヴァンを見つめていた。





















「予定より一時間到着が遅れました。これ以上の失敗は許されません。すぐに――」

アクゼリュス付近の海の穴に到着し、ジェイドがルークたちにそう言ったそのとき、艦橋(ブリッジ)に警報が鳴り響いた。

「な、何だ!? 間に合わなかったのか!?」
「違うわ! 侵入者よ!!」

ルークの言葉にティアがそう否定した。

「余程、地核を静止させられては困るんでしょうね」
「どうしてなんでしょう……」
「それもそうだけど、今は侵入者だよぅ。どーすんの?」
「…………仕方ありません。地核突入後、撃退するしかないでしょう。今は少しでも時間が惜しい」

そう言ってジェイドは操作を始めた。

「始まりますよ! しっかり席に着いてください!」

ジェイドの声にルークたちは席に着き、身体をしっかりとベルトで固定した。
窓から外を見るとタルタロスの周辺に巨大な譜陣(ふじん)が出現していた。
それが急速に収束すると、今度はタルタロスの船底に、巨大な譜陣(ふじん)となった。
タルタロスは、そのまま渦の中心へと進み、下降を始めた。
初めはゆっくりと降下していたが、徐々にそれが加速していく。
泥の海にタルタロスが着水するとタルタロスの舌で巨大な譜陣(ふじん)が輝きを放つ。
泥が泡と立てる、そう思った途端、艦は再び降下を始めた。
泥の中にどんどん沈んでいく。

「!!」

船が突然光に包まれた。
そう思った瞬間、周囲の様子が一変した。
様々の色が渦巻く中に無数の根が伸びているような光景が広がる。
そんな世界の中にタルタロスは浮いて、やがて停止した。

「…………着いたのか?」
「……さっき、一瞬見えたあれは……」
「どうかしましたの? 確かに地核に飛び込む直前、何かが光ったみたいでしたけど」

ガイの呟きにナタリアは首を傾げた。
ガイは眉を顰めた。

「……ホドでガキの頃に視た覚えがある。確かあれは――」
「詮索は後です」

ジェイドはベルトを外して、立ち上がった。

「こちらは準備が終わりました。急いで脱出しましょう」

ルークたちは頷き、立ち上がった。
後どれくらいの時間が残されているのかわからない。
急いだほうがいいだろう。
ルークたちは急いで甲板へと向かった。
























Rainシリーズ第7章第8譜でした!!
ヴァンに捕まってしまったアッシュでしたが、思わぬ助けが入りましたねww
まさかのライガ・クイーンですみません;
それにしても、ヴァンはアッシュのことになると見境がなくなりますね(無自覚ですが;)ww
次回はついにアリエッタがシンクの正体を知っちゃいます!!


H.25 4/14



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