「……ついに平和条約か……」

ユリアシティに着いたルークがそう呟くとナタリアが頷く。

「ええ。長かったですわ」
「犠牲も出してしまいましたが、ともかくこぎつけることができましたね」

ジェイドの言葉にアッシュの翡翠の瞳が哀しそうに揺れた。
タルタロスで、大勢の軍人の命を奪ってしまったことを思い出して……。

「後は、うまく大地を降下させて、障気を除去できれば、だね〜」

アッシュの様子に気付くことなくアニスは明るくそう言った。

「兄さんが何も動きを示さなかったのが気になるけど、ともかくよかったわ」

ティアはあえてそれ以上触れずにそう言った。

「そうですね」
「さて、どうなるかな……」

茶化す様子でもなく、真面目な表情でガイは呟いた。

「どうしたの、ガイ? 何か気になることでも?」

首を傾げるティアをガイは静かに見つめた。

「……?」
「……いや、なんでもないさ。――行こうぜ」

ガイはいつもと変わらない笑みを浮かべるとユリアシティの会議室を目指して歩き出した。
アッシュたちもそれに倣って歩き出す。

「……アッシュ」
「何? ジェイド?」

突如、ジェイドに声をかけられ、アッシュは不思議そうな顔をした。

「……あれは、決してあなたに対して言ったつもりではありませんから……」
「!?」

ジェイドの言葉にアッシュは目を見開いた。
どうやら、ジェイドには気付かれてしまったようだ。
やっぱり、敵わないとアッシュは思った。

「……ありがとう、ジェイド。心配してくれて」

アッシュは笑ってそう言うと、ジェイドは少し安堵したような表情になった。

「……では、行きますか」
「うん!」

ジェイドの言葉にアッシュは頷き、再び歩き出した。






〜Shining Rain〜








「……では、この書類においてお二人の署名を」

ティアの祖父であり、ユリアシティの市長でもアルテオドーロはそう言うと、二通の調印書を長いテーブルの中央に押しやるようにした。
会議室の長大なテーブルの両側にキムラスカ・ランバルディア王国とマルクト帝国の首脳が並んでいる。
インゴベルトの隣にはナタリア、そして横にはファブレ公爵。
ピオニー九世の隣にはジェイド、そして大臣。
テオドーロの脇にはイオンとアスターが並ぶ。
そして、ルークたちは壁際に立ってその成り行きを静かに見守っていた。
インゴベルトとピオニーはそれぞれ前に置かれた調印書にサインをし、互いに交換し再びサインしてからテオドーロに戻した。
その調印書をじっくりと確認して後で、テオドーロは頷いた。

< 「結構です。それではこれを持って、平和条約の締結とさせていただきます」

安堵した空気が流れる。
だが、

「……ちょっと、待った」

いつになく厳しい顔をしたガイがゆっくりと前に進み出た。

「おい、ガイ――」
「悪いな、ルーク。大事なことなんだ。少し黙ってろ」

有無を言わせぬ声音に、ルークは口を閉ざした。
それをアッシュは静かに見つめているだけだった。

「同じような取り決めが、ホド戦争の直後にもあったな。今度は守れるのか?」
「ホドの時とは違う。あれは預言(スコア)による繁栄を我が国にもたらす為――」
「そんなことの為にホドを消滅させたのか!」

ガイは剣を抜くと、それをインゴベルトに向けた。

「ガイ! 何をするのです!!」

ナタリアが立ち上がって叫ぶ。
だが、ガイは剣を引こうとはしなかった。

「あそこにはキムラスカ人もいたんだぞ! 俺の母親みたいに!!」
「おまえの母親……?」

インゴベルトはガイの言葉にインゴベルトは眉を顰めた。

「ユージェニー・セシル。あんたが和平の証として、ホドのガルディオス伯爵家に嫁がせた人だ。忘れたとは言わせないぜ」
「……ガイ」

ナタリアの向こうで、ファブレ公爵が席を立つのを見た。

「復讐の為に来たのなら、私を刺しなさい。ガルディオス伯爵夫人を手にかけたのは私だ。あの方がマルクト攻略の手引きをしなかったのでな」
「父上!? 本当に……」

公爵は、ルークを見て頷いた。

「戦争だったのだ。勝つ為なら何でもする。……おまえを亡き者にするで、ルグニカ平野の戦いを発生させたようにな」
「…………」
「母上はまだいい。何もかもご存知で嫁がれたのだから。だが、ホドを消滅させてまで、他の者を巻き込む必要だあったのか!?」

公爵の言葉にガイは微動だにせずそう言い放った。

「――ガイラルディア・ガラン」

突然、自分の本名を呼ばれたガイの肩が微かに震えた。

「剣を向けるなら、こっちの方かもしれないぞ?」
「……陛下?」

ガイはピオニーに視線を向けた。
ピオニーはいつになく厳しい表情で、それを真っ直ぐに受け止めた。

「どうせいずれわかることだ。ホドはキムラスカが消滅させたわけではない。自滅した……いや、我々が消したのだ」
「……どういうこと!?」

ティアの顔色が一変する。

「……ホドでは、フォミクリーの研究が行われていた。そうだな、ジェイド?」

ピオニーはジェイドを見た。

「ええ……戦争が始めるということで、ホドで行われてきた譜術(ふじゅつ)実験は全て引き上げましたが、残念ながら、フォミクリーに関して時間がなかった」

まるで瞳を隠すようにジェイドは眼鏡を押えた。

「……だから前皇帝は、ホドごとキムラスカ軍を消滅させる決定を下したそうです。その方法ですか……当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動(ちょうしんどう)を起こしたと聞いています」

ジェイドの言葉にアッシュの肩が微かに震えた。

「そのせいで……ホドは消滅したのか……!」

ガイが唸る。

「父は――前皇帝は、これをキムラスカの仕業として、国内の反戦論を揉み消した」
「ひどい……被験者が可哀相」

アニスはそう呟くと、ジェイドも静かに頷く。

「そうですね。被験者は当時十一歳の子供だったと記録に残ってます。……ガイ。あなたも当時、顔を合わせているかもしれません」
「……俺が?」
「ええ。その被験者は、ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だったそうですから。確か……フェンデ家――」
「フェンデ!?」

その家名を聞いて驚きの声を上げたのはガイではなく、ティアだった。

「まさか……ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ!?」
「ティア、知っているのか?」

それに不思議そうにルークはそう言った。

「知っているも何も、フェンデのとこの息子なら、おまえだって知ってる」
「なに?」
「ヴァンだよ、ルーク。ヴァン・グランツ――あいつの本名が、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデだ」
「ヴァン、が……!」
「そして、第六譜石(だいろくふせき)で詠まれている≪栄光を掴む者≫は、ヴァンを表している」

今まで、静かに見つめていたアッシュが呟くようにそう言った。

「そうか……。だから、ヴァンはこれほどまでに預言(スコア)を憎む訳ですね。そして、封印したフォミクリーをヴァンは知っていたのか……」

ジェイドは納得したように呟いた。

「……ガイ。ひとまず剣を収めてはいかがですか? この調子では、ここにいるほとんどの人間を殺さなくては、あなたの復讐は終わらない」
「…………」

イオンの言葉にガイは長い溜息をつくと、剣を鞘へと収めた。

「……とうに復讐する気は失せていたんだがね」

テオドーロが息をつくのが聞こえた。

「思わぬところでヴァンの名が出たようですが……。ここは、一度解散しましょう。それでよろしいですな?」

それにインゴベルトたちは頷いた。
ガイは踵を返すと無言で会議室を出て行った。
それをアッシュたちは慌てて追いかけるのだった。
























Rainシリーズ第7章第4譜でした!!
ようやくキムラスカとマルクトが条約を交わしましたよ♪
ここまで書くのにすごく時間かかってたなぁ;
次回はシェルダンへ!!


H.24 12/22



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